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【本編完結】悪役を放棄した令嬢がエンディングを奏でるから、美少女すぎるヒロインは熱唱しますっ!

遠くで、ヒバリが鳴いている。

これは、前世の記憶? 現世の夢枕?


野々宮ありあが息を引き取ったのは、3月だった……らしい。

マリアベルに、前世終末期の記憶は、ほとんどない。

年が明ける頃には視力が落ちて、声を頼りにあたりをつけていた。きっと、名前を間違えては、来てくれた人たちに悲しい思いをさせてしまっていただろう。


最期の記憶は、両方の手をさすってもらったこと。

右手は、大きくてあたたかかった。

左手は、細くてたぶん涙に濡れていた。

前世の両親だと思う。

パパとママより先に亡くなってごめんなさい。そんなことを思っていた。酸素マスクが邪魔で、言えなかったけど。

言えなくて、よかったと思う。

言えていたらきっと、もっと深く悲しませてしまっていただろう。


転生したマリアベルは、心身ともに健康に育った。

顔は怖いけれど、とことんお人好しで、散財してはクリスフォードに叱られている父。

こちらの胃が痛くなるほど、クリスフォードに意地悪をしたけれど、ガン無視でスルーされたザンネンな母……って、クリスフォードのメンタルが強すぎなだけ?

前世はひとりっ子だったから、そのクリスフォードも弟ってだけでかわいい。


大好き。ありあのパパとママも、マリアベルのお父様とお母様とクリスも、みんなみんな大好き。


そう思った瞬間、目が覚めた。

窓の外から、ヒバリの声が聞こえる。

カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。

今日は、貴族学園の卒業式だ。

ゲームのマリアベルが断罪される日で、現実のマリアベルが次席証書を得る日。

マリアベルが目を覚ました気配に、化粧箱やブラシ、制服を手にした侍女たちが入室してきた。

いつもの朝だけど、いつもと違う朝。学園生活最後の朝。

前世では迎えることができなかった『学生最後の日』だ。

マリアベルは軽く口角をあげてこぶしを握り、心の中で気合いを入れた。




門出の日は、痺れるほどに外気が下がり、眩しいほどによく晴れていた。

春の浅いこの時期、王都は雨や曇りの日が多いが、珍しく快晴だ。雲ひとつない空は高く、青く澄みわたっている。


このよき日に、卒業証書授与式はつつがなく行われた。


「フレデリック・アレクサンドライト3世殿下。右の者、本学園高等部の全課程を、首席卒業したことを証する 」


理事長の朗々とした声が、貴族学園の講堂に響く。

卒業証書を受け取ったフレデリックの肩に、副理事長が首席の学衣をかけた。

純白のベロア生地に、唐草模様の金刺繍がほどこされたマントで、最も優秀だった卒業生の象徴だ。毎年同じ意匠の学衣が贈呈されるが、まるでフレデリックの為にあつらえたみたいに似合っている。キラキラ度が増し増しだ。


担任のファルカノスは、盾を贈呈した。普段は裾がすりきれたスーツに咥えタバコの不良教師が、ハレの日の正装に王族らしい豪華なカフスをつけている。オールバックにして流した髪に乱れはなく、酒くさくもない。


「首席卒業、おめでとう。ま、お前の場合は当然だけどな」


「お恨み申し上げますよ。伯父上。私の試験問題だけ、難易度を爆上げさせましたよね? しかも、全教科」


「しゃあねえだろ。マリアベルとアーチラインもべらぼうに優秀なんだから。王太子に首席を取らせる為の裏工作だよ。裏工作」


「いつか、殴りますからね?」


とまあ、壇上のど真ん中で交わされる会話は、いつも通りだ。いつも通り、極上の笑顔が物騒だ。


「なんだ、手を抜かなくてよかったのか」と、同じ壇上に立つマリアベルの隣で呟くアーチラインは3席だ。全力で挑んでも3席だっただろうが、狙って3席の方が気楽だったのだからしょうがない。

真面目にやって次席のマリアベルは、そーっと理事長たちを流し見た。王太子と王弟の内緒話しが聞こえたのか、額に脂汗が浮いていている。ものすごいイキオイで胃がキリキリしていそうだ。


その後、卒業生全員に証書が手渡され、厳粛な雰囲気で授与式の幕が閉じた。

王太子在籍学年なだけに、優秀な学生が多かった。優秀すぎて個性が強い生徒だらけともいう。教員たちの気苦労も、卒業の安堵も、ひとしおだろう。恩師たちには胃薬を差し入れしようと、胸に誓うマリアベルだった。




卒業式といえば、式典後のパーティーである。謝恩会である。

きらびやかなドレスが輝く、学生生活のクライマックス。

『エイミと白い花』のクライマックスでもある。

ゲーム世界のマリアベルはきらびやかなパーティー会場で断罪されるわけだが、現実の謝恩会は中止と決まっている。

なにせ、世界がそれどころではなかったから。

戦勝国とはいえ、大国相手の防衛戦である。少なくはない賠償金が支払われても、損失を賄いきれない。

特に、ワイバーンの襲撃を受けた辺境地方の被害が甚大だ。戦中は影響を受けなかったマンティカン領が、辺境に救助隊やボランティアを送っている。貴族の子弟らは、戦後の今の方が忙しい有様なのだ。卒業式に参加できただけで、御の字である。


とはいえ、パーティーはできなくても、生徒会の引き継ぎは必須だ。委任式だけは外せないので、卒業式終了後に、同じ講堂に場を借りることになった。


生徒会顧問ファルカノスに名を呼ばれ、新旧生徒会役員がひな壇に並んだ。

新年度の生徒会は、執行部の人数は変わらないが、役職のない補佐が多い。

マリアベルは次の書記に、アーチラインは次の副会長にそれぞれ腕章を渡してひな壇を降りた。

クリスフォードは会計の腕章を新任に渡した後、壇上に残り、本年度会長のフレデリックと向き合った。


フレデリックは、中等部2年から生徒会長を5期務めている。中等部1年は室長をして、高等部卒業まで生徒会長を任されるのは、王族の伝統みたいなものだ。

首席卒業生を象徴する学衣をまとい、フロックコートを右腕にかけている。

天から与えられた頭脳、後光がさしているかのような美貌。

会場のあちこちからため息が洩れ、女子生徒たちがパタンパタンと倒れた。保護者も倒れた。なんなら、その対策に呼ばれた男性看護士まで(免疫不足で)ぶっ倒れている。

相変わらず、罪深い美形である。

こんなフレデリックの後任は、さぞ荷が重かろうと思われがちだが。クリスフォードにそんな軟弱なメンタルは存在しない。気負うことなく、自然な形で膝をついた。


「これより、フレデリック・アレクサンドライト3世が、クリスフォード・シュナウザーを第206期生徒会長に任命する」


フレデリックは、少女の様にほっそりした肩に、自らのフロックコートをかけた。

任期を終えた生徒会長から、後任にフロックコートを贈る伝統のままに。


「身に余る光栄を、ここに承ります」


真新しい名誉を賜ったクリスフォードは、うやうやしくコートを受け取った。見た目より筋肉質で肩幅の広いフレデリックのコートは、小柄でなで肩のクリスフォードにはぶかぶかである。


どこからともなく、温かい拍手が講堂にあふれた。


「クリスのことだから、全く心配ないが。困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ」


「ありがとうございます。僕は殿下ほど、体力が人外ではありませんから。役員をこき使って、ラクをする予定です」


「帝都の大学を受験するのだろう? 執行部に籍があれば、生徒会室での自習を単位にできる。そのあたりも、仲間に手伝ってもらえば良い」


「情報漏れるの、はやいし!」


クリスフォードは口を尖らせながらも、フレデリックに差し出された手を強く握りしめた。


割れんばかりの拍手が、新旧の生徒会長に降り注ぐ。


学衣の裾をひるがえしたフレデリックは、花道を去るように雛壇を下った。

6年間、共に歩んだ学友たちが、満面の笑みで、または涙ぐみながら、フレデリックを迎えた。

フレデリックは学友たちの笑顔を、ひとりひとり目に焼き付けながら進んだ。

ふと、エイミのすぐ隣で手を叩いているマリアベルと、目があった。その瞬間から、目を離せなくなった。いつもそうだ。全てに目を配っていても、マリアベルを見つけると、彼女が視界の中心になる。彼女しか、見えなくなる。

フレデリックは、迷わず愛しい人に歩み寄った。

忖度した生徒たちが身をひいて、二人の間に自然と道が開いてゆく。


「マリアベル」


名を呼ばれたマリアベルは、誰よりも美しいカーテーシーを披露した。

卒業式と謝恩会の、制服とドレスの違いはあれど、なんとも既視感のある光景である。


『エイミと白い花』は、どのルートでも、卒業式の日に悪役令嬢の断罪シーンにたどり着く。


ゲームのフレデリックは、王族らしいカフスをつけ、フロックコートに腕章や階級章を飾る正装姿だった。

現実のフレデリックがまとう、首席学衣のスチルはない。ゲームのフレデリックは優秀だが、首席を取るほどではないだろう。


ゲームのマリアベルは、闇夜のように黒く、扇情的なラインのドレスを身にまとっていた。公爵令嬢というより、妖艶な魔女か傾国の悪女みたいに。

現実のマリアベルは、会計の腕章を外した白いジャケットに、燕脂色のジャンバースカートの制服姿だ。

銀の巻き毛をハーフアップにして、フレデリックからプレゼントされたりぼんを結んでいる。誘拐時に髪が傷んだので、背中の真ん中あたりで切り揃えたのだ。ゲームのマリアベルのような、腰につくほどの長髪ではない。


この時、フレデリックとマリアベルは、同じ場面を思い描いていた。ゲームのフレデリックによる、婚約破棄の場面を。


『マリアベル・シュナウザー! 我、フレデリック・アレクサンドライト3世の名において、そなたとの婚約を破棄する!!』


会場を揺るがすような声量に、ゲームの中の悪女はカーテーシーをやめて羽扇子を広げる。そして、優美に、妖艶に首を傾げるのだ。


『まあ。愛しき我が殿下。理由を伺っても?』と。


マリアベル同様に、フレデリックもこの場面に囚われてきた。卒業式が終わらない限り、彼女を得ることができないという思いにも。

マリアベルはもう、断罪に怯えていないのに。

もう、フレデリックの愛を疑っていない。わかっていても、だ。


「マリアベル・シュナウザー」


フレデリックは、厳かな声でマリアベルの名を呼んだ。張り上げなくてもよく響く声で。

ここは、厳粛な式典が終わったばかりの講堂だ。

楽団の演奏が流れ、人々のざわめきが絶えないパーティー会場ではない。


「公私にわたり、私を支えてくれたきみに、深き感謝を捧げる。半年後には我が妃となる君よ。これからもどうか、共に歩んでほしい」


「はい。我が忠誠を、永遠に」


マリアベルは、うやうやしく頷いた。

完璧令嬢の完璧所作と完璧スマイル。


この時、何かがひび割れて、壊れて、何かが始まった。

この広い講堂で、フレデリックとマリアベルだけが天啓のようなそれを感じ、共有していた。


「では私は、我が愛を永遠に」


「?!」


目を見開いて絶句するマリアベル。と、クラスメイツ。マリアベル の隣で車椅子に座るエイミに至っては、両手を頬にあてて、きらーんと目を輝かせた。


「愛してるよ。マリアベル 。出会った日から、ずっときみが好きだった。何気ないしぐさも、ピアノを奏でる横顔も、凛とした声も……言葉だけじゃ、伝えきれないくらいに」


「殿下……?!」


「許されるなら、今すぐここで結婚したいよ。婚礼衣装を目に焼き付けたいから、半年くらい待てるけど。さぞ綺麗だろうな。一秒ごとに美しさを増してきたきみだから」


マリアベルは、瞬きも忘れて彼を見つめた。

婚約破棄や断罪されることはあっても、公衆の面前で愛の告白をされるなんて。

白粉を塗っていない耳だけが、みるみる間に赤く染まる。

困惑しつつ、表面上だけ冷静に振る舞うマリアベルを、フレデリックはやや強引に腕の中に閉じ込めた。


「きゃあ!」


「おおっ……!」


どこからともなく、どよめきと歓声があがる。

フレデリックは、マリアベルの耳元で囁いた。


「婚約破棄なんか、絶対にしない。まして、罪のない君に断罪なんて」


少しかすれた、マリアベルにだけ聞こえる声で。


「フレッド……」


「僕が、僕だけが、君を守るんだって、必ず幸せにするって……遠い日に誓った。君を苦しめる全ての存在が、憎かった。自分を含めて、ね」


いつも自信たっぷりな王子様の囁きが、肩が、わずかに震えている。


「僕との婚約こそが恐怖なんだって、やめたら安心して、幸せに笑えるようになるって、わかっていたのに。解放してあげなくて、ごめん。好きで好きすぎて、あきらめられなかった。王太子教育の負荷なんかより、きみと離れる方が耐えられなかった。僕だけのものにしたかったから。誰にも渡したくなかったから……!」


マリアベルは、顔を上げた。

引き離すわけではなく、両手で彼の二の腕のあたりを掴んで、すみれ色の瞳に愛する人を映して。令嬢としては失格かもしれない。だけど、今言わなくちゃいけない。


「私も、です。私も……私を慈しんでくれた、守ってくれた貴方が好きです。貴方だから、貴方だけを、愛しています」


「うん……」


「いつからかは、わかりません。気がいたら、貴方が好きでした。私を愛することはないと決めつけながら、好きにならずには、いられませんでした……勝手ですよね。こんな私なのに、手放さないでくださって……嬉しいです」


「……うん」


「大好きです。一生、お側にいさせてください」


フレデリックにだけ聞こえる、小さな小さな声で囁けば、学友たちが見守る中、フレデリックは愛しい婚約者を抱きしめた。強く強く抱きしめた。

令嬢たちはハンカチを手に俯き、または嗚咽し、令息たちはある者は天を見上げ、ある者は拳を握りしめた。


対外的に、ふたりは常に良好な関係を装ってきた。

優秀で礼儀正しく、どこか血が通っていないというか、理想の政略というか。

飾られた人形のようなふたりだったから、「側妃なら」「愛妾なら」と夢を見る令嬢が後をたたなかった。

王子の美貌を前に平常心すぎるマリアベルの態度が、『権力のみに魅せられた、傲慢な令嬢』ととられたことも少なくない。


ひっくりかえったのは、初夏の音楽祭間近。爆弾を投げるように、エイミが発破をかけた日からだ。

以来、フレデリックは恋心を隠さなくなった。 

蓋をあけてみれば両想いで、愛が重いのはフレデリックの方で。加えて、箱入りが過ぎるマリアベルは、男心を無慈悲にスルーする傾向がある。ときに残酷なほどに。

結果、同学年限定で『殿下……ファイト!』とこっそり応援されるに至っていた。

直後に戦争がはじまったから、愛を育む時間など、ほとんど取れなかったであろう。


ふたりは、特に卒業生にとって学園生活の、長い人生の旅路の象徴だ。


「よかった……よかったですうう!」


最も身近で応援していたエイミは、涙が止まらなくて、ハンカチが何枚も使い物にならなくなって、拭っても拭っても追いつかない。

膝の上にハンカチの山を築いてしまった。

ふと、顔を上げたエイミは、見てはいけないものを見つけてしまった。

それは、俯いた金色の前髪の奥の、一粒の滴。

雫はポロポロとこぼれ落ちて、マリアベルのジャケットの背中に吸われてゆく。

車椅子に座っているエイミにしか、見えない角度だ。


(えーーーーー?!)


歩く不敬罪発動機なエイミも、さすがに両手で口を覆う。


(フレディ様、泣いてるーーーっ?!)


エイミは混乱した。いろいろあって、誘拐騒ぎとかもあって。最愛の美人さんに愛してるって言われたら、わからなくはない。

でも、サンドライトの王太子が、本年度の首席が、生徒会長が、この涙を他者に見られるって、アリなんだろうか?

いや、エイミ的にはアリなんだけど。むしろレアすぎて眼福だけど。


(今、下級生も来賓もいるし! ナイよりのナシでしょー?!)


エイミの脳裏に、転校してきてからの記憶がかけめぐる。

夢の中で大好きだった、愛してくれた王子様は、夢で見た王子さまより何倍もカッコよかった。

彼に恋をしていたからこそ、彼が誰に焦がれているかわかった。

彼と出会って、努力を認められる喜びと、失恋の痛みを知った。

音楽祭の時も、階段から落ちそうになった時も、当たり前みたいに助けてくれた王子様。

今、彼を思う気持ちは恋ではないけれど。

恋が消えた土壌に育った忠誠心なら、わっさわさに育っている。


(フレディ様とベルベル様の名誉は、私が護りますっ!)


隣にいるアーチラインのフロックコートを、ちょんと引っ張って視線を送ると、勘の良い彼が背をかがめてくれた。


「どうしたの?」


エイミはアーチラインの耳元で、彼女らしい、彼女にしかできない計画を囁いた。

合点したアーチラインに支えられて、ゆっくりと立ち上がる。大事を取って車椅子で列席しただけで、歩けなくはないのだ。

エイミはゆっくりと息を吸い、厳かに歌い始めた。

生徒たちの注目が、王子たちからエイミに移る。


アーチラインに手を引かれ、フレデリックが降りてきた花道を辿る。

歌うは、サンドライト国歌第一楽章だ。


______サンドライトの民よ いざ立ち上がれ

______この憐れな地に 我は命をささげる

______褒めよ 讃えよ 我らが王国を


エイミの歌声は、ざわめいていた講堂に沈黙を運んだ。

春を告げるヒバリを連想させる、高く澄んだ歌声。

歌の聖女が第一楽章を歌い終えると、未来の宰相閣下が声を張り上げた。


「卒業生、国歌斉唱! この歌を、愛する国家への忠誠の証とし、在校生への花向けとしよう!」


アーチラインが煽動すると、合点した卒業生たちが歌い始めた。未来の宰相でありフレデリックのスペアも務める令息の煽動は、勲章を与えられたような高揚感をもたらした。

卒業生は歌う。

サンドライト国民が誰もが知る、誰もが歌い慣れた国歌を。

この国を守り支えるため、それぞれの道を歩み始めた若者たちだ。その覚悟が、歌となって講堂狭しと響き渡る。


突然の国歌斉唱に、壇上の生徒会役員たちがおののいた。

例年ハデハデな謝恩会で行われる華やかすぎる委任式に気後れして、本日の「卒業式後の講堂で全員制服」な地味な委任式に安堵していたのに。

プレッシャーが、重くのしかかってきた。

王太子率いる華やかで優秀な卒業生の後を、自分達はどうやって引き継いだら良いのだろうと。


「どうしよう。自信、ないっ……!」


クリスフォードの隣で、副会長の腕章を握りしめた女子生徒が泣き出した。遣帝女世代は高位貴族が極端に少ないから、本来なら執行部に名を連ねることのない伯爵家の令嬢だ。

だが、クリスフォードは知っている。彼女の副会長としての執務能力は、アーチラインに決して劣らないことを。だってあの先輩、植物の世話をしたいからって完全に片手仕事だったし。将来は宰相府に就職志望の才女が、後を継げないわけがないのだ。


「何言ってんの?」


クリスフォードが振り返ると、副会長のみならず、執行部が4人ともブルってた。


「だ、だって、先輩たち、偉大すぎます!」


書記の男子生徒は、王妃教育で度々欠席したマリアベルよりも、日々の業務をこなせる人材だ。将来は、優秀な文官になるだろう。そもそも、書類整理が趣味だし。


新会計は、シュナウザー家の侍従長の次男である。シュナウザー公爵領の貴族どもは、記帳が朴訥すぎる。よろしい。ならば、改革だ。手始めに、未来の側近を鍛えすぎるほどに鍛えて差し上げよう。シュナウザー公爵領の財政改革のために!


「王族と準王族だから、そりゃカリスマ性は負けるけど。でも、生徒会組織の幹部としては、君たちの方が優ってるよ。僕も今年は学業に専念するし。先輩たちなんか、ヨユーで越える気だけど?」


「会長も人外枠ですー!」


「失敬な。いいか? 僕たちは、偉大な卒業生に負けてない。歌の聖女を擁する学年を制して優勝した音楽祭を忘れたのかい? 今からそれを証明してやろうよ」


クリスフォードは着ていた上着を脱ぎ捨て、フレデリックから託されたフロックコートに袖を通した。

会長のコートは、白の色味が違う。

会計だった時とは、プレッシャーも違う。

だけど、そんなの当たり前だ。

クリスフォードは、フレデリックやアーチラインとは違う。あんな人外な体力はない。だが、自分が劣るとは思わない。そりゃあ、王太子の業務をしろと言われたら、無理だけど。

「生徒会」という組織に限定すれば、公務等でやや後回しな業務がちらほらあった前年度より、今年度の方がきめ細かな活動ができるはずだ。初めから、自分がいなくても回る人選にしてるし。


「在校生、校歌斉唱! 僕に続け!」


クリスフォードが片手をあげ、声高らかに歌い始めた。

音楽祭で3年生が披露した「パートナーソング」が成立するタイミングを見計らって。

クリスフォードのカウンターテナーが響くと、合唱を愛する2年生が声を合わせてそれに続いた。

もともとチームワークが良くて、歌唱力の高い学年である。力強い歌声が、瞬く間に講堂を支配した。卒業生が斉唱する国歌を、かき消しかねない勢いで。


この時にはフレデリックは抱擁を解いて、自然な形でマリアベルの肩を抱いていた。


「なんか……予想外な展開になってる」


若干あっけにとられているフレデリックが呟くと、マリアベルはさりげなく彼の目尻をハンカチでぬぐった。フレデリック自身、なんで涙腺が決壊したのか、いまいちわかっていない。


「エイミさんのお陰ですわ」


「……ああ」


「だってエイミさんは、攻略対象たちの心を救う、絶対的なヒロインですもの。ね?」


フレデリックはひな壇を見上げた。

アーチラインとエイミとクリスフォードが、中央で歌っている。

アーチラインとクリスフォードがそれぞれの学年をリードして、留年が決まっているエイミはどちらのパートも好き勝手に歌うのが、らしいというか。何というか。


「やはり、2年生は巧いな。ベル、連弾で加勢しよう?」


ひな壇のグランドピアノに、フレデリックが誘う。


「フレッドは歌ってくださいな。ピアノなら任せて」


「連弾で弾き語りくらいできるよ。僕を何だと思ってる?」


「……ゲロ甘お花畑王子?」


「ほう。口説き足りなかったみたいだね? 追加をお望みかな?」


「エンリョシマス……」



響き渡るピアノの連弾。勢いが増す卒業生の布陣。

2年生が在校生を巻き込んだので、3年生は教師と来賓と父兄を巻き込んだ。

フレデリックが歌いはじめただけで、卒業生パートだけでなく、全体が調和して、自然にまとまってきた。

マリアベルとフレデリックは、しばし連弾を繰り返したが、さっぱり歌い止む兆候がない。むしろ、盛り上がりまくっている。

マリアベルは、「超絶技巧、やります。歌唱で支えてください」と、肩越しにフレデリックを見上げた。

「わかった」

説明されなくても察したのだろう。フレデリックはマリアベルのこめかみにキスを送ると、舞台の中央に進みでた。

それだけで、歓声が上がる。皆、テンション上がりすぎだ。


マリアベルは演奏を一旦休止して、椅子の位置を直した。

指をぐーぱーして、手のひらを見つめる。

マリアベルになってからは、前世ほどはピアノを弾けていない。でも、大丈夫。この曲なら、マメが潰れるほど練習したから。

アカペラの合唱に滑り込むように、前奏を奏で始めた。

やがて、パートナーソングのメロディに添った即興アレンジから、やや強引に、「Legend of white flower」の最終楽章につないだ。


トゥルーエンドのエンディングといったら、これしかない! と。


それに、このパートが最もドラマティックで、声量が必要で、歌い甲斐があるのだ。前世、カラオケで熱唱したありあベルだからわかる。

案の定、歌い手たちの表情が輝いた。


「さ、さすがです! マリアベル様のピアノすごいっ!」


「私たちも演奏しなくちゃ!」


講堂に楽器を置いている管弦楽部員たちが、撃たれたように駆け出した。王太子妃になったマリアベルは、おそらく音楽サロンを開くだろう。地位があっても腕がなければ参加できない、ハイレベルなサロンを。

「入りたい!」と願わない楽徒はいない。


笑いながら、感極まりながら、皆が歌い、演奏し、心得のあるものは踊りはじめた。

泣いたり笑ったり、貴族なのに表情筋が大忙しだ。

でも、今日までは学生だから。それが許される最後の日だから。

心のままに、手を取り笑おう。そして歌おう。



______あの丘の向こうに白い花が咲く谷がある

______金の小鳥達が虹を超える谷

______幸せな小鳥達が歌う世界で

______わたしたちは 真実の愛を誓いましょう







この日の出来事は学園史に掲載され、永く語り継がれることになる。

新しい伝統をもたらした、ドレスも謝恩会もない卒業式として。


フレデリック・サンドライト9世に導かれ、その治世を支える者たちは、決して忘れないだろう。

学年も爵位も関係なく、学友たちの心がひとつになった瞬間を。

鳴り止まない拍手を、重なり合う歌声を、ピアノと管弦楽の伴奏を。感極まった涙を。極上の笑顔を。


春が巡る度に思い出すだろう。何度も、何度でも……。















〜〜〜 Happy ending 〜〜〜






………And to be epilogue・:*+.\(( °ω° ))/.:+










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