ベランダの猫
ベランダに猫が来た。
黄土色とオレンジが混ざったような毛色で長い尻尾を自慢するようにゆさゆさと歩いていく。もっぱら猫派な私は嬉々として猫の到来を喜んだ。引っ越したばかりのこの家にはまだ何もなく、私はやる事もなくつい一昨日届いたベッドに寝転がっていたのだけれど。毎日起きる度に此処が何処なのか分からなくなる。そんな引っ越したての憂鬱にも飽きてきた所だった。
いろいろありすぎて1週間の記憶が定かではない。今日が何日かあれから何日経ったのか。
悲しい被害と害悪な恋人を捨て、逃げるようにここにきた。
猫のように気ままに生きれたら幾分苦しみや悲しみから解放されるだろうか。
私にはまだ脳内のセロトニンが不足しているため正常ではないのだ。
猫と一瞬目があった。私を哀れむような励ますようなきれいな褐色の瞳だった。
今度ベランダに猫の餌を置いてみよう。
猫は9回転生する。
私はまだ5回目だ。猫を9回繰り返す猫もいるし、途中で人間に転生する猫もいる。
私は1度人間の女として生きていた時代がある。一度人間として転生した猫は猫の中でも優遇され、人間に怯えずに堂々と生きることができる。
私の親友だった雌の黒猫は8回転生していて、随分前に消えてしまった。翳りがありコケティッシュな雰囲気の黒猫は雄猫からは人気があった。
彼女は最後は人間に戻りたいと言った。私の考えとは正反対ではあったが、消える彼女をそっと見守って送り出した。猫が消えるというのはつまり次の転生の時期で人間でいう死を意味する。
私の人間としての生涯は、恐らく波乱に満ちた人間生活であっただろう。人間の時の記憶は定かではない。人間というものは如何にして定めやルールや規定に縛られ、そして恋愛をした後に結婚や子育てに苛まれ、もう一度人間になりたいかと言われると2度とごめんだと私は言うだろう。
ただ、私は人間だった時に唯一幸せだったのは大切な人が居たという事実。彼の名前は思い出せないが、一緒によくBjorkを聴いたっけ。私の人間としての生涯は短く、いつかの大地震に巻き込まれて猫にもどった。たしかその時にオレンジ色のネイルを塗った日だった気がするのを微かに覚えている。
毎日の散歩コースは決まっていて、
ずっと空室だった部屋の様子が変わっていた。新しく住み始めた人間が居るようだ。
少し興味が湧いて中を覗くと、ベッドしかない部屋には水色のワンピースだけがかかっている。ベッドの上でくつろぐ長い黒髪の少し憂鬱そうな女と目があった。翳りのあるコケティッシュな表情になぜか懐かしい気持ちになった。そして送り出した彼女を思い出した。
2匹で日向で語り合った日々、ただただ雄猫の愚痴を言い合ったり、羽虫を追いかけたり、彼女とはとてもウマがあったのだ。
黒猫は猫の中でも謙遜される。そして黒猫は人間に転生する確率が高い。何故かはわからないけれど。
もしこの部屋にいる女が彼女だったならいいなと、私は女に視線を送った。
「また、来るね。」と、、






