最強生物より最強な生物が、ゆする!ねだる!ゴリ押しる!
漆黒の空を裂くように、純白の幼竜がすっとんでくる。
そのフワフワした首には、ほっそりとした美少女が、しっかりガッチリしがみついていた。
「スノーローズ?……と、エイミ嬢!!」
「エイミちゃん?!」
真っ先に決闘を放棄して飛び出したアーチラインに、幼竜はフルスイングしてエイミをぶん投げた。
首回りのお気に入りの毛をワシ掴みされ続けて、めちゃくちゃ腹が立っていたのだ。
やかましい人をぶん投げたスノーローズは、ストレス解消とばかりにフレデリックに飛びついた。全力でゴロゴロして、スリスリして、ついでだからほっぺたとか肩の傷を舐めてあげた。
幼竜の唾液は、同じ重さのダイヤモンドより高価な万能薬だが、スノーローズはそんなこたー知らない。ママの真似をして、ペロペロしてあげてるだけである。
いつもはキラキラしているのに、今日のフレデリックはボロボロだった。『あれー? 見た目より骨と内臓ヤバイ? あれ? 人間って、こんなに怪我してて歩けたっけ?』と、ペロペロ絶賛強化中である。
フレデリックは「ありがとう、スノーローズ。こらこら、くすぐったいよ」と目を細めてされるがままだが、サーガフォルスは笑顔で固まっていた。
一方のエイミは、危なげなくキャッチしたアーチラインに甘えることなく、真っ青な顔で呼吸を整えている。
体は冷え切り、髪は乱れに乱れ、乗馬服は裾が擦り切れ、スノーローズの毛を握りしめていた掌は血まみれだ。
「いったい、何があったんだい? こんな……!」
腕に抱いたまま、顔をのぞきこむアーチライン。熱を測ろうとおでこをつけると、血まみれの手でグーパンチをお見舞いされた。
「いやあっ! 不潔ですっ!!!!ちょーぜつイケメンでも有罪! 私は生きてますから、さっさとベルベル様を助けてくださいっ! はやく! 今すぐ!!」
……この娘、キラキラ王太子に恋をしていた過去を、完全に消去している。
「紛らわしくてごめん。僕はアーチラインだよ。スペアの仕事をしてて」
金髪のカツラを外してぶん投げるアーチライン。
震えておぼつかない指先で、茶髪をツンツンするエイミ。
さらに思い切り息を吸いこんで、くんくんして、真顔になった。
「ほんとだ! アーチさまだ……! アーチさまぁっ!」
「え。僕らの変装、においで見分けてるの???」
エイミは、親を見つけた迷子のように、アーチラインにしがみついた。アーチラインはちょっと呆気にとられている。
「私はこちらだ。エイミ嬢。よく頑張って逃げてきたね」
スノーローズにべったり懐かれたままのフレデリックが、やわらかくエイミに微笑みかけた。
こうなっては、決闘どころではない。サーガフォルスもアストレアも、剣をおさめてなんとなく幼竜たちの近くにきた。
「君とマリアベルを拐ったのは、斥候姫スゥ。場所はルス州のスコーネ城。間違いないかい?」
凍える夜の逃亡劇で興奮状態のエイミに、フレデリックはゆっくり、はっきりした声で、優しく問いかける。
「ひゃいっ! もひとり、えっちな鎧の女の子がいました。ツインテールの。真っ黒なホネホネのワイバーンを連れてました。場所は……ぜんっぜん、わかんないです。あ。海、近かったです」
「ホネホネのワイバーンって、アンデッドか? 恐れながら陛下。量産の可能性は?」
フレデリックに問われ、サーガフォルスは染み入るように優しい声で、厳しい現実を告げた。
「うむ。ドラゴンをアンデッド化できるなら、同族下位種のワイバーンは容易かろう。しかも、ワイバーンは遺体を一箇所に弔う習性がある。宣戦布告前に数だけは確保しているだろう。騎手は即席だろうが。となると、西の国境が危ないな」
「海軍への空からの攻撃は? 北王国連合の領土野心はしつこくてよ?」とアストレア。
「浄化能力を持つリヴァイアサンの冬眠を待ちながら、飛行訓練でもさせているのでは? 放っておいても、教え子たちを誘拐された不良教師に報復されましょう。海軍は心配ありません。やりすぎを心配すべきかと」
「……そうね」
なんとも言えない笑顔を浮かべるアストレア。
結婚もせずに平民の愛人との間に三人も子どもを作り、王族の務めひとつ果たさないうつけ者だが、生徒想いの良き教師ではある。あと、身内に甘い。
甥の婚約者たちを拉致した者たちは、容赦ない教育的指導を受けるだろう。
悪戯したシーサーペントを素手で骨折させ、近海を荒らすクラーケンを鉾の一撃で沈めた王弟の、教育的指導……。
アストレアは、ちょっとだけ敵に同情した。現場にいたら、自分も指導に参加するけど。
「エイミ嬢。マリアベルは無事かい?」
フレデリックの真摯なまなざしを受け、エイミは両手を握り締めようとして、アーチラインに阻止された。
「痛……! フレディ様、急いでください! よ、よ、夜明までに助けなきゃ、めちゃめちゃ危険ですっ!」
「どうして?」
「ボケアノス? オケラノス? なんか偉そうな厨二が、ほざいてました! 夜が明けたら、ベルベル様をお嫁さんにして、ウネウネの触手責めにしたりして、録画して、サンドライトに送りつけるって!!」
「はあ?! なんだよ! それ!」
闘技場に響くエイミの絶叫。その瞬間、フレデリックの中の安全装置に似た何かが、ブチッと切れた。
スノーローズの、毛並みを整えてくれていた手が、ピタリと止まった。
フレデリックの宝石みたいな青い瞳が、真っ直ぐにスノーローズを見ている。
スノーローズは、一歩だけ後退りした。
アーチラインに横抱きにされたまま、エイミがきゃんきゃん喚いている。
大声でオケアノスをディスる声がキンキン響いて、スノーローズは『ちょっとだけダマレ』と思った。
フレデリックが何をしてほしいかは、わかる。
でも、スノーローズは疲れちゃったのだ。
力一杯しがみついてくるエイミを乗せて、落とさないように風を切り、海を渡って、山をこえて。
首回りの大事な毛を何本もちぎられて、ボサボサにされて。耳元でぎゃんぎゃん叫ばれて、キーンってなって。
そりゃあキラキラ王子サマなら、もっとマシに乗ってくれるだろうけど。でも、もうヤダ。疲れた。スノーはまだ子どもなんだから、お休みしたい。
でも、マリアベルちゃん、王子サマに来てほしいって、泣きそうだったし。さーちゃんの次に優しいし。
王子サマもヨアンのお友達だから、助けてあげたいし。
ママはお友達を大事にしなさいっていうし。
ママに褒められたいし。
逡巡したスノーローズは、夜の闇を裂くように「ミャーーーウ!!」と叫んだ。
普通の人間の耳には意味のある音に聞こえないが、竜の言葉を解するサーガフォルスだけは、正確に聞き取ることができた。
『パパ、おきてーーー!』と。
休閑期が近いドラゴンは、おおむね微睡んでいる。
ちょっと呼んだくらいでは、鱗を引っこ抜いたくらいでは(ブレスは吐くけど)、そうそう目を覚まさないのだが……。
『おきてくれなきゃ、ママにいいつけてやるー!』
『ママのお友だちを見捨てたって、竜族にいいふらしちゃうからねっ!』
『パパなんか、ママのメガファイヤーブレスでオシオキだよ!』
どこの娘さんも、父親に無茶振りを辞さないらしい。
そして、パパはママが怖いらしい。
ゴオッと強い風が吹いて、闘技場に小さな竜巻が起こった。
「うわ! なんだ?!」
「大天竜……バハムート?!」
ズシンと地響きがして、銀色に輝くドラゴンが着地した。
ドラゴンは両眼をつぶっていて、なんとなくぐにぐに目蓋を動かしている。
ガチで眠そうである。
『スノー……パパ ハ 休閑期ダヨ? ママ 二 オ願イ シナサイ』
『遠いからヤダっ! この王子サマを運んだら、ねんねしていいから! ね? ね?』
『途中 デ 落トシチャウヨ。パパ、眠イシ。運転荒イシ。ライダー ジャナイ 人間 ジャ、骨 全部 バラバラ ニ 砕ケテ 死ンジャウ ヨ」
『スノー、王子サマがいたくないようにペタってするから。パパには、スノーをだっこさせてあげる。まさか、スノーのこと、落としたりしないよね?』
『ウウ……眠イ ノニ。仕方 ナイナア』
古今東西、種族を問わず、父はかわいい娘の我がままに弱い。
サーガフォルスは、娘の我がままアピールなんざ、(益にならんから)右から左に流し続けたが。
娘は、好いた男の母親に嫌われてる自覚を持つべきだ。将を討ちたいのに、なぜ馬を鍛える? 実に愚かだ。
「ねえ、フォルス。竜たちはどんな会話をされてるの?」
当然ながら、アストレアたちには『グァ』だの『ミャア』としか聞こえない。フレデリックもアーチラインも首をかしげている。が、期待はしているようだ。
サーガフォルスが憐れむように盟友を見上げると、バハムートはやるせなさげに翼を窄めた。
武士の情けで会話中継はひかえるが、ほんと同情を禁じ得ない。
「……まあ、そなたの願いは叶ったようだよ。フレデリック」
フレデリックが目を丸くしてスノーローズを、バハムートを、交互に見て、見上げた。
父から1本どころか、ろくに触れることも叶わなかった愚息が。
ドラゴンライダーは通常、ドラゴンの背に鞍をつけて騎乗する。一度だけヨアンに支えてもらって騎乗したアーチラインは、次の日、ひどい陸酔いと筋肉痛で動けなくなったという。
バハムートは、その掌に球体を作り、スノーローズとフレデリックを収めた。
高低差や重力、その他浮遊物の衝撃を抑え、快適な移動が約束された『特別待遇』である。
フレデリックは、盟友ではないのに。
足りない足りないと思ってきたが、案外とマシに育ったのだろうか。
いや、他所ごとに気を取られずに高みをめざせば、今ごろは竜たちの言葉を解し、スノーホワイトに騎手と認められていたはず。やはり、愚息は愚息だ。
フレデリックは竜たちに連れられて王都を発った。
報告を終えたエイミは、安心して気が抜けたのか、そのまま意識を手放した。エイミを抱いて走るアーチラインと、その隣を歩くアストレアの速度が変わらないことは、突っ込んだら負けだ。フレデリックとアーチラインの忠臣たちが、宰相家の嫁と息子に走り負けていることも含めて。
郊外の闘技場は、静まりかえった。
兵どもが夢の跡。今はただ、強い風だけが吹いている。
最後に残ったサーガフォルスが踵をかえすと、軍靴の踵がピキッと鳴った。
つなぎ目の金具が壊れたのか、竜の鱗を加工した脛当てが左足からカシャンと落ちた。
今日はやけに足を狙うと思ったら、獲物は軍靴だったか。
内臓や骨をやられたら、身動きがとれなくなる。マリアベル救出どころではなくなるから、軍靴で蹴られる衝撃を減らしたかったのだろう。
もう一歩進むと、右足の軍靴も脛当てが落ち、踝のパーツが壊れた。気がつけば、足の爪が数本、割れていた。
フレデリックはーーー本気で王に勝つ気でいたようだ。
エイミが去ってから、何時間経っただろう。夜の帳は黒いままだ。開けっぱなしの天窓から、北風が吹きつける。
風の音。潮騒の音。どちらも鳴り止まない。
温暖なシュナウザー領で育ったマリアベルの体感だと、ここは真冬だ。膝をかかえ、ありったけの毛布をかぶっても寒い。震えが止まらない。
やがて、夜のしじまを破るように、コツコツと足音が響いてきた。足音は扉の前で止まり、ガチャガチャと鍵を開く音が響く。
マリアベルは反射的に身構えた。
しかし、侵入者はそのまま立ち去っていった。
マリアベルは、燭台の光に照らされる蝶番を見つめた。
嫌な予感しかしない儀式とやらは、夜明け頃に始まるらしい。現在は、夜中の2時半か、3時頃だろうか。
晩秋の頃、北国の夜明けは遅い。
(何だったのかしら? 罠……かな)
扉の向こうは、不気味なくらい静まりかえっている。
ここにいても、夜が明けたらオケアノスのーーー神堂 穂成の花嫁にされてしまう。
マリアベルとしても、ありあとしても、ちょっと、いやかなりあり得ない。
マリアベルは両手で自らを抱きしめて、ブルリと震えた。
誘拐されて1日半が経っている。
誘拐されたことは知れているだろうが、スゥやランに倒された暗部や護衛たちが無事でなければ、帝国が噛んでいるとさえ伝わらないだろう。
帝国がらみとわかったところで、スコーネ城に拉致されたと知られる頃には、マリアベルはオケアノスの花嫁にさせられているだろう。
「フレッド……」
誰にも渡さないと、共にサンドライトを守ろうと、誓ってくれたーーー婚約者フレデリック。
金色の髪。強い光を宿した青い瞳。
優しいけどおっかなくて、オレ様なのにお人好しで。
彼は、マリアベルが純潔を失っても、変わらず愛してくれる気がする。遠慮しなくていい場面で遠慮される気も、する。
だけど、フレデリック自身の憤怒は?
婚約者を奪われた王族の名誉は?
自分が我慢すればいずれ過ぎ去る痛みが、ずっとずっとフレデリックを傷つけ続けるなんて。無理だ。それこそ、ありえない。
あの人は、絶対的に自分の責任にするから。
違うっていっても、納得してくれないから。
……大人しく、奪われている場合じゃない。
マリアベルは、覚悟を決めて立ち上がった。石畳はひどく冷たいが、足音を立てないように靴を脱いだ。
そっと扉を開くと、隙間風が吹く廊下に、斥候姫スゥが立っていた。
思わず閉めるマリアベル。スゥは扉を押さえてそれを阻止した。
背丈は変わらないが、力の差は歴然としている。
マリアベルが睨むと、スゥは片方の手で扉を押さえたまま、人差し指を唇につけた。
「抗する覚悟が決まりましたのね。お待ちしておりました。マリアベル嬢。参りますよ」
「……どこへ?」
目眩をこらえながら問うと、スゥは声を潜めて囁いた。
「転生の泉へ。あの男に追わせましょう」
「あなた……!」
目を見開くマリアベル。
スゥは流れるような所作で膝をついた。
三姫たちは美人揃いだが、皇太子の側近としても妃候補としても、いまいち優雅さに欠けていた。皇太子が皇太子だから、仕方がないが。
しかし、今のスゥは違う。帝国の中央で所作を身につけた臣下の物腰だ。巨大な国家を統べる皇族に、仕えるべき人間のーーー。
「私は、第15皇子オケアノス殿下の侍従スゥ。本名は欧陽・是でございます」
頭を低く垂れるスゥ。
恭しくマリアベルの足をとると、布のスリッパをかぶせた。そして、焦がれるような眼差しで、マリアベルを見上げた。
「殿下をお助けする為に、どうか御力を。稀人マリアベル。それとも、野々宮ありあとお呼びするべきですか?」と。
欄外うんちく
成体竜族の平均身長は10〜12メートルくらいだけど、大天竜バハムートは20メートル弱。ガンダ◯くらいあります。
ドラゴンライダーとは、戦闘機や巨大ロボの頸部に鞍をつけて操縦しているような人外です。良い子は真似しちゃダメ。
今回のフレデリックは、外付けのコックピットに収納されてるイメージで。
対して、ワイバーンやシーサーペントは3メートルくらい。パラグライダーやジェットスキーに近いノリです。
スノーホワイトは仔馬くらいの大きさで、体表が柔らかい衝撃吸収ボディなので、エイミでも何とか乗れました。ただし、死なない程度にあちこち骨折してます。




