幸せを噛みしめるドラゴンの足元で、繰り広げるはザマァ劇場
オケアノスが去ると同時に、アーチラインと体を支えあっていたディーンが崩れ落ちた。
「ディーン!」
傷に触らぬよう抱え直すも、背中から流れる血がアーチラインの服を濡らすばかり。
「アーチラインさま、そのままこのあたりを押さえてお待ちください。で……そこの聖騎士さま!」
シンシアはアーチラインに応急処置をまかせ、1番近くにいた聖騎士にビシッと指をさした。
「聖騎士様の馬車には、簡易テントと簡易ベッドが備え付けられていますよね? すぐに組み立ててください!」
返事も待たずに自分の馬車に戻り、やたらでっかいスーツケースを取り出す。パカっと開ければそこには輸血セット一式と消毒液、薬、包帯、などなど。
それら医療道具を目にも止まらぬ速さで組み立てながら
「血液型がRH+A型とO型の聖騎士さま、まずはA型からカモンです」
と、指をくいくい。
冤罪? もしかしなくても、この子、冤罪? 冤罪一択? と、罪悪感からなんとなく従ってしまう聖騎士たち。
ローレンス枢機卿がだんまりを決めて何も言わないので、瞬く間にテントが完成して、医療行為が始まった。
「傷を上にして、うつ伏せで寝かせてください。あなたは、プロテクターの紐を切って。……かなりの破片が皮膚に食い込んでますね。取り除いてから縫合します。誰か、看護師か医師の資格のある方は?」
「ローレンス枢機卿が…」
「論外です! B型とAB型は、お医者様を連れてきてください。私ができるのは応急処置だけです。ハリー! ゴー!」
「し、承知!」
戦闘が終わってある種の緊張感が消えたら、1番弱いはずの令嬢が1番強くなっていた。
「あのちっちゃい娘、すげーなー……」
つつがなくローレンス枢機卿を捕獲したヨアンが、テントから追い出されたアーチラインに笑いかけた。
「フルート伯爵家は、医師免許を持っててフツーなんです。シンシアは年齢的に看護師と介護士だけですけど」
「間に合わないとか、麻酔とかメスとか、湯を沸かせとか、聞こえるんだけど?」
「そこはスルーで。まあ、伯爵家が得意な医療福祉は、社交界では平民の仕事って認識だから。あまり評価されないんですけどね」
「あー。それで舞踏会? で、めっちゃ悪口言われてたんかー」
「あれは貴族社会の一面でしかないですから。鵜呑みにしちゃダメですよ? ペテロ枢機卿のスキャンダルもね」
泥と切り傷とディーンの返り血にまみれた貴公子が、静かに語る。視線を合わせず、貝のように口を閉ざすローレンス枢機卿を睨みながら。
「なあなあ、あの子を手放して、うちのお嬢でいーの? ほんとに?」
ヨアンの茶化しに、アーチラインは凪いだ笑みを浮かべ、星が輝く夜空を見上げた。
上弦の月と、銀の星。その空を横切る、真紅の影。それを見つけたアーチラインは、傷だらけの頬をくしゃっとした。
「全くもー。フレディのヤツ、ほんと過保護だな……ま、恩も売りたかったかな?」
ひとりごちながら、つい微笑んでしまう。
「ローレンス。僕はね、聖職者の殆どは、神の使徒に相応しい人格者だと思っているよ。残念ながら、聖女様に無体を働いたり、その罪を後ろ盾のない枢機卿に押し付けたり、聖職者の風上にもおけないような連中が幅をきかせてるようだけど」
傷ついた指が、テントをさし、次に北の方角を指す。輝ける王都の方角を。その方角から天翔ける存在を。
「もし、身の丈以上の権力を欲するなら、知るべきだろうね。絶対に敵にまわしてはいけない存在とは、誰か。敵と認定された者は、組織は、必ず破滅に向かうってことを 」
予言のような警告に、ローレンス枢機卿がようやく口を開いた。
「それは何の脅しだ?」
「あ、そこの見張り役のキミたち。テントを押さえて。けっこー風吹くから」
ヨアンが、テントの外で待機する聖騎士たちに指示を出す。
「はい?」
予告通り、強風が吹き荒れた。夜空を横切るは、真紅の飛竜ワイバーンだ。長い尾を舵に、三体きれいに並んでいる。
聖騎士たちが、慌ててテントを押さえる。
「うわー! 」
「今度はワイバーン?!」
「いや、あの軍服……辺境侯の飛竜部隊!」
ワイバーンたちは海上を旋回すると、軽やかに港湾に着地した。体のサイズが違うとはいえ、倉庫をぶち壊したドラゴンとはだいぶ違う。
「アーチライン様!!」
「アリスト辺境侯! パトレシア! ユーコウ先輩!」
「ちょっと、なんてお姿ですか! おひとりでこんな無茶をされて!」
巨大な体躯と筋肉を誇る壮年の男と細マッチョ青年は真紅の軍服だが、赤毛の美人はなんと制服だった。しかも、スカートの下に安定のジャージである。
「パトレシア……。今、僕より無茶してるの、キミだよね?」
本日の終業式をもって退学したはずの辺境侯令嬢パトレシアは、絶賛妊娠中である。
「妊婦には、適度な運動が必要ですわ?」
「ユーコウ先輩、父親でしょ! 止めてくださいよ! 」
「はっはっはっ! 義母上も臨月まで乗られていたらしいから、辺境では常識なんですよ。ね、義父上」
「うむ」
ワイバーンたちはドラゴンを見上げて「わーい、ドラゴン様だ」「カッコいい!」「鱗きれーい!」と、つぶらな瞳をキラキラ輝かせている。
キュンときたドラゴンは、ちょっと胸をはった。
全長3メートル弱のワイバーン族は、ドラゴンの同族下位種である。平均10メートル前後のドラゴン族からすると、細ーい、ちっちゃーい、かわいー、なのだ。人間から見た妖精みたいなもんだ。
バンっと払った尻尾でまた倉庫が潰れたが、知ったこっちゃない。
「さてと。久しいの。ローレンス。国境の修道院を、帝国兵どもの娼館にしおった腐れ司祭が。どこに雲隠れしおったか。なるほどのう。中央でまさかの出世か」
「……!」
壮年のワイバーンライダーが、ニヤリと笑う。
筋肉の隆起した腕を組み、太い指であご髭をさすりながら。
「ここでひっ捕らえて中央教会に訴えれば、またもみ消されるだろうな。だが、行方不明ならば探されまい。どうせ、そなたの所業、ペテロ枢機卿ひとりになすりつけるにも限界があろう? 婿殿、縄を」
「了解ッス! 」
辺境警備隊長にして侯爵令嬢パトレシアの婚約者は、ひらりと地面に降り立ち、軍服の袂から透明の紐を出した。
「お、横暴だ! 私は枢機卿だぞ! 辺境侯風情が、無礼な!」
と、タイミング良く目が合ったので、アーチラインはにっこり微笑んだ。
「うーん。僕は偽物だからねえ。本物のアーチラインは王都にいるんだろ? アリスト辺境侯たちは、令嬢の合唱祭を見学して、退学手続きをして領地に帰っただけ。ミルト港なんて遠回りしないよねー、で、押し切れるんじゃない?」
「貴様……!」
怒りで赤黒くなった枢機卿をサクッと無視して、ユーコウがくいっと視線をやる。
「あそこで、シンシア様にアゴで使われてる聖騎士たちが、黙ってますかね?」
「交渉次第かなー。アノスって法衣戦士に誘拐されたことにするとか。あ、このまま辺境伯領で雇ったら? 人手不足でしょ?」
「……。アーチライン様、たまに殿下に似てるって言われません?」
「あそこまでは、魔王になれない」
会話しながら、ギッチギチに縛るユーコウ。
その背後には、赤毛の美女が仁王立ちしている。
「もと枢機卿さま、ご安心なさい。例の修道院で春をひさがされた被害者やご家族、使用人たちと、内密に面会していただくだけですわ? ほら、私たち貴族は、私刑をしたらいけない法律がありますから。決して貴方様に危害を加えませんわ? 貴族は、ね?」
目鼻だちがゴージャスで、背が高くて筋肉質でグラマラスなパトレシアが、怒りながら満面の笑みを浮かべるこの様。なんとも大迫力である。
妊婦なのに。制服にジャージなのに。
「ユーコウの嫁さん、美人でおっかなくて良いねー。 お、その紐、ワイバーンの髭じゃん? 後で、ドラゴンの髭と交換しない? ワイバーンの歯磨き楊枝にどお?」
「自分が婿ですってば。あ、髭なら買いますよ。8本あります? うちの子たち、ドラゴン様を尊敬しすぎて奪いあうだろーから」
「生えてる髭、ひっこ引き抜きそうだから。その情報やめて」
「抜いてますよ?」
「あーあ。遠近感狂うのに、無茶しやがって」
「……でも乗るんだ。すごいな」
やんごとなき枢機卿を縛りながら、ドラゴンライダーのヨアンと、ワイバーンライダーのユーコウは、この会話である。
少し距離を置いて、アリスト辺境侯が自分のワイバーンを手招きした。空中や水中では高い戦闘力と素早さを誇るが、短い四つ足で這うように歩く様子は「テコテコテコ」である。
ドラゴンがその背中に人知れず身悶えたのは言うまでもない。ワイバーンちゃん、マジ天使!
初老の騎手の合図に、飛竜は静かにうずくまった。
「アーチライン様。この子に寄りかかってください。立っていては傷に障りましょう」
「ありがとう。でも、僕は戦士でも騎士でもないのに。触れていいのかな?」
辺境侯が片膝をつくと、ワイバーンは黒いキラキラした目を向けて、コクンと頷いた。
『あー。トニオが地面に膝つけてるー。コイツ、ニンゲンのエライ奴かー。あー。怪我してるなー。いいよー。まー遠慮すんなよー』って感じだ。
姿形は全然違うが、ふと、エイミの笑顔を思い出した。あの子は、ちゃんと補習を受けているだろうか?
ビロードのような細かい艶やかな毛で覆われたワイバーンは、寄りかかると表皮が柔らかで、少しひんやりしていた。
辺境侯は膝をついたままだ。盛り上がった双肩が、まるで岩山のようだ。なんと勇ましくも頼もしい、国境の守護者だろうか。
「ご報告申し上げます。国王陛下の命令を受け、爵位譲渡の刑を受けたフルート伯爵夫妻と嫡男一家の身柄は、パトレシアと婿殿が立ち上げる辺境伯爵領の預かりとなりました。辺鄙な地で平民としての再スタートは、さぞ不便でしょうが……」
それ、国王に進言したヤツ、誰だろうね。キラキラしてるのかなー。オラオラしてるのかなー。両方かなー。
優秀な医者集団であり領地経営のエキスパートを、武闘派集団に派遣とか。重宝される以外の道、あるのか? 本当にそれ、左遷かよ。
言外言語に、分かりやすくいろいろ詰め込みすぎだ。
あと、『ローレンスは、長生きさせられるんだろうなあ』とも、思った。
高潔なフルート一家は、どんなに憎い相手であれ、決して危害を加えないはずだ。
怒りに昂ぶる被害者やその使用人たちを、止めもしないだろうが。
それを治療して寿命まで生き永らえさせ、プライドをズタズタにするとか、発狂しないよう精神医療に尽くすとか、『医は仁術。患者に貴賎なし。一心に治療するのみ』なノリだけでやりそうな人たちだから、よりコワイ。
「辺境への島流し、か。社交界で、パトレシアたちの立場が悪くならなければ良いけど」
「ハハハ! 領地運営のイロハも知らぬヒヨッコ夫婦には、過ぎたる家臣だわい!」
真紅の軍服に巨体を包んだ壮年のワイバーンライダーは、高らかに笑った。
国外逃亡を図る罪人を捕らえるつもりが、なぜ辺境の田舎貴族に拘束される羽目にあったのか。
なぜ、こんなにもコケにされねばならないのか。
ローレンス枢機卿は、見誤っていた。
サンドライト中央教会の執行部は、王家を敬ってなどいないが、帝国寄りでもない。
使えるものは使うし、必要があれば媚びる。謀反を疑われたら、まずは無能か聡すぎて扱いづらい幹部を切り捨てる。
つまり、ペテロ同様に謀られたのだ。おそらくは、戸籍上は叔父である父ガルシア枢機卿長補佐官によって。
「クソッたれがーーー!」
叫んだ瞬間、後頭部を殴られた。意識が闇に落ちた。次に目を覚ます場所は、すきま風が踊る辺境の地下牢だろう。
かわいいワイバーンが、書きたかったんです……!
欄外人物紹介
トニオ・アリスト辺境侯
現役最高齢52歳のワイバーンライダー。
辺境軍の将軍たる辺境の司令塔。
小指と薬指でクルミを粉砕できる、ファビュラスでマーベラスなゴリマッチョ。
遣帝女なんかありえんし、娘もフレデリック王子好きだし、で、側妃にしようとゴリゴリしたが「大空を翔るワイバーンライダーのパトレシアを、後宮に閉じこめたいの? 本気?」と、チクチクやられてハゲた過去がある。
その後宮費で辺境伯を立ち上げたことで、側妃に選ばれる以上に評価されてるとわかって、髪がフサフサに戻った。よかったネ。
ワイバーン
短い真紅の毛に覆われた細身の竜。黒目がでっかくて丸い。四つ足歩行。
国境付近の湿地が主な生息地で、アリスト辺境侯の敷地には8匹住み着いている。
必然的に家の騎竜。家族が増えると、仲間を呼んでくる。「このお家に生まれた子は、みんな乗せてあげるー」ってことらしい。
ちなみに、乗りこなすには、少なくとも宇宙飛行士並みの身体能力が要る。
ワイバーンに国境は関係ないので、帝国領にもフツーに飛んでいく。帝国の方がワイバーンライダーの数は多いが、同族とは絶対に戦わないので、侵略兵器にならない。
戦闘を無理強いすると、高度500メートルから落とされる。もしくは噛み砕かれてエサにされる。
「バトル担当じゃないしー。かわいい担当だしー」




