三章
男が怒りを滲ませながら、全員を見渡している。
まるで、ここにいる全員が同罪だとでも言わんばかりだ。
男の娘と同じサイトを使っていた事に驚いていたが、集塵部屋を利用していたからこそこんな目にあったのだ。
自分が犯人であればきっと殺される。もし、そうでなければどうなるのだろう?
きっと、おいそれと返してはくれないだろう。他の2人はどう思っているのか。
自殺のために来ているのにこんな事に巻き込まれてしまっている。
男が犯人を殺した後に、他の2人をどうするのかが気になった。
犯人と同じように殺すのだろうか?
そうなった場合、自殺の願いは叶わなくなる。
自殺よりも苦しむ羽目になるかもしれない。
死ねれば、他殺だろうが関係ないと思えるだろうか。
そんなどうでも良い事を考えてしまう。
「どうしてこの中に犯人がいると分かるんですか?」
女が消え入りそうな声で聞く。そちらに男が視線を送ると同時に口角が上がる。
「娘が待ち合わせていたのは4人の者達でした。年齢性別は分からない。
その中で、今でもあのサイトに存在しているハンドルネームが1つありました。
もしかすると、こいつが犯人かも知れない。
だが、そんな考えは直ぐに否定しました。
そんなふざけた事があるはずがないと思ったからです。
この者が犯人だとすると、この時待ち合わせた他の者はどうしたのか?
まさか、全員が殺された訳は無いだろうと。
調べると、この者は過去にもサイトで知り合った人と出会っている様でした。
その待ち合わせの日時と場所を全て記録しました。
その情報を頼りに、新聞やネットで死体が見つかっていないかを調べました。
すると1件だけ、同じ場所で死体が見つかったという記事がありました。
死体の数は3人とありました。警察は状況から自殺と断定している様でした。
その記事を見た時、私の手は震えました。死体の数が1つ足りなかったからです。
この者が怪しいのは明らかでした。ただやはり、まだ確証を得ません。
どうすればこいつの犯行を立証出来るのか?私はひたすら考えました。
頭の中には、もう犯人を見つけ出す事しかありませんでした。
幸い私には時間があります。残りの人生を復讐のために使おうと思いました。
それ以外に私の存在意義を見出せません。
そして、一つの考えが浮かびました。
犯行をこの目で見届ければ良いのでは無いかと。
私は、犯人が集塵部屋に現れるのを待ちました。きっと現れると思いました。
殺人の衝動を抑えきれずにまたやってくると。
娘を殺したのに飽き足らず、また自分の欲望を満たすために。
待っている間、私の怒りも少しずつ育っていきました。
まるで、犯人の衝動に呼応するように。
犯人が現れた時の感情は忘れられません。
あれほど胸が躍ったのは久しぶりでした。
性懲りも無く、同じハンドルネームで現れました。
すぐに、犯人に餌をまくためにスレッドを立ち上げ自殺者を募りました。
面白い程に、犯人はスレッドに食いついてくれました。
自殺の決行を何度もけしかけられ、それをなだめるのに苦労しました。
少なくとも他に2人は必要だと思っていたので、そこまで犯人を待たせなければいけない。
無事にメンバーが集まり、決行する事になりました。
死に場所などは、全て私が準備しました。
犯人を突き止めるためならば、何だってする覚悟でした。
だから、他のメンバーに対する罪悪感もありませんでした。
そもそも、自殺を考えている人たちです。死ねて本望でしょう。
多少痛い思いをするかも知れないが、仕方ありません。
当日、私は伊藤という男を雇いました。私の身代わりになってくれる者です。
金を払い、自殺までの段取りを伝え、それを遂行する様に依頼しました。
伊藤には、メンバーの中に人殺しがいる事を伝えませんでした。
計画の内容はこうです。
あらかじめ、伊藤には人数分の睡眠薬を渡しておき、他のメンバーに飲ませます。
薬が効き始める前のタイミングで練炭をたく。
伊藤は他の者が眠りにつくのを待つ。
全ての者が眠りについたと同時に伊藤だけその場から逃げ去れば、後は勝手に死んでくれる」
男が笑いながら話す。最初に感じた、紳士的な雰囲気はもう無くなっていた。
目の前にいるのは、ただの復讐に取りつかれた男だ。
「当日集まったのは、2人ずつの男女でした。
どの方も若く、伊藤が一番の年長者でした。
私は、彼らが死ぬまで影をひそめて見守りました。
この中に娘を殺した犯人がいると思うと、直ぐにでも全員を私の手で始末したい。
その欲望を押さえるのに必死でした。
そして、彼らが自殺に向かう時間が訪れました。
予定の時刻を過ぎても、伊藤からの連絡はありませんでした。
想定していたとはいえ、まだ信じられませんでした。
踏み込んだ時に犯人に見つかれば、自分も殺されてしまう。
そう考えると、足が重くなり身動きがとれません。気づけば夜が明けていました。
意を決し、現場に踏み込むと4つの死体が転がっていました。
全員が腹部を刃物で刺され、その死体の中に伊藤もいました。
2人の女と伊藤ともう1人の男が横たわっている。
私の疑問が確信に変わりました。
娘を殺した犯人の姿を、この目で確認する事が出来た。
その時、私は笑っていました。
喜びと怒りが同時に沸き上がり、自分を制御する事が出来なくなっていました」