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喪失  作者: 田島 学
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二章

「大丈夫ですよ。そんなに気負わないで下さい。

ゆっくり焦らずに行きましょう」

精神科医の安永が微笑みながら語りかけてくる。通院から3か月が経っていた。

いつもこんな調子で診察が終わっていく。

本当に記憶は戻るのだろうかと心配になる。

病院を変えたほうが良いのだろうか。

そんな気持ちを抱えながら、また家へと向かう。

去年の暮れから半年前までの約1年の記憶が無くなっているのだ。

なぜそんな事になってしまったのかは分からない。


いつもの様に朝起き、職場であるコンビニへ行くと知らない人がいた。

今日から働く新人なのだと思っていたら、向こうは親しそうに話しかけて来る。

どうもおかしいと思い、レジ近くに置いてある新聞を見て驚く。

自分の想定していた日からは1年も経っていた。

同僚はみんな、不信がる事無く自然と話しかけてくる。

となると、昨日も僕はいつもの様に出勤していたのだろう。

今日、目が覚めた時に記憶が無くなってしまっていたという事だろうか。

何とか、その日はやり過ごし、眠りについた。

きっと目が覚めれば、元通りになっていると根拠の無い自信を持ちながら。

でも、次の日も結果は同じだった。

幸い、生活に支障は無かった。

だが、知らない自分が存在する気持ち悪さに耐えられなくなり、精神科の通院を決めたのだった。

なぜ、記憶が無くなってしまったのか分からない。

安永が言うには、強いストレスを受けてしまった。

あるいは脳梗塞などの病気に掛かってしまったなどが考えられるみたいだ。

職場の様子から、重い病気に掛かったのでは無いだろう。

だとすると、どんなストレスを受けたというのだろう。

記憶をなくすほどのストレスなんて想像もつかない。


コンビニと精神科と家を往復する日々が続いていた。変化の無い単調な日々。

記憶が無くなった事は確かに大きな変化だが、日常がそれを感じさせない。

こんな毎日に意味があるのかと思う様になって来ていた。

大学を卒業し、音楽で食べていくと親に見栄を切って家を出てきた。

自分に才能が無い事に気づいた時にはもう三十歳。

同級生は結婚し、子供もいてと聞いてもいない事を嫌みの様に言ってくる母。

自分の何が悪かったのか。親の言う通りに生きていれば良かったのか。

きっとそうしていれば、今よりはマシな生活が送れていたかもしれない。

そう思うと、自分の無力さに打ちひしがれる。

こんな事なら過去の全ての記憶を失ってしまいたかった。

別人の様に生まれ変わり、一から始められたらどんなに良いだろう。

一度そんな考えにとらわれると、落ちていくのは早かった。

何をするにしても億劫になり、精神科やアルバイトに行くことも辞めてしまった。

ただ、生きているだけになった。

そもそも、こうなる前もバイト漬けの日々だったので、今と対して変わらない。

この世界に必要な人間などいるのかも怪しくなってきた。

皆、ただ何となく生きているだけ。

少数の人達が、この世の中を動かしている。

だとすれば、その他大勢に過ぎない自分はいてもいなくても同じなのだ。

ブッダは輪廻転生を唱えた。

必要な人間になる為に、僕は何回生まれ変われば良いのだろう?

記憶と同時に、僕の心も一部壊れてしまったのかもしれない。

いつしか吸い寄せられる様に、死について調べる様になった。

長い事パソコンを開いていなかったので、多くのメールが届いたままだった。

その中に”集塵部屋”というサイトからの物があった。

過去に何度も届いているので、記憶を無くす前から利用していたみたいだった。

そこには自殺願望のある者達が集まっていた。

なぜ、自分がこんな物を見ていたのか分からなかった。

もしかすると、今の自分と同じ様な思いを抱えていたのかもしれない。

サイト内には、集団自殺を誘うようなスレッドが多数立ち上がっていた。

気づけば、死ぬ事に抵抗を感じない自分がいた。

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