マスター、どうして初挑戦者にスキルを与えたのですか?
「マスター、どうして初挑戦者にスキルを与えたのですか?」
石版からダンジョンマスターがリクエストした『女性声優が出す少年の声』が流れる。
「まあ見てろ。ここからさらに弱いコウモリを倒しただけで剣術スキルが手に入るから」
ダンジョンに侵入した少年がコウモリを手で払うと、コウモリはあっけなく地に落ちた。
コウモリはそのまま動かなくなり、少年の頭に剣術スキル入手のアナウンスが響く。
「最初にダンジョンに入っただけ、最初にコウモリを倒しただけ、そんな条件でスキル付与なんてやりすぎですよ。スキルは普通十年二十年かけて一つ手に入れるものなのに」
「え、そんな難易度なの?まあいい。与えられるスキルを全部やる。そしてこのガキをモデルケースとして、新たに難易度設定を行う。するとどうだ。この規格外のガキを複数集めなければ進めないダンジョンができあがるのだ」
「できあがるのだって、そんなの認められるわけがないですよ。ルールと法則があるんすから」
「いやできる。ルールブックは俺の中にある。やってはいけないことはできないのだから、できたならそれは問題ないことだ。俺はできるからできる」
ダンジョンテレビを前にして、ダンジョンマスターが亀のようになって自分の世界に入っていく。
むしろの上で、すねて泣いているようにも見える。
「あのガキが地上の平均だ。地上はあれくらいのスキルを持った人間ばかりいる。このままの難易度では楽勝すぎてしまう。難易度を上げなくてはならない」
石版は十分の間、それをやや呆れながら見守った。
ブツブツとした閉じこもりが解かれる。
「大変だ。もっと難易度をあげないと」
着の身着のまま侵入した少年は、すでにダンジョン内から地上へ引き返している。たった30分で百年の鍛錬を手に入れて。
「ダンジョンをクローズ。モデルケースのあの少年の脅威度にあわせて作り変える。人間は幼い頃からこんなにスキルを持っているのだな」
ダンジョンがマスターの想像通り作り変えられていく。
道は広がり、罠は狡猾。野菜の中に毒を持ったものも生まれてくる。魔物のサイズは十倍となり、それに応じて天井も高くなった。
「マスターが強くしただけで平均ではないでしょう」
「何言ってるんだ。今の見ただろ。データにも残っているぞ」
「実際に改変できてますね。思い込みがひどい」
マスターの仕切る野菜ダンジョンはまたたく間に変化していく。
そして変化が終わると、集中力が切れたマスターが息をついた。
「ふふふ、これでFランク野菜ダンジョンとバカにするやつはいなくなるだろう。笑ったやつらを見返すんだ。俺と同じダンジョンマスターのくせして侮りやがって!」
「誰もバカにしてませんし、笑ってませんよ。何よりみんなと会ったことも話したこともないじゃないですか」
「いや、バカにして笑っている!このダンジョンがFランク野菜ダンジョンと評価された瞬間からな!」
「Fランクは難易度で格は関係ありませんよ。それに野菜ダンジョンは悪口じゃありませんよ」
「いやぜったいそうだ!あいつらは俺を笑っている!ワンワンワン!キー!」
興奮しはじめたマスターを石版がなだめる。
人に悪く言われたとの思い込みが激しい。そしてマスターの冷静な部分がその思い込みの激しさを好きに利用している。
なぜ初挑戦にスキルを渡すのか。それはシステムと自分を騙し、挑戦者を確実に殺めるためだった。
「観ろ!うちのダンジョンのランクが上がっていく!この中での一位のBランクだ!バカにした低品質どもザマーミロ!」
「あがったのは難易度ですよ」
「毒野菜ダンジョンにならねえな」
「そこはボクのアイデンティティなので変えるのやめてください。いい加減怒りますよ」
閉じられていた野菜ダンジョンが再び開かれていく。暗闇の中の目は静かに地上を覗いていた。