キラキラ王子は、強制力をガン無視したい
「で、予想以上に超絶美少女なヒロインに、メインヒーローである僕は何をするべきだい? 今から裏庭に行って、彼女のサンドイッチを失敬するかい?」
フレデリックは、彼女が転校してきた日に起きる「イベント」とやらをなぞった。
食堂のルールを知らず、高位貴族の席に座ってお弁当を広げようとしたエイミを、悪役令嬢マリアベルが高みから見下すように諭すのだとか。
追い出されたエイミは、中庭にベンチを見つけてお弁当を広げた。生徒会室の窓からひとり中庭で食事を取る生徒を見かけたフレデリックは、何事かと様子を見に行く。
貴族になったばかりでルールがわからず、食堂で失敗してしまったと笑うエイミ。
「あ。お昼、召し上がりました? もしよかったら、このサンドイッチ、いかがですか?」
カトラリーを使わない食事なんて見たことがない。生まれて初めて食べた庶民の食事は、素朴で心が和むような味がした。
……らしい。ノベルゲームとやらでは。
「お好きに、なされば良いわ」
平らかで凛としたマリアベルの声。ふたりきりの生徒会室。
「やめておくよ。一切れでは足りないから」
フレデリックはマリアベルが握りしめていたバスケットをとりあげ、会長席のテーブルに置いた。
マリアベルが1人で食べるにしては多すぎる量のサンドイッチと、水筒がふたつ。
「エイミ嬢と食堂で会いたくなかったから、こっちにきたんだよね?」
「当然です」
「どう見てもふたり分あるのは?」
「……偶然です」
この世界のフレデリックは、エイミと出会う前から「庶民の昼食サンドイッチ』を知っていた。
ヒロインとの出会いイベントやらを聞いたとき、気になって気になりすぎたので、作ってもらったのだ。
前世は平民だったマリアベルは、「調理場に入る大義名分ができた!」と、喜んであれこれ作ってくれた。公爵令嬢とは思えない手際の良さで。
卵を茹でている間に、野菜を洗って切って、パンにバターを塗り、ローストした肉を切り分けて。
包丁一本でゆで卵を刻み、塩と胡椒と酢と卵黄のソースで和えた『卵サンド』が、一番好きだと言った。
「ありあの両親は共働きでしたから、土日の朝餉は私が作ってましたの。サンドイッチは得意メニューでしたわ」と。
あの時、あの笑顔を、どこか寂しげに感じたのは錯覚だろうか。
「特に美味しいって言ったのばかりだ。覚えていてくれたんだね。ありがとう」
「別に。適当、ですわ」
マリアベルの声音は平らかで、表情もいっそ冷たい。頬も首も白磁のように真っ白だ。
だけど、いつからだろう。白粉が届かない耳の内側の赤みに気がついたのは。
赤面しているマリアベルは、素直じゃない言葉とうらはらに、無自覚に艶やかで、危うい。
フレデリックは俯く少女から目をそらし、格子窓に歩み寄った。甘やかな空気を払うように窓を開くと、花香る春風とともに、ひとりの少年と少女の、かしましいおしゃべりが耳に飛び込んできた。
「もー、エイミちゃん。いくらかわいくても、高位貴族の席に座ったら、メだよ」
優しげな声は、副会長のチャラ男、こと宰相家の嫡男アーチライン・シェラザードだ。
「えー。だってえ。アーチさまがいらしたから、お隣でおしゃべりしたかったんですー」
「うん。だから中庭でピクニックしようね」
「はあい。でもー、身分で座る席が決まるとかーおかしくないでスカー。人はみんな平等なのにー」
マリアベルも窓辺に寄って、礼儀正しい距離を保ってフレデリックの背に控えた。
中庭のベンチに並ぶアーチラインとエイミの方が、よっぽど恋人みたいだ。もうひとり、マリアベルの侍女のステラが昼食の支度をしているから、密会ではないが。
ちなみにこのステラ、隠密能力を持つ侍女である。婚約が成立した日に、王家からシュナウザー家に貸し出された。
悪役を破棄した悪役令嬢のテンプレとして、いじめをねつ造されたくないマリアベルが、クラスメイトと言う名のお守りを命じたらしい。ボーナスが弾むだろうなあと、フレデリックは他人事だ。
「明るくて無邪気…ねえ。ものは言い様だな」
「えーっと…」
「携帯?げーむとか、そういうの抜きにして聞きたいんだけどさ。あの子に愛を語るの、難易度高すぎる。言葉が通じる気がしないんだけど?」
窓枠に肘をついて、フレデリックが顎をしゃくる。
「……愛に言葉は要りませんわ?」
「ふぅん。異世界にいた頃のキミは、恋人と会話しなかったの?」
「…………さあ?」
青い目を細めると、マリアベルはすみれ色の瞳をそらした。一瞬だけ、鳥肌がたつような冷気がふたりの間に漂う。
「でも……私が知ってるエイミさんとは、性格が違うようですわ。もしかして彼女も転生者なのかしら?」
「ふうむ。君のいた世界って、全体的に知能が低いのかな?」
「ひどっ! そこまで言います?」
彼の肩をバシッとはらうマリアベルに、猫掴みをお返しするフレデリック。
兄妹がじゃれるような、罪のない戯れだ。だけど、手に触れた巻き毛は思ったより柔らかくて、掴んだ首すじからほのかな香りがして。
「失敬。言いすぎた」
フレデリックは、苦笑まじりのため息をつき、手を離した。
「全く。未来の寵妃さまに言うことではありませんわ?」
逆光に目を細めるマリアベル。
中庭の声はかしましく、格子窓に入る風は涼やかで、生徒会室は静寂に包まれている。
「寵妃ね。必要か? 正妃が子を成せなかった際の側妃ならわかるが」
「あら。男のロマンが許されるお立場なのですから。楽しまれては?」
「ロマンねえ。僕の私財と後宮費で、辺境伯を立ち上げたばかりだ。そんな予算はないよ」
「後宮でなくても、ご実家の財産で妃を立てたい家はいくらでもありましてよ?」
「後宮より面倒だ。継承権がややこしくなる。正妃がひとりいれば十分だよ」
「寝言ですね。承りません」
本音以外の何物でもないのだが。
いつも通り、笑顔で流された。
ふと、「げーむ」のフレデリックが、マリアベルを弾糾したというセリフを思い出した。
『キミは私を愛していると言うが、キミが愛しているのは私ではない。キミの心が作り出した偽りのフレデリック。虚像だ。なにせ、心からエイミを愛する私を、キミは絶対に認めないのだからな! 私が誰を愛するかなんて、キミが決めることではない!』
……うん。確かに、ゲロ甘だ。花畑だ。
婚約を解消していない状態で、何を言っている?
お前も、惚れた相手に「あなたが愛する人は、私ではありません」と、言われてみろよ? 10年くらい。と、かのフレデリックに言いたくなる。
そう。このセリフ、セリフと人物をちょっと入れ替えると、笑えるくらい腑に落ちるのだ。
エイミを愛するフレデリックなんて、マリアベルの恐怖心が作り出した虚像にすぎない。
だけど彼女は、処刑される場面を、拷問を受け、追放される場面を、いつでもはっきり思い出すことができる。
「ゲーム」では一行で終わったという「苛烈な断罪」の「詳細な」場面を、夢に見るのだという。幼少期から、何度も何度も。
侍女のステラからも、頻繁に悪夢にうなされること、少女期には慟哭や嘔吐があったと報告を受けている。
善良で聡明なマリアベルは、現実のフレデリックとゲームのフレデリックを同一視してはいない。だが、フレデリックの何気ない仕草に、本気の怯えを示すことがある。
本人は隠しているつもりだろうが、フレデリックの目は誤魔化せない。
マリアベルの恐怖心は、ひどく根が深い。無事に卒業の日を迎えるまで、決して消えないだろう。
だからこそ、王妃としてフレデリックを支え、寵妃の座をエイミに明け渡すことがマリアベルのハッピーエンドだなんて、納得できない。「げーむ」以上に正気ではないから。
満面の笑みで「王太子妃は最高の就職先です」だの。「ビバ白い結婚」だの。
凛としたすみれ色の瞳は、気がつけばフレデリックを探しているくせに。
視線が絡めば俯いて、耳の内側が赤くなるくせに。
早起きして、このサンドイッチを作ってきたくせに!
どちらにしろ、来春卒業したらすぐに結婚式だ。国民の祝日に組み込まれているし、準備も始まっている。
断罪やら婚約破棄はもちろん、お飾りの王太子妃も白い結婚もない。懇切丁寧に思い知らせてやる。
ほんと、フレデリックが誰を愛するかなんて、マリアベルが決めることではない。フレデリックの心は、フレデリックが決めることだから。
欄外人物紹介
エイミ・ホワイト准男爵令嬢
高等部3年から学園に編入してきた超弩級の美少女。
実家はダイヤモンド鉱山を擁る大富豪。父、継母、継妹がいる。
貴族の常識以前に人としての常識がナイ。めっちゃマイペース。かなり泣き虫。意外に負けず嫌い? メンタル強い。自分が可愛いことはもちろん知っている。
ある意味テンプレな、あざとヒロイン。
歌がめちゃくちゃ上手い。歌の聖女に認定されるレベルの美声。ダンスも上手い。絵も得意。いわゆる天才肌。
「エイミと白い花」は選択肢におふざけモードがまぎれてるビジュアルノベルゲームなので、マリアベルもいまいちエイミの性格を予想しきれなかった。
ていうか、まさかここまでアンポンタンとは思わなかった。