7「アイツにだけは絶対負けない」
ユキは悠々と空中散歩を楽しんでいたけど、アタシがリハビリ場に姿を見せると一直線に下りてきた。
「キューウ!」
「ユキ! 調子はよさそう?」
「キュウ!」
着陸。そしてすぐにじゃれついてくる。どうやら彼女は、アタシに頬ずりするのをいたく気に入っているらしい。加えてアタシが撫でてやると、ひどく心地よさそうに目を細めて鳴く。
「よしよし。なら午後はまた一緒に飛ぶわよ」
「キュウッ! キューーウ!」
「はしゃがない! いい? アタシは人間で、アンタほど強くないし、空に慣れてないの。だから今度は、ゆっくり飛んでくれる? 回転するのもなし。わかった?」
「キュッ!」
「よし、いい子ね」
ちゃんとわかってくれる物分かりのよさにありがたみを感じながら、アタシは早速背中に乗ろうとした。
横槍。
「そのワイバーン、貴女の子ですの?」
穏やかに声をかけてきたのは、豪奢な赤いドレスに身を包んだ若い貴族だった。
貴族……ええ、貴族ね。同年代の。アタシの表現できる、それがせいいっぱい。髪は金色で無駄にくるくると巻かれていて、チョココロネが連想された。
「そうだけど。なにか用?」
「ワイバーンは珍しいものですから、つい見に来てしまいましたの。やはりいいものですわね。人と竜との交わりというのは」
「はあ……悪いけど、アタシこれから練習しなきゃなんないのよ。見てる分には勝手にしてくれていいけど、雑談に割ける時間はないわ」
「練習? あぁ、騎竜の練習ですのね。ですがそんなに焦らずとも、お話する時間くらいありますわよね? 不要な焦りは遠回りになるだけ。ゆっくり一つずつ習得していくのがよろしくってよ」
彼女の喋りには嫌味がない。どうやら本当に疑問で、ただアドバイスをくれているだけらしかった。金持ち貴族って雰囲気なのに、意外といいヤツなのかもしれない。物腰も柔らかいし。
「アドバイスはありがたいけど、本当に時間ないのよ。月末のドラゴンズ・ハイ地区予選で勝たなきゃならないから」
「は? ……まさかとは思いますけれど、全国へ繋がる地区予選に出場するつもりですの? ワイバーンで?」
「そうだけど」
貴族様は眉を寄せ、怪訝な顔を見せた。
「……ご冗談でしょう?」
「おあいにく様。冗談は苦手よ」
「ドラゴンズ・ハイに参加するのにワイバーン? いえ、それはまだしもこれから飛行の基礎練習? い、いくらなんでもありえませんわ!」
「言いたいことはそれだけ? ハン、だったら消えて。邪魔」
イラッときたアタシは舌打ちとともに背を向け、さっさと練習に戻ろうとした。
無理とか駄目とか言ってくる外野は鬱陶しいだけだし、アタシ達にはこんなことで無駄にできる時間なんかないわ。
すると彼女は、慌てたようにまた声をかけてきた。
「まさか、本当に本気だとでも!? ワイバーンで!? 飛べもしないのに!?」
「くどい! そんなの何度も聞いた!」
「そう……そうですのね……」
貴族様は呟き、うつむいたかと思うと、
「……フ……フフ、おーほっほっほっほ!」
突然、いかにも貴族らしい高笑いを始めた。
今度はアタシが怪訝な顔をする番。
「……気でも触れた?」
「いいえ! まさかここまでのバカがいるとは思いませんでしたから! 世間知らずもここまで来ると笑うしかありませんわ!」
「……あぁ?」
目尻に涙を浮かべて大笑いする貴族様に、アタシの中でなにかがプツリと切れた。
「知るかクソが。邪魔だからいい加減失せろ」
「貴女、その様子ではわたくしのこともご存知ないようですわね?」
「だから知らねえっつってんだろうが、あぁ?」
チョココロネはまるで舞台女優かなにかみたいに、やけにわざとらしい身振りを交え、高らかに名乗った。
「よくお聞きなさい世間知らずの田舎者! わたくしの名はエリーゼ。ゆくゆくはこの地方を治める領主となる者。そしてあの伝説の騎手、スカーレットの再来とも目される期待の新星。そして無論、此度の地区予選における優勝候補筆頭なのですわ!」
「アタシが田舎者なら、同じ地方に住んでるアンタも田舎者だろうが」
「う、うるさいのですわ! 揚げ足取りはおやめなさい! さあ、わたくしが名乗ったのですから貴女も名乗りなさいな!」
「……美琴。こっちはユキ」
「ミコトにユキ……ええ、覚えましたわ! 理想と現実の区別もつかぬ、無謀な愚か者としてね!」
「ハン、言ってろチョココロネ。親の金にあぐらかいてるクソ甘ったれが。さっさとアタシの視界から消えろ。テメェの菓子パン頭眺めるくらいならレビュー評価ゼロのクソ映画見てる方がまだ有意義だ」
「貴女、いくらなんでも口が悪すぎませんこと……?」
エリーゼはさらに「せいぜい頑張りなさいな! わたくしがいる以上、無駄な努力でしょうけれど! もっと練習を重ねてから出場すればよかったと、くれぐれも後悔なさいませんよう!」と続け、アタシに睨まれても意に介さず、高笑いしながら去っていった。
非常に時間を無駄にした。今は一分一秒でも惜しいのに。
ユキが不安そうにアタシを見ていた。まるでアタシを慰めるみたいに頬を舐める。
「キュゥ…………」
「アタシは大丈夫よ。あんな安い挑発で傷つくほどヤワじゃないわ」
「キュ!」
「でも決めた。アイツにだけは絶対負けない。地区予選でアイツを打ち負かして、アタシとアンタをバカにしたツケを清算させてやるんだから」
「キュウッ!」