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epilogue5 悪役を卒業した悪役たちのその後 前編

雪が溶けて花が咲き、夏が訪れ、実りの季節に王太子が結婚し、また冬がきて、季節はめぐりーーー終戦から2年半が経過した。

サンドライト歴424年、初夏。

戦犯の剣姫ランは現在、北海の国境で懲役刑に服している。



王国北部峡湾地方の夏は、夜が短い。

夏至の頃なんて、21時過ぎに沈んだ夕日が、5時半には朝日に化けている。

オケアノスと旅に出て以来、定住したことのなかったランは「いろんな気候」があることは知っていたが、一箇所にいて季節の移り変わりを体感した経験は、なかった。

とはいえ、物事を深く考えないので、「流刑地って、冬が暗くて、夏が明るい」と納得している。

さらに、居住用に用意されたテント小屋が、しょっちゅう踏みつぶされることも。


「まーた、シーサーペントどもか。私が家にいるときにやりなさいよね! 殴ってやるんだから!」


本日の刑務を終えたランは、プリプリ怒りながら常備しているハンモックを取り出した。

シーサーペントどもは「戦犯」に容赦がない。毎日のように、テント小屋を潰しにくる。

寝場所に頓着のないランは、そこら辺の木にハンモックをくくりつけて寝ている。冬はそうはいかないが、夏だし。虫よけの焚火をしなくちゃなのがメンドクサイなあって程度にしか、身の上を嘆いていない。


サンドライト王国からランが与えられた刑罰は、「亡き上王レイアリスの居住地と、その周辺環境の回復」だった。


悪霊に操られたオケアノスは、上王レイアリスを殺害し、居住地にしていた庵と洞窟を、死屍竜(アンデッドドラゴン)の瘴気砲で薙ぎ払った。

ランも、その現場にいた。はやく帰ってイチャイチャしたいなあとしか、思っていなかった。

今思えば、死を目前にした老人は、悪霊と語られる「オッキー様」ではなく、「15皇子オケアノス様」に語りかけていた気がする。事実、亡命した幼いオケアノスをかくまった恩人だと、知らされたのは戦後だ。


戦後といえば、大幅に地形が変わったところに、大海竜リヴァイアサンが「クサいから」と、瘴気を浄化した。しやがった。

結果、瓦礫や土砂が堆積しまくり、復興のハードルが爆上がりした。大海竜の浄化って、いったい。

特に、沿岸部の入口がもう、ぐちゃぐちゃのドロドロだ。

乾かせば燃料になるとはいえ、もはや、種類の異なる環境破壊ではなかろうか。


海軍の元帥には「3年で、オレ様が住めるようにしろ」と言われた。ドラゴンがドラゴンなら、ライダーもライダーだ。


そんなわけで、ランの処遇は、サンドライトの王城で暗部たちを鍛えまくっているスゥと違う。だいぶ違う。

たぶん、服装からして違う。

服を着ると皮膚感覚が鈍る気がして愛用してきたビキニアーマーは、サンドライトではたいそう破廉恥な代物だったらしい。

サンドライト女性の常識によれば、谷間の露出は問題ないが、その下の肌は「隠せ」と。スカート丈は膝より長いが鉄則。さらにソックスやタイツ、ドロワーズの重ね履きで、素足の露出を徹底的に避けている。逆立ちしてもショーツを見せないのが、国民の常識らしい。


男女問わず、素裸で体型や武闘の型を確認する軍人がゴロゴロいる環境で育ったランとしては、「知るか」である。具体的な筋肉の動きを知らないから、体幹が弱いんでしょ? としか。

収監されていた頃、長袖の囚人服がだるくて裸でいたら、身元引き受け人のヨアンに「裸族?」と首を傾げられた。


「オッキー様」に「かわいい」「妹キャラ」と愛でられたランは、小柄で童顔だ。20歳間近な今も、14〜15歳くらいに見られがちだ。体のパーツで目と胸だけが大きいから、ある種の男たちにものすごく需要がある。が、内面の成熟を好む男の目には、子供にしか見えないのだろう。

王都で収監されていた時分、ヨアンから丈の異なる衣服を大量に押し付けられた。


「帝国貴族の娘が裸で収監されてたら、外聞が悪いんだよ。サンドライト滅亡レベルに」と。


仕方なく、牢屋にいた頃はジャージに袖を通した。

現在は、袖のないタンクトップと、デニム布の作業用パンツで過ごしている。

ひとりの現場だし、シーサーペントどもがたまに邪魔しにくるだけだから、裸でいーんだけど。

乾かして燃料にした泥土を買い取りに来るおばちゃんたちが、うるさいのだ。


「女の子が、お肌を出しちゃいかん!」と。


タンクトップの隙間から見える谷間はいいらしい。が、ブラジャーをしないと怒られる。

本当は裸足が楽なんだけど、「海辺の作業はこれ!」と、防水作業着と地下足袋をプレゼントされてしまった。手作りの、すごいボロを。

「パンネカーケ」とかいう、小麦粉と楓糖を水で解いて焼いただけの、貧しいおやつをもらったこともある。


奪ったことしかなくて、施されたことのないランには、こそばゆい体験だ。


奪ってばかりいた頃は、強奪や脅迫が当たり前過ぎて、失わされた側の心情なんて、生活なんて、考えもしなかった。


今は……どうなんだろう。


この地は、帝国どころかサンドライト王都とも、比べ物にならないほど清貧だ。

ホワイト子爵のダイヤモンド鉱山が発掘されるようになって雇用が拡大し、ようやく安定した暮らしが板についたと聞いているけれど。

安定しただけで、決して裕福ではないのだ。

3年前の夏に開かれたという、エイミ・ホワイトとアーチライン・シェラサードの婚約記念パーティーが、未だに語り草になっているくらいだし。

おばちゃんたちが「産まれて初めて飲んだ、甘くて酸っぱい極上のジュース」は、どう聞いてもハチミツ入りのレモネードだし、「サクサクした黄金の皮に包まれた天使の果実」はアップルパイだ。ランからしたら、庶民のオヤツである。庶民のオヤツも食べられない庶民て、貧民って呼ぶのでは……?


「ねえ。あたしが食べちゃったら、チビたちのごはんがなくなっちゃわない?」


いつか聞いたら、笑われた。


「ランちゃんが作る燃料は質が良いから、高く売れるんだ。チビたちも丸くなってきた」と。


反射的に「ウソだな」と思った。おばちゃんたちも、チビたちも、あまり肉付きがよろしくない。


『法を犯したらしいとはいえ、若い娘が、毎日泥だらけで朝から晩まで、ねえ』

『ろくにご飯も食べていないようだし』

『力仕事なんだから、甘いものをとらせなくちゃね』


ーーーそんな風に思われているみたいだ。

そんなんじゃ、ないのに。




久々にヨアンが流刑地を訪ねてきた日は、ハンモックをかけるのも面倒で、トネリコの大木に寄りかかって寝ていた。夏は昼が長いから、つい働きすぎてしまう。夜半すぎに、頬をペチペチされて目が覚めた。

カンテラを手にしたドラゴンライダーと、真正面から目があった。

デカい男だ。身長はオケアノスの方が高いが、筋肉が分厚いから山感がすごい。


「……ヨアン?」


「なんでこんなとこで寝てるんだ? テント小屋は?」


「シーサーペントどもに潰された。夏の風物詩だわね。いつもはハンモックで寝てるんだけどね」


フワーとあくびをすると、ヨアンは呆れたようにため息をついた。


「もっとはやく、オレか王弟にチクれよ」と。


「んー。刑務のひとつだと思ってたわ」


「アホか。んな私刑は過分だ。ここは、法治国家だぞ。帝国もだけど。常識を知らんダンジョン育ちって、こえーな」


ヨアン・カーマインはランの保護者というか、身元保証人だが、あまり様子を見にこない。というか、ぜんぜん来ない。今日だってたぶん1年ぶりくらいだ。


「洞窟、開通させたんだって? 居住区を案内するから、ついてこい」


あからさまな時間外労働だし、睡眠時間も削られた。

ヨアンはダンジョン生まれのダンジョン育ちだから、ラン以上に時間感覚がないのかもしれない。


「ハイハイ」


言い返す気にもなれず、ヨアンの後に続いた。

真夏の夜の森は、夜光虫が無数に飛び回っている。カンテラのまわりに蛾が集まっては、バシバシぶつかってくる。

虫の音と踏みつける落ち葉の感触に、ランは冒険者時代を思い出した。






ランが整備している無人の洞窟は、夜の帳に静まりかえっていた。鍾乳洞の水滴音が、ボタンポタンと響いている。


「王弟は3年て無茶ぶりしたけど、2年ちょいでほぼ終わらせたか。大したもんだ」


ヨアンの低い声も響く。


「暇だったからね。監視も来なかったし」


「それ、フツーはサボらねえ? 意外と真面目だったんだな」


「初めて言われたわ。真面目なんて」


ランは、声を落として苦笑した。

おしゃべりでお節介なおばちゃんたちに、できるだけたくさん売り物を渡したかっただけの話だ。





洞窟の奥に居住区があることは、ランも知っている。

が、土石が崩れていない場所は放置しているので、近づいてもいない。

居住区に入ると、ヨアンがカンテラの炎を消した。

壁を覆う光苔が、まるで昼間みたいに明るかった。


「ふぅん。中、こうなってたのね。調度品とか、けっこう豪勢なんだ」


「歴代サンドライト国王の、終の住処だからな。そりゃ、それなりだろ」


レイアリス上王と親しかったヨアンは、この洞窟の勝手を知っているらしい。複雑な通路を、迷うことなく進んでゆく。


「以前、オレがもらった客室がある。明日からはそっちで寝泊まりしろ。シーサーペントも、ここにゃ入らん」


こともなげに言うヨアンを、ランは鼻で笑った。


「あたしは、ここの家主を見殺しにしたのよ? オッキー様が殺せって言ってたら、この手で殺してたわ。あんた、バカなの?」


甲高い声が、反響して耳がぐわんぐわんした。バカなの? と繰り返すこだまは、ヨアンよりもラン自身に問いかけているみたいだ。


「シーサーペントどもの報復なんて、気にもしてないわよ。あいつら、友好種族の敵討ちにかこつけて遊んでるだけだし」


「それでも、爺さんが生きてたら、お前をここに住ませていただろうさ。そういう御仁なんだよ。子どもは世界の宝なんだって。オレは怒られただろうな。保護者になったなら、放置すんなって」


「ねえ、あたし、もうすぐ20歳よ? 子どもじゃないわ」


「実年齢より、中身の問題だ」


「うっさい」


憎まれ口をたたかないと、平常心を保てないのはなぜだろう。自我を取り戻したオケアノスも、ランの減刑を願った王太子も、燃料売りのおばちゃんたちも、この男も、ランに甘すぎる。




その後は地底泉の温泉に案内され、なぜか着衣のまま突き落とされた。


「ちょ! なにすんのよ!」


「ここに立ち入る以上、聖域にも案内せにゃならんから」


「落とさなくても、言われりゃ入るわよ!!!」


ザブンと立ち上がったものの、あまりの気持ちよさに再び座り込むラン。なんだこの泉質。疲れが溶ける。


「オレの客室が嫌なら、オケアノスの部屋は? 元婚約者なんだろ?」


「候補よ、候補。それに、恐れ多いわよ! 今更!」


ランは思わず我が身を抱き締めた。

収監中、オケアノスは自ら右手首を切り落としたと聞いている。身体欠損を理由に皇位継承権を放棄することで、ランの助命を願ったと。


実際のところ、自傷か他害かはっきりしない。

どちらにしろ、それが免罪符になってランの処刑が回避され、彼の右手は永遠に失われたのだ。


不遜で身勝手で、助平で残酷で、()()()()()()「オッキー様」は、もういない。どこにもいない。


「じゃ、スゥが使ってた部屋でいいか。服も多分残ってるだろ。知らんけど」


ヨアンの声で現実に戻ったランは、「オケアノス様の部屋じゃなきゃ、どこでもいーわよ」と、吐き捨てた。


ヨアンの気配が消えたので、いそいそと服を引き剥がして、フーッと一息ついた。

服とラン自身の汚れが溶けて、乳白色の湯がチョコレート色に染まる。

長い金髪をツインテールにして、お肌の手入れに余念のなかった剣姫が、短髪の肉体労働者になって久しい。

自主鍛錬はしているが、剣帯を禁止されているので体術だけだ。あとは、乾かした燃料を水浸しにしたシーサーペントどもをぶん殴るくらいか。死なない程度だから、大して殴ってないけど。


一生、剣は握れないだろうか。

これでいいような、悪いような、だ。

なにしろランは、自分の刑期を知らない。終身刑なんだろうなってくらいしか。


たっぷり寛いだ後に、バスローブを羽織ってヨアンを探したら、ちょっとだけ目を丸くされた。「ヒト未満が、人類に進化した」と。


「大人になった」とか「綺麗になった」とか、素直に言えばいいのに、と、ランは思った。


なお、王都収監中に、「囚人服なんか、誰が着るか!」「あたしのアーマー、返しなさいよ!!!」と怒鳴り散らした過去は、なかったことにしている。なかったったら、なかったのだ。



浴後は、この地で暮らしていた頃にスゥが着ていたであろうお仕着せを借りた。背の高いスゥにはたぶん膝下ロングだっただろうが、小柄なランが着ると踝丈マキシだ。あと、上半身が若干キツい。ここにいた頃は14歳だったらしいから、こんなものか。

身綺麗にして「転生の泉」にいざなわれたランは、湯浴みを強制された理由を知る。


数多のダンジョンを制覇した冒険者でさえ、見たことのない神秘の空間が、存在した。


浅黄色の水底からあがる無数の気泡が、鍾乳洞の隙間からのぞく星空に吸い込まれていく。

全ての気泡が、キラキラ輝いていた。

まるで、自ら発光するシャボン玉みたいだ。

逆に天からは、干した鬼灯(ほおずき)みたいな球体が、牡丹雪のように降り注いでいた。


「これ……なに?」


そっと手を伸ばすと、ランの眼前で停止した。

自ら輝く気泡の中で、生まれたばかりの赤ん坊がまどろんでいる。天に登る気泡には赤子が、降りてくる球体には死者の姿が映っていた。


「レイアリス上王曰く、人の魂はここから生まれて、ここに戻ってくるんだってさ。オレもお前も、ここから生まれて、いつかここに還るらしいよ。王様も奴隷も、聖者も愚者もみんな」


世界最強と謳われるドラゴンライダーでさえ、この空間ではひとつの生命に過ぎないという。


かつてのランは全ての生命を軽く扱い、虫を殺すような無邪気さで葬ってきた。

それがランの罪で、罪と知りながらどこか他人事で、反省もせずに生きていくことが、ランの業だろう。そう信じてきた。


実際には、ランが何を思おうが、生命は平等で、重くて、軽くて、ランごときの手には負えないほど、尊いものだと知った。

突きつけられた。

際限なく生まれ、沈んでゆく、無力で、無数の生命たちによって。


ランの頬を、涙の粒が零れ落ちた。

何を思ったらいいのだろう。考えがまとまらない。胸が苦しい。泣く理由がわからないのに、涙が止まらない。


少女時代にこれを見た斥候姫スゥは、何を思ったのだろう。最も尊い命をオケアノスと定め、地獄の果てまで守り抜く決意を新たにしたのだろうか。

わからない。スゥのことはけっこう好きだけど、よくわからない。


司祭姫キミがこれを見ていたら、より残虐な死に傾倒していたと思う。キミは人でなしだったから、わかりやすい。


では、自分は? 数多の人を殺し、犯し、傷つけてなんとも思わなかった、弱い人間は死ぬべきだと信じていた剣姫は、何を思ったらいい……?


「先日の議会で、サーガフォルス国王が退位を表明した。来年初頭にフレデリック・サンドライト9世が戴冠する」


無言で涙を拭うランの背後から、ヨアンがここを訪れた理由を告げた。


「近く、恩赦が下るだろう。ランは刑務を前倒しで片付けたから、秋には釈放されるんじゃないかな」


摩訶不思議な泉を見つめながら、彼にしては穏やかな声で。


「あたしが……? 終身刑じゃないの?」


「それを減刑すっから、恩赦って言うんだよ。ま、あとは、ここらの主婦たちが、釈放の嘆願書を出しまくってたんだってさ。何度も何度も。海軍元帥が情に厚い王弟でよかったな。ラン」


ガシガシと頭を撫でられて、ランは思わず両手で口を覆った。あのおばちゃんたちときたら、もう……!


赦されることなんか、絶対にないと思っていた。

でも、恩赦を決めるのは、罪を犯したランではない。


ずっと、この地で生きるはずだった。

この刑務が終わったら、鉱山で働くのだろうと。

かまわなかった。それで。

オケアノスが生かしてくれた命だから。


「オケアノスが言ってたよ。ガキの頃は、ランの強さに救われたって」


「は? バカさ加減を憐れまれた記憶しか、ないけど?」


「オケアノスは何かしらに興味を持つと、壊されるか殺されるって環境で育ったんだってな? 婚約者の候補だったお前だけは、ピンピンしてた上、刺客を惨殺しまくってたんだろ? 悪意があるっていうよりは、単に無知で無邪気だったから、真人間にしてやりたかったんだってサ。愛だね。結婚したら?」


「……結婚する種類の愛じゃないじゃん、それ」


恋にチョロい自覚はあるが、さすがにその情報から『両思い確定! 大好き! カモン婚約!』とはならない。いくらランでも、そこまでバカじゃないし。


「若い太守に嫁さんがいないままって、割と問題だぞ? 武伯のハゲも、ランの戸籍を抜いてないらしいじゃん。身分的にも、ちょうど良くね?」


「うーん。政略なら従うけど。結婚したいかって言われたら、したくないのよねえ。お互いにメリットなくない? 太守夫人がやるべきこと、あたし全くできないしやる気もないし」


収監中、減刑や助命を拒否しまくり、オケアノスの保釈しか欲さなかったから、彼を愛していると思われてもおかしくない。

実際、初恋だったし。純潔を捧げたのも、彼ではない彼だし。ランも帝国貴族の娘だから、添い遂げて当然だとは思うけれど。


『命は有限だからこそ美しいのだと、余は思う』


少年の日のオケアノスの姿が、声が、ランの脳裏に蘇る。彼の刺客を殺して誉めてもらいたかったのに、彼は悲しそうな表情で、骸たちに黙祷を捧げた。


『礼を言わねばならんが……そなたは殺し過ぎる』


あの言葉の意味を、ランは長い間わからなかった。

今になって、ようやく少しわかってきたかもしれない。

愚かな幼馴染を見守ってくれた、彼の慈愛も。その種類も、深さも。


「惚れてるんじゃ、ねえの?」


「今は、忠誠心しか残ってないなあ。恋は終わっているのよ。とうの昔にね」


意外そうに目を丸めるヨアンを、ランは「おっさんのくせに、女を知らないのね」と笑い飛ばした。


今、ランがオケアノスに望むのは、彼自身の幸せだ。

幼かった恋心の成就ではない。


閉ざされていた道が、闇に隠されていた道が、光に照らされて暴かれた。暴いたのは、隣にいるヨアンだ。

この泉に案内してくれた彼は、たぶん光みたいな存在なのだろう。錯覚かもしれないけれど。この錯覚をランは、「希望」と呼ぶことにした。








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