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美少女すぎるヒロインは、無意識にご褒美を献上する

その人は、窓から差し込む光を背に、両手を広げて微笑んでくれた。


『ようこそ、生徒会へ』


金色の髪が、サファイアみたいな目が、キラキラきれい……。


夢で見た景色と同じだ。お教室ではちっとも話してくれないから夢は夢だと思ってたけど、夢じゃなかったみたい!


「フレディさまー!」


ヌルヌル成分をある程度拭いてもらって、カピカピになった令嬢が、最上級に尊い身分の王子に抱き……


つこうとしたら、避けられた。


「あれ?」


スカッとつんのめるエイミ。くじけず再チャレンジするが、麗しの王子は捕まらない。ほとんどその場から動いていないにも関わらず、全然、絶対、抱きつけない。


「アーチライン。生徒会室は、部外者立ち入り禁止だよ?」


エイミの突進をないものとして、笑顔でかわし続けるフレデリック。とばっちりを避けるかのように、そーっと窓辺まで後ずさるマリアベル。

アーチラインはフレデリックに負けない笑顔でエイミの首根っこを捕まえ、背後に控えるステラに引き渡した。

心得たとばかりに動きを封じるステラ。王子にまとわりつく珍獣捕獲の瞬間である。


「あれえ? なんで動けないのかしら?」


首から下の神経が一時的に麻痺するツボを押されて、身じろぎもできなくなったエイミを、生徒会室の面々が生温く見下ろす。


「彼女、食紙植物の消化液を浴びたんだ。この姿で寮に戻るのは人目につきすぎるからね」


「アーチ……。いつから、そんな特殊なプレイに目覚めたの?」


冷たい笑顔に宿る一筋の好奇心に、マリアベルがドン引きして窓枠に背をつけた。チラリと外を見て、飛び降りることが可能か確認せずにはいられない。


「そんなだったら、学校ではやらないな。事故だよ」


「うーん。でも、あの植物群は紙にしか興味がないのに、こんなに浴びる? おかしいねえ」


「とにかく、シャワールームを使うから。ステラ、エイミちゃんをよろしく」


「はい。アーチライン様が覗かぬよう、全神経を駆使してお支度いたします」


無表情棒読みだが、相変わらずひどい。


「信用ないなあ」


「アーチライン様ですから」

「アーチだから」


マリアベルとステラとフレデリックのツッコミがかぶった。


「君たちの姿を見た以上、シャワールームの使用は咎めないけどね。規則違反に目を瞑るのだから、理由くらい説明してほしいな」


フレデリックはアーチラインではなく、ステラに視線を向けた。エイミの証言なんか、どうでもいいと言わんばかりだ。背後のマリアベルが「シナリオの強制力っていったい」と呟く。


ステラはチラリとエイミを見たが、フレデリックに見惚れてぽわーんとしていて、いつも以上に話が通じそうにない。よって、丸投げすべくアーチラインに視線を移した。


「いらない紙を捨てたかったんだっけ?」


「屑篭でよくない? なんでわざわざ、始業2時間も前に温室まできて処分したの?」


あえて焼却炉の話題を避けたあたり、フレデリックもエイミの残念さを見切っている


「えっと、あの……」


ぼわわーんとフレデリックに見ほれていたエイミだが、眉をハの字にして視線を外し、上目遣いでアーチラインを見上げて、今度は床に視線を落とした。


「あ、あたし、寮に戻ります」


挙動不審はもともとだが、輪をかけて怪しくなったエイミをフレデリックが見逃すわけがない。逃げる獲物は魔王の玩具……じゃなくて、不正の芽は早めに摘むのが為政者の役目である。


「隠し事も結構だけどね。エイミ嬢。君がなんらかの機密を隠滅した事実は、消せないよ」


「えっと、えっと……」


「ホワイト准男爵は、この学園によからぬ企みでも抱いているのかなあ」


中等部の新入生でも引っかからないような低レベルのかまかけだが、エイミは全力で引っかかった。


「ないです! 絶対ないです!お父様は、顔さえ良ければどんなアンポンタンでも全力で愛してくれる有力貴族をひっかけてきなさいとしか、言ってないですうぅう!」


「准男爵の苦労が偲ばれるなー……」


アーチラインのつぶやきに、エイミ以外の全員が頷く。

娘がこれじゃあ、親は大変だ。


「では、どうして温室に? 」


「ううっ……」


「あのね、エイミ嬢」


「は、はい!」


「真実を伝えてくれたら、君の悩みを解決してあげられるかもしれないよ。協力してくれないかな? ね?」


困惑する少女相手に、キラキラ王子スマイルが炸裂した。

絶妙な角度で小首を傾げる確信犯に、耳まで赤くなるエイミ。

ヒロイン、ちょろすぎると笑うことなかれ。

ハニートラップを仕掛けてきた暗殺者を惚れさせてダブルスパイにしちゃう程度には、魅惑的な凶器(スマイル)なのだから。


「あ、あの……。その。アーチ様、傷つかないでくださいね」


「ぼくが?」


「あの紙はぁ…………。その。あのっ。し、シンシア様の悪口、なんですぅー!」


エイミが白状した事情は、この場にいる者たちの想像とは全然違った。


「昨日、数学のテストが悪かったから、居残りさせられてたんです。帰りに、ロッカーがわかんなくなっちゃって迷って……。そうしたら、一年生の玄関についちゃって」


ツボの効力が切れてきたらしい。エイミは白魚のような指を胸の前でゆるゆる組んだ。


曰く、大量の手紙がつっこまれてるロッカーが目についたと。

ラブレターかと思って整理してあげようと手にとったら、罵詈雑言。違う紙も罵詈雑言。封筒に入ってさえいなくて、紙もぐちゃぐちゃで。紙を全部どけたら、上靴の上にネズミの死体がコンニチハ。

上靴には、シンシア・フルート令嬢の名前が刺繍してあったから、さあ大変。


シンシア様って、アーチ様の婚約者じゃないの! おいしいクッキーをくれた、かわゆい眼鏡ちゃんじゃないの! 婚約者なんだから、めちゃめちゃ大切な人だわ! 名誉を守ってさしあげなくちゃ!


とりあえず、ネズミは生垣にぶん投げた。手紙は自室に持ち帰った。そして、アーチラインから聞いた食紙植物の話を思い出して、早朝の温室に突撃したという……。


「隠滅する前に、相談してくださったら良かったのに」


「そうだよ。これは僕の問題だ」


ステラの声にアーチラインが頷くと、エイミはブンブンと首を振った。


「だ、だって、貴族って、名誉が1番大事なんですよねっ? わ、私は平民みたいなものだから、制服が破れたとか汚れたくらい全然いーんですけど」


「いや、よくない」


主に、風紀が。


「その……シンシア様は、アーチ様の大事な人、ですよね? で、あの、お継母様が、婚約者は大事な人だから、大切にしなくちゃいけないって。だから、だから……」


ポロポロと涙を流しながら、口の中で「ごめんなさい」とくりかえすエイミ。「秘密にできなくて、ごめんなさい」と。


当事者のアーチラインは絶句した。日頃のチャラ男がなりを潜め、顔を覆って泣き出したエイミの肩を抱くことすらできない。


「アーチライン」


言いかけたフレデリックの苦言を、遮るようにマリアベルが動いた。

立ち尽くすアーチラインの背中を押し出して、フレデリックの横に並べる。こちらの話が終わったら、好きに調理してヨシの意思表示である。婚約者たちはイイ顔でサムズアップしあった。

それからマリアベルは、エイミの隣に控えるステラに、小さな鍵を渡した。


「ステラ。エイミさんに私の制服の予備と、教科書を貸して差し上げて?」


表情の動かないステラが少しだけ目を丸くして、エイミが泣き濡れた顔をあげた。


「なりません。公爵令嬢たるマリアベル様の私物です。准男爵令嬢のエイミさんには触れる権利すらありません」


毅然と首を振るステラに、マリアベルは「教科書の内容なんか頭に入ってるから、要らないわ?」と、不動の学年2位の余裕を見せる。教科書の内容なんか、ゴリゴリの王妃教育と比べたら、幼児書みたいなものである。


「でも、この学園でおそらく最も爵位の低いエイミさんが教科書を持っていなかったら、何かとつけ込まれますわ?」


ハンカチーフで濡れた頬を拭ってやると、エイミは長い睫毛をパチパチさせて、瞬きをくりかえした。

マリアベルはもう一歩だけふたりに近寄り、男性陣には聞こえない声でそっと囁いた。


「それにね。私やエイミさんみたいな体型の生徒は、標準サイズの制服を着ると……お胸が目立ちすぎるわよ、ね?」


パチンとウインクすると、エイミの両目からブワッと涙がこぼれ落ちた。


「ベルベル様あ!」


「ベルベルって、誰っ?!」


「お、お父様とお継母さまにも言われましたっ!破れたら何枚でも特注品作るから、ぜったい、ぜったい、既製品を着ちゃダメって!」


エイミはおもむろに自分の乳房を掴み、反対の手でマリアベルの胸をつかんだ。


「きゃあああ!」


払いのけようとするマリアベルを、ひしと抱きしめるエイミ。ちなみに片手はマリアベルの胸を揉みっぱなしである。


「ベルベルさま、すっごい着痩せされるんですね! 私とおんなじくらいじゃ?! ベルベル様の制服なら、イケますっ!」


「いやあっ!ステラ、止めてっ!」


「はい、ただいま」


手刀でみぞおち一発。崩れ落ちるエイミを片手で抱えるステラ。こうなる前に助けなかったのは、もちろんわざとである。

ステラの実家であるコーラス家は、優秀な侍女や侍従を輩出するとともに、王家の暗部を育成する家系でもある。

本質的な雇い主は王族で、ステラはマリアベルがフレデリックと婚約を結んだ時に侍女になった。


つまり、真の雇い主は傍観をお望みかな、と。決してステラの趣味ではない、はずである。多分。

本人は気がついていないが、タレ目系絶世の美少女がエイミなら、つり目系絶世の美少女はマリアベルである。


見事なお姉様受けでございました。ご馳走さまです。


こうして、カピカピに抱きつかれたマリアベルも、仲良くシャワー室に直行することになったのであった…………。



欄外人物紹介


ステラ・コーラス

コーラス伯爵家の5女。コーラス家は世襲もしつつ、領内の優秀な人材を養子に迎えて栄えてきた。ステラは養女。出自は子爵位の貴族だが、コーラス本家の血族ではない。

内巻きのボブヘア。無表情。見た目だけアヤナ◯系。

「フレデリック様をギャップ萌えで悶えさせ隊」は未加入。ゆるい両片思いが目にカユイので、いっそ妊娠しない程度にいちゃついてほしい派。

殿下もお嬢様のお胸くらい揉めよ、このヘタレとか思ってない。全然思ってない。たぶん。

見てる分には、美少女限定の百合も好き。




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