妄想走馬灯
「間に合わないー!!今朝も遅刻しそう」
私は心の中で絶叫しながら、走る!走る!走る!私の名前は蘭子なので「まさに、ラン・ローラ・ランだな」そんなくだらない事を考え、すれ違う人に見えたか見えないかは分からないが、ほんの少しニヤリと笑った。
会社の始業は8:30で、それで今は8:25、やばい、なんてやばいんだ、やはりそう思って道を駆け抜けていく。とにかくせめて、あと3分で会社に着くように必死だ。8:29にはタイムカードを絶対通したい。エレベーターのスイッチを押してビルを昇り、会社のドアを開け、タイムカードを通し終えた自分を想像する。
「おはようございまーす」
そんなふうに頭の中の私は言っていた。言ったかと思うと、私の脳内に映画が上映される。ふとなんだか、これは死期に見る『走馬灯』ってやつかなとよぎった。だが、今は死ぬ訳ではないので、人生を振り返るわけではなく私の妄想が上映されるらしい。3分間の『妄想走馬灯』が始まった。
『CASE.1』
私は会社に遅刻しないように走っていた、とにかくせめて、あと3分で会社に着くように必死だ。8:29にはタイムカードを絶対通したい。そんな事を考え走っていたところ、いつもいちゃいちゃと互いの手を絡め、見つめ合って歩いているカップルが目に入った。「あー、今日もいちゃいちゃしてるなあ」毎朝そう思っているあの2人だ。
「ドテッ!!」思いきり音を立てて転んでしまった。すると、カップルのうちの女性が
「大丈夫ですか?」
としゃがんで声をかけてくれた。男性の方は私の落ちたカバンやスマートフォンを拾ってくれてる。
「あ、ありがとうございます。」
私は恥ずかしい、という笑顔でお礼を言ってその場を立ち去った。
「なんだ、めっちゃ良いやつじゃん!」
心の中でそう呟く。転んだにも関わらず、私の気分はとても爽快だった。私が心の中で「通称いちゃいちゃ」と名付けた2人はすごく良いやつだった。嬉しくなった。
『CASE.2』
私は会社に遅刻しないように走っていた、とにかくせめて、あと3分で会社に着くように必死だ。8:29にはタイムカードを絶対通したい。そんな事を考え走っていたところ、すらりとして、爽やか、それでいてスタイリッシュなスーツがいつも似合うサラリーマンが目に入った。「あー、今日も爽やかだなあ。端正な顔立ち」そう思って、一瞬眺めていたら、そのサラリーマンとほんの少し肩がぶつかった。
「あ、すみません」
顔を向けて、そんなふうに謝る。そしてサラリーマンに目をやると...、なんと!!歯がないぃぃぃ!!!
「嘘でしょ!?」
心の中で叫んだ、そして私は笑いを堪えるのに必死だった。「ぇえええ!!」心の中でもう一度絶叫した。毎日、すれ違っていた時は確かに口をぎゅっと、結んでいたらしい。しかも前歯のうち1本が黒くて、1本がなくて。そんな事を思い心の中でニヤニヤした。私は再び歩き出した。
『CASE.3』
私は会社に遅刻しないように走っていた、とにかくせめて、あと3分で会社に着くように必死だ。8:29にはタイムカードを絶対通したい。そんな事を考え走っていたところ、いつもすごく真面目そうに人生歩んできたんだろうな、という感じの茶色いスーツで七三分けのおじさんとすれ違った。今日も眼鏡のレンズはとても分厚い。そして肩のだいぶ上までずり上がった、昔流行ったようなロゴ入りリュックが今朝も見えた。なんか、今日は、おじさんは向かい側から見えたと思ったら、忘れ物したのか、くるりと180度回って戻ってきた。そして進行方向が同じになり、横断歩道が赤になった。横にいるおじさんを見た。目を疑う。
「うん??」
脳内で疑問符が広がる。見間違えてなければおじさんのスーツの後ろは、無い!無いのだ!所謂「びんぼっちゃまスタイル」だった。背中とお尻、情けなく細い脚、背面すべての素肌が浮き彫り、白い靴下が光って見えた。
「きゃー!!」
後方を歩く女性が叫び、周囲が騒然となる。そして、パトロール中の警察官が駆けつける。おじさんは逮捕された。
「そんなに真面目でもないな」
そう、心の中でつぶやいて私は再び走り出した。
走馬灯の上映が終わる頃、私はいつものように会社が入るビルのエレベーターのスイッチを押していた。