ーーー 幕間 ーーー 王女様は呟く
鬱展開、人死、病んでる王女 注意
あら、お兄様。お見舞いに来ていただけましたの?
レティシア、とても嬉しゅうございすわ。
合唱祭の朝に倒れてから、ずっとこちらの病室におりましたもの。
こちらは少々、殺風景ですわね。
特に、墜落防止の鉄格子に情緒がありませんわ?
ええ、でも不満ではありませんの。窓から王都が一望できますでしょう? 私らしく、高みにいられますもの。あら、お兄様、ここを覚えていないのかなんて、首を傾げたりして。おかしな方ね。
それで、シンシア様のことを聞きたいのですか? クラスは違いますが、学友ですわ。ご実家が没落されてしまって、おいたわしく思っております。
アーチライン様との婚約も残念なことに……。噂で聞きましたわ。公衆の面前で婚約破棄ですって?
いったいシンシア様は、アーチライン様にどんな不躾をされてきたのかしら?
お兄様、私ね、シンシア様を遣帝女の付き人に指名しましたの。
二度とは国に戻れない遣帝女の、たったひとりの腹心ですもの。人柄の良い方をお願いしたいわ。すぐにでも宮中作法を習ってもらいたくて……え? 行方不明?
あら、あら、まあ。
困りましたわね。
アーチライン様に、お見舞いのお手紙を差し上げなくては。さぞかし傷心でいらっしゃることでしょう。
新しい婚約者はエイミさん、でしたかしら? 聖女様の候補とはいえ、商人あがりの卑しい血なんて、シェラザート家に入り用かしら?
あの方、身持ちが悪くていらっしゃるって、社交界では有名ですわよ。かろうじて生娘ってどういう意味でしょうか?
侍りたい殿方を集めた地下サロンを開くんじゃないかって、淑女たちは戦慄しておりますの。
あら、そういえば、お兄様もエイミさんにご執心でしたわね。寵姫になさるんでしたっけ? マリアベル様はお飾りの正妻ですの? もちろん、大歓迎ですわ?
はやく正式に召して、アーチライン様を解放してさしあげてくださいませ。
夜会の花たち全員の願いですわ?
アーチライン様のファンは、たくさんおりますの。
大公宰相家を象徴するシェラザートブルーの式服がよくお似合いですし、私もあの色のドレスに憧れてますの。宰相夫人に降嫁するのも、やぶさかではなくてよ。
アーチライン様って、お兄様より剣も頭脳も全て僅差で上回っていますでしょう?
うふふ。存じておりますわ?
お兄様は愛しい妹にご執心で、アーチライン様に譲りたくないものだから、生徒会長をされたり学年トップの成績を維持されてますけど。アーチライン様が譲ってさしあげている結果でしょう?
でも、そんなお兄様を、レティシアは軽蔑などいたしませんわ?
だって、公爵家のマリアベルが、なにくれと優れた王太子であれと、圧力をかけてこられますでしょう?
ねえ、お兄様の伴侶には、もっとおとなしい方が相応しくありませんこと?
私のお友だちになってくれそうな、大人しい方が良いですわ。
華やかで、身分や能力の高さをひけらかす方は、ね。手弱女な私には、気が引けてしまいますの。
お兄様はご存じないかもわかりませんが、マリアベル様はアーチライン様にご執心ですわよ?
夜会でアーチライン様を東屋に誘うと、「あちらの温室に新しい熱帯植物が入りましたわ。皆さんで行きましょう」などと、おっしゃるの。お兄様を差し置いて、ですわ? あら、お兄様も行かれましたの? 楽しそうで何よりです。
でも、アーチライン様には、そんな奇妙な植物は相応しくなくてよ。
紳士だから、楽しそうにされますでしょうけれど…。
繊細な方の機微や悲しみは、同じ繊細さを持つ者にしか、理解できませんのね。仕方のないことです。
あとは、二回連続でダンスをお願いしますと「それは婚約者だけの特権ですわよ」と、身も凍るような声で割り込んできますの。
そんなこと、王であっても娘の親と申しますか。なかなか正式な婚約を認めてくださらないお父様への、意思表明ですのに。
そんな時、お優しいアーチライン様はマリアベル様に次のダンスを申し込んでしまいますのよ!
あのお姉様のダンスは大層優雅ですけど、隙がなさすぎて。背の高い女性って、少々恐ろしいですわ。
それに、ご自分こそ、お兄様には1回しか踊っていただけてませんのにね。
え? 昨日の夜会では、3回連続で踊られましたの?
お兄様ったら、弱みを握られているが如しご寵愛ですのね。
あら、何を笑ってらっしゃいますの?
あら、まあ、こちら、砂糖菓子の差し入れですの?
死後、数日から数週間で骨が青くなるお菓子ですの? 見覚え? いいえ。下女に下賜いたしますわね。私、ダイエット中ですのよ。
お気持ちだけいただきますわ。
ひっ……わ、私は、マリアベル様を見下してなんて……。
そ、その、少々、嫉妬しているだけですわ? あ、あんまり仲睦まじくしていらっしゃるから。兄をお慕いする妹の、たわいのない戯言ですわ。短剣も、納めて下さいませ。
お兄様は時々、冗談が通じなくて、ハラハラいたしますわね。
でも、うふふ。アーチライン様と同じ髪型でそうやってかきあげますと、よく似ていらっしゃいますわね。従兄弟というよりは、兄弟みたいですわ。
お次は、アーチライン様の初恋の話、ですの?
異母兄妹とはいえ、実のお兄様にお話するなんて、照れてしまいますわね。
私とアーチライン様は婚約者ではないけれど、幼き日より確かな絆で結ばれておりますの。
あら、「仮腹」のこと?
あの、スペアの方が、子どもを作る能力があるか否かを、卑しい身分の女で試さなくてはならない試練ですわね。
お兄様、大反対されてましたわよね。
高貴な方が下賤な女に汚されるなんて、ありえませんもの。
とにかく、あの当時のあの方は正気ではございませんでしたわね。
従騎士の家に仕える下女、でしたかしら? 身分が低すぎて何者かもわかりませんわ。
お名前はたしか、フローラさんでしたかしら? そちらの方を正妻に召したいなどと戯言を。
お苦しいでしょうから、話し相手にはなりました。寵をうけたフローラさんともお話しましたわ?
あの時の私の苦しみ、悲しみ、身を切るような辛さは、高貴な女にしかわからない痛みであります。
それにしても、フローラさんの死は突然でしたわね。
自ら命を絶ったと思ったら、身の回りの世話をしていた侍女に毒殺されていたなんて!
ああ、生まれたばかりの赤さんも可哀そうに。
アーチライン様の寵を受けた女の墓地を、把握するのも正妻の心得というもの。
あの方は毎日、粗末な慰霊碑の前で膝を抱えて座っていらっしゃいました。
サラサラの髪を風に吹かれるままに、墓標をみつめて。
遠くからオペラグラスで見つめながら、唐突に理解しました。ああ、あのお方も下賤な女と卑しい子どもを疎んでいらしたのだと。
あの方のお墓、火事で燃えてしまったんですって? 焼け跡から青い骨が見つかったことで、毒殺が露見するなんて。
恐ろしいですわ。
アーチラインさまが社交界に戻ったのは、それから2年ほど経った頃でしょうか。
瞬く間に、華やかな噂をふりまきましたわね。
経産婦や未亡人との火遊びは紳士の嗜み。いわば慈善活動です。
私、ホッとしましたの。
華やかに、軽やかに、夜会を舞うお姿は「夜の蝶」の二つ名を得ましたわね。
なのに、なのに、医学などという卑しい行為を嗜むフルート伯爵家の末娘シンシアと、王の名のもとに正式な婚約を結ばれましたときには、お父様の正気を疑いましたわ。
ああ、やはりお父様はなにもわかっていらっしゃらない。いっそ、玉座を降りるべきですわ。
アーチライン様とシンシア様は、まさに親が決めた婚約者の典型でしたわね。愛はなく、定期的に顔を合わせるだけ。
垢抜けない小猿があの麗しい方の隣に立つとは、なんとも面妖な組み合わせでございます。
アーチライン様に並んで相応しいのは、サンドライトで最も美しい姫だけですのよ?
解せません。
解せませんわ。
シンシア様ごときにシェラザート家の従騎士が貸し与えられたのも、解せませんわ。東国の血を引くエキゾチックな風貌の剣士。あれは、アーチライン様の真の婚約者である、私の従騎士ですのに。
でも、私もサンドライトの姫ですから、数多の出会いがあります。15の冬に、帝国の皇太子オケアノス様に出会いました。漆黒の髪に真紅の瞳。たいそう眉目秀麗な殿方です。
出会ったその日に、遣帝女にならないかと誘われました。
我が国の数倍の国土、人口を誇る大国の皇太子に、小国の王女は逆らうすべはございません。
ダンスの最中に、強引に唇を奪われてしまいましたこと、お兄様はお怒りでしょうか。
わたしは、唇を守ることすらできぬ手弱女なのです。
結果、筆頭遣帝女に内定しましたわね。
でも…でも…、私ね、薬学の聖女にも推されていますのよ? 筆頭遣帝女の名誉は、マリアベル様にお譲りしますわ。パトレシア様は純潔ではありませんし、他に筆頭遣帝女の資格を持つ娘はおりませんもの。
うふふ。さぞ華やかな行列が拝めますわね。
さすがのお兄様も、今回ばかりはマリアベル様を手放す覚悟をなさって?
だって、やっと長年の恋が実るんですもの!
応援してくださいませね。 お兄様?
ところで、私はいつまでこちらで療養するのかしら?
こちら、仮腹の部屋ですの?
あちらの窓にフローラさんがぶら下がっていらしたのね。
フローラさんを殺した女は、赤さんには手を出さなかったらしいですけど、本当かしら?
このお部屋で、この寝具で、アーチライン様と仮腹の女が睦みあいましたの?
ふぅん……。
病室の変更をお願いできますかしら?
お兄様?
「薬学の聖女? そんなものはいないよ」
「毒薬の魔女の裁判なら、じきに始まるけどね? 」
「レティシア。君は、王太子教育で使う毒に痛み止めを混ぜて、実弟に渡したね? 先週やっと証言がとれたよ。ああ、今から君の小蝿に命じても手遅れだ。あの毒とあの痛み止めの配合がどんな結果をもたらすか、薬学の聖女候補が知らないはずはないよね」
「王族への殺人未遂だ。実刑が求刑されるだろう」
「だけど、弟を、親友を、学友たちを傷つけ続けた人間を、この私が簡単に許すと思う? まして、マリアベルにまで危害を加えるなら」
「潰すぞ? 隣国の小蝿どもも、帝国もまとめて」
……。
お兄様? 怖いわ。
どうしてそんなに、楽しげに笑ってらっしゃるの……?




