epilogue5 悪役を卒業した悪役たちのその後 中編
「スゥが、留学中? なんで???」
「はい。東国で隠密師範の資格を得たいそうで」
ランは、ゆったりとした部屋着姿でくつろぐマリアベルを、胡乱気に見上げた。ランの所作が雑なのは、小国の王太子妃よりも帝国の中央貴族の嫡出子の方が位が高いからーーーではなく、貴族らしい言動に興味がないだけである。
夏に第一王子を出産したマリアベル王太子妃は現在、産休中である。
年明けにフレデリックが戴冠するタイミングで、正妃として公務に復帰するらしい。
産後の経過は順調でヒマなのに、(やりこみすぎるから)ピアノも許可されないと、保釈されたばかりのランが話し相手に呼ばれた。
断っても構わなかったのだが、生後3ヶ月のミハエル王子が可愛いすぎた。赤子って不思議だ。寝ても覚めても、ずっと見ていられる。
フレデリックの金髪とマリアベルの銀髪の中間くらいの色味のプラチナブロンドに、フレデリックの碧眼とマリアベルの菫色の中間くらいの紫紺の瞳。顔立ちはミネルヴァ正妃に似ている。最近よく笑うようになり、可愛さが増しに増している。祖父になった国王の溺愛が日々著しく、王太子と抱っこの奪い合いになるそうな。
バカバカしいと思いつつ、『わかんなくは、ないか』とゆりかごを覗きこむラン。
ちいさな手のひらを戯れにつついたら、きゅっとつかんできて、そのまま眠ってしまった。
「あらあら」
そっと指をほどこうと手を伸ばしたマリアベルに、ランは「このままでいーよ。痛くないし」と呟いた。
流刑地で、おばちゃんが背負っていた赤子と違う。全然違う。あの子は、ボロ布をまかれ、裸足だった。乾燥するのか、赤ら顔をしていた。
身分も待遇も違うが、同じ命だ。
親や周囲に愛される、尊い命。
あの子も、小さなてのひらでランの指をつかんできた。
「それにしても、留学ねえ。スゥに隠密術を教えられる教師なんて、いるかしら」
マリアベルは、艶かしく小首を傾げて指を唇にあてた。
「斥候術はともかく、暗殺や房中術は独学だから、教え方がわからないと仰っていました。教え方を教わるそうですわ?」
「なるほど。ド素人にモノを教えるの、苦手だったわ。そーいえば」
今、お茶を世話する侍女たちの中に、ランの発言にピキピキきている輩が何人いるだろう。サンドライト王室の暗部は、正規の騎士団や近衛隊を凌ぐ精鋭揃い……らしい。
ランは暗殺術や厨房術に詳しくないが、サンドライトの暗部程度なら、就寝中に襲われても遅れを取らない自信がある。
ようは、「どこが精鋭なの? 斥候姫スゥの教えを仰ぐには、至らなかったくせに?」と煽っているようなものだ。
まあ、誰が暗部か悟らせない「侍女」としての手腕だけは、認めてやるが。
「会いに行かれます?」
「んー、パンがない国は無理! あたしは帝国に帰るわよ。それはともかく、この服、いったいなんなのよ?」
ミハエルに指をささげるランを見つめ、マリアベルは両手を合わせて頬を染めた。
「絶対に似合うと思っていましたの。素敵ですわ、ラン様」
誘拐した時も思ったが、この女はノーメイクの方がかわいい。
結婚してから自覚させられたであろう妖艶さと、無自覚なままの清楚さのバランスが、ますます絶妙になった。
が、うっとりとランを見つめる熱量ばかりは、色気もかわいげもない。全くない。むしろ、コワイ。
「ああ、なんて尊いお姿」
ふりふりのミニスカートにパニエたっぷり。ショーツはぜったい見せない仕様。ガーターベルトに仕込む暗器。カチューシャも暗器。ロングブーツにも暗器。
「尊い? うん。まあ、可愛いのは認める。あたしに似合ってんのも。けど、ほんとにこれが、全てを解決すんの? 本当に???」
「プリキュ……いえ、この戦闘服に、死角なしですわ」
このフリフリが戦闘服? と思わないこともないが、意外にも動きやすい。
「つうかさ、サンドライト人て、膝を出したら痴女なんじゃなかった?」
「私は、そうは思いませんわ? むしろ、可愛い子のミニスカートは、絶対的な正義です!!!」
文化的に生足がダメなことは理解しているので、タイツやレギンスで領域を隠し、ロングブーツで足の形をぼやかすのが妥協点だ。
オタク文化に沼りし現役JKの転生者としては、ミニスカートは可愛いし、可愛い子はミニスカートをはくべきだと思う。この世界で1番可愛いエイミには、全力で拒否られたけど。
「ま、いろいろ仕込めるし、長いスカート嫌いだからいーけどさ」
童顔なわりに胸が大人なランには殺人的にこれがはまり、王宮勤めのチー牛……否、文官たちが、軒並み悩殺された。
そして、未婚女性のスカート丈が、年々じわじわと短くなったという。
ーーー 十数年後、「制服はミニ丈が正義!」と豪語する第三子ガブリエラ王女と、慎みを当然とするフレデリック王の親子喧嘩が勃発する。
マリアベル正妃を味方つけた王女が圧勝するも、歳上の婚約者は「ミニスカートは学生の象徴」と考え、子どもの自由を尊重する正しい大人であった。
結果、ガブリエラ王女は、卒業まで成熟した女性扱いしてもらえない羽目にあうという……。
閑話休題。
ランはこのスタイルが気に入ったので、何着か似たようなのを作らせて帰国した。
館の門まで出迎えにきたオケアノスにも「プリキュ……いや、なんでもない」と、謎の言葉を呟かれた。
マリアベルも言いかけていたが、「プリキュ……」って何だろう。この、ヒラヒラなくせに防御力の高い戦闘服の、名称だろうか。
オケアノスは、極東の辺境貴族にふさわしい、詰襟で着丈の長いデールを着こなしていた。袖丈がゆったりしていて、失われた右手をきれいに隠している。
田舎貴族の装束なのに、皇族より高貴に見えるから不思議だ。
左手で握手を求められたランは、右手でランの髪を撫でた「オッキー様」の喪失を再確認した。
「元気そうだ。息災で……無事でよかった」
「オケアノス様…………久しぶり。12年ぶり、なのかな?」
ランが笑いかけると、オケアノスは全ての人類が平伏したくなるであろうほど高貴に頷いた。ランが幼かった頃、「乱暴はよくないよ」と、乱れた髪を左手で直してくれた皇子様だ。
だが今は、冷遇された15皇子ではない。
ランは久しぶりに、本当に久しぶりに、身分にふさわしい所作を見せた。
「妾は中央空軍元帥、夏侯玄武伯が娘、夏侯蘭である。シギルス太守オケアノスよ。妾を剣客として迎え入れよ」
ゆるふわ戦闘服で偉そうにしゃくりあげても、いまいち迫力がない。威厳はもっとない。
だか、オケアノスは恭しく「御意」と膝を折った。
帝国は絶対的な中央集権国家である。中央貴族の武伯令嬢ならば、地方の太守など足元にも及ばぬ強権を持つ。
つまり、釈放されて帰国したランは、オケアノスよりも上位の存在になったのだ。
が。
至近距離で佇んでいた幼竜スノーローズと鳳凰たちは、顔を突きあわせて頷きあっていた。
「ちゅうじつなゲボクが、またふえたねー」と。
鳳凰とは本来、類稀な徳を持つ皇帝か教皇の前に、ほんの一時だけ姿を見せる慶鳥である。
であるはずだ、が。
シギルス太守の館には、常時3羽くらいいる。オケアノスが庭に黒豆をまくと、もっとくる。バサーっと、ワサワサーっとくる。
現人神のごとく高貴な笑みを浮かべ、「存分に召されよ」なんて言ってるオケアノスを眺め、ランは「何であの人、皇帝じゃないんだろ……」と呟いていた。日課の筋トレを嗜みながら。
一応ランも帝都に屋敷を構える中央貴族の娘なので、皇帝の尊顔を拝したことはある。
が、あの御方のまわりに、鳳凰の群れは飛ばないと思う。ドラゴンの幼体がスリスリなつくとかも、ないと思う。
「それにしても、ランは媚びぬな」
黒豆を撒き終わったオケアノスがふりかえった。
皇帝譲りの真紅の瞳を細め、幻獣たちと戯れる美丈夫に、ランは指立て伏せをやめて立ち上がった。
「帝国貴族ならば、鳳凰を前に平常心ではいられないはずだが」
「あたしに懐いてるわけじゃないし?」
と、親指と人差し指についた土をねりねりして落とした。
鳳凰に媚を売る時間があったら、己を鍛えたいのだ。
釈放後、海軍や辺境軍に誘われたが、サンドライトに帰化するのは違う気がして断った。
戦犯として終身刑に服すなら、違和感がないのだけど。
多分ランは、法律や常識では救えない弱者の手助けをしたいと思っている。おそらくは地底泉の洞窟と、お節介なおばちゃんたちの影響で。
でも、サンドライトは全体的に為政者がまともだ。貧富の差はそれなりだが、貧窮層が明るいというか、悲壮感が薄いというか、施政が行き届いている感じがする。ランにできることは、あまりなさげだ。
殺伐としたこの地の方が、おあつらえ向けだろう。
ここは、シギルス州都ノースタウン。
旧シギ州と旧北王国連合国を併合した、最果ての自治州の中心地。帝国で最も後進的な州都のひとつだろう。
針葉樹の生い茂る内陸の寒冷地で、巨大なダンジョンをいくつも内包している。
内陸だからか晴天が多く、寒い。とにかく寒い。秋口に積もった雪が、翌年の夏まで溶けない。近隣の山々には、万年雪がこびりついている。
ダンジョンの難易度が高すぎるがゆえの過疎地だったが、広範囲で無害な温泉が湧いたことから、旧シギの食糧難民を大量に雇ったオケアノスが、都市開拓をおっぱじめたのである。
ら、スノーローズがここ掘れミャウミャウと、金鉱を掘り当てた。
他州から温泉熱を利用した農法を教わり、食糧問題に明るい兆しが見えてきた。
移住者たちは、温泉を中心にして、出身地ごとに街を作っている。寒さの厳しい土地ながら、まあまあ過ごしやすい集落が整いつつある。
さらにオケアノスは、各地の売春窟を訪ね、操られていた時分の被害者を探し集めた。
大陸の東部では、性犯罪の被害者は警邏によって売春窟に連行される。売春窟というか、患者が春をひさいで治療費をかせぐ病院である。治安維持と弱者救済と搾取が同時進行という、ある種の必要悪か。
この風習に、世間知らずなオケアノスはびっくりした。
びっくりしすぎて、まとめて雇い入れて、温泉地の一部を「女人街」にしてしまった。
体液が万能薬なスノーローズを源泉で遊ばせているせいか、体を壊した女たちもゆるっと快方に向かっている。
どうしたらそういう発想ができるのか、ランにはわからない。
もちろん、売春窟の廃止には強い反発があった。しかし、なにせオケアノスである。超絶下衆なストーカーに憑依された完璧超人である。
売春窟の職員に「えろまんが」「えろのべる」を書かせ、並レベルの女が買える値段で売りさばかせた。
結果、心身を病んだ女を売るより潤ってしまった。税金を安くしたのに財源ガボガボ。
どこからそんな発想がわくのか、ランにはやっぱりわからない。
とまあ、初っ端からチートな為政者ぶりを発揮してきたが、さっぱり嫁がこない。
さもありなん。
売春窟の女たちにしてみたら、ドラゴンの幼生を連れ、視界のそこここに鳳凰が飛んでる環境で『かつて、そなたらにした無体は許され得ぬ。そなたらを妻とし、そなたらの名誉を回復したい』って、言われても。
現在のオケアノスは、艶やかな黒髪を胸の長さで揃え、耳の高さでひとつに結えている。生成りや水色、薄茶色といった淡い色のデールを好み、ダンジョンの調査時は鈍色の革鎧を愛用している。控えめに言って、強く気高く清潔感が半端ない。
心が洗われるような声で語り、旧シギ太守だった副太守を立て、北王国連合だった議員たちの文化風習を尊重し、あちこちで拝まれたり永遠の忠誠を誓われている。
背中に流した長髪に、漆黒の鎧に漆黒の剣。軽い猫背で、所作が粗雑、怒りの沸点が低い「オッキー様」とは違う。同じ顔だけど、何もかもが違う。
品が良すぎるわ、所作が綺麗すぎるわ、被害に遭った女性たちから「どちら様ですか?」と首を傾げられるレベルだ。
体感的には「売春窟から出してくれて、温泉付きの自宅と障害年金をくれる、神さまみたいな太守様」でしかない。
「お断り」じゃなくて「畏れ多すぎる」のだ。「尊き身分と御心に相応しい出自の御令嬢とお幸せになってくださいおねがいします」なのだ。
逆に、女人街ではランの方が顔を覚えられていて、怯えさせてしまった。
薄情なランは誰一人として記憶にないが、オケアノスが全て記憶していて、聞けば詳細を教えてくれる。控えめに言って、鬼畜の所業だった。
だから、ランは女人街に近づかない。女ばかりの街を狙う不埒な輩が来たら、殺さない程度にぶちのめすだけだ。
そんなランを、オケアノスは褒める。
「そなたは勇敢で、心が澄んでいる」と、讃えてくれる。過分だ。だが、その度にランは思うのだ。この人に愛されたかったというよりは、褒められたかった。認められたかったのだな、と。
月日は、緩やかに確実に流れてゆく。
ノースタウンは気候の割に暮らしやすい、温泉の恩恵を受けたダンジョン都市として、日々栄えている。
が、ひとつだけ、めちゃくちゃに厄介な特徴がある。
難易度の高い巨大ダンジョン群が、人里に近すぎるせいだろう。ダンジョンから溢れた魔物が、ちょくちょくスタンピードを起こすのだ。
自警団から、自然に軍隊が編成された。
スタンビード対応に特化したシギルス軍は、平時は指南のランにしごかれ、ダンジョンに挑み、素材になる魔物を持ち帰り、食べられる魔物は街の食堂で調理してもらって、楽しくレベルを上げている。
ランが女軍人の制服を、ゆるふわかスタイリッシュセーラー襟と戦闘用デールの三択にすると、オケアノスにドン引きされた。「セーラーム……」ってなんだろう?
軍の志願者と移住者が増えたから、結果オーライだと思うのだが。
何度目かの長い冬が終わり、雪解けの時分だった。
サンドライト王国から、シギルス太守オケアノスに婚約者の釣書が届いたのは。
「はー。こりゃまた細い女ねー。前王弟ファルカノス殿下の養女で、東国学舎を主席で卒業したレイアス嬢(28)って。めっちゃ行き遅れじゃん。オケアノス様より年上じゃん?」
釣書を持ってきたヨアンから絵姿を奪うラン。
太守より高位の剣客だからって、執務室はフリーパスだわ、先に釣書は見るわ、やりたい放題である。
オケアノスもオケアノスで、オーク材のデスクに肘をつき、なついてくるスノーローズを撫でながらニコニコしている。
ランは「サンドライトの絵姿って、いまいち信用ならないのよねえ」と追加でぼやいた。
フレデリック王の絵姿が地上に降りた大天使のように聖らかで、マリアベル妃が高貴で傲慢な傾国美女風だから。「逆、真逆!」と言いたくなる。
レイアス嬢(28)も、絵姿でわかるのは濃褐色か黒髪の、痩せていて真面目そうな令嬢ってくらいだ。
「フレデリック王の推薦だから、能力は折り紙付きだ。本人はマリアベル正妃付きの女官を希望してたみたいだけど。ま、王命にゃ逆らえんわな」
「あー。サンドライトあたりとの政略相手を紹介されない限り、結婚する気配ないもんねえ。うちの太守サマ」
「幼児の遊戯会みたいな戦闘服で萎えさえて、それを回避してきた貴族娘が言うことか? あん?」
ドラゴンライダーのこめかみグリグリ攻撃が発動した。
「痛いから。痛いから」
実際、ヨアンのツッコミは間違ってない。
釈放直後、ランはサンドライト議会からオケアノスとの婚姻を打診されている。そこでマリアベルに相談し、フリヒラ戦闘服を与えられ、現在に至るわけだ。
『オケアノス様は、女性を選り好みされる方ではないでしょう。でも、幼げな少女と結婚するのは、無理なのでは?』と。
マリアベルの趣味としか思えないけど、見当違いでもなかった。婚約回避の目論見も、秒でバレたけど。
『安心されよ。ランに限らず、女人が望まぬ要求はせぬ』と微笑まれ、ときめいたのはやっぱり忠誠心だけだった。
「ヨアン。そなた、釣書を持ってきただけではなかろう?」
スノーローズを撫でながら、オケアノスが助け船を出した。この御仁は、どうにもランに甘い。いや、全ての人類に甘い。
「ああ。サンドライト南海沖のダンジョンが、魔物化しやがった。サンドライト軍は、魔物化したダンジョン戦には慣れてねえ。前王が討伐に参加してるから、被害は最小限だけど。剣姫を貸してくれ」
「ならば、私も」
立ちあがろうとしたオケアノスを、ランが「オケアノス様はダメ」と止めた。
「サンドライトも、王サマは参加してないでしょ? しんがりは動いたらダメ。たとえ友好国が滅んでも、貴方はここでシギルスの民を守らなくちゃいけないの。ヨアン、支度してくるから15分待って」
軽やかに退出したランに、「メスガキが、一丁前になったたなあ」と口笛をふくヨアン。
「ランはもう、善悪を知らぬ幼子ではないよ」
スノーローズを撫でながら、オケアノスが笑みを浮かべる。含みを帯びた言い方に、ヨアンは片方だけ眉を上げた。
「誇り高き女人だ。純潔を捧げた私に嫁ぐ安寧よりも、片恋の慕情を貫く孤高を選んだ。あの子の過去や未来を、嗤ってくれるな。現在の在り方に、指図もしてくれるな。頼む」
「ーーーそうか。いや、俺が悪かった」
ヨアンは窓の外を見て、オケアノスはスノーローズから視線を外した。これ以上は、語るべきではない。
「ノースタウンには今、S級冒険者が4組、SSS級が2組滞在している。スタンピードが落ち着いているゆえ、交渉したらよかろう」
太守が来る者拒まずだからか、この地にはラン以外にもちょいちょい剣客がくる。難易度の高いダンジョンと温泉の噂を聞きつけて、物好きな猛者たちが集まってきたのだ。
「とりあえず、今回はランだけでいい。ダンジョン慣れした軍師から戦い方を習えば、次は自軍でなんとかできるよーになるだろ。サンドライトは前王が出来過ぎなの、問題なんだよね。お前もだけど。カリスマがいなくなった後に民が路頭に迷うんじゃ、困るじゃん?」
「フレデリック王を見習って、善処しよう」
「今の王サマも大概、傑物だけどな」
ドラゴンライダーたちの会話を聴きながら、眠たくなったスノーローズは、オケアノスの膝の上にコテンと頭を乗せた。
人間にはいろんなシガラミがあるみたいでよくわからないけど、オケアノスのお嫁さんはオケアノスのことを一番好きな人が良いなあと思う。そうしたらオケアノスは、その人を幸せにする為に、自らを幸せにするはずだから。
街道の根雪が固まると馬車が立ち往生してしまう。
冬が来る前にノースタウンに入り、結婚式は来年の夏にと、オケアノスとレイアス嬢の婚約は速やかに整った。
魔物化した海底ダンジョンを崩壊させ、サンドライト海軍とシーサーペントを煽って鍛えまくったランは、護衛ついでに花嫁道中に付き合ったのだけどーーー正直、「サンドライトが好きそうな茶番だわ」と思っている。
思えば、バレバレな釣書だった。
「オケアノス様、ぜんぜん気がついてなかったよ?」と、レイアス嬢と同じ馬車に乗り込んだランはため息をついた。
「そのくらいの方がよろしいのでは?」と言われて、この茶番に受け身すぎる令嬢にデコピンした。
律儀なオケアノスは、館の門の前で婚約者を待っていた。
太守を深く敬愛する使用人たちや近隣の住民らも集まってきて、太守夫人の到着を心待ちにしている。羊の毛織物のデールに、結晶のまま降ってくる雪を薄く積もらせて。
オケアノスの右側にはスノーローズ、肩には鳳凰。
ランにとっては、見慣れた姿だ。だが、あの雅やかで平穏な姿は、レイアス嬢には驚きだろう。
「雪が降っているのに。お風邪を召されてしまう」と呟くレイアス嬢に、ランは「注目するとこ、そこ?」と笑った。
「サンドライト王族って、ハッピーエンドが大好きだからさ。恩人たちの期待に応えてあげなさいよ。ね? ……スゥ」
やがて、黒髪の令嬢は、名を捨てた斥候姫は、剣姫に手を借りて馬車を降りた。
欄外オマケ
フレデリックとマリアベルの子どもたち
ラファエルとガブリエラは二卵性双生児でミハエルの2歳下、ウリエルは双子の6歳下です。
第一王子 ミハエル
後のサンドライト10世。
淡い色の金髪に紫紺の瞳。幼少期は祖母に瓜二つ。
青年期からマリアベル成分が強くなり「雪花の王太子」と讃えられる。父や祖父はもちろん、ラファエルやガブリエラとも比較して凡才であることを悩んでいる。が、実際には、王室伝統腹黒成分が皆無なだけ。なんでも卒なくできるが、恋愛は超ポンコツ。ピアノで剣舞の伴奏をするのが好き。
第二王子 ラファエル
金の巻き毛に菫色の瞳。王室伝統の腹黒成分担当。
人当たりが良くて器用。強い漂白力で、汚れ仕事を汚れに見せない。乱世なら立太子を望むが、祖父や父の偉業を「継ぐ」才を持つ兄こそが平和な時代を導く王と確信し、忠誠を誓うブラコン。
常識の範囲内で超手が早い。婚約者はパトレシア・レガシィ女辺境伯の末娘ポーラ。一目惚れして三日で外堀を埋めた。ピアノは聴く方が好き。
第一王女 ガブリエラ
実力で騎士爵位を得る姫騎士。得意な武器は辺境槍と戦斧。銀髪で菫色の瞳ゆえに、救国の聖女ヴァルキリーの再来と讃えられる。フィジカルは兄妹最強。
将来はパトレシア・レガシィ女辺境伯の嫡男ベルベットに嫁ぐ。ガブリエラの一目惚れからの政略結婚。未来の旦那様を支える為の努力を惜しまず、騎士クラスに所属しながら首席をぶっちぎる才女。
性格は猫をかぶらないフレデリック。恋愛面だけマリアベル並のオクテ。ピアノは嗜み程度。
第三王子 ウリエル(ウリエル・シュナウザー)
出生時に母子共に死にかけ、乳幼児期は病弱だった。
金髪碧眼キラキラ王子。顔はフレデリックに、性格はマリアベルに似る。つまり天使。
のちにクリスフォード・シュナウザーの養子となり、将来はシュナウザー公爵家を継ぐ。ピアノは得意。
長男と末っ子がマリアベル、双子はフレデリックに似ます。性格が。




