プロローグⅠ 回想と弔い
あらかじめ言っておきます、不定期更新になります。
確実に。
ただ完結まで頑張りますので、お付き合い頂ける方はどうぞ宜しくお願い致します。
森が、騒がしい。
木が揺れ、草の音が聞こえる。
まさか、久々に大物が来た……?
「――ノラン! 後ろだ!」
その瞬間、鼓膜が破れるような雄叫びが聞こえ、ほぼ同時に大物は姿を現した。
私に向かって、空気を押し退けて身体を投げ出してきた。
しかし、私はもうそこには居ない。
宙を舞う黒髪で青目の少女。
それが私。
予めタイミングを予想して避けておいたら正解だったようだ。
避けている途中だが、吸えるだけ息を吸って叫ぶ。
「ジャイアントベア……弓矢部隊は目を狙って! 近接部隊はなるべく裏に回って攻撃!」
「了解!」
私は狩りにおいて少し変わった立ち回りをしている。
今回の大物に限らず、いつもだ。
私のステータスを見ると、明らかに攻撃力と防御力が低い。
攻撃力は弱いで済まされる程度だが、防御力は雀の涙程度、ハッキリ言って雑魚である。
その代わり、魔力は平均以上で、何より素早さが他のステータスより特に秀でている。
他のステータスが10~20に対し、素早さは60程度。
常人はどのステータスも平均15程度の為、私の素早さは常人の約四倍となっている。
そして、私は他よりは指揮に向いていると自負している。
作戦を立て、その作戦の通りにし、予想外の最悪の事態にも気を付けている。
――なので、私は、最前線で相手を撹乱しながらも、その間に作戦を立てる、少し変わった役割を担当している。
今回狩る獲物はジャイアントベア。
食糧としてはかなり上等で、量も味も良い。
その代わり、当たれば一撃が重く、総じてステータスも高いため、中々倒せない。
つまり、かなりリスキーな相手でもある。
こういう種類の獲物は、まず視界を奪えば攻撃が当たりづらくなるので、目に向かって矢を放つよう指示している。
私以外の近接要員を獲物の背後に配置し、より多くの攻撃を安全に与えられるようにしている。
凄く効率の良い作戦だ。
ある欠点を除けば。
この作戦の欠点は……私がミスをすれば壊滅する、ということだ。
私が少しでも攻撃を喰らえば暫くは起き上がれないだろう。
その間に全てが壊滅させられる。
そう、今まさに私は全員の責任を背負っている。
一撃食らえば死ぬような攻撃をギリギリで躱していく。
諸に受ければ体力が一発でゼロになるどころかお釣りが貰えるくらいだ。
それを「ギリギリ」で躱していく。
……敢えて。
ジャイアントベアも馬鹿ではないので、私に一切当たらないと確信すれば他を狙う。
だから、ヘイトを私に集中させる為、当たるかもと思わせるくらいで避けておく。
この作戦の欠点、私が最後の要であるという点は、戦略さえ完璧ならば有って無いようなものだ。
私ならば余裕で躱すところを敢えてギリギリにしているので、ミスするなんてありえない。
と、そう考えている内に、二つとも目を潰すことに成功した。
けたたましい鳴き声を発して、ジャイアントベアがあらぬ方向に突進する。
次々と木が倒れていく。
さて、敵の視界は奪った。
ならば――
可哀想だけど……傷みも消し去ってあげよう、永遠に。
「一気に畳み掛けましょう! 一斉射撃まで三秒!」
ジャイアントベアは聴覚も比較的優れている。
今の声でそれと目――既に潰されたが――が合った。
想定外の回復速度だ。
動きが鈍っているのを前提に予測していたため、これは不味い。
私に向かって全速力で突進してくる。
だが、私は今、地面に向かって落下中。
身動きが取れない。
「三」
この距離とあの速さでは、本気を出しても避けることはかなり難しいだろう。
致命傷になるのは勘弁だが、これは私の戦略的ミスだ。
致し方無いだろう。
「二」
威圧と風圧が強い。
髪が後ろに靡く。
唯でさえ回避も難しい状況が、立っていることすらままならなくなってきた。
恐怖心は、流石にある。
手が小刻みに震える。
でも、まだ手段はある。
「一」
震える手で、隠し持っていたナイフを落とさないように持つ。
十メートル。
久し振りに命賭けだ。
五メートル。
これは私より遥かに強い。
死ぬことも十分あり得る話だろう。
三メートル、ニ、一……
だが――
「発射!」
精一杯の声を発すると同時に、勢いよく獲物にナイフを突き刺し、脚を宙に浮かせる。
風圧で目も開けられないが、きっと良い場所に刺さっただろう、きっと。
ナイフに体重をかけ、その反動で、飛ぶ。
そしてその瞬間、四方八方からジャイアントベアへ矢が飛ぶ。
それのあらゆる場所から生々しく血が吹き出す。
……これで恐らく絶命しただろう。
想定よりギリギリになってしまったが、何とか撃破に成功した。
しかし、手が居れたことで受け身の手段をろくに持っていない私は、諸に落下の衝撃を受ける。
腹の方から急に何かが込み上げて……
「ガッ!?」
吐血してしまった。
とはいえ、あの攻撃が遅れれば即死だったので、骨折と吐血程度で済んだなら良いと考えよう。
作戦は、問題無く、とは言えないが、成功だ。
しかし、重傷は重傷。
意識が薄れていく。
恐らく救助はできるだろうが、私はどうなってしまうのだろうか……
意識が戻った。
ゆっくりと、目を開ける。
「……あ」
聞き慣れた少年の声がする。
「ああ、目は覚ました……よ……ぐっ」
痛みに耐えつつ、一応の無事を伝える。
「……無理しないでよ、ノンちゃん! 怪我人なんだから!」
怪我人とはいえ、やらなくちゃならないことはまだ沢山ある。
「私は怪我人である以前に、狩人であり指揮官なの。多少の無理は当然……よ」
私の事を馴れ馴れしく「ノンちゃん」などと呼ぶ、この金髪の少年はヘルフと言う。
私と年齢は一緒で、十三歳だ。
そう、私は指揮官をしているが、決して成人はしていないのだ。
基本的に未成年は家で母の手伝いをし、訓練し、時たま遊び、という生活を繰り返すのが基本だ。
しかし私の場合は、指揮能力と素早さ、成人に割と近いステータス、ということが評価され、女性かつ未成年だが、特例で狩りの集団に加入している。
正直なところ、あの集団は男臭い、というのが本音である。
ただ、皆良心的で、年下の命令にも忠実に動き、実力も村の精鋭揃いなので、安定して狩りができる。
とても良い集団と言えるし、私も、割とあの集団が好きである。
……尋常ではないほど男臭いことを除けば。
思い返している内に、ヘルフが口を開く。
「じゃあノンちゃんは狩人である前に、子供じゃん? ちゃんと直して心配させないのが親孝行じゃないの?」
……確かに。
この理論で行くとそうなる。
「ああ、一本取られた」
まあ、本来であれば私も毎日を無邪気に過ごすべきところだ。
それを大人と同じように生活しているので、より疲れるのは妥当だろう。
無理をし続けて重要な場面でくたばってしまっては本末転倒である。
それでも、私はやらなくちゃいけないのだけど。
「本当にノンちゃんったら……いつも働き過ぎだよ」
ヘルフは少し寂しそうな顔をしている。
「そんな事は無いでしょう。仮に働き過ぎたとして、特に損なんて無……」
「ノンちゃんが損してるの!」
食い気味にヘルフが話す。
「……狩りとか普通に楽しいし、別に良いよ」
「ノンちゃん……」
その後、ヘルフは黙りこくってしまった。
お互いに何も言い出せないまま長い沈黙が続く。
ヘルフの顔は相変わらず暗い。
正直、静かな方がいいので、多少気まずくともこれがいいんじゃないかとも思っている。
が、彼の口が開き、とうとう沈黙は破られる。
「約束」
「え?」
「それ治ったら、一日僕に付き合って」
「だから私は仕事があるってさっきから……」
「休んで」
「私が休んだら狩りが……」
「一年中無休で働いてるの、この村の大人全部含めてですら君しか居ないんだよ?」
「それは私が司令を出すから……」
「狩りの人達は君の司令が無きゃ何もできないの?」
「でも……居たほうが安全だし」
「信頼してないの? 君より弱かったとしても、あの人達、強いよ? だって今まで狩りで死んだ人は居ないんだもん」
狩りは命を懸けて行うようなものだが、確かに、私が物心ついてから「狩りで人が死んだ」なんて話は聞いたことがない。
「でも……」
「休むことから逃げないで、お願い」
「私は……」
その瞬間、廊下から大きな音が聞こえてきた。
地震でも起こったかのように地面が揺れる。
とても、嫌な予感がする。
そして、部屋の扉が開いた。
――唐突にどっと押し寄せてくる群衆。
二人きりの少し静かな空間は、この刹那に騒がしく豹変してしまった。
「ノランちゃん、大丈夫かしら?」
「欲しいものはない? ジュース? それともお菓子がいい?」
「ずっと心配だったんだぞ!」
「具合は? 何か変なところはない?」
口々に言いたいことを言う群衆。
私はそんな良い耳を持っているわけではないし、全部聞き取れる訳がない。
そんなことを思いつつも、それをぐっと抑えて一人一人対応していった。
「ノンちゃん、やっぱり人気だね」
対応する合間に、ふとヘルフが呟く。
「はあ……、極端に人気って言うのも困りものよ」
「それくらい皆感謝してるってことだよ」
「感謝しているのなら、こんな一気に来ないでほしいけど……」
人気が無いよりよっぽど良いのだろうけれど、何にしても、どちらかに極端なのは困りものだな、と思った。
これで陽気な性格ならまだしも、私はあまり人と居るのが好きではない。
とても嫌いという訳ではないが、こう、グイグイ来られるのは苦手だ。
ありがた迷惑とは、こういうことなんだなとしみじみ分かる。
しかし、向こうも好意で来てくれているので、それを突っぱねるのはしたくない。
――結果、狩りなんかより対応によっぽど疲れる羽目になってしまった。
一通り対応して、ようやく二人きりになれた。
なんなら一人きりになりたいところだが、ヘルフは、一度私と話し出すと止まらなくなるので、中々帰らない。
これも好意でやってくれていることなので、「帰れ」なんて中々言えない。
しかし、本当にもう何も言いたくない程疲れているのも確かだ。
「はあ……疲れたよ、ほんと。ゆっくりしたい」
そこで、賭けでさり気なく一人にして欲しいと言ってみる。
「疲れたならマッサージしようか? 肩でも凝ってる? いや、脚のほうがいいかな?」
が、やはりそれが全く通じないのがヘルフだ。
――相手をしていると無駄に体力を消耗する。
もう率直に言ってしまおう。
「……疲れたって言ってんでしょ、一人にさせて」
随分と棘のある言い方になったが、仕方無いだろう。
こうでもしないと、帰ってくれない。
「ノンちゃん……でも……」
悲しげな顔のヘルフ。
その顔に少し罪悪感を覚えたが、もう構っている余裕はない。
「いいから! 帰って」
ヘルフがとぼとぼと部屋を出る。
とうとう、私は人の思いを、突っぱねてしまった。
――あれからどれだけ経っただろうか。
村は完全に森と化し、人はおろか目立った動物さえも居ない有様。
その地を私は踏みしめ、歩く。
村の建造物の中で唯一残った石柱に向かって屈む。
そして、手を合わせ、祈る、懺悔する。
あの花と同じ色の――完全に別種ではあるが――花を供える。
私は終わらない命を、あの忌々しい記憶と共に苦しむと再び誓う。
――ここからは、私の、終わることのない「終わり」のお話。
初めまして、ふるまあことfullmarです。
読みはそのままです。
中2で作曲活動と並行してこれも作ろうと思っています。
作った曲とストーリーは絡ませています。
最初にも言いました通り、不定期更新にはなりますが、お付き合い頂ける方は、この作品を読んでいただけると幸いです。
まあ長く開きすぎても1ヶ月以内です。(そんな開くことはないと思います)
新参者ですが、これから宜しくお願い致します。