来宮 瑛美(きのみや えいみ)の過去バナ
人死 注意
✳︎ありあが罹った病気は、実在しません。
参考にした症例はありますが、明記、詳細は避けています。
さてと。
フレデリック殿下にとっては蛇足な情報かもしれないんだけど、マリアベルが忘れている過去について、私の視点から説明させてね?
いきなり思い出すと、しんどくなりそうだから。ありあべるが。
ありあの記憶って、高校3年の夏休みくらいで途切れてるのよね?
正確には、高2の春休み前くらいからほとんど覚えていないんじゃないかな。病気がわかってからの記憶は、「エイミと白い花」しかないはずだから。
その間に、私たちが親友になったんだよって言ったら、信じる?
あの当時の私は、芸能活動が生活の中心だったから、単位を取るためだけに学校に通ってたの。
久しぶりに教室に入ったら、席がえしてて自分の机がわかんない、なんてザラでね。
クラスの子に聞けば、フツーに教えてくれたけど。
学業最優先の進学校だから、みんな賢いしさ。いじめとかは全然ないの。応援もしてくれた。
その、毎日一緒に過ごす、仲間の輪ってヤツに入れなかっただけで。
学校を選び間違えた自覚はあるわ。
ただ、これでも中学までは勉強が得意だったのよ。
偏差値に合った学校を受験したその日に、まさかのスカウト。まさかのアイドルデビュー。友達ができるとか以前に、出席日数ギリギリな高校生活が待っていたなんて、思わなかったわよ。
転校も考えたけど、進学校に通う優等生キャラで売ってたからねー……ナカナカ、ね。
え。アイドルって何って?
踊り子たちが歌う楽団ってイメージで、だいたい間違いないわ。
私は、その楽団の、補欠の1番だったっていったらわかりやすいかしら?
中途半端ってゆーな。自覚してたから。
正メンバーは別格だけど、補欠だとね。そこはかとなく不健康なイメージがあるわよね。なにせ、歌う踊り子だから。
だから、ありあとの出会いはショーゲキ的だったな。
昼休みにひとりでフラフラしてたら、音楽科の校舎から聞き覚えのある曲が流れてきてね。
うちらの新曲だったのよ。前の日に配信されたばかりの。それをピアノアレンジで弾いてる子がいる。
びっくりして音を追いかけたら、生徒に開放している、練習室にたどりついたの。セミロングの女の子がグランドピアノから顔をあげてね。
「やったあ! ニノくん! アイドルゲットだよ!」って。
いやまあ、いろいろ、びびったわ。
ピアノ一台でキチキチの練習室の窓辺で、野球部のエースがやたら寛いで、ジュース飲んでるんだもん。
「えーっと。野球部の二ノ宮新、だっけ? で、あんたは?」
「音楽科の野々宮ありあだよ。このニノくんが、来宮瑛美さんのファンだってゆーから、釣ってみました!」
「お、おい。のの!」
ありあはニコニコしていて、二ノ宮はドギマギしていた。
初対面の男の子をドギマギさせる程度には、当時の私は可愛かったのだ。
疑うなよ。事実なんだから。
「昨日配信したばっかの曲を弾ける方が、愛情感じるけど?」
で、こーゆー可愛げのなさで、男女ともに敬遠されてきたのも、知ってる。
でも、ありあは赤面して顔を隠した。
「う。バレた。隠れえいみゃんファンがバレた! イベント応援用ピンクゴールドのペンライト持ってます! サイン入り生写真もー!」
あんたら、……えいみゃんに引くなや。
未だにファンから呼ばれてるわ。おばあちゃんになっても、えいみゃんだから、ヨロシクね☆
とまあ、これが、私とありあの出会いだった。
ありあは、憧れのアイドルとしゃべりたくて、ひとりじゃ勇気が出なくて、二ノ宮をダシにしたみたい。
二ノ宮は、好きな子と一緒にいたくて、私をダシにしたわけだけどネ。
ともあれ、女の子のファンて、少ないから嬉しかったな。
ありあはこの頃には発病していて、しょっちゅう病院に通っていたの。
その病院が、私たちのグループの活動拠点だった公園に近くてね。お客さんがいてもいなくても、笑顔で歌って踊る私たちをよく見かけたんだって。
二ノ宮も、小さい頃から通ってるバッティングセンター……て、野球の練習施設ね。が、公園の側で、「毎日頑張ってるんだなー」って思ってたみたい。
「甲子園ピッチャーに聞いてもらえて光栄だわ」って言ったら、「俺、速い球なら投げれるけど、あんたみたいに複雑な踊りはできないよ」っていーながら、覚えたての振り付けを披露してくれたっけ。なんか、カクカクしてたw
ありあが弾いて、私が歌って、二ノ宮が踊って。
楽しかったよ。高校に入学して、はじめて楽しい昼休みだった。
二ノ宮とありあが知り合ったのは、野球部の壮行会でありあがピアノを弾いた時だって聞いた。
甲子園での活躍が期待されるピッチャーと、ピアニストの卵の名前が似てるって校長先生に言われて、はじめてお互いを認識したみたい。
ののみや ありあ
にのみや あらた
たしかに、似てるわね。
音楽科と普通科って、校舎も玄関も違うから、そんなことでもないと、接点がなかったのよ。
あー。野球とか甲子園については、そこの上王様に聞いてくんない? 何度も説明したくないし。
ざっくり言うと、サンドライト王国でいったら、剣術と同じくらいポピュラーな球技よ。
9人1チームで、ボールを投げる人と打つ人がいて、二ノ宮は投げる人。甲子園てのは、毎年春と夏に行われる高校野球の頂上決戦よ。
ほんと、くいつかなくていーから。話がズレるから。
で。ありあの病気は、進行がはやくてね。
二ノ宮と出会った頃に発覚して、私と出会った頃に余命宣告を受けたみたい。
6月末から入院したんだけど、みるみる体力が落ちちゃって。大好きなピアノが弾けなくなってからは、ゲームをしたり漫画を読んだりしてばかりいたわ。
その頃かな。「エイミと白い花」のリメイク版が配信されたのは。
もともとは小さいゲーム会社が配信した有象無象の乙女ゲームだったんだけど、なにげに出来がよかったというか。ブレイク寸前の脚本家や声優が揃っていてね。世界の歌姫がテーマソングを自推してきて、リメイク版が発売されたの。
ありあが知ってる「エイミと白い花」は、ここまでだね。
ありあの死後、2年後にアニメが配信されたんだよ。デビューしたてだった私は端役だった。それから3年後に「完全版」がリリースされて、ようやくエイミ役を射止めたの。
そこのマリアベル、やりたいって顔すんな。
さて、高校時代に話を戻すね。
ありあからめちゃくちゃ勧められて、私はレッスンやコンサートの合間に、二ノ宮は部活や授業の合間に、地道に攻略したわ。
私たち、ありあが入院してからの方が、頻繁に会えたのよね。病院と公園とバッティングセンターが隣接してたから。
ありあはフレデリック推しだったわ。カッコいいしね。声に惚れたんだろな。とにかく耳が良かったから。
私は先生一択で、アーチラインが嫌いだったな。まあ、当時はオヤジと遊びまくりだったから。同類嫌悪だわ。
二ノ宮は「フレデリックになって、マリアベルを幸せにしたい」って言ってたわ。
いろんな男にいい顔するエイミは、好きじゃないって。
乙女ゲームなんてそうじゃなきゃ成立しないんだけど、王道のフレデリックルートが1番嫌だって。
「マリアベルってめっちゃ性格悪いけど、可哀想じゃない? 王妃様になれって育てられて努力もしてきたのに、ポッと出に就職先を取られるってさあ。 俺だったら、生まれてはじめてバット持ったイケメンにホームラン食らって、ドラフトの指名を逃す感じ? 」
とまあ、脳髄まで高校野球児だったわけ。
……なんか、誰かと言ってることがかぶるわね。誰とは言わないけど。
でも、ありあが「エイミを悪く言わないでー。瑛美と声が似てるから好きなのにー」って、言ってくれたのは、嬉しかったな。
「まあ、ニノくんの考察も一理あるわね。マリアベル攻略ルートがあったら、エイミより人気でちゃうかも?んー!やってみたい! 」って。
ありあはね。ゲームの話をしている時が、1番元気だったの。
そりゃ、そうなるわよね。
私も二ノ宮もクラスメイトたちも、今しかできないことにチャレンジできる環境にいたわけで。
なのに、ありあは病気で苦しんでいて。出たかったピアノコンクールを、全部諦めて。
愚痴を言わないなら、何を話せってなるわよね。
あとはね、ありあ、私と二ノ宮をくっつけよーとしてたの。まあ、ぶっちゃけると、私も二ノ宮が好きだったんだけど。
私からしたら、あんたら両思いじゃん。邪魔する気ないわって感じでね。「逃げずに告れ!」って怒鳴ってやったわ。
「できるわけないじゃん! だって私、春まで生きられないもん!」
って、病室で大げんかしたよ。最初で最後の大げんか。
「生きられるなら、譲らないよ。いくら瑛美が大好きでも。でも、しょーがないじゃん。私の時間はもう、半年もないんだよ?! 好きなんて言ったら、ニノくんに辛い気持ちだけ残しちゃうじゃん!」
ありあ、泣く泣く。泣きながらわめくわ、余命はぶちまけるわ。
「瑛美こそ、ニノくんが好きなら戦えよ! 」てさあ。
だいたいさ、当時の私、モテモテだよ? オヤジ転がしてたよ? ひとつの恋に固執するほど、純情じゃないっての。二ノ宮への片思いなんか、時が過ぎれば思い出になるって知ってたし。ありあほど、苦しんでないっての。
殿下も、覚えがない?
自分を二の次にして、惚れた男や友達が最優先のアホな子。
自分はもうすぐいなくなるからって、残った人の幸せを祈って祈りすぎて。しんどいくせに、めいっぱい笑ってくれて。
お人好しも大概にしろって、思うよねー。バカか。アホか。可愛いが過ぎるだろって思うよね。
ありあの病室は、いつも少しだけ窓が開いてたの。バッティングセンターのノックを聞いていたかったから。
二ノ宮はさー、部活が終わった後、チャリに乗りながらおにぎり食べて、チョコッと病室に顔を出してから、バッティングセンターに通ってたのよね。
「夏の大会を控えた甲子園球児が、クソ忙しいのに毎日のように顔出す理由、あんたわかってんでしょ? あいつの幸不幸は、あいつが決めるの! 惚れた男を侮辱すんな!」
って、泣かせてやったわ。病人を。
だってさー。二ノ宮って分かり易すぎるんだもん。直球だから。ストレートの豪速球が得意な、バッケンレコードだから。
「ハーレムルートクリアしたぞー。エンディングすげーな」だけ言って帰ったこともあるしさ。
ありあが「夜、暇すぎて、たまに眠れない」って言ったら、「俺、どーせ閉店まで打ってるから。ののは、ボールを打った音、数えてたら? 寝れるぞー」ってさ。
惚れてない女に、そこまでするかっての。
二ノ宮は、その日は来なかった。多分、私とありあの喧嘩を聞いちゃったんだろうなあ。ありあの余命も。
次に会った時に、言われたわ。
「夏の大会が終わったら、ののに告白する」って。
あれは、私への牽制……では、なかったな。
咲かせても実らない恋に対する、覚悟だった。
それからの二ノ宮は、ますます野球にのめりこんだわ。
甲子園の優勝旗を持って、告る気でいたから。
あ、私たちはすぐに仲直りしたから、ご心配なく。
ありあも「二ノくんの大会が終わったら、告白する」って言ってたし。気があう二人よね。ニヤニヤしたわ。涙目にもなったけど。いろんな意味で。
結論からいえば、私は正メンバーになれなかった。
二ノ宮は、準決勝で打たれて甲子園に行けなかった。
ただ、「のの」が「ありあ」になって、「ニノくん」が「新くん」になった。
二ノ宮は、強い人だったよ。ありあも。
いつ会っても、仲良しで、穏やかで、明るかった。
ただ、病気にだけ、勝てなかった。
ありあは季節が進むごとに儚くなってね。寝ながら休み休みのゲームさえ、難しくなっていったの。
年が明ける頃には、攻略キャラのセリフを二ノ宮が読んで、私がヒロインのセリフを読むようになったわ。
すごく喜んでくれたけど、聞いてる間に寝ちゃうのよ。気を失うみたいにね。
いつだか、すごーく眠そうな声で「瑛美の声、かわいくて大好き。ずーっと聞いていたい。声優になればいいのに」って言われたんだ。
あれがなかったら、声優に転身しようとは思わなかったな。
3人で最期に話した日、窓の外は雪景色だった。
縁起でもないんだけど「生まれ変わったら、何になりたい?」って話をしたの。
私が「エイミになって、異世界アイドルになる」って言ったら、ありあは「マリアベルになりたい」って言ったの。
「マリアベルに生まれ変わって、ピアノを弾きまくりたい」って。
マリアベルって、イライラするとピアノを弾くキャラじゃない? そのピアノを担当したピアニストさんの弾き方が好きなんだって。女の人と思えないくらい力強くてロマンチックで、たまんないって。
二ノ宮は、フレデリック殿下……なわけなく、「ドカベンの殿馬」だって。誰それ。知るかっての。
後で調べたら、野球選手兼ピアニストみたいなキャラでさ。なんつーか、野球とありあへのブレない愛を感じたわ。
私がありあの声を聞いたのは、それが最後だった。
二ノ宮は両親公認で入り浸ってたから、もう少しだけ話せたんじゃないかな。
ただ、あの雪の日が1番しんどかったと思う。
面会時間が終わったロビーで、二ノ宮が呻いた言葉が忘れられない。
「ありあがマリアベルに生まれ変わったら、絶対に、誰にも意地悪しないよな。王子様にも愛されて、幸せに暮らしそー。いーかも。それ。もう苦しまないでほしいし。……ありあは…ありあだけ……なんで、なんで……!」
ありあが大好きで、いつも一緒に笑ってた彼が、何度も何度もソファに拳をぶつけてた。
私は、何も言えなかった。ひとことでも喋ったら、泣くってわかってたから。彼を抱きしめてしまうって知ってたから。
両手をグーにして、彼から背中を向けて、奇跡を祈ることしかできなかったんだ……。
余命宣告より、1カ月もがんばって、ありあは亡くなった。
卒業式の、1週間後の朝だった。
お葬式は行かなかったわ。卒業公演だったから。
リハーサルからカーテンコールまで、笑顔でステージをこなすことが、私の鎮魂だって、信じてたから。
ねえ、フレデリック殿下。
この世界のありあは、病気じゃないし、悪いこともしていない。
不治の病だった野々宮ありあや、断罪されたマリアベルみたいに、卒業式から1週間しか生きられないなんて未来、ないよね……?
瑛美も、相当なお人好しです。




