夜会のタヌキは、逆ハーレムに王手をかける?
時は少しだけ遡り、表彰式が終わった講堂で、エイミは教会の「すーきけーちょーほさかん」という、怖そうな護衛を連れたお爺さんに呼び止められていた。
傍にはアーチラインがいて、「すーきけーちょーほさかん」は、エイミよりむしろアーチラインに物申したいようだった。
「おふたりの婚約は、いつ頃にお考えですか?」
初老の聖職者は、優しく慈しむようなまなざしで、若いカップルを見あげた。
「王弟殿下の準備が整い次第ですね。成婚は遣帝女派遣の前までにと、父と話しました」
「それは道理ですな。聖女に認定された場合、婚約期間中の身柄は教会預かりとなりますが、恋人たちの逢瀬を拒むものではありません。どうぞゆるりと名誉を受けて下さいね」
にこやかな笑みは、迷える信徒たちを何百人も救ってきた聖職者らしい慈愛に満ちている。
シンシアの兄が投獄されなかったら、アーチラインは彼の目を、言葉を、笑顔を、一瞬たりとも疑わなかっただろう。
彼の背後にひかえる護衛の、素性にも気がつかなかったかもしれない。この男もエイミの美貌に魅入られ、良からぬことを企んでいることにも。
「うむ、それは困りますなあ」
エイミを置いてきぼりにした会話に、1人の男が横槍を入れてきた。仕立ての良い服を着て、恰幅の良い体を揺らしているが、生まれついての貴族ではない。
男は、背後に竜の鱗を身にまとった騎士を、ひとり連れていた。枢機卿長補佐の護衛が、舌打ちした。
「お父様! ヨアンさん!」
パーティが始まってからずっと沈んでいたエイミの顔が、パッと輝いた。
「エイミ。久しぶりだね! 」
「おう、お嬢。3日ぶりだな!」
「もー。 お父さんに内緒で婚約したり、聖女になったりしたらダメじゃないか」
「だってだってー! 断れるわけないじゃないですかー! うち、貴族のぺーぺーですよ! 断ったらツブされて、ダイヤモンド鉱山ぶんどられちゃいますよー」
大好きな父との再会で、エイミがいつものエイミに戻った。うっかり吹きそうになったアーチラインが、なんとかこらえる。
「初めまして。ジョン・ホワイト男爵。私はアーチライン・シェラザートです。近く、父とご挨拶に伺いますね」
フレデリックほどキラキラしくはないが、アーチラインの笑みも華やかだ。
「私は国教会サンドライト支部の枢機卿長補佐ガルシア・ドナルディスと申します。ご令嬢の歌声に感銘を受け、聖女に推薦する所存にあります」
貴族のトップの息子と教会のトップから声をかけられて、ふるえあがらない田舎者はいない。…はずなのに、このおっさん、何か堂々としてる。
「ははー。手前は、ジョン・ホワイトにございます。大公宰相家嫡男アーチライン・シェラザート様。ガルシア・ドナルディス枢機卿長補佐官さま」
ホワイト男爵が商人らしく頭を下げると、エイミもその娘らしくペコンとやった。カーテシー? なにそれ、筋トレなの?
「お嬢様の歌声は、本当に素晴らしかった。是非、我が教会にお招きしたい」
「いやあ、宰相夫人に聖女ですか。なんてもまあ、我が娘には過ぎたる栄光と申しましょうか、分不相応と申しましょうか」
ジョンという商人は、嫌らしいほどへりくだりながら、なかなかどうして抜け目がない。
アーチラインは値踏みされながらも、フルート伯爵家にもこの様なタヌキが1匹でもいれば……と、思わずにはいられなかった。
「その。聖女様は、重婚が認められる、のでございますよね?」
「婚姻に限らず、聖女様が望まれれば、どなたでも。国王は除きますがね」
「そうでございますか。ならば」
混濁併せ呑んで生きてきた商人の、空色の目に光が宿る。ホワイト准男爵はくるりと身をひるがえし、つかつかとフロアを闊歩した。
そして婚約者と歓談しながら様子を見ていた王太子の前で止まり、恭しく頭を下げた。
「恐れながら王太子殿下。私めは、娘を殿下の寵妃に就かせたい次第にございます」
楽団の演奏はそのままに、人びとの話し声がやんでにわかに静まりかえる。
フレデリックは膝をつく准男爵を、冷たく見下ろした。
「私は、そなたに発言を許した覚えはないが?」
「はっ!ご無礼を!」
体はへりくだってるのに、どことなく何かが全然へりくだりってないタヌキの横で、子ダヌキも一緒に頭を下げている。
フレデリックもつい笑いそうになって傍のマリアベルを見ると、扇子を広げて口元を隠していた。扇子、ずるい。
「固いことは、言いっこなしだよ。フレデリック。学園行事じゃないか」
アーチラインがニコニコしながらエイミをホールドした。アーチラインが長身でエイミが小柄だからか、いちゃついているというより、捕獲感がハンパない。
「……まあ、いい。手塩にかけて育てた娘を、王室に売るか? 商人」
「それこそが、娘にとって何よりの幸いでありますならば」
「殿下」
間に入ろうとした枢機卿長補佐官を片手で制して、フレデリックはホワイト男爵に目を細めた。
「見た目によらず、剛毅な男よ。あいわかった。心に留めよう」
フレデリックの返答に、人びとはざわめきを取り戻した。
頑なに側妃、寵妃を拒み、自らの代から後宮を廃止して辺境の国防に予算をまわした王太子が、婚約者の前で寵妃を認める様な発言をしたのである。
マリアベル以上に、エイミの血の気がひいた。
承諾ではないが、まさか前向きに検討されるなんて。
「え。え。これ、どーゆー状況?」
「僕とフレデリックとキミとマリアベルで、四角関係? あー、逆ハーレムもエイミ次第?」
「逆ハーなんて、不潔ですー。キモいですー」
「悪役令嬢モノのヒロインが、それ言っちゃうかなー」
「でもでも、ベルベル様総受けの逆ハーなら、許します! むしろ先陣切りますけどね?! 」
アーチラインのメタ発言満載な夜の蝶モードに、お返事がいちいち不穏なエイミ。「聖女は誰とでも結婚できる」は、女の子にも適応されるのだろうか?
「若いですなー」「そうですなー」と笑顔を崩さないホワイト准男爵と枢機卿長補佐官。護衛とフレデリックは無言でにらみ合ってるし、なんとも微妙な間が流れはじめた。
ちなみに、ホワイト准男爵が連れてきた騎士は、食べ物の匂いにつられて攻撃範囲内でご馳走に突撃している。
「私、外の空気を吸って参りますわ? 皆さまどうかお楽しみくださいませ」
頃合いを見計らって、マリアベルが逃げた。
もちろん、速攻でフレデリックに捕まって、いずこへともなくお持ち帰りされた。
それからしばらくの間、エイミはステラとふたりでケーキにぱくついた。アーチラインも生徒会室に何かを取りに行くとかで、講堂を退室したのだ。
ちなみにダイヤモンド鉱山を所有する父は、挨拶にひっぱりだこだ。得意の低姿勢と人好きする笑顔を武器に、有利な商談を次々とまとめてガッポリ儲ける気満々である。
授業参観とは、ホワイト准男爵にとってはネギを背負ったカモしかいない狩場なのだ。
「エイミさんて、お父様似ですのね?」
「そうですかー? あ、でも、私とお父様の真ん中に、タヌキかアライグマを置くとつながるって、さーちゃん(妹)に言われますー」
それでエイミだけ超絶美少女ってなんなんだと思うが、たしかに繋がるから不思議だ。
「成る程。私は、人誑しが遺伝なのかと思ったのですが。急におモテになられましたし。ようやく顔面偏差値にモテがおいついたというか」
ステラがふたつめのシュークリームを口に入れたとき、エイミは3つめのタルトを完食していた。
「私はモテるんじゃなくて、飾っておきたいとか、えっちしたいって思われるだけですー。本気で恋人にしてくれる人なんて、今までひとりもいなかったですよーだ」
と、お次は大好きなプリンに生クリームとフルーツをこんもり乗せて、プリプリしながら頬張った。
「てゆーか、ホントにモテてるの、ベルベル様だし。おもしろいですよねーw プラトニック過ぎる生徒会逆ハーレム」
「あら。クリスフォード様はわかりませんが、ファルカノス先生は違いますわよ?」
「えー。先生のいつもつけてるロケットに『愛しいマリアベル』って書いてありますよー?」
「その方は、先生の恋人です。御年43歳の美魔女なシーサーペントライダーですわ?」
「あらら。でも、やっぱりベルベル様は、真のモテです。だってベルベル様が好きになる人は、ベルベル様がその人を好きになる以上に、ベルベル様を好きになるんですから。私だって、ベルベル様のこと、ベルベル様が私を慈しんでくださる以上に好きですもん」
「激しく同意しますわ。マリアベル様は愛する人に愛される才能をお持ちのようです。ですが、アーチライン様は……」
「モテがしんどい人かもですよねー。見た目、チャラいし華やかなのに」
エイミはプリンのカラメルに、アーチラインの髪の色を連想した。ツヤツヤさらさらの綺麗な茶色。
合唱後に目を覚ますなり、「シンシアを助けるために、恋人のフリをしてほしい」と意味がわかんないことを頼み込まれて、うっかり引き受けてしまったが、いろいろ酷すぎる。泣きそうだ。
どうしてシンシアを辱めるような茶番が必要なのか、エイミには全く理解できないが、温厚なアーチラインがもの凄く怒っていて、それ以上に自分を責めてるってことだけ、なんとなく感じた。
夢と現実はいろいろ違うけど、重なる部分もある。
エイミが歌の聖女に選ばれるあたりは、ばっちりそのまんまだ。
主に違うのは、エイミと重婚するはずの人たちが、夢の中みたいに傷ついてないってこと。
夢の中の彼らは、今すぐどうにかしなくちゃ、心が死んじゃうーってとこまで、追い詰められていた。
アーチラインはその中では最も闇が浅かったけど、実際にはどうなんだろう。
フレデリックとクリスフォードとファルカノスのメンタルが強すぎて、一番繊細に見えてしょーがない。比べる対象がアレすぎるんだろうか。
夢の中の彼は、とにかくチャラくて、不自然に楽しげで、いつも女の子をいーっぱい侍らせていた。生徒会の仕事なんか、全然真面目にやらなかった。
エイミに限らず、女子とあらば髪や頬を撫でるし、やたら壁ドンするし、キスしそうな距離で会話するような人だ。大抵の女の子とは頭ひとつ以上の身長差があるから、腰痛くないかな? ってくらいだ。
当たり前だけど、そんなんだから男友達なんかいなかった。腹心にしているフレデリックの気が知れないほどに。
本物のアーチラインは、生徒会にも学級運営にもなくてはならない存在だ。フレデリックの無茶振りを実現可能な形で示してくれるから、男の子からの信頼こそが厚い。
最初はエイミをいやらしい目で見てきた男の子たちと、いつの間にか普通に友達になれたのは、間に彼がいてくれるからだと思う。
彼は、エイミに両手をまっすぐ肩まで上げさせて、「この距離より中に入るのは、女性なら友達だけ。親と婚約者以外の男性はダンスの時だけ」と教えてくれた。
「飼い主は?」と聞いたら「頭をなでる時だけ」と、ウインクされた。うん、この辺がやっぱチャラい。
男の子との距離がわかると、女の子に意地悪されないのも、ショーゲキだった。むしろ、女の子めっちゃ優しい。柔らかい。可愛い。大好き。特にベルベル様。
と、現実の彼との乖離は、彼は彼で著しい。
けど、他の人たちと違って、彼だけは夢と現実に共通点がある。似てないんだけど、似ている。
対外的には正反対なんだけど、彼自身にとってだけ、あんまりよろしくない部分がかぶってる。
他人に対して献身的なだけに、むしろ現実の方が痛々しく思える。
夢の彼は言った。
「僕をフレデリックと思って愛していいよ? スペアになるのは慣れてる」
本物の彼は言った。
「僕をフレデリックと思ってお芝居して? 寄せるのは得意だから」
夢の彼は言った。
「髪、10歳くらいまで金髪だったんだ。また染めようかな。青いコンタクトもして。そうしたら、愛してくれる?」
本物の彼は言った。
「髪、10歳くらいまで金髪だったんだ。殿下に告白するからって、たくさんの女の子に練習台にされたよ。女の子ってヒドイけど可愛いよね」
そして、どちらの彼も言った。
「僕は、生まれた時から、フレデリックのスペアなんだ」と。
夢の彼は、捨てられた子どもみたいに傷ついた笑顔で。
本物の彼は、少し誇らしげな穏やかな笑顔で。
枠外人物紹介
ヨアン・カーマイン
ホワイト準男爵に雇われている騎士。全大陸に3人しかいないドラゴンライダー。
この物語最強の34歳。ホワイト準男爵に雇われてるのは、ドラゴンの好物の屑ダイヤをくれるから。
ガルシア・ドナルディス枢機卿長補佐官
所属はサンドライト国教会だが、出身は帝国の有力な聖職者。枢機卿たちをそそのかしたのはこの人。聖女の生死には興味がなくて、聡すぎるペテロを始末したかっただけ。
帝国に組する気もサラサラない。住んでる国の王家や故郷の皇室なんかより、教会と法王の方が遥かに尊いから。
エイミに対しては大聖堂で歌わせたいだけ。部下たちが犯すのはオッケー。聖女とは、妻帯不可の聖職者に神が与えた娼婦だから。
割と正しい聖職者。もしくはサイコパス。
タヌキとアライグマ
エイミの実家の庭(広さは新宿御苑くらい)にガチで住んでる。半野生のもふもふ。気が荒い。
銀狐もいる。こっちは義母とサーシャに似てる。
動物たちは姉エイミを警戒し、妹のサーシャに懐いてる。エイミは触り方がウザいからキラわれる。
サーシャは撫でるとか面倒くさいから、餌しかやらない派。そーゆー人のが子どもや動物にはモテるよねw




