キラキラ王子と令息は、今までのあらすじをなにげに語る
「フレデリックがくたばったら、おめーがフレデリックを名乗り、フレデリックはアーチラインの名で大公家の墓にぶちこまれる。王太子とスペアってのは、そーゆー関係だ」
素質と容姿を見込まれて王太子教育が始まったとき、指導を担当した王弟に言われた。
双子の兄である国王のスペアとして育ち、その割に好き勝手に生きてきた男に。
「ま、因果だわな。オレもおめーも。自分が自分でいたかったら、フレデリックが死なんように見張っとけ」
貴族は誰しも、自分の人生が自分のものであって自分だけのものではない。スペアはそれが顕著なだけ。
だが、アーチラインは、自らに課せられた役割に不満はなかった。
言葉がぞんざいで態度も厳しいファルカノスは、懐が広く心根が優しい。導きも理にかなっていたから。
逆に、慈悲深いとされるサーガフォルス王のフレデリックへの指導は、血縁を疑うほど厳しかった。というか、彼はフレデリックにだけ異様に厳しい。
あれは、王太子教育というよりーーーいや、まあ、期待されているのだろう。過分なだけで。
親子の情が彼らにあるのかは微妙だが、ふたりの性質はけっこう似ている。特に、身内に理不尽なところが。
……マリアベルが異世界からの転生者であり、「賓」であり、彼女の身を守るためにフレデリックが身代わりになると聞いた今、アーチラインは18年生きてきて、最も深い理不尽を味わっている。
「なんで、今言うかな。時間はいくらでもあったよな?」
勧められたソファに針などが仕掛けられてないことを確認してから、深々と沈みこむ。
ここは、歴代の王太子が育った瀟洒な私室だが、フレデリックの居室になってからは暗殺者出現率ナンバーワンの戦場となっている。
午前4時半。そんな魔窟にフレデリックを起こしにきたら、こんな打ち明け話をされたのだ。
「『賓』なんて言葉、私だって夏に祖父上に会って初めて知ったし?」
「けど、マリアベルが携帯げーむ?とかいう、予言めいた記憶を持ってることは、10年も前から知ってたんだろ? クリスフォードに言ったのは5年前だっけ?」
「転生者」ではなく「夢見」と言葉を濁したが、クリスフォードにはとっくに相談済みとか。
今回も、マリアベル が『賓』であることを、真っ先に告げたとか。
ふざけてる。ほんと、ふざけてる。
確かに彼は優秀で有能だが、王家の忠臣ではない。
穏健派最大派閥、シュナウザー公爵を継ぐ者だ。
「クリスがスペアより情報の優先順位が高いって、どーゆーこと?」
「『携帯ノベルげーむ』とやらは、未来の王太子妃の地位や生命が危機にさらされる破滅の予言だ。私とクリスで片っ端から懸念を潰してた当時、君は借腹に夢中だっただろ? 私よりレティシアを信じてたし?」
それを言われると、ぐうの音も出ない。
「私を『野々宮ありあ』の転生と偽り、オケアノスをおびき出そうって案を出したのクリスフォードだよ。君にはそーゆーの、全然期待できないから後回しにしちゃった。悪かったね」
謝ってない。全然謝ってない。
戦力外通告があからさますぎて、いっそ清々しいほどだ。
「王太子を危険地帯に誘導するような案なんか、誰が出すか。あ、死神クリスフォードか」
あの黒さ、メンタル、本当にお人好しシュナウザー家の血縁なんだろうか。実は王の落とし胤ではないかと疑いたくなるアーチラインである。
「王位を継げるチャンスなんだから、そこは野心を見せようよ?」
喉の奥でくつくつ笑っていたフレデリックだが、ふと真顔になると、護身用の短剣を抜き、背後のカーテンにぶん投げた。
金糸に縁取られたアイボリーの布地が、短剣の刺さった周囲だけ真紅に染まる。
何かが倒れる気配がして、直後に誰かによってそれが窓の外に落とされた気配がした。ちなみに、ここは王宮の5階である。
フレデリックの愉快な暗部たちが、姿も見せずにカーテンを取り替えはじめた。
侵入者を退治したフレデリックは、何事もなかったかのように足を組んでいる。
「……こんな暗殺者ホイホイな王冠、いらない」
「大丈夫。半分はレティシアの差し金だから。あの子が誘拐されて、だいぶ静かになったよ」
「……」
アーチラインが「王太子の執務をこなす自信はあるが、フレデリック本体にはなれない」と思うのはこういうところだ。
とにかく、身内が嫌すぎる。
「マリアベルが『賓』だとか、放浪している体の上王の役割が転生の泉を守ってたとか、本来は王と王太子だけが知る極秘情報だよね? それを今、このタイミングで僕に伝えるってさあ……」
サファイア色の瞳と、琥珀色の瞳が、互いの真意を探るように見つめあう。
「したらいけない覚悟、してない?」
2人の間に、沈黙が訪れた。
是、と察したアーチラインは、ため息と肩を落とした。
「昔から、マリアベルがさりげに君と距離を置こうとしてきた理由は、わかった。納得した。その上で陥落させた君の執念もすごいと思う。そこまでしてきたのに、どうして今、自らの命を危険に晒す?」
フレデリックはお気に入りのソファに深々と腰を下ろし、長い足を組んでリラックスしている。顔は笑っているが、ものすごい圧だ。
今さら、それにひるむアーチラインでもないが。
「マリアベルが長年、恐れ望んでいたお飾りの王妃の立場は、君の死で成立する。エイミちゃんがフレデリック殿下の寵姫になる未来もだ」
「誰がくたばるか。この私が負け試合に挑むわけないだろ?」
フレデリックは流そうとするが、アーチラインは食い下がった。こいつは、肝心なことを確信犯的にすっ飛ばすから。
「万が一のことがあれば、マリアベルは僕の花嫁になるんだよ? 子を成す義務があるから、白い結婚だけはあり得ない。それでも?」
「エイミ嬢には悪いけど。そーなるよね」
「君を失ったマリアベルを一緒に慰めようって誘ったら、僕よりすごいことしそうだけどね。銀髪とピンクブロンドのハーレムか。うん。役得だな。やっぱり君、死んでいいよ?」
言った瞬間、何の予兆もなく柱時計の秒針が止まった。
静まりかえった闇と暖炉のコントラストを受けて、フレデリックは相変わらず笑顔だ。絶対零度の笑顔だ。笑顔だけでアーチラインとエイミを消し去りそうな笑顔だ。
アーチラインはやれやれと眉を下げた。
「そんなに嫌なら、最大限自分を守れよ。この際だから、はっきり言う。帝国の皇太子は君の手には負えない。強すぎる」
「ふーん。なら、マリアベル本人を餌にしろと? 何度も言うけど、『贄』から『咎』を引き剥がすことができるのは、『賓』だけなんだ。どうしたって、皇太子に接近させざるを得ない。正攻法が無理だから、奇襲するんだよ。それに、どのタイミングであれ、オケアノスを止められなければ、私は首を撥ねられる運命ぞ?」
「だから、僕を利用しろよ」
凍りついた笑顔だったフレデリックが、瞬きをした。
少しだけ勝った気がしたのは、気のせいだろうか?
先刻までアーチラインは、フレデリックが働いている体で執務をこなしてきた。
幼い頃は瓜二つだったものの、今となっては似ているようで体格が違うから、入れ替わりに時間がかかるようになってきた。
それでも、かつらをかぶり、肩幅が広く見える服を選び、話し方、間の取り方、表情に気を配れば、彼に化けることは造作もない。
「君を死地に送り出す必要があるなら、僕が行く。それが、僕の存在理由だ」
そう告げれば、フレデリックは髪をかきあげながら視線を逸らした。
「君は完璧な王太子になれるけど、異世界の少女の記憶を持つ役は無理だよ。鋼鉄の鳥や、ドラゴンと同じスピードで地面を走る箱を普通に目にする世界だよ? 病児や障害児を含む全国民が、最低9年間教育を受ける世界だよ? 想像がつくか? 付け焼き刃の知識じゃ異世界人は騙せないよ」
「それでも演じてやるよ! むしろ大公宰相家のお家芸だ!」
アーチラインは、知らぬ間に両拳を握り締めていた。
「次期宰相として、長期戦で古狸たちと戦わなくちゃいけないのに?」
「それ、君が生きてる前提だから」
「だって死なないし? わかってると思うけど、この戦争、長引いたらサンドライトが不利になる。その時わが国は、何を停戦の駒に使うと思う?」
「北海の海域か、峡湾地方の漁場だろうね」
「歌の聖女エイミも、だ。あの美貌は、領土割譲を免れる程度には使える。極上の献上品だ。アーチがいなくなったら、誰が護るんだよ? その為の婚約だろ?」
「そんなの、わかってる……!」
血の気が失せたアーチラインの肩を、フレデリックがポンと叩く。
「身内が敵になる前に、ケリをつけたい。夜が明けたら、王都を立つ。アーチライン、留守を頼んだよ」
テコでも譲らないフレデリックに、アーチラインは軽く手をあげて降参した。
作戦に不安しかないとはいえ、この邪智深い男が、敵の得意とする土俵に寄るわけがない。
無差別殺人を愉しむ鬼畜王VS天使の笑みで他者を服従させる魔王。
うん。まさに悪役の頂上決戦だ。
なぜか、正義が不在だ。
「もし私たちが帰ってこなかったら、エイミ嬢を王太子妃に迎えなよ。いろいろアレだけど、初代正妃リリコと同じ歌の聖女だから、ゴリ推し可能圏内だろう。たぶん。ぎりぎりで……い、いけるかな?」
自信満々だった口調が、徐々に歯切れ悪くなってゆく。
ちなみにこれは、エイミが生まれ持った身分の問題ではない。主に、知能と知識と知性と品格の問題である。
貴族の所作を運動神経だけでこなしている時点で、お察しである。
「フツーに無理でしょ」
とりあえず、引導を渡してみる。
「…………うん。今のナシ。君は未来の宰相、エイミ嬢は宰相夫人で確定。変更は認めない。その為にも、異世界人に憑依された皇太子を、私が解放する」
最も説得のメンドクサイ臣下を丸め込んだ王太子は、とてつもなくイイ笑顔を浮かべていた。
その頃、マリアベルはーーーー。
シュナウザー領北中部の山間の修道院に潜伏していた。
修道女たちに混じり、刺繍を刺していた。
フレデリックとここで合流して、破壊された「転生の泉」に向かおうと話がついたので、領都から移動してきたのである。
貴族が慈善活動をするような寺院ではなく、修道女たちが細々と作物を作り、その実りを領民と物々交換して生計を立てている、ありあの感覚だと「山のお寺みたいな」修道院である。
院長の遠縁で、心ない婚約者に衆前で婚約破棄を宣言された傷心の令嬢……という、設定である。
「まさか、本当に修道院に送り込まれるなんて、思いませんでしたわ」
慣れた手で刺繍を刺しながら、マリアベルはひとりごちた。
早ければ明日明後日中に、フレデリックとここで合流する。
夢の逢瀬で実感がないけれど、フレデリック本人とは1か月以上顔を合わせていない。
フレデリックは「もと婚約者に、ごめんなさいをしにくるボンクラ」の設定らしい。どんな服装であのキラキラオーラを消すのか、本当に消せるのか、楽しみではある。
そして、フレデリックと合流したら、今は無人のホワイト準男爵領まで、お忍びの旅がはじまる
マリアベルの従者はステラだけだが、フレデリックのことだから暗部の精鋭たちを引き連れてくるだろう。
「フレッド……どうか、ご無事で」
マリアベルは王都の方角に、祈りを捧げた。




