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epilogue2 夜の蝶を愛でる茶会にて(前編)

「大変です! エイミちゃんが、生きてました!」


初夏の夕映えが窓に映る執務室に、婚約者がつっこんできた。本日の執務を終え、プライベートというか婚姻関係の書類に手をつけた、ちょうどその時だった。アーチラインは、小首を傾げて立ち上がった。


「うん。君は生きてるよ。間違いなく」


アーチラインの婚約者は、平民育ちを差し引いても落ち着きがない。聖女だから見逃されているが、気分でくるくる表情が変わる、ちょっと残念な令嬢である。

が、アーチラインはそんな小動物みたいなエイミこそが愛しい。もう少し取り繕えるようになった方がいいかなとは思うが、決して下品ではないし、対人関係も良好なのでまあいいやと日和っている。

今日のエイミは、郊外のバラ園でお茶会に呼ばれていたはずだ。

デイドレスのままつっこんできた彼女を、愛でるべきか、着替えを促すべきか。

アーチラインはとりあえず、バラ色の頬をつんつんしてみた。

いつもなら、機嫌の良い猫のようにすりすりしてくる彼女が、その指をギュッと掴んで見上げてきた。


「そうだけど、違いますっ! 私じゃなくて、アーチライン様とフローラさんのお嬢様です! 生きてたんです!」


「え……?!」


アーチラインの脳裏に、ゆりかごで絞殺された赤子が蘇った。

王太子のスペアは、生殖能力を証明するため、市井の女に子を産ませる『仮腹』という慣例がある。少年だったアーチラインは、平民の恋人フローラを指名した。

本人は正妻にするつもりでいたが、フレデリックには猛反対され、家族は愛人として離れに迎える気でいたので、揉めに揉めた。今でこそそれが最適解とわかるが、当時のアーチラインには結婚が前提にない子作りなんて考えられなかったのだ。

揉めている間に、恋人と娘が殺害された。

フローラは自殺を偽装され、最愛の娘は絞殺され、残酷にも顔を潰されていた。


犯人は、フローラに懸想した薬師だった。名はエーリック・メンデル。多くの植物学者や宗教家を輩出してきた、メンデル伯爵家の未子だ。

平民落ちして処刑されて、一応の決着がついたが、彼は実行犯であって黒幕ではない。証拠を掴めないまま、黒幕と思われる人物は、別の罪で処刑された。


終わったことだ。

だが、最愛の恋人と娘を守れなかったアーチラインの罪は消えない。


「嘘だろ……」


アーチラインはうめいた。この両手は、変わり果てたエイミの亡骸を、間違いなく抱きしめたのだから。







この、表沙汰にはできないスキャンダルを、エイミは行きたくなかったお茶会で知った。

招待状を送りつけてきたのは、『夜の蝶を愛でる会』主催の、ジャックリーン・アビシニアン侯爵未亡人。

アーチラインのもと愛人である。

初恋は一途だったが、残酷に失われた反動か。エイミと婚約する前のアーチラインは、とんでもない遊び人だった。

未婚の令嬢や仲良し夫婦に水を差す放蕩はしないが、未亡人や夫公認の既婚者は数知れず。

中でも『夜の蝶を愛でる会』は12人の淑女が集うアーチラインのファンクラブで、全員がもと愛人ときた。

婚約する前から知っていたとはいえ、エイミとしてはあんま関わりたくないお姉様方だ。


が、招待状を戦線布告と捉えたエイミは、サーシャに泣きついてドレスと手土産を厳選してもらい、優秀な侍女たちに肌や髪をピカピカのキラキラしてもらうべく、お手入れをお願いした。


1週間後、シェラサード・ブルーのデイドレスに、琥珀とイエローダイヤのカチューシャとネックレスをあわせて、エイミはお茶会という名の戦場を訪れた。

アーチラインには、「優しい貴婦人たちだけど、気が進まない茶会に行く必要はない。僕の名前で断るよ」と言われたけど、これは女の戦いだ。行かなくちゃ、女が廃る案件なのだ。たぶん。


会場は、王都郊外のバラ園。女子修道院と孤児院が併設されている男子禁制の、絶対領域だった。

12人の淑女たちはすでに着席して、主賓であるエイミを待っていた。彼女たちは落ち着きはらっていたが、エイミは度肝を抜かれた。


え?! 半分熟女!? 1名老女?????


そりゃ、全員年上なのは察していた。つか、もともと年上好きだし。初恋のフローラは5歳上だと聞いている。


で、目算で6名は20代。5名は母親世代! 1名は祖母世代?!


「はじめまして。歌の聖女エイミです。お招きありがとうございます」


出自が平民でも、1番身分が高いのはエイミなので、エイミが自己紹介をしないと始まらない。始まらなくていいけど、終わらせなくちゃだから始めるしかない。


「ご足労いただき、感謝いたします。『夜の蝶を愛でる会』主催の、ジャックリーン・アビシニアンでございます」


最年長アビシニアン侯爵未亡人は御歳62歳。

上品で姿勢の良い老婦人である。

若い頃はさぞかし美人だっただろう。モテモテだっただろう。

ってゆーか、夜会でじーさんたちを侍らせてるの、見たことあったかもしれない。


その後、次々に自己紹介を受けた。1番若い元愛人は、なんと赤ちゃん連れだった。

アーチ様の隠し子? と口に出さなかったエイミは偉い。


「最初に申し上げますが。私たちは皆、かの御方の幸せを切望する同志でございます」


「え。意味わかんないです」


テンパったエイミは、借りてきた猫と被っていた猫をぶんなげた。

愛人がテーブルを囲んでキャハハウフフ、私の時はこうだったのよとか、王様よりハーレム要員多いの? とか、言いたいことはいろいろあるけど、最年長と最年少が40歳差って守備範囲が広すぎだ。怒るよりあきれるより、まずはテンパった。

エイミが混乱している間に、愛人たちとアーチラインの馴れ初めが語られた。


「病気治癒され復帰された最初の夜会では、わたくしがお相手致しました」


と、名乗りをあげたのは、メリーアン・シンバル伯爵夫人という、

もとは娼婦で、シンバル伯爵の後妻だそうだ。

娼婦をしていたにしては、スレンダーでエロさがない。ていうか、もと平民とは思えないほど品がある。30代ながらどこか少女の面影が残る童顔な夫人だ。

エイミは思った。コイツはモテる。癒し系の搦手でくる種類の、女の敵ダと。


「出会いはバルコニーです。服毒訓練されてるはずなのに、下手したら致死量の媚薬を盛られてましたの。ここはプロの出番だろうと、おいしくいただきました」


「うわあ。そ、それはアーチ様がお世話になりました?」


「王室主催の夜会では、媚薬の過剰摂取に対応できる貴人が幾人か常駐しておりますが、状況から、メリーアンさんを推したのは私ですわ」


と、会長のアビシニアン侯爵未亡人。


「ど、どうしてですか?」


「アーチライン様に媚薬を盛った女に、ご自分と間違えたか、メリーアンで練習したと、信じこませることができそうでしたので。犯人(ストーカー)と、目の色と髪の色と体型が近くて」


「アーチライン様の放蕩のお相手は、30代以上の年増か、若ければ顔面偏差値がおしとやかな細身な金髪限定ですの。それ以外の方は、不思議に体調を崩されますしね」 


「可愛い系爆乳美人がいらした時は、キャットファイトをしかけて退散させていただきましたわ」


「あのう。……もしや黒幕は、やんごとなきチッパイ様では?」


「あらエイミ様ったら。ウフフフフフ」


確かに、キラキラした美貌の婦人はいない。

でもなんつーか、牽制してたようで、できてないじゃんとしか言えない人選だった。

そもそも、アーチラインは女性を見た目では選ばない。

エイミが絶世の美少女であることはめっちゃ讃えるけど、呪いで獣になっても牙をよけてキスしてくるだろうし、ふつーに「可愛い」って言われる気がする。

かといって不細工が好きかというと、それも違う。

ここにいる人たちに共通するのは、とんでもなく所作が美しいこと。

華美ではないが各々が似合うドレスで装い、アクセサリーもよく吟味されている。姿勢が良く、後ろ姿や横顔が洗練されている。エイミは知っている。こういう美こそを、育ちの良い彼が尊ぶことを。


例えば、赤子をあやす最年少21歳オフィーリア・オペラ子爵夫人とか。どこか厳かな雰囲気かつ、優しそうな貴婦人だ。動く聖母子像と讃えて過言ではない。


「こちらは、アーチライン様のお子様ではございませんよ。協力はしていただきましたが」


聖母もどきが、なんかぶっこんできた。


「協力?」


「うちの旦那様、もうほんっと、ヘッタクソで! アーチライン様にご指導していただきましたの。お陰様で夫婦円満! アーチライン様様ですわ!」


聖らかな見た目にそぐわないパワーワード!

またしてもエイミの胆力が揺さぶられた。


「ざ、座学だったってことで、良いですか?」


「うふふ。エイミ様、可愛い」


聖母は、性母だった。


「穢れてます! ここの貴族、めちゃくちゃ穢れてます……!」


アーチラインがチャラくて超チャラくて、女にだらしなくて、学校の成績と同じくらいそっち方面も優秀な人だってことは、エイミも重々知っていた。身をもって知らされたというか。自ら教わりにいったというか。


じゃあ嫌いになるかとか、生理的にムリとかはないんだけど。ムリにならない自分が不思議でしょうがないんだけど。

でもまあ、面白くはない。

ていうか、控えめにいって超ムカつく。


「後から噂で聞くよりは、当事者から直接聞いた方がショックが少ないと思ったの。気を悪くさせてごめんなさいね」


と、隣の席のガレット伯爵未亡人が、愛らしいクッキーを勧めてくれた。

細身で小柄な女性が多いが、この人だけは全体にふくよかである。年齢不詳だが、たぶんエイミの継母と同世代だろう。


「うー。……アーチ様の女たらしは、婚約前から聞いてましたけど。オブラートには、包んだままでいてほしかったです」


「え。かなりオブラート分厚いですわよ?」


「この界隈のオブラートは、春画でできてるんですか?!」


「まあ、言い得て妙!」


「エイミ様は、シンシア様とは違う方向に聡明なご令嬢ですのね」


現在のエイミの身分なら「失礼します!」とバックれても罪にはならない。が、根が小市民のエイミにはそんな選択肢が浮かばない。

というか、ムカつく&腹がたつのは、アーチラインに対して、だ。


「えっと、シンシア様も、この会に参加されてたんですか?」


「いいえ。某ストーカーの耳がある場所では『メガネ猿』と蔑みつつ、ご令嬢方のわからせとやらを、未然に散らして参りました」


「私とガレット夫人は、暗殺者や誘拐者からのガードを、少々」


「ちょい待てそこの奥様たち、まさかの暗部?! そのお顔、本物ですか?!」


「ウフフ」


「ナイショ」


どうしよう。ツッコミが追いつかない。

エイミはますます混乱した。

そりゃ女が13人もいたら、姦しいを素通りして情報過多にも陥る。しかも、全員がアーチラインのお手つきだ。

なのに、寵愛を競う姿勢がない。

むしろ、社交界からアーチラインの婚約者を守る壁役が、もと愛人の仕事だと思っているっぽい。


なんなんだ。この、おもしれー女量産型の、フリーダムすぎるハーレムは。


「エイミ様という最愛を得られた今、仮初の温もりは必要ありませんもの。半年以上前に、夜の蝶は引退されました。この会も解散ですわ」


と、アビシニアン侯爵未亡人が扇子を広げれば、メンバーたちも深く頷いた。


「今後は、『未来の宰相様と、歌の聖女様を応援し隊』に移行しますので、お見知り置きを」


「……はあ」


なんだかよくわからないけど、エイミと婚約して以降、本気で全く浮気してないらしいことはわかった。

戦争が始まって、王太子のスペアと同時進行で自分の仕事したり、宰相様を手伝ったりで、そんな暇はなかっただろうし。


そもそも、あの人は基本的に、目の前の女に日和(ひよ)る。

かつての婚約者シンシアとは、お互いに恋愛感情が皆無だったから、この数の愛人を持てたのだろう。シンシアは浮気を気にしないどころか、ワクワク詳細を聞きたがる腐女……令嬢だった。

だからこそ、こっそりシンシアの味方になってくれる婦人と愛人契約を結び、社交界の荒波から彼女を守っていたのだろう。


そういう人だ。エイミが好きになった貴公子は。


どーせ、この人たちにも、本人が望む寵だけを与えたに違いない。既婚者は夫を立て、未亡人には援助も視野に入れて。


それだけ甘い汁を吸って吸わせて、「未亡人や既婚者との恋愛は、貴族男性のステータス」って男性に都合の良い風潮を散々楽しんでおきながら、エイミと婚約したらあっさりそれをやめた。

エイミの場合は、浮気をしないことで、不埒な男たちから守ってくれているのだと思う。


「信じられないです。アーチ様に優しくされて、深い関係になって、好きにならないなんてできるんですか?」


エイミには、理解できなかった。

だって、恋をしていなかった時でも、好意はあった。『チャラいけど、めちゃくちゃ優しくて面倒見がいい人だなー』くらいは、思っていた。

成り行きで婚約者になった時は、ちゃんと好きになりたいと思ったし、実際、チョロすぎだろ自分、てくらいアッサリ恋に落ちた。

彼の手を声を、相手が何を望むかを1番に考えて動く人柄を、優しいまなざしを、極上の快楽を、知った上で恋をしないなんて。できるわけがない! と、エイミは思う。


「愛人は、必ずしも恋人とイコールではありませんのよ」


「ある種の社交ですわ」


「お慕いしなかったとは申しませんが、身の程は弁えております」


いやいやいや。

いっそ、喧嘩を売られた方が納得できるし!


「エイミ様のお心を乱すことは、本意ではありませんでした。ですが、本日は、どうしても確認していただきたいことがあり、お招きいたしました」


全員が立ち上がり、エイミに服従の礼をした。

背の低いエイミが、全員の頭頂部を目視できるほど、深く。


「いや、あのー……愛してないけど身体だけとか。婚約者に忠誠とか、私には理解できないです。ごめんなさい」


うっかりお辞儀しかえす商人の娘エイミ。

アーチラインが言っていた通り、良い人たちではあるのだろう。

だけど、イヤだ。

だってこの人たちは、エイミの知らないアーチラインを知っているのだ。エイミが知らないところで傷ついていたアーチラインを、エイミの知らない間に癒してきたのだ。

ありがとうなんて、絶対に思えない。

心が狭かろうとなんだろうと!


「無礼は承知でございます。今から詳らかに致しますことは、アーチライン様もご存知ないこと。ですが、彼の方が2年も休学となった理由を知る貴女さまにはお知らせすべきこと。私たちは、エイミ様の処遇に従います」


「どうか、その目で確認していただきたいのです」


貴婦人たちから強引に誘われ、エイミは渋々席を立った。

アーチラインの過去に由来し、エイミが知るべきことなら、見届けなくちゃいけない。

矜持とかじゃない。この感情は、束縛だ。自分より彼に詳しい女性がいることが、許せない。どいつもこいつも、性格良さげだし。顔面偏差値ではマウントがとれない、極上の淑女どもばかりだし。

エイミは、ぐっと背筋を伸ばした、

シェラサード・ブルーのデイドレスの裾が、風に遊ばれてわずかに揺れた。




このバラ園と修道院と附属の孤児院は、アビシニアン侯爵未亡人の個人資産だという。

夫人の実家メンデル伯爵家が宗教家と植物学者の家系で、国のそこここに修道院つきの庭園を持っていた。

アビシニアン侯爵未亡人は、嫁入りで譲り受けたこの土地に、さらに孤児院を建てたという。慈善事業は、高位貴族の嗜みである。


「私には、たいそう年齢の離れた異母弟がおりました。私の結婚後に、引退した父が再婚して生まれた子です。弟は、王宮の医局で薬師をしておりました。エイミ様のお耳を穢す名ですが、エーリック・メンデルと申します」


「それ……!」


立ち止まるエイミ。たおやかに振り向く貴婦人たち。

バラの花びらが、はらはら、はらはらと午後の庭園に舞う。

眠たくなるような芳香。まばゆいほどの、初夏の陽光……。


「はい。アーチライン様の借り腹様を毒殺した、実行犯。生家の恥でございます。戸籍を抹消後に処刑され、遺灰は河に捨てられました」


応えるアビシニアン侯爵未亡人の表情は、ただ凪いでいた。


「この年齢ですからね。私に限りましては、彼の方の寵を受けておりません。我が家に訪れては、庭の植物の世話をされ、病床の夫とチェスをなさって、帰られました。エーリックの所業で生家は降爵され、風評被害は婚家アビシニアンにも飛び火しました。彼の方は私を愛人とすることで、アビシニアン家を救われたのです」


エイミは絶句した。

たしかに、アビシニアン家の風評被害はもらい事故みたいなものだろう。だからって、最愛の妻子を殺した男の異母姉を、助けるか? 普通。


(アーチ様、人が良すぎて、頭おかしい!)


思っていたことが顔に出たのだろうか。

アビシニアン侯爵未亡人は、優雅に微笑を浮かべ、優雅な手つきで扇子を広げた。



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