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8「的確かつ明快な説明で株を爆上げして、ミコトさんに見直されて、ちゅっちゅしてもらう絶好の好機!」



 夕刻。

 ユキを病院に預けたアタシは、自宅へと帰還した。クロムが言うには、もう少ししたら一緒に暮らせるようになるとか。そんな簡単にはいかない、大きい生き物なんだから。そう口にするアタシに対し、彼は妙に自信ありげだったけど、いくらなんでもそこまで大きな問題を簡単に解決できるとはさすがに思えない。……嘘。ホントはちょっと期待してる。

 からんころん。玄関を開けると、耳に馴染み始めたベルの音がする。

「いらっしゃ……あ、おかえりなさいミコトさん」

「ただいま」

 出迎えたのは給仕服に身を包んだフォルノだった。視界の隅に映る、年齢不詳のにこにこ顔。

 そう。アタシ達は今、あの店長がやっている料理店の二階に住んでいた。

 毎回宿を取っていては資金がすぐに底をつく。それは最初からわかりきっていたことで、今はユキの餌代とかもかかるから、それは余計に加速していた。そこで住み込みで働かせてもらえることになったのが、若い女性店長がひっそり営む料理店、『憩いの空』だった。

 もっとも、現状働いてるのはほぼフォルノだけで、アタシはユキとの時間を貰ってるんだけど。

「やーやー、おかえりミコトちゃん」

「ただいま」

 店長は掴みどころがない。あれ以来挑発されるようなことはないし、馴れ馴れしいと嫌悪していた態度も、気づけば親しみやすさに変わっていた。彼女は驚くほど自然に、元ぼっちであるアタシの世界の一部として溶け込んでいる。

 フォルノが給仕服のまま、アタシに話しかけてくる。

「あの後どうでしたか?」

「負けられない理由ができた。そっちは?」

「あはは、こっちは……相変わらずです」

 チラと店主に目を向けた。鼻歌など歌っている。

 最初に訪れた時もそうだったけど、今でも客はほとんどゼロ。そもそもが田舎町だから少ないのはわかるけど、店として成り立っているのか怪しいレベルだ。なのにアタシ達を雇ったり住まわせる余裕がある……一体どこからお金が出ているのか。

「およ、こんな時間。お店閉めよっか。おつかれさまー」

「あ、はい。お疲れさまでした」

 店の一階にも居住スペースがあるらしく、店長は奥へと引っ込んだ。残る片付けや掃除は、フォルノの仕事だ。

 しかし、鍵を掛け、「CLOSED」としたフォルノは言った。

「実はもう全部終わっているんです。お客さん、一人も来ませんでしたから……」



 アタシ達に与えられた自室。あくまでプライベート用の部屋で、ベッドは大きいのが一つ。シャワーを浴びたアタシ達は窓を開けながら話していた。話題はもちろん昼間の貴族様のこと。

「なるほどそんなことが」

「悔しいけど、まだまともに飛べないのも確かなのよ」

「仕方ないですよ。まだ初日ですし」

「でも時間が」

「まあまあ。急いては事を仕損じる、ですよ?」

 ……フォルノに諭されるとは心外だ。似たようなことをエリーゼにも言われたし、時間が足りない時こそ落ち着くべきなのかもしれない。

「ちょっと趣向を変えて、どうしてドラゴンズ・ハイがドラゴン一択なのか、ってことをお勉強してみませんか? ミコトさん、ルールも熟読してないでしょう?」

「……まぁ、そうね。まだまともに飛べもしないのに意味ないって思ってたから」

「では僭越ながらこの私、女神フォルノが講義を行おうと思います!」

 どこから取り出したのか、メガネを装着、教鞭を執る。形から入り、フォルノは説明を始めようとして、

「おじゃまするよーっ」

 ノックもなしに入ってきた店長に言葉通り邪魔された。店長はタンクトップで肩にタオルを引っかけ、自分用のコップを手に入室してきた。頬はほんのり赤く、吐息からはお酒っぽい臭いがする。

「店長が来られるなんて珍しいですね? なにかご用ですか?」

「んふふー、若い子達がどんな話してるのか気になってねぇ」

「これからミコトさんに、ドラゴンズ・ハイのルールを説明するところだったんです」

「じゃあそれお姉さんがやるー」

「え? い、いえここは私が! 的確かつ明快な説明で株を爆上げして、ミコトさんに見直されて、ちゅっちゅしてもらう絶好の好機! お譲りするわけには参りません! そして酔ってらっしゃいますね店長!」

「えぇー? でもお姉さんもやりたいんだもーん。いーっつも独りでつまんないー! お姉さんもお喋りしたいのー! おーしゃーべーりー!」

「子供ですか!?」

「じゃあさじゃあさ、ミコトちゃんはどっちに教えてもらいたいー?」

「私ですよねミコトさん! 私は少なくとも酔っ払っていま」

「店長」

「まだ言い切ってませんのに!?」

 別の人がいるのに、三六五日二四時間酔っ払いみたいなフォルノに教えてもらうことなんかない。

 即答を受けたフォルノはいじけて部屋の隅っこで丸くなる。どうせ朝になったら忘れてアタシに抱きついてくるだろうから、放っておいていいだろう。

 店長はコホン、と咳払いをして、説明を始めた。

「ドラゴンズ・ハイはねぇ、コースを規定数周回して、ゴールした順に順位が決まるの。コースは試合によって違うんだけど、それも色々あるんだよねぇ。森の中とか、山の中とか。障害物競争みたいなものだよ」

「……もしかして、速く飛び続けるのは難しい?」

「そうそうその通り」

 アタシは陸上競技の中でも、ハードルが大嫌いだった。せっかく人が気持ちよく走ってるのに邪魔なことこの上ないから。なんであんなもん置くの?

「それじゃあ、ワイバーンが勝てない理由を教えてあげる。ドラゴンズ・ハイにおける敗因の半分はねぇ、墜落による失格なんだよ」

「墜落? なんでよ」

「騎手は魔法を好き勝手撃っていいからねぇ。それに当たるのが竜であっても、それなりに痛いんだよ。よろめいたり、高度を維持できなくなるくらいにはね。だからね、騎手は防御魔法で竜を守ってあげるの。さて突然ですがここで問題っ! そんな魔法を小型竜のワイバーンがまともに受けたらどうなるでしょーか!」

「……なるほど、そういうことね」

 ごく普通のレース展開でさえ半数が墜落する競技。そこに打たれ弱いワイバーンが参加すれば、どうなるかは目に見えている。

「一度でも当たれば、失格は免れない……」

「せーいかーい! 『抜けないなら撃ち落とせ』。これはセオリー中のセオリーだからねぇ。世界を取るまで一度も被弾しない自信があるなら、ワイバーンでもいいけどねん」

「…………」

「およ? 自信なくなっちゃった? 出るのやめる?」

 また、煽るような口調。どうやら店長は、アタシにドラゴンズ・ハイに出て欲しいらしい。けれど顔はいつも通りのにこにこ顔で、そこにある真意はまるで読み取れない。

 煽りに乗っかるわけじゃないけど、首を横に振る。

「やめないわ。不利だってのは最初から聞いてたし、今さらよ」

 アタシの答えを聞くと、店長は口角を一層上げ、大変満足そうに頷いた。

「そう来なくっちゃ。ミコトちゃんがクリアしなきゃいけない条件はたくさんあるよ~。ユキちゃんを魔法から守って、自分には定期的に強化をかけて、指示も出して、その上で前に出なきゃいけない。ワイバーンだと、竜が起こす風圧にも押し負けるだろうから、前に出るのもそう簡単じゃないけどねぇ。ミコトちゃんが『撃ち落とせる』なら話は別だけど、あんまり魔法も上手じゃなさそうだからたーいへん」

 要するに、ワイバーンの乗り手であるアタシは、防御にかなり気を使わなきゃいけないらしい。レースなんて名ばかりで、実際はアタシが思っていたより遥かに魔法のやり取りが多そうだった。これじゃ格闘技と呼ぶ方が正解よ。

 そして、その魔法という重要な分野において、魔法のない世界で暮らしてきたアタシは技術でも知識でも大きなハンデを背負っている。

 ただユキを気持ちよく飛ばせればいいんだと思ってたけど、そう簡単な話じゃないってことね……。

「じゃ、お姉さんはもう寝よっかな」

 大きな伸びをした店長を呼び止める。

「あ、店長」

「ぅん?」

「その……色々ありがとう。今日のこともだけど、前にアタシを焚きつけてくれたのも含めて……」

「にゃはは。いーのいーのお礼なんか」

 店長はけらけらと笑って見せた後、アタシに背を向ける。

「……これは、お姉さん自身のためにしてることだから」

 声音しか感情を判断する材料はないのに、そこにも抑揚がなくて、まるで読めない。せいぜい、ワントーン低いくらいのもの。

「お姉さんの夢を、ミコトちゃんが叶えてくれるかもしれないからね」

「店長の夢? それって……」

「んふふー。今はなーいしょっ。おやすみーん」

 最後にいつもの飄々とした笑みを見せ、店長は静かに出て行った。



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