「氷の花」
それは、世界の何処かに。
時空の狭間の世界の何処かに咲くという不思議な氷の花。
その花を見たことがあるのは、とある世界から時空の狭間の穴に落っこちてしまった吟遊詩人。
気楽なその吟遊詩人は、時空の狭間の穴に落ちてもいろんな世界を渡る喜びに打ち震えていた。
そして、いろんな詩を唄っていた。
ポロンポロロン~。
今日も知らない世界の寒い寒い地で、北風に吹かれながら竪琴を爪弾くことを止めない吟遊詩人。
「おや……」
ふと、吟遊詩人は空を見上げた。
空には七色の虹ではなく、不思議な色合いの虹が出ていた。
その虹から、なんと光の階段が降りてくるではないか。
階段から一歩一歩、女神のような人が降りてきて、吟遊詩人の前に立った。
「やあ、こんにちは!」
吟遊詩人は竪琴を軽やかに鳴らして深くお辞儀を女神のような人に対してした。
しかし、女神は微笑むばかりで何も語らない。
吟遊詩人も、特には困らなかった。時空の狭間で世界を渡り歩いた経験から、そんなことはよくある事だった。
女神はふと困ったような、美しい眉山を少しだけ寄せた。
そして身振り手振りで、何かを訴えている。
ポロンポロロン……。
竪琴が触れても居ないのに鳴った。
まるで女神の様子に反応している様だった。
「ほう……」
吟遊詩人はその音色を聞いて、納得したようにうなずいた。
女神の言いたいことを理解したみたいだ。
「わたしが、その場所に行って竪琴を弾けばいいんですね?」
女神の顔が輝いた。
二人は、氷の様な山を登って、高い高い山頂にやって来た。
息が真っ白な吟遊詩人は震えていたが、意を決して冷たい指先を一生懸命動かして、竪琴を鳴らした。
それは、吟遊詩人が生まれた世界で、雪の舞う軽やかな様子を表したそんな曲だった。
すると、地面から芽が出た。
芽はするすると伸びて、一つの蕾を付けた。
不思議な音が小さく聞こえた。
ぱりぱりぱり……
花が咲く音だった。
透明な、透明な、七枚の花弁を付けた、それは見たこともない『氷の花』だった。
氷の花は銀色の光を振りまき、そして。
ぱりぱりぱり……
氷の花は散ってしまった。
また、小さな音を立てて散ってしまった。
吟遊詩人が、声も出すことが出来ない程の一瞬の出来事だった。
女神を見ると、満足そうに微笑んでいた。
そして、お礼を言うかのように吟遊詩人の頬に軽く触れた。
空から、また虹の階段が降りてくる。
女神は階段を軽やかに上って、消えていった。
一人、氷の山の山頂に残った吟遊詩人。
やれやれと、仕方なさそうに笑うとゆっくりと山を下りて行った。
氷の花は、幻の花。
あなたの世界にも、もしかしたら、偶然に咲くかもしれません。
吟遊詩人は、今日も旅をし続けて唄っていた。
お読み下さり、誠にありがとうございました……。