キラキラ王子来日! 中の人はとばっちり!
『王子サマ寝ちゃったねー。疲れたのかなー。キゼツかなー』
祖父の形見の錫杖を手に、スノーローズの背に身を預けていたフレデリックが、いつのまにか目を閉じて安らかな呼吸を繰り返している。
スノーローズは体を捻ってペロペロしてあげた。
『おケガ、痛いのかなー……あれ?』
スノーローズは金色の目を見開いて、それから閉じて、クンクンと匂いを嗅いだ。
マリアベルの匂いが、移動している???
「フレデリックを連れてきて」と言われたお城は、ここからお日サマが登る方向にあるけど、マリアベルの匂いは南西に移動している。
さらに、オケアノスの匂いが、それを追いかけてるみたいだ。
スノーローズは思った。マリアベルのいないお城に行っても、マリアベルに「ありがとう」って言ってもらえないと。ナデナデもしてもらえない。そんなの、つまんないと。
『パパー。方向変換ー。南西にいくよー』
『南西ナラ ママ 二 オネガイ シテヨ。ココデ ママ ヲ 待チナサイ』
『こんな海の上に落としたら、パパのことキライになってやる』
『酷イ……』
スノーローズは絶好調にパパを使っていた。
何事も、付け焼き刃はよろしくない。
祖父に教わった『送り人を呼ぶときのみ使える』という、異世界への転移の方法を、微妙に間違えたっぽい。
見知らぬ部屋で目を覚ましたフレデリックは、自由に動く掌を見て、見知らぬ異世界人に憑依したことを自覚した。
寝室と思われる部屋を出て、廊下に灯りが漏れるガラス扉を開いた。
そして、目の前で繰り広げられている光景に、目を疑った。
板張りの小屋の奥に、複雑な形の遊具らしきものが並んでいる。その遊具のてっぺんに、やたら毛並みの良い猫が背を向けてまるまっていた。
「ベル子ー。ベルベル様ー。今日もかわいーから、こっちむいてー」
で、その猫にちょっかいかけようとして、全然相手にされていない女のマヌケな姿といったら。
「来宮瑛美……何してるんだい?」
呆れて声をかけると、瑛美は下着かってくらいシンプルなワンピースでくるんと回った。袖も襟もあるけど、布地が薄い。アクセサリーは細い指輪と小さなイヤリングしかつけていない。
「あれ、リュウ。起きたの? 久しぶりのオフだから、惰眠をむさぼるんじゃなかった?」
「……」
瑛美にリュウと呼ばれた男は、襟もボタンもないシャツを着て、膝下までしかない面妖なズボンをはいている。
フレデリックはガシガシと頭ををかいた。
「驚かないで聞いてほしいんだが、私はサンドライトのフレデリックだ」
瑛美はきょとんとして、パチパチと瞬きをした。
つられたのか、猫までこちらを見た。
「うん、そりゃ、あんたはフレデリック王子でしょうよ。中の人だし。リュウどうしたの? 疲れてる???」
「え。この男が、私の中の人なのか? マリアベルがきゃあきゃあ言ってた、リュウセイ王子とかいう、声優???」
「は? い?」
瑛美のまなざしが親しげな雰囲気から、一気に剣呑なものに変わる。毛並みの良い猫は、フレデリックをガン見しつつ首を傾げた。
「……あなたの誕生日を聞いていいかしら?」
「サンドライト歴403年 4の月と8日」
「……愚問だったわね。質問を変えるわ。フェアリーファンタジークエスト、ことFFQのセフィーロス閣下の出身地と、所属は?」
「FFQって?」
「………」
「来宮瑛美?」
「黒原龍生の本名は?」
「知るわけないだろ。私は、フレデリック・アレキサンドライト3世なのだから」
瑛美以外の人に聞かれたら、役に入りすぎておかしくなってしまったと判断されるだろう。
だが、サンドライトに召喚された過去を持つ瑛美は、しばし瞬きを繰り返したあと、フレデリックの顔をしげしげと眺め
「中の人が、本体に憑かれることって、あるのねえ」
と、あっさり納得した。
ダイニングという狭い食事スペースに案内され、琥珀色の飲み物を出された。苦いけど、美味い。
来宮瑛美の生活空間は、広さはないが洗練されていて、床もカーペットもピカピカだ。家の中で靴を脱ぐ生活様式が、東国風でおもしろい。調度品がやたらペカペカ光っていて、どこからともなくウィーンと音がする。
「ふーん。こちらの世界に干渉しようとしたら、うっかりリュウに憑依しちゃったんだ? リュウ、生きてるー?」
「殺すわけないだろ。少々借りてるだけだ。体はともかく、声に違和感がなくて驚くけど」
「でしょうね。で、フレデリック殿下の用件はなにさ?」
「マリアベルが神堂穂成に拐われた。やつをオケアノスから引き離すために、二ノ宮新をこちらの世界に呼びたい。早急に」
大きな目を見開いて、息を飲む瑛美。
カチカチと、時計の音がダイニングに響く。
「あいつ、ほんとにクズね。わかった。案内するわ」
瑛美は立ち上がり、ソファに投げてあったコートを上から羽織った。
狭い部屋がひしめく集合住宅の地下に降りて、車に案内されたフレデリックは、「なんだ、これ」と絶句した。
景色が流れる速さが、馬車とは桁違いだ。それなのに、全然揺れない。乗り心地が天国すぎる。
楽団もいないのに、音楽が流れてくるし。
瑛美がセットした「スマホ」は地図をうつし、移動するごとに案内の音声が流れてくるし。
サンドライトには存在しない先進技術を、マリアベルは「機械仕掛けの馬車」と表現したが、こんなメタリックな形状とは思わなかった。
「すごい技術だな……」
ブレーキも自在だし、見るからにオッチョコチョイな瑛美がすいすい運転できてるのが、すごい。
「キョーミありそうだけど、運転させないからね。免許がない人に運転すると、罪になるのから」
瑛美がピシャリと牽制する。
「これ、リュウセイ王子? の車だろう?」
「本体がリュウでも、ダメ。事故起こしたら、全部リュウの所為になる。異世界に戻る王子が、どうやって責任とんの?」
「わかったよ。君があたりまえに運転してるから、つい。恋人はいないとか言ってたけど、結婚してたんだな」
何気ないひとことに、瑛美が黙り込んだ。
流れてくる音楽にいちいち聞き覚えがあるのは、マリアベルが弾いていたからか。
「……同業者よ。猫に会いにきたの」
「ふーん」
『惰眠をむさぼっている男の家で、猫にちょっかいかけている女』が、妻か愛人じゃないなら、なんなんだろう?
今、フレデリックが着ているセーターとジーンズ? は、瑛美が出してきたものだ。出かける前には、玄関で男物の靴の汚れをサッと払っていた。無駄のない、慣れた風な手付きだった。
フレデリックの流し目に、気がつかないフリをして運転を続ける瑛美。
白のアルファロメオは、環状線を経由して高速道路に入った。窓の外のビル群やアスファルトのジャンクションに、フレデリックはいちいち目を奪われていた。
高速道路の単調な道に飽きた頃、「サービスエリア」という駐車コーナーに立ち寄った。
コーヒーとサンドイッチで朝食をとったあと、手のひらを広げたくらいの大きさの板を渡された。
「あと3時間はかかるから。あたしのiPad貸してあげる。酔わなさそうだから、ゲームでもしたら?」
画面には「エイミと白い花」の文字と、見覚えのある生徒会役員たち、そして妙に劣化したエイミが白い花に囲まれてスノーローズを抱きしめている様が映し出されていた。
吹く風に、登場人物の髪がなびき、花びらが舞い散っている。
「すごいな。板に映った絵が動くなんて。マリアベルが言ってた『乙女げーむ』というのは、これか……」
「あの子がプレイしたのは、10年前の携帯ゲームだよ。これは復刻完全版。まあ、絵が綺麗になってイベントが追加されただけで、大筋は変わらないんだけど……ていうか、なんでアンタ日本語読めるのよ?」
「マリアベルに習った。中学卒業レベル? の読み書きまでだけど。日本語より英語の方がわかりやすいな」
「この、完璧王子め……」
瑛美が慣れた手付きでログインすると、合唱祭でマリアベルがアレンジ演奏していた楽曲とともに、オープニングムービーが始まった。
白い花が咲き誇る一本道で、スノーローズを抱きしめるエイミ。
『お父様、お継母さま、サーシャ……だれも見送りに来てくれなかった。赤ちゃんドラゴンのスノーローズだけが、去りゆく馬車を見送ってくれた……』
『スノーちゃん、わたし、がんばるからね!』
エイミ・ホワイト/ 来宮瑛美
……。
さて、どこからつっこむべきだろう。
まず、エイミにしては容姿が平凡すぎる。胸がなさすぎる。ヒロインだから美少女には描かれているが、エイミの美貌はこんなもんじゃない。
見送りの件も、微妙だ。編入前、父はやらかし前提の詫びの品を用意し、ドラゴンライダーのヨアンに警備を頼み、母とサーシャと女性従業員たちは、持ち物全てに名前を書いたり刺繍したり、ポケットの裏側に非常食を縫い込んだりして、てんてこ舞いだったらしい。もはや、見送りどころではなかったと聞いている。
「そもそも、こんなにしっかり喋るエイミ嬢も、スノーローズにウザがられないエイミ嬢も、知らん」
フレデリックの呟きに、「そっちのエイミってどんな子よ?」と首を傾げる瑛美。
過ぎた美貌とあんぽんたん成分を差っ引けば、ゲームのエイミより瑛美の方が近いかもしれない。
ネコに「ベルベル様ー」と話しかけて、相手にされないとか。マリアベルというかありあが好きすぎるとか。まんまだし。
次に、メインヒーローフレデリックの、モノローグと映像が流れた。
騎士団長にしごかれ、学者や聖職者たちから知識をつめこまれ、笑顔でこなすフレデリック。その姿は高貴だが、生きた人形のよう。
『良き王となる為に……私は全てを学んできた』
場面は、初対面のエイミから、サンドイッチを渡されるシーンに切り替わる。
『エイミ・ホワイト……花のように可憐で、雲のように自由な准男爵令嬢。なぜこんなにも、心がざわめくのだろう』
『真実の愛を教えてくれたのは、エイミ。君だよ……』
フレデリック・アレキサンドライト3世 / 黒原龍生
思わず、iPadを落としそうになるフレデリック。
予想してたみたいに、キャッチする瑛美。
「騎士団長と手合わせだの、有識者らの座学って、癒しの時間だろ。どこに削られる要素があるんだ、このヘタレ。
王妃教育もしてない平民あがりを、正妃にするなんて。うちみたいな小国に、お飾りを飼う余裕はないわ。廃太子してから惚けろ。いらんな。こんな無能は」
自分と同じ顔の男にぶつぶつ悪態をつくフレデリックに、瑛美はぬるく微笑を送った。
アーチラインは、夜会では妖艶なマダムたちを、教室で女子生徒たちを侍らせていた。
顔は良いが、成績は最下位。男の友人は皆無。
いつも楽しげで、軽薄な令息である。
フレデリックのスペアでしかない中途半端な王位継承順位に、複雑な嫉妬心を秘めている……らしい。
「こいつは、攻略が楽ちんすぎるのよねー。覚醒してからはカッコいいけど、『またアーチルートだよ』って、ファンにウザがられるポジション。あんたの世界は、アーチラインルートなのよね?」
「ああ。恋愛感情ではなく、親切心から彼女の身を守ろうとして、結果的に相思相愛になった。面倒見が良いから、男にも尊敬されてるぞ。まあ、間違いなく女好きではあるけど。女たちも放っておかないんだよな。どこか危なっかしいからかな」
「そんなラノベのヒーローみたいなアーチライン、こっちが知らんわ。あんたら、どっちがヒーローなのよ?」
映像は、美しく、鮮やかに流れてゆく。
最愛の妹をマリアベルに殺されて、絶望していた。麻薬に溺れ、刹那主義、退廃に生きる美少女のような美少年。
『君を閉じ込めて、時のない部屋で、ふたりきりで生きていきたい……』
「薔薇を口にくわえてしゃべる人間、初めて見た……器用だな」
「耽美系ヤンデレ美少年。ショタ枠の王道クリスフォードよ?」
「え? クリス?? 髪が長くて不健康だから、別人に見えた。クリスがくわえるなら骨付きカルビだよ。あと、妹は元気だ。構いすぎて、若干うざがられてる」
「そんなクリスフォードは、クリスフォードじゃないやい……」
それは、お互い様である。
お次は、愛の嵐に生きる海神ファルカノス。
初恋の少女を殺され、王宮を出奔して数学教師になった。心に傷を持つ大人の男……。
「叔父上にしては、筋肉が薄いな。叔父上の初恋も元気だよ。あれは、簡単に殺されるタマじゃない。ふたりの間には、超マッチョな息子が3人いる」
「幸せそうでなによりだけど、あたしの理想のイケオジが、筋肉ー?! なんか違うー! ひー!」
エイミの中の人は、ファルカノス推しらしい。ご愁傷様である。
オープニングは佳境に入り、悪役令嬢のマリアベルが大上段からエイミを叱り付けるアニメーションが流れた。
『卑しい子! わたくしの殿下に、馴れ馴れしく触れないでちょうだい!』
涙を浮かべるエイミ。勝ち誇ったように笑うマリアベル。
フレデリックが鷹揚に頷くと、「あなたのマリアベルは、こういうこと言ってくれなくて寂しいでしょ?」とニヤつかれた。
「エイミ嬢は貴族としての距離感がなってなくてな。マリアベルが『前へならえーって、手は腰じゃなかった。両手を前に出して。この距離より内側に入ってはいけません』って教えていたよ。教えても教えても抱きつかれるから、最近は諦めたらしい」
「前へ習うと手が腰w ありあ、小さかったもんねw て、エイミって誰にでも抱きつくの? ゲームじゃ、そんな子じゃないのに」
「親しい女性とアーチ限定で、犬かってくらいだよ。主に、マリアベルかな。たまに迷惑そうだけど、断れなくてうっかり撫でるから」
「ノーと言えないありあベル健在w」
長年正体不明だった「乙女げーむ」とやらは、オープニングの段階でツッコミどころ満載だった。
車の中でフレデリックルートを攻略したが、マリアベルから聞いた話以上にひどかった。主に、マリアベルの末路が。
その後は、瑛美が攻略したムービーで全ルートを視聴して、フレデリックの精神力がゴリゴリに削られたのは言うまでもない。
正直、つまらないわけではない。同姓同名同じ顔の別人たちがキャストでさえなければ、異世界絵巻として楽しめただろう。
だけど、フレデリックの目は断罪ばかりを追ってしまう。
青少年にトラウマを与えないレベルのスチルだが、内容がエグい。ルートによっては、刑罰の範囲をこえている。
そんな刑が執行されるほどに、マリアベルも大概な犯罪者ではあるのだが。
たしかに、妹を殺したクリスフォードルートは、庇いようがない。
麻薬の栽培、密売、未遂ではない殺人のコラボである。このルートだけは、全面的にマリアベルが悪い。
だが、アーチラインルートとファルカノスルートでは他に悪役令嬢がいるので、エイミの身分の低さを揶揄するとか、お茶会に招かない程度の意地悪しかしていない。
なのに、フレデリックからは、もれなく婚約破棄されて、断罪される。追放か、娼館送りか、修道院幽閉か。明らかに、過剰制裁である。
ゲームオーバーかバッドエンドでも、婚約破棄と断罪はセットだ。
オケアノスルートに至っては、顔を焼いてから馬でひき回し、磔+火炙りって。どこの蛮族だ???
トゥルーエンドなんか、フレデリックが自ら天誅を下していた。王太子だけが帯同を許された短剣で。
サラッと一画面で終わらせてるけど。ここを深読みするユーザーなんて、他にいないだろうけど。
ありあの記憶を持つマリアベルが、婚約者に怯えて当然である。
なにしろ、全ての刑罰が、フレデリックの一存で決まっていたのだから。
『貴族による私刑の廃止案を強行して良かった!!』と、心から思うフレデリック。
「婚約もだけど、よく生徒会の役員もひきうけてくれたな……。断らせなかったんだけどさ」
フレデリックが呟くと、運転席の女は口角を上げて笑った。
瑛美と龍生の馴れ初めは、スピンオフの「猫の目食堂」
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フレデリックが龍生に憑いたのは、「猫の目食堂」のepilogueから半年後くらいです。




