初々しいカップルと、熟年別居婚カップルと、キラキラ王子おかん化現象
「わあ、 高山百合が咲いてる! 初めて見た!」
「きれいだね。あ、止まらなくていいからね」
王都には育たない植物を見るたびにはしゃぐアーチラインを牽制しては、御者にサムズアップされるお邪魔虫が1名。
「なんでフレディ様がついてくるかなー」
白いワンピースに花飾りのついた帽子をかぶり、レースの手袋をはめたエイミがプーっと頬を膨らませる。
「婚前旅行の邪魔してごめんね。ふたりきりじゃ心配だって、アーチの弟妹が泣くから」
「言わせてもらいますけどねー! 私とアーチ様は、アーチ様の寝室で寝泊まりすること1週間! ひとつも間違いを犯してないんですよ?! 心配ゼロです! むしろ私の色気のなさが心配です!」
「そっちはどうでもいいよ。エイミ嬢は迷子になりかねないし、アーチは見慣れない花だの草だのにうつつをぬかすだろうし。帰ってこない以前に、辿り着くのかって心配だよ」
しれっと窓の外を見るフレデリック。
大公家の嫡男が婚約者の実家に挨拶にいくんだから、ちょっとした行列だ。侍女と護衛をあわせて30人が6台の馬車に乗り合わせている。彼らの総指揮はアーチラインの仕事なのに、フレデリックがぶんどって優秀なる暗部を紛れ込ませる手際と現状である。
アーチラインは「違いないや」と笑った。
「でも、エイミちゃんの実家に、マリアベルが滞在してるから来ただけだからね? この人」
と、隣に座るエイミの肩を抱いて耳元で囁く。
いつもなら「ふふーん♪ 10日分の書類を無理矢理片付けて、休暇をもぎ取ったんですよねー。ラブラブですねー」とニヤニヤしてくるエイミが、真っ赤になってうつむいた。
思わず目を丸くするフレデリックと、楽しげなアーチライン。
「エイミちゃんて、下ネタは辞さないくせに、男に免疫ないよね」
「か、からかわないで下さいよー。だからチャラいって言われるんですよー!」
抱き寄せられた胸を必死に押し返して、アタフタしている。
つい最近まで、憧れのまなざしでフレデリックを見上げては、隠しきれぬ恋心を懸命に抑えていたのに。
何があったのか、ありすぎたのか。
何もなくても、いずれはこうなったのか。
「動物愛護の進化系を見た……」
「フレディ。この子は玩具じゃないからね? からかって遊ばないように?」
ちゃんと牽制してもらって何だが、エイミは限界だった。
「す、すいませんフレディ様! むしろ、心ゆくまでいじってくださってオッケーです。甘さとチャラさとイケメン無双が、干物な非モテに大ダメージです! 無理無理です! 」
もう限界ってくらい沸騰して涙目なのに、アーチラインがひょいと抱き上げて膝に乗せちゃったものだから、両手で顔を隠して首をブンブンしはじめた。フレデリックから「アホらし」と冷たい視線を頂いたのは言うまでもない。
「この子で遊んでるの、アーチじゃん?」
「羨ましいだろ?」
「全くだ」
お忍びだからか、学校じゃないからか、イケメンふたりの態度は、普段よりも気安い。
制服を着崩さないふたりの、ラフなシャツ姿も新鮮だ。
アーチラインに化けた時に長い髪を切ったフレデリックだが、ワンレンボブは趣味じゃなかったらしい。襟足だけ残して横は短く段を入れて、こちらもキラキラ王子に男らしさ増量キャンペーン実施中だ。
つまり、ふたりとも休暇前よりカッコいい。
目の保養なんだけど、無駄に眩しい。眩しすぎてツライ。目がー。目がー。
「うー。お、下ろしてくださいよー」
「この辺、道が悪いから。そのスカートじゃ痛いだろう? そのまま座らせてもらいなよ? 」
何だかんだで優しいフレデリックの言葉に、エイミは身震いした。
この状況も、夢で見たことがある。馬車の中で生徒会の皆さんに代わる代わるお姫様抱っこされる夢。
エイミを奪いあって牽制しながら、和気あいあいとか、意味がわからなさすぎる。
そんなに欲求不満か? 自分?
全員にいちいちドキドキした、我が心臓のビッチっぷりにもビックリだ。
実際には「ほんと、小動物系ってゆーか、小柄な子に弱いよなあ」「フレディこそ、高身長のグラマーに弱いよね」と好みの住み分けを確認しあっているわけだが。
「あ、そうだ。マリアベルから預かってたんだった」
と、アームバンドで隠していたブレスレットを外し、アーチラインの腕に飾るフレデリック。
「なるほど。意外に華奢なデザインも似合うんだな」
「あれれ? 私のブレスレットとお揃い……?」
「それ、マリアベルにもらったんだろ?」
「ひゃー!ごめんなさい! 返します、返します!」
慌ててはずそうとする華奢な指を、フレデリックの大きな掌が止めた。
「いや。マリアベルは、最初から君たちに渡すつもりで、自分の瞳に近い色のアメジストと、君の瞳に近い色のブルームーンストーンを使ったんだと思う。後ろ盾の薄い君が、社交界で見下されないように」
大公家の為に着飾れと言ったマリアベルもまた、エイミを守ろうとしてくれていたなんて。
エイミは自らのブレスレットを見た。きらきら光るアメジストは、確かにマリアベルの眼差しみたいだ。
「綺麗だね。君が好みそうで、ふたりによく似合うデザインを、考えて考えて考えたって感じがする」
「ベルベル様……。なんでいつも、いつも…! いー女すぎて、フレディ様には勿体無いです!」
「かもね」
何をするにも自信満々なフレデリックの、らしくない肯定に、目をパチパチさせるエイミ。
「これでも頑張ってるんだよ? 彼女に釣り合う王になれるように」
「目標スペック高すぎ!」
釣り合う「男」とは言わないあたりが、やっぱりフレデリックはフレデリックなのであった。
「波止場にマリアベルがいるから、会いに行こう」と、連れてこられた居酒屋では、侯爵令嬢ではないマリアベルがいた。
とてもハスキーな声で、バラードを歌っていた。
技術のある歌い手ではないが、塗りの荒い壁や暗い照明に、掠れた声がしっくりと馴染んでいた。
ここは、海軍の本拠地。メルセデス公爵が統治する北部峡湾地方の軍港都市だ。
晴れた日には波止場から隣国が見えるくらい、国境が近い。
隣国である王国連合は、政治的には友好国と言い難いが、庶民レベルの交易はむしろ活発である。
両者の安全は、サンドライト海軍が守っていると言って過言ではない。
フレデリックはこの街で一泊して、明日の朝に馬車が乗れる船でホワイト准男爵領の峡湾に向かうよう指示を出した。
北部峡湾地帯は、海岸線が複雑に入り組んでいて道が悪い。陸路で行くより、遠回りして軍港が始発の高速船を使った方が早いのだ。
「久しぶりだね。カノスの甥っ子ども。今日は、えらく可愛い子を連れてるじゃないか」
「侯爵令嬢ではないマリアベル」「王弟ファルカノスの恋人」は、噂通りの美魔女だった。
栗色の髪をカールさせ、大きく開いた服からのぞく谷間が悩ましい、お色気ムンムンな波止場の歌姫だった。
王弟ファルカノスの恋人で、しかも、彼より年上である。3人いる息子が全てファルカノスの実子なあたり、「もと仮腹」の域をこえてる。
金のネックレスが深い谷間に埋まっているが、ファルカノスも同じものを首に下げている。補習の最中、あのネックレスに刻まれた「マリアベル」の文字には、ドキドキさせられたものだ。
現実には、ラブラブ遠距離カップルだったわけだが。
離れて暮らしていても、結婚していなくても、ふたりの認識は夫婦なのだろう。そういえば、口調も似ている。
「久しぶりだね。マリアさん。こちら、エイミ・ホワイト准男爵令嬢。アーチの婚約者だよ」
「ホワイト? ああ、ホワイト商会の着ぐるみ令嬢か! 噂以上の美人だね。アーチ、今度はむざむざ殺されんじゃないよ?」
ファルカノスと同じ銘柄の葉巻のにおいと、明け透けな言い草に、アーチラインが苦笑する。
「私、一旦ファルカノス先生の娘になるから、ベルベルさんがお母様になるんですね」
「惜しい! あたしは愛人だからね。戸籍上は他人さ。ま、勝手に娘扱いはするがね。さて、フレディとアーチは、麦酒解禁だろ? お嬢ちゃんは?」
「甘くて美味しいの」と言いかけたエイミを「18歳になってないんで、ジュースで」と牽制するアーチライン。
サンドライト王国では、貴族は12歳のデビュタントで、平民は14歳の成人式で成人と見なされるが、飲酒と喫煙は18歳からである。
「しかし、エイミかね。この辺じゃ珍しくないが、因果な名だね」
「マリアさん」
「結婚するなら、男の過去は知っといた方がいい。女の過去は知らん方がいい。女は男の最後の女になりたがるし、男は女の最初の男になりたがるもんだからね」
「マリアさん!」
咎めようとするフレデリックを気にせず、エイミはニコニコ頷いた。
「フローラさんとエイミちゃんのお墓、行きましたよー。白いお花がいっぱいで、すっごい綺麗なの。私、おふたりの分までアーチ様を幸せにしますって、宣戦布告しちゃいました。だから、ベル母さんも期待してください!」
「アハハ。良い度胸じゃん。気に入ったよ。あたしのことは、マムって呼びな?」
「イエス! マム!」
「いー返事だね」
マリアベルが厨房に入ると、従業員がつまみを運んでくれた。居酒屋の店員にしてはマッチョだとエイミが話しかければ「もと海兵でさあ。膝を壊しちまってね」と笑った。
「エイミ、お前、歌が上手いんだよな? ちょっと歌わないか?」
マリアベルに声をかけられて、エイミの顔がパッと輝いた。
「アーチ様、良いですか?」
「小童ども、安心しな。この店で不埒をする命知らずはいないよ。シーサーペントライダーにして歌姫マリアベルの名にかけてな」
「知ってる」
はもるフレデリックとアーチラインに、客たちが爆笑した。従業員がもと海兵なら、客も軍人ばかりだ。
ピアノの隣に来たエイミが「楽譜読めないから歌ってください。一回で覚えますー」とかふざけたリクエストをしている間に、麦酒が運ばれてきた。
「エイミ嬢に話したんだね。借腹のこと」
「知らないのも、フェアじゃないかなーと」
リズムを取りながら弾き語りを聞くエイミを見つめる眼差しは、愛おしげで優しい。
「エイミちゃんは……すごいな。戻ってきた時、しばらくは立ち直れない気がしてたんだけど。癒されすぎてビックリしてる」
カウンター席で隣り合う従兄弟のこめかみに、軽く拳をあてた。
「それだけ一緒にいて、手も出してない時点で立ち直ってないから」
「そんなの、エイミちゃんが初恋の王太子サマを吹っ切ってからで、良くない?」
「もはや、忘却の彼方だろ」
合唱祭の時は高音で朗々と歌い上げたエイミが、声質を変えてバラードを歌っている。
遠く離れた地で、船乗りの安全を祈る恋人の歌だ。
マリアベルが歌うと大人の色気全開なバラードだが、エイミが歌うと片思いの船乗りを待っているみたいで、たいそう可憐だ。
「シンシアの時は、結婚するまで手を出すなって言ったくせに」
くすくす笑うアーチラインの手から、なんとなく麦酒を取り上げる。あまり飲ませたらイカン予感がする。
「手を出せって話じゃない。アーチに愛された女性が不幸になるとかいうくだらん幻想に、いつまでも囚われてるなって話。逆だから。今までも、これからも」
「……過保護だな。フレディは」
グラスを奪い返して慣れた風に煽るアーチラインに、フレデリックがため息をついた。
喉を伝わる一雫が、妙になまめかしい。
「しっかりしてるくせに、危なっかしいんだよ。お前」
つい、口調が少年時代に戻ってしまった。
アーチラインには言っていないが、今回の付き添った理由は、実は3つある。
ひとつめは、王命を賜わったから。
詳細は本人に聞けと言われているが、ホワイト准男爵領の山あいに住む老人を訪ねるよう、密命を受けている。
護衛を付けずに行けとか、どんな話だ。いったい。
老人から聞いた情報については、フレデリックが好きに料理して良いというから、王の資質を問われるんだろうなあとは思う。あと、すっごく面倒くさそう。
父は、見た目と治世は穏やかだが、中身が全然穏やかじゃないから、身内は油断ならないのだ。
長年、隣国の密偵を王宮にのさばらせていたのも、あちらの情報を引き出すため。ダブルスパイとトリプルスパイと暗殺者が交錯するドキドキ王宮ライフを満喫できたのは、全部父王の所為だ。
15になる頃には「ここのザルみたいなセキュリティは、全部罠なのに」と、憐れみながら返り討ちにしてきたフレデリックは思う。
レティシアの抜け目なさと性格の悪さは、間違いなく父譲りだ、と。
ふたつめは、アーチラインの言う通り、婚約者に会いたいから。
フレデリックにとって、オフシーズンだの夏季休暇なんてものは、休暇じゃない。
ここぞとばかりに執務と公務をぶっ込まれる。
王に与えられた5日間を7日間にひき伸ばしたのは、マリアベルに会いたいから。そして、レティシアから距離をおきたいからだ。
レティシアの善良そうな見た目と、腹黒すぎる人心掌握術には、ほんと削られる。
身の回りの世話をする者が、いつのまにか絆されるなんて当たり前。気を抜いたら、本気で脱獄させかねない。
自分がいない間はどーすんだと思ってたら、裁判で帰国したレドリックが監視をかって出てくれた。
留学を取りやめたレドリックは、自分に対しては「兄上様、大好き!」と懐いてくるから可愛いが、実の姉には本性丸出しだ。
「お姉様、お恨み申し上げます。兄上様の治世を、陰ながらお支えする力になりたいのに…この体じゃ…」と小さな拳をにぎり、「お姉様のこと、大好きだったのに……なんで。なんで」と涙をこらえる8歳児、コワイ。
レティシアの思ってもいない「ごめんなさい、レドリック」の嘘泣きバトルは、いつまで繰り広げられるのだろう。
毒で車椅子生活を余儀なくされたレドリックだが、その状況と見た目の儚さを利用して姉に味方を作らせない姿が、なんていうか……うん。父の子だ。
……と、フレデリックは今、誰が1番国王に近いか、全力で自分を棚上げしている。
3つめは、重要でなさげで最も優先順位が高いんだが、アーチラインを放っておけないから。
婚約自体は、思ったより上手くいって結果オーライだった。
赤くなったりオロオロしたりなエイミが面白…いやいや、からかい甲斐…いやいや、可愛らしいが、どちらが嵌まっているかといえば、まあ、こっちも割とわかりやすい。
昏い過去の傷を、開いて見せたって時点でお察しだ。
それは良い傾向だと思う。ただ、ふとした表情が何となく危なっかしくて、ほっとけない。
王命の地が反対方向ならブッチしただろうし、マリアベルがいなかったとしても、今回ばかりは付き添った気がする。
「エイミ嬢よりアーチの方が、だいぶ心配」って言ったら、どんな顔をされるだろう。
……絶対に、言わないけど。




