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喪失  作者: 田島 学
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一章

息苦しさを感じながら目を覚ます。目を開いたはずなのに光が確認出来ない。

ふと過去にもこんな事があったと思いながら、周りを見渡す。

足が朽ち果てたテーブルを囲む様に、3人が椅子に座っている。

その内の2人は手と足を縛られ、身動きが取れなくなっている。

そういう自分も同じ状態だった。

正面にいる者は腕を組み、ただじっと座っている。

薄暗い中、頼りになるのは部屋の隅に設置されたフロアランプの光。

全員が口と目だけが空いたマスクを被っているので、性別が分からない。

他の2人はまだ目が覚めていないみたいだ。部屋には窓が無く、ドアが一つだけ。

壁は全面黒で統一され、床には毛足の長い深紅の絨毯が敷かれている。

なぜこんな状況になってしまったのかと、記憶を手繰り寄せる。

自殺するために、ネットで知り合った男と車で山奥まで来たのだ。

その男の物だというコテージに着くと、コーヒーを出された。

きっとそれに睡眠薬が入れられていたのだろう。

男は50歳ぐらいだと思われ、身に纏う雰囲気や衣服から品の高さを感じさせた。

会社の役員をやっていると言った。

なぜそんな人が自殺を願うのか疑問だった。

数か月前に高校生の娘が亡くなったのだと男は言った。

長年寄り添った妻も、それが原因で離婚し、生きている意味を見出せなくなってしまったと。

話を聞いている内に同情が芽生えたのも事実だった。

しかし、その男に眠らされこんな状態になった今、あの話が真実だったのかは怪しく思えた。

あれからどの位の時間がたったのか分からない。

空腹の状態から数時間程度だと予想する。

「お目覚めになりましたか?」

正面に座った者が言う。あの男の声だった。相変わらず丁寧な言葉遣いだった。

黙っていると、こんな目に合わせたことを詫びた。

目の前の男が一体何を企んでいるのか分からない。

背筋にゆっくりと汗が伝う。程なくして左右の二人も目を覚ました。

目の前の男がそれを確認すると、先ほどと同じ言葉を2人に投げかける。

そして、椅子を後ろに引いて立ち上がり、こちらに背を向ける。

「こんな目に皆さんを合わせてしまって、申し訳ありません」

再度、男は謝った。全員がただじっと黙っている。

「きっと皆さんは思ったでしょう。あの話は嘘だったのだろうと」

男が話してくれた、子供が死んだ件だろう。他の者にも話したのだろう。

「私も嘘であって欲しいと思っています。でも事実です。娘は殺されたのです」

言葉に詰まりながら男は言う。

様子は伺えないが、涙を堪えながら言っているのが分かった。


「去年の年末の事でした。

夜遅くに家に帰ると、娘がまだ帰宅していないと妻が泣きそうな顔で私に縋りついてきました。

高校生の娘が帰らない程度でジタバタするなんてと、皆さんは思うでしょう。

しかし、娘に限ってそれは大きな出来事でした。

なにせ、無断外泊はおろか門限を1秒たりとも破った事のない娘でしたから。

何かあったのだと、私も直ぐに思いました。

門限の21時はとうに過ぎ、22時をまわっていました。

娘には携帯を持たせていなかったので、連絡が取れません。

恥ずかしながら、私も気が動転して何も出来ないまま時間が過ぎていきました。

気づけば朝になっていました。妻も私も一睡も出来ませんでした。

そんな中、電話が鳴りました。

その瞬間、嫌な予感がしました。

妻が出ると、声の様子がみるみる変わっていきました。

受話器を置き、妻が泣きながら放った言葉に私は耳を疑いました。

事もあろうに私はそんな妻を怒鳴りつけました。

余りの自分の不甲斐なさに呆れます。

それから、私と妻は警察に伝えられた場所へ行きました。

車で私が運転して行きましたが、道中の事は何も覚えていません。

場所は河川敷に渡る橋の下でした。

背の高い雑草が生い茂り、その中にポツンと開けた所にシートが被されていました。

警察の方から身元を確認して欲しいと言われ、私が引き受けました。

妻はもうそんな余裕がありませんでしたから。

シートがめくられると、娘が穏やかな表情で眠っていました。

血の気が引き、青白くなっていました。

発見された娘は、制服がボロボロになっており乱暴された跡がある様でした。

昨日の娘との事を聞かれますが、私は答えようがありません。

何しろ、ろくに顔を合わせても居なかったのですから。

妻が質問に答えられる様な状態では無かったので、2人で家に帰りました。

妻に休む様に言って、TVをつけると娘の事が報道されていました。

やはり現実なのだと、この時思い知らされました」

男の肩が震えていた。過去を思い出し、悲しみが込み上げている様だ。

「犯人は捕まったんですか?」

右隣で聞いていた者が質問する。女性の声だった。

声の様子から20代後半から30代前半と言った所か。

「いえ、残念ながら捕まっていません」

こちらを振り向き、男が答える。

「皆さんにお話しした通り、妻とは別れました。

私といるとどうしても娘を思い出してしまうと言われました。

それを言われたら、もう私には拒否など出来ません。

元々、良き夫でも無かったので最後だけでも妻の願いを叶えたいと思いました。

妻と別れてからは、事件の事について必死で調べました。

ネットや新聞、週刊誌に至るまですべての情報を集めました。

なぜ、娘が殺されなければならなかったのかを知りたかったからです」

男の声が力強くなってくる。息遣いも荒くなっているのが分かる。

拘束された全員がじっと話を聞いている。

言葉を挟めないほどの男の威圧感を感じていた。

「警察の調査によると、犯行は深夜の間に行われたという事でした。

それが原因で事件につながる情報が中々出てこない様でした。

事件の進展が無いまま1週間が経ちました。

そんな中、発売された週刊誌で事態は変わりました」


男は黙りこむ。視線を移すと左隣の者と目が合った。

右隣の女性はただじっと男の様子を見ている。

「何があったんですか?」

右隣の女性が長い沈黙を破る。

「娘に自殺願望があったという事が報道されたのです」

男がテーブルに手をついて俯く。

その様子に拘束された者同士が、視線を交錯させる。

「その情報を流したのは、高校の同級生の様でした。

自殺に関する書籍を熱心に読んでいたと。

なぜそんな物を読んでいるのかと聞くと、勉強のためと笑って答えたそうです。

理科の実験室の劇物と書かれた薬品を、呆然と見つめていた事もあると。

今回の事件が起きたのは必然だったのでは無いか、という憶測まで書かれていました。

犯人との合意の上で娘が殺されたのだと。

私は呆れを通り越して笑ってしまいました。そんな訳があるはずがないと。

本を読んでいただけで、自殺の願望があるだと。

薬品を持っていた時だって、何か考え事をしていただけかも知れない。

そんな乏しい情報だけで、娘に自殺願望があったと断定するなんて馬鹿げていると思いました。

驚いた事に、TVですらそれを真に受けて報道しているじゃないですか。

コメンテーターも分かったような顔で同調している。

メディアは大衆の目を集める事が出来れば何でも良いんですね。

こんな脆弱な情報を信じてしまう大衆もどうかと思いました。

そんな中に今までの自分がいたかと思うと吐き気がします」


嫌悪感を露わにして、吐き出す様に言う。

その時の怒りを思うとやるせない気持ちになった。

個人が大衆になった時の愚かさを感じる。自分もその一部なのだと思った。

「すみません。長々と話してしまいましたね。

なぜ皆さんをこんな目に合わせてしまっているのか分からないですよね。

もう少しで終わりますから、辛抱してください。

それからは、酷い状況になりました。

それまでも、記者などが家の周辺をうろついて大変でした。

でも、それを機に誹謗中傷にさらされる様になりました。

いたずら電話や、お前の娘の自業自得だと書いた紙が投函されました。

心が休まらない日々が続いたのです。

妻と別れていたのが、不幸中の幸いでした。

私はどうしても信じる事が出来なかった。娘が自殺したかったなんて。

後ろめたい気持ちはありましたが、部屋を調べました。

でもそんな物は見つかりません。最後にパソコンを調べようと思いました。

粗方調べ終わった時、メールが届いているのに気づきました。

その送信元はウェブサイトからの様でした。

そのメールに記載されていたアドレスにアクセスすると、画面が真っ暗になった後に”集塵部屋”というサイト名が出てきました。

そこは、自殺願望のある人たちが集う場所の様でした。

お勧めの自殺方法を紹介したり、幾人かで自殺の計画を立てているスレッドがありました。

届いたメールから、娘のハンドルネームが分かりました。

そのハンドルネームでスレッドに書き込んだりしているみたいでした。

私の手は震えていました。今まで笑い飛ばしていた虚構は事実だったのです。

ふと、あの週刊誌に書かれていた内容が頭をよぎりました。

犯人と合意の上で殺されたのでは無いかという内容です。

もしかしたら、このサイトで知り合った者に殺されたのでは無いかと思いました。

娘の書き込んだメッセージをくまなく調べました。

すると、スレッドの中で自殺の計画を実行しようとしていたのが分かりました。

決行日は娘が殺された日でした。間違いないと思いました。

娘はこのサイト内で知り合った者に殺されたのだ。

自殺願望者を装った犯人に殺されたのだと。許せませんでした。

もし犯人に騙されていなければ、娘は生きていたかもしれない。

穏やかな日々が続いていたのかもしれない。

犯人の手によって何もかもを私は失った。

その時、私は決意しました。

犯人を見つけ出し、自分の手で殺そうと。この狂った者を生かしてはおけない」

男が全員を見渡しながら、怒りのこもった声を張り上げる。

穴から覗き込む目は充血している。

「なぜ、私たちは拘束されているのですか?

お話の内容と関係があるのでしょうか?」

左隣の者が、恐れながら言う。男性の声だった。

「そうですよね。それを説明しないといけない」

勿体ぶるように、間を開けて男が息を吐く。

「いるんですよ、あなた方の中に。私の娘を殺した犯人がね」

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