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悪役を放棄した令嬢は、美少女すぎるヒロインと戦わないっ!  作者: 芳野みかん
ようこそホワイト准男爵領へ! ダイヤモンドは砕けません!編
30/98

美少女すぎる婚約デストロイヤーの妹は、今日もため息を落とす




所変わってホワイト准男爵領ではーーーーー。


「ホワイト氏に聞いたんだけど、お姉さんが宰相令息と婚約したって、冗談だよね? え? 本当なの? ハハハ…あの美貌だもんなあ。大貴族までコマしちゃうか。……はあ。今日は商談がたてこんでいるから、失礼するよ」


清潔なシャツに瀟洒なベストを合わせた若者が、放心したように笑う。

エイミ・ホワイトの妹のサーシャは、冷めた目で来訪者を見送った。

彼が失恋した心情ではなく、商売相手としてこの話題を出したなら、サーシャはこの細い目を糸にして笑えばよかった。


「まだ婚約段階ですわ。でも、嫁入り道具に東国の品は欠かせませんわね。品数は分かりませんわ。ええ。夢が膨らみますわね」


……とでも、釣り糸を垂らしておけば、win-winの時間が過ごせたはずだ。


どっこい、彼はサーシャのお見合い相手である。

実の両親がホワイト商会に入社する前に働いていた、東国の宝飾工房組合の元締めの息子である。

それなりに交流があったから、ホワイト家の内情くらい分かっていたはずである。

昔からお姉様は貴族に嫁がせるって言ってんのに、なんの夢を見てたの? おめでたいわね。オイ。…である。


東国産のウーロンティに手もつけず、去って行った素直すぎる御曹司に、サーシャは心の中で「(マル)か」と、呟いた。


(バツ)ではなく、(マル)


あわよくば婚約相手を変えたい青二才は(マル)

欲望がわかりやすくてよろしい。お断りしてもされても商売に影響は出ない。むしろ、ちょっとだけホワイト商会が潤うからマル。


お見合いを白紙にした後、エイミを口説く男も(マル)。「さーちゃんの良さがわかんない彼氏なんか、いらない」ってフラれるけど。


で、お見合いを継続したまま口説くヤツは△。優秀な妹と結婚して美貌の姉を愛人にしたい覇気は、商人としては悪くない。が、家族としてはノーサンキューだ。


(バツ)は、エイミに不埒を働こうとした者。ちなみに、誘拐したやつは「卍」である。自制心のない犯罪者なんかにダイヤモンド鉱山の利権なんか任せられん。


てわけで、血の繋がらない姉は、現場にいなくてもサーシャのお見合いデストロイヤーである。

もう、何度めだろう?

もともとが「お嬢様と社員の娘」な関係だったから、彼女の美貌をひがむ気持ちは、最小限で抑えられている。と、思う。

アレが実の姉だったら、とっくにグレてる。血の繋がりがないからこそ、顔面偏差値の格差に納得できるのだ。

その厄介な姉は、「男の性欲が萎えるナゾのツナギが普段着」なんてビジュアルだから、怒るのもバカバカしいんだけど。


ゴリラのツナギでも一目惚れされ、マッチョな世紀末覇者のツナギでも一目誘拐されるエイミに、心を奪われない男なんているんだろうか?


と、思っていた時代がサーシャにもありました。


「サササササーシャ! なんか、シュナウザー公爵の紋章付きの馬車が向かってくるぅ!」


先ほど退散したもとお見合い相手が、真っ青な顔で戻ってきた。


「あら、予定より早くいらしたのね。お父様の釣り仲間のヘルムート・シュナウザー様と、お姉様のご学友のマリアベル・シュナウザー様ですわね。お出迎えにあがらなくては」


サーシャは使用人に目配せして立ち上がると、もと婚約者を追い抜いて廊下に出た。

吹き抜けの廊下には、爽やかな風が流れている。

常緑色のサリーの裾が、ひらひらと踊った。

青年が一瞬だけ目を見張ったことを、サーシャは知らない。




馬車を降りた賓客を異国風の客間に案内するなり、ジョン・ホワイト男爵に妻、エイミの妹のサーシャは絨毯に額に擦り付けんばかりに頭を下げた。


「先日の夜会では、申し訳ございませんでしたー!」


峡湾釣りに誘われてきたヘルムートと、夏季休暇中の自由課題にダイヤモンド鉱山の視察を選んだマリアベルとクリスフォードが、きょとん、と3人を見下ろす。

この人たちに何かされた覚えはないし、エイミのやらかしについては今更すぎて覚えていられない。


「マリアベル様の御前で、王太子殿下の寵妃に娘を推すなど、不敬極まりない行為を、なにとぞ、なにとぞ……」


夜会で司教たちに怒られた時よりは、だいぶ真面目に反省しているみたいだ。後日教会に連行されて、よほど絞られたか。

シュナウザー親子はお互いに目配せをして、やがてマリアベルが歩み出た。


「あえて聖女の選定に影響のない寵妃を望むことで教会を立て、大公家には婚約を取り消す大義名分を与えました。謝罪は要りません。むしろ、よくぞ立ち回りましたね」


口元を隠していた扇子を下ろして微笑むと、ホワイト准男爵が涙を流しながら「ベルベル様、マジ尊い」と呟いた。

そのわき腹に、背後からスタンガンを放つ妻と養女っていったい。


「タヌキが調子こいて申し訳ございません。それはそれ、マリアベル様の名誉を汚す失態を、恥じ入るばかりでございます。どうぞ、懲罰は妻である私めに」


東国人らしい細面の女性が、さらにさらに土下座を深める。


「そなたらの本意が、マリアベルの排除にあったのならば、厳罰に処するところだが…?」


シュナウザー公爵のすみれ色の瞳が、冷たく光る。


「め、め、め、滅相もございません! あのアンポンタンには、王太子殿下の寵を競うような頭脳、知性、知能など、ございません!」


「あー……納得」


必死こいてる准男爵をぬるく眺めながら、この空間で最も可憐な容姿のクリスフォードが辛辣につぶやく。


「ならば、この話は終わりにしようか。のう? マリアベル 」


「はい。それより私お屋敷を見たいわ? こちら東国風の平屋ですのね」


「は!畏まりました。私めがご案内申し上げます」


「ジョンや。峡湾釣りの準備はできておるかな?」


「もちろんにございます」


親たちが促されて……というか、謝罪がナアナアで流れて、サーシャは顔を上げるタイミングを逃していた。

年長者たちが去り、残されたクリスフォードがサーシャの眼前で腰を落とした。


「顔をあげて。サーシャ・ホワイト准男爵令嬢。貴族ならば、無実の貴女は頭を下げてはいけない」


心が跳ねるような美声に、吸い寄せられるように身を起こすサーシャ。


「僕はクリスフォード・シュナウザー。マリアベルの血の繋がらない弟で、シュナウザー公爵の後継だ。きみとお揃いだね」


男性にしては華奢で、線の細さの割に大きな手を差し出され、サーシャは思わず顔をあげた。


そこには、美少女の限界突破したエイミを見慣れているサーシャでさえ、目を疑うような美少年が微笑んでいた。

プラチナブロンドの柔らかそうな髪。リボンタイのブラウスに紺のスラックス。

銀縁眼鏡の内側の常緑樹の瞳が、はっと見開かれた。サーシャの眠そうな一重と対照的な、二重のラインがくっきりとした大きな目。瞬きするたびに音がしそうなくらい長く豊かなまつげ。

見る見る間に、少年の白い頬が紅潮してゆく。

紅を引いているわけでもないのに艶やかに赤い唇が、信じられない言葉を紡いだ。


「わ……美人! こんな綺麗な子、初めて見た……!」


何言ってんだ。この美少年。


「お姉さんが」の定冠詞なく褒められたサーシャの意識は、吹雪みたいに真っ白になった。





「さっきはごめんね。ミス・ホワイト。初対面で不躾だったよ」


仕切り直して庭にお茶を用意し、サーシャはホストを務めた。


「サーシャとお呼びくださいませ。姉と違い、私は平民籍で成人しましたので」


「跡取りなのに、ホワイト姓を名乗らないのかい?」


「入婿側の家風によっては、貴族姓が不利になることがありますの。入婿から望まれましたなら、申請しますわ」


東国風の大きな傘を屋根にしたガゼボは、木材の良い匂いがする。

クリスフォードは、甘くないお茶と「ダイフク」という甘いモチモチの菓子を楽しみながら、本当に自分はあのエイミの家族と会話をしているのか、疑わしくなってきた。


まず、見た目が全然違う。

生粋の東国人らしく、きれいな卵型の輪郭に、細長い手足、きめ細かな白い肌。すっとした一重がなんとも涼しげだ。改めて思う。なんて綺麗な娘なんだろう、と。

エイミが太陽の下で咲き誇るバラやブーゲンビリアなら、サーシャは月の光に佇む月下美人だ。

クリスフォードはサンドライト的な美貌は鏡と姉で見慣れているので、エイミの美貌については正直、「整ってるね」くらいにしか思わない。


中身はさらに違う。すでに商会の片腕として働いているサーシャは、同世代の貴族より相当大人びている。

学業よりも領地運営の比重が高いクリスフォードと、なんとなく通じるものがある。


「それにしても、申し訳ございません。姉が未だに補習が終わらないとか。お恥ずかしい」


サーシャが恥じ入ると、クリスフォードは思わず吹いてしまった。


「いや、失礼。先生方が苦労されてたな、と」


「や、やっぱり?」


「でも、誰よりも綺麗な声で歌ったり、王太子殿下にケンカを売ったり、なかなか人気者だよ?」


「王太子殿下に……ケンカ」


ティーカップを持ったまま、ガクガク震えて蒼白するサーシャ。


「大丈夫。両思いのくせにグズグズしてたカップルに、発破かけただけだから。寵妃騒ぎでお咎めなしだった理由も、そんなとこ。殿下と姉上に、好きなら、ちゃんと恋愛しろって後押ししてくれたんだ」


サーシャはホッと息をついてカップをテーブルに置いた。


「不思議ですわ。お姉様が縁結びするなんて」


常勝無敗のお見合いクラッシャーなのに。


「そうかな。彼女がいるだけで温かい縁が繋がっていく気がするけど? 今や、3年生の中心人物だよ。リーダー的な意味じゃなくて、マスコット? かな?」


かろうじてペットという言葉を飲み込むクリスフォードに、サーシャもまたこっそり見惚れている。


今まで出会ってきた男の子は、みんなエイミを好きになった。見た目が可愛い上に、いつもニコニコしていてアンポンタンだから、男のプライドを傷つけないのだ。

逆に、サーシャの知性や商才は、並みの男性をねじ伏せてしまう。商会の戦力ではあっても、女としての可愛げがないのだ。しかも甘えるの下手だし。

もはや、エイミが姉じゃなくても、モテなかった自信しかない。


クリスフォードはドキドキするしかない綺麗な声でエイミを誉めるけど、彼女への憧憬はない。サッパリない。むしろ妹の手前、日頃のディスりを抑えている風だ。

家族はみんな小柄だし、従業員も東国人が多い環境だから大きな男性が正直こわいサーシャにとって、女の子みたいに華奢なクリスフォードは圧迫感ゼロだ。それでいて、きちんと紳士とか。なんの奇跡だ? 奇跡は顔だけじゃないのか?

そんな人に、初対面からお世辞でもなんでも、美人だの綺麗だの言われたら……。


ふと、クリスフォードが空を見上げた。


「ん? 3時間後に、豪雨か。夕食は屋外って聞いてたけど、屋内に変更したいな」


空気はカラリと乾いていて、空はどこまでも晴れ渡っている。ホワイト准男爵領がある北部峡湾地帯の最西部は、天気が変わりやすい土地ではあるが、今の空に雨の降る要素はない。



サーシャは言われるままに頷き、3時間後に庭木を叩く雨音に驚いた。


そして、「僕は、この空見の能力で公爵跡取に抜擢されたんだ。実家は、うだつの上がらない准男爵だよ。だから、もっと気楽にしてほしい」


なんて、微笑まれた日には………落ちない地味子なんか、いない。

今章は、異世界恋愛さんをキリキリ働かせます。

皆の衆、イチャイチャするが良い!





サーシャ


エイミの血の繋がらない妹。両親が東国人。

去年、平民学校を首席で卒業して成人したばかり。

得意科目は算術と論文。

動物に好かれやすい。エイミにもウザいくらいに懐かれている。

一重で卵顔。身長は低いが手足は長い。黒髪黒目のクールビューティー。

東国人独特のきめ細かい肌質が、空見の御曹司をドキドキさせる無自覚で罪な子。


帝国人やサンドライト人からは地味顔評価だが、東国人だった曽祖母の血が一重まぶたにだけ出た妹を溺愛するクリスフォードからしてみたら、サーシャは絶世の美女の完成形。実際、東国基準だとかなりの美少女。キモノ、ユカタ、チョゴリ、サリー、アオザイあたりが得意分野。



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