美少女すぎるヒロインは、初めての恋にキスを学ぶ
R15の範囲ですが、肌色注意です。
生徒会役員の皆さんと重婚しちゃう夢を見なくなったのは、一生となりに居座ってやると決めた婚約者ができたから。
そう思っていたのに、エイミは今、シャワールームで嗚咽していた。
「うー……気持ち悪い。私って、いったい……」
タウンハウスから学園に通うアーチラインの部屋に住み着いて、1カ月近く。途中、実家に帰ったりもしたが、基本的に同じベッドで寝泊まりしている。ラブラブな間柄である。
……軽く触れるだけのキスしかしてないけど。
実家から戻ってからのエイミは、シェラサード家の花嫁教育をして過ごす予定だった。
が、学業が残念すぎて早々に留年が確定してしまったので、ヒーヒー言いながら家庭教師と格闘している。
学業云々の問題は事実だが、来春卒業してしまうと、結婚までの身分が教会預かりになってしまうからでもある。
教会だって、王弟殿下の養女で、大公宰相家嫡男の婚約者を無体に扱うほどバカではなかろうが、聖女にとって信用できる組織ではない。
ようは、「教会には住ませないまま、来年の秋か再来年の春に結婚しちゃおう」計画である。
アーチラインは卒業と同時に入閣が決まっているので、毎日深夜まで王宮に詰めて、エイミと朝食をとるとまた出かけていく。
ぶっちゃけ、休暇中の方が忙しい。
この人は一生これより忙しいのか……とビックリだが、本人はピンピンしている。
社交シーズンになれば、これにサロンや夜会が追加されるわけで。
エイミとの婚約が決まるまでは、毎日のようにあちらの奥様からこちらの未亡人と、浮名を流しまくっていたわけで。
そんな人が、エイミを起こさないように隣でまどろんで、時々キスをしてくれたり、前髪をちょんちょんと撫でてくれるだけで、果たして満足なのか。
エイミにはわからなかったが、正直ほっとしている部分もある。半年に一度は誘拐されてきた平民時代と、妹の身の安全と引き換えだったファーストキスが嫌すぎて、アーチラインを拒否しちゃわないか不安だったから。
でも、他所で……は、ちょっと面白くない。ものすごく面白くない。他所でするくらいなら……と、思わなくもない。けど。
「だからって、だからって、こんな夢、見る?!」
エイミは洗面所のコックを捻って、何度も何度も口をぬぐった。こんな綺麗な水より、むしろ泥水でぬぐいたい。
生徒会逆ハーレムなんてトチ狂った夢を見なくなったかわりに、気持ち悪い夢を見るようになった。
名も知らぬ男たちに、イヤなことをされる夢。
最初は、ただただ怖かった。ここ2、3日はむしろ気持ち悪い。
思い出すだけで吐き気がするくらい気持ち悪い。消えてしまいたい。
じわりと、視界が涙でにじんだ。
ひどいことをされながら、夢の中のエイミは彼らが望む通りの反応をした。目が覚めたエイミは、自己嫌悪に震えた。
なんなんだ、これ。
同じ夢でも、ハリセンでぶん殴れば消える分、意味のわからない逆ハーレムの方がぜんぜんマシだった。
とにかくまあ、悪夢なんかで、疲れてる婚約者を起こしたくない。
目頭にギュッとタオルを当てて涙を止めた。
そーっと寝室に戻ると、ベッドサイドの明かりをつけて、起こしてはいけないハズの人が本を読んでいた。
「眠れないの?」
柔らかな光を反射する琥珀色の瞳は、いつも通り優美だ。エイミはエヘヘと笑って、「起こしちゃいましたね。ごめんなさい」と謝った。
広い広いベッドによじ登ると、読んでいた本を置いて抱きしめてくれた。
「怖い夢を見た?」
「へ?」
「助けてって言ってた」
気合いを入れてシラを切る前に、耳元で囁かれた。悪寒が走って、背が震えた。おそらくは、夢の余韻で。
「あっ……ああははは。まあ、そんな日もありますよね。お騒がせしました。明日も早いんですよね? さっさと寝ましょう?」
カラ元気が、すべるすべる。
「エイミちゃん」
がっちり肩を掴まれて、真正面から目を合わせてきた。
「は、はい……っ」
思わず目をそらすエイミだが、体も視線も逃してくれない。
「ここ数日、何の夢にうなされてたの?」
「いやいやいやいや。侵害がプライバシーですから!」
「もし僕が、毎日『エイミちゃんじゃなきゃ、イヤだ』とか『エイミちゃん助けて』って寝言を繰り返したら、気にならない?」
「はへ?」
「愛する人がこんなに不安がってるのに、放ったらかして、ひとりで泣かせたままなんて、ありえない。僕はそんなに頼りないかい?」
「な、ないです! そんなこと、全然!」
「じゃあ、語ってもらおうか?」
有無を言わさないスマイルに、エイミの笑顔がさらに引きつった。普段は日和見なのに、王族の血だろうか。たまーに彼は、フレデリックの眷属に変身する。
「魔王様のスペアモード、めっちゃ怖いですー!」
逃げられそうもないので悪態をついたら、どこに隠していたのか、小さな金平糖を口につっこまれた。
そういえば、レティシアに毒を盛られたときにフレデリックからもらった金平糖は、学園の寮に置きっぱなしだった。今更、思い出した。
洗いざらい自白させられた犯罪者って多分、こんな気持ちだ。
そこまで言わせるか? ってくらい詳細に語らされたエイミは、階下でアーチラインが育てている食肉植物の群生にダイブしたい気分を満喫している。
「ダメダメですよね。わたし……」
尋問は容赦なかったが、膝に抱かれてぺたんとくっついた姿勢で、怒りも笑いもされなかったのが、救いといえば救いか。
申し訳ないことに、話したら楽になった部分もあるから、いたたまれない。
「お聞きの通りのビッチですので、婚約破棄なり、慰謝料請求なり、お好きにしてください。でも、さーちゃんには手を出さないでください。クリスさんのこと、かなり本気だと思うので」
尋問中より滑らかに喋るエイミの口の中に、またしても金平糖がつっこまれた。甘い。がりがり。
「えーっと。いくつか誤解してることがあるから、一つずつ説明するよ。まず、婚約破棄はない。理由は君が好きだから。2年以内に結婚するって決めてるから。これ絶対ね?」
「えっと。でもその」
「女の子にとって最悪に怖い夢を見たのに、自分は淫らなんだって自己嫌悪して泣くのが、精神的な不貞? そんな偏見に囚われるほど、お粗末な情緒は持ち合わせてないつもりだけどなあ」
さすが、女性を崇拝してやまない夜の蝶である。
そうは言っても、普通は嫌な気になるんじゃないかと、エイミは思う。普通じゃないほど女心を理解できる経験値を数値化して想像したら、かなりイラっときた。
膝の上で横抱きにされて、しっかり肩を包まれて、反対の手で頭を撫でられる現状は、間違いなく楽園なんだけど。
「口から出まかせの慰めじゃないからね?」
「わかってます」
白魚のような指で、彼の夜着の襟をスリスリした。襟だけ素材が違って手触りがツルツルで、なんとなくいじりたくなる。
「アーチ様は優しすぎますもん。私にも、私以外にも」
エイミの口が自然に尖る。
「私みたいな女を許しちゃう、懐広すぎな人です」
「許すも許さないも、君は悪いことしてないじゃないか」
「そーですけど……きゃ!」
慈しむようなまなざしに耐えきれず、膝から降りようとしたら、抱き寄せられて、唇を奪われた。
いつも通りの、ついばむような優しいキスが、角度を変えながら、何度も何度もくりかえされた。
それは次第に深くなって、気がついたらギュッとしがみついていた。
初めてのキスを奪った男や、夢の中の男たちには強引に開かされて、嫌で嫌でたまらなかったのに。
アーチラインのキスは心地よくて、嬉しくて、ずっとしていたくなる。
「大丈夫? 怖くないかい?」
ふるふると首を振る。
「怖い気持ちが溶けちゃうの、不思議です」
「よかった」
心から愛しげな笑みに、エイミの涙腺がゆるむ。
なんでこの人、こんなに優しいかな。
「もっとしてもいい?」
コクンとお返事したら、いきなり深いキスから始まった。
こんなに優しくて、激しくて、気持ちの良いキスがあるなんて、エイミは知らなかった。
「アーチ様、好き……大好き」
今度は自分から唇を重ねたら、もうなんかわけがわからないくらい激しくされた。
「次に怖い夢を見たら、遠慮せずに起こすんだよ? 僕も気がついたら、起こすから」
「でも、アーチ様の睡眠時間が」
「夢の上書きには、睡眠時間を削る価値があるんだよ?」
「ほへ?」
大きな手のひらが、パジャマの上から膨らみに触れた。思わず体が跳ねたが、びっくりするくらい嫌悪感がない。
「あれ? なんで? ぜんぜん嫌じゃない……?」
エイミはアーチラインの手のひらに自分の手を重ねて首を傾げた。顔が熱い。心臓は、ばくばくだ。でも、この大きな手が、長い指が、なぜだか愛おしい。
「安心するの、不思議です。お薬みたい」
「うん。毒にも薬にもなるんだろうね。だから僕は、女性に無理強いをしたり、笑い者にするような武勇伝が嫌いだ」
彼は反対側の手で、エイミの顔にかかるストロベリーブロンドを撫でて、かきあげた。
「そ、そうなんですか?」
もう片方の掌は、そっと胸に当てたままだ。
「だって、体の反応には、個人差があるんだよ」
「……!」
「感じやすいっていうか、与えられる刺激を快楽に昇華する能力が高い女性は、確かにいる。でも、そういう女性を本気で貶める男ってどうなんだろうね。相手の体質頼りのどヘタクソとしか思えないんだけどな」
夜の勝者、多方面に喧嘩売ってるし。
地味に自信満々だし。
経験則に裏付けされた自信に、けっこうハラ立つし。
「結局、私のエロビッチ説は否定してくれないんですね」
「本音を言うと、エイミちゃんにはそうであってほしいんだよね。できれば、僕限定で」
「えー! 夜遊びはお色気系で、結婚相手は清純タイプがいーんじゃないんですか?!」
「どっちも好きだけど? ただ、シンシアの件で懲りたから、もう浮気はしない。その分、お相手願いたいって言ったら、困る? 聖女は複数の夫を望めるから、こちらから束縛はしないけど」
「ヤダ! 束縛してくださいっ! 私も、アーチ様だけがいいもんっ! アーチ様しかいらないですっ!」
本音を叫んだら、大好きなキスをくれた。たくさんくれた。
キス以外の愛情表現も少しだけ教わったけど、一瞬も嫌じゃなかった。
我にかえった瞬間、かなり恥ずかしかったけど。
自己嫌悪なんか、全然ない。「愛してる」「可愛い」を連発されて、浮かれすぎて、頭がクラクラする。
「夢の上書きに価値がある」って、本当だ。
もっと先に進めてくれても嬉しい一択なのに、彼は紳士だ。「こういう「怖い」は遅効性だから、本当に大丈夫か、ゆっくり確かめながら、ね?」と、細い指で絡んだ髪を解してくれた。
怖いことなんてひとつもないのに。こうやって、守られている現状を、とんでもなく幸せだと思う。
あちらが我慢しすぎかなーってなったら、こちらからねだっちゃえば良いのだ。きっと苦笑して、「ありがとう」って抱きしめてくれるはずだから。
こんな風に、相手を想いあって、慈しみあう恋愛があるなんて、エイミは知らなかった。
だから、次に夢を見た時、エイミは群がる男どもに言い放った。
「お粗末さん」と。
だって、事実だし。
おかげで怖い夢を見なくなって、スッキリした。
その後、夜ゆっくり眠れるようになったかというと、実はそうでもない。
アーチラインがますます忙しくなって、日を跨いでから帰ってきては夜明け前に出て行くわ、3日に一度は徹夜らしく帰ってこないわで、いくらなんでも体調が心配で心配で。
「私はもう大丈夫ですから、1時間でいーから爆睡してくださいっ!」と祈りを込めて子守唄を歌う日課を追加した。
本気で祈りながら歌うとほんとに爆睡してくれるから、不思議だ。
こうして、歌の聖女は、無意識に、地味に、じわじわと覚醒をはじめていた。




