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6「ムリムリムリ死ぬ死ぬ死ぬ」



 まるで竜巻の中心にいるかのよう。それが、竜に乗って行う初飛行の感想だった。

 ゴーグル越しの景色は目まぐるしく変わる。重力は足を引っ張り頭を引っ張り、秒単位で上下感覚を狂わせた。強化の魔法でバッチリ光っている身体だけど、上下左右に振られてまったく姿勢が安定しない。手綱を手放さないようにするのがやっとだ。

「キューウゥー!」

 ユキはこの数日で聞いたことのない歓声を上げている。傷が完全に癒え、再び空を翔けられるのがよほど嬉しいんだろう。臆病といえど、やはり空の生き物だ。縦横無尽に翔け回り、本来の居場所を心ゆくまで堪能している。微笑ましい。

 問題は、その背中に地上の生き物が乗っているということで。

「うーーーーわーーーー! 待ってユキ! ムリムリムリ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 止めてええええええぇぇっ!?」

「キュ? キューウキューウ! キャーウ!」

「ちが、アタシは喜んでるわけじゃ、ホント待って、待ってってばあああああああああ!?」

 勘違いを重ねるユキはさらに加速し、よりアクロバティックな飛行をする。空はアタシのみっともない悲鳴と、ユキの歓喜の声が入り混じって、非常にカオスなことになっていた。

 ずっと耐えていたけど、ついに突破する臨界点。こみ上げる異物感。

 あ、ヤバ……ダメなヤツだこれ。

 数十分に渡る限界飛行でアタシが死を悟ったのと、ユキが満足して着陸に入ったのはほぼ同時だった。ゆったりと翼を広げ、滑空するような形で元の地点に戻っていく。フォルノが待ち構えているのだけが、辛うじて視認できた。

「おかえりなさいミコトさん! ユキもよく飛べていたじゃないですか!」

「キュウ!」

 会話に混ざる気力もなく、アタシはただただ放心して地面を見つめていた。足がきちんとついている。足と頭が入れ替わったりはしないし、支えてくれる地面は目まぐるしく姿を変えたりしない。この安心感。地に足がつくって最高。そもそもアタシは陸上選手なのよ。陸にいて安心しないわけがない。

「ミコトさん? ジェットコースターばりのアクロバットドラゴンライディングでだいぶグロッキーなようですね? そんな時は私に甘えていいんですよ! 私の豊満な女神おっぱいで抱きしめてさしあげます! 遠慮することはありません! さあ! さあさあさあ!」

「ぅぅ……」

 声を頼りにしてゾンビのように歩み、アタシは身を預けた。腹立たしいほど柔らかい二つの山に顔を埋める。支えがないと、立っているのもやっとだ。三半規管が完全にやられていて、まだ揺れてる気がする。いや、胸の話じゃなくて。

「きゃーっ! ついに、ついにミコトさんがデレましたっ! 今までのツンが辛辣だった分、感動もひとしおです! ハッピーエンドですねっ!」

 アタシを抱いたままいやんいやんと身をよじるフォルノ。頭が再び揺さぶられ、アタシの三半規管はついに死んだ。

「ごめんフォルノ……もうムリ……」

「ミコトさん……! 辛抱たまらないんですね! いいですよ、まだ明るいですけど私は二十四時間いつでもウェルカムです!」

 じゃあ遠慮なく。

「おぇ、ぅ――――」

「ひぎゃあああああああああああああああああああっ!? 私の唯一の取り柄である魅惑の谷間がゲロまみれにいいいいいぃぃ!? いくらミコトさんでもゲロは許容範囲外ですよおおおおおぉっ!?」

「ぅぷ……耳元で大声出されると……おえ」

「ひやああああああああああああああああああああぁぁ!?」

 ……だからムリって言ったのに。



 竜種病院でシャワーを借り、装いを新たにしたフォルノは、さめざめと泣いていた。

「ぐす……あれはいけません。ドラゴン酔いした美少女がゲロ吐いたり、それを美少女が胸で受け止める描写のどこに需要があるって言うんですか……」

「マニアックな層とか?」

「私はもっとノーマルなラブを求めているんですっ! 嫌ですよ嘔吐で気持ちが繋がったり、それに快感を覚えたりしたら!」

 アンタ最初からノーマルじゃないじゃない。というツッコミは黙っておいた。

 窓の外を見ると、ユキは再び空を飛んでいた。さっきと違って回ったりせず、穏やかに。アタシの時もそうして欲しかった。

「よく飛ぶわね。さっきほどはしゃいでないみたいだけど」

「それだけ嬉しかったんですよ。ミコトさんと一緒に飛べるのが」

「……そんなに懐かれる覚えはないんだけど」

「いいじゃないですか。嫌われるよりは」

「…………ま、そうかもね」

 どっちだっていいわ。嫌われるのには慣れっこだし。

 そんな、わざわざ口に出すほどのことでもないようなことをぼんやり考えていると、待ち人はやってきた。

 相変わらずの低身長。生意気な少年看護師、クロムはアタシ達の前までやってくると、笑みをたたえて言った。

「おっすミコト。調子は?」

「前途多難よ。あんな飛び方されたら身体が保たないわ」

「お前の身体はどうか知らんけど、ユキの経過は良好みたいだぞ」

 ペラ紙を渡してくる。受け取ってみると、どうやらユキの診断結果らしかった。ほとんどの項目に◎がついている。

 健康ならなにより。そうなると、

「あとは飛べるようになるだけ、ね……」

 本来なら必要な条件は様々あるけど、こんなにも早く練習に専念できるのは全てクロムのおかげだった。やってくれたことが多すぎて長くなるけど、ここはクロムへの感謝がどれだけ大きいかを忘れないためにも、きちんと反芻しておこうと思う。

 ドラゴンズ・ハイに限らず、竜を飼うにはドラゴン協会に届け出なければならない。どこどこの誰々さんが、なになにという種類の竜に、これこれという名前をつけて飼っている。そういう情報はドラゴン協会が管理しているから。届け出のための書類一式を、クロムは用意してくれた。

 もちろんドラゴンズ・ハイに出場するにもエントリーが必要。直近で開催される大会は全国大会であり、決勝大会があるのはおよそ一年後。その一番最初の地区予選が一ヵ月後に迫っていて、そこへの出場エントリーを逃すと次の機会は四年後。クロムがいなかったら間違いなく逃していたところだ。

 さらにさらに、クロムは練習場所までなんとかしてくれた。いくら空が広いとはいえ、ドラゴンがバンバン飛び回れるような空間はそう多くない。輸送機として荷物を運ぶドラゴンが飛び回っているし、領空侵犯に関しての厳しさは地球の比じゃない。空は立派な道路、ってことね。

 だからゴルフ場みたいに、専用の広い練習場所が設けられていて、そこで練習するのが一般的。この近くにも練習場はあるんだけど、その利用料の高いこと高いこと。まぁ、ここは田舎だから施設としての質は平均を下回り、どちらかというとお手頃らしいんだけど……。

 その問題が、クロムによる交渉で解決した。彼女が働く竜種病院――つまりここ――のリハビリ場の隅を使わせてもらえることになった。ドラゴンより体格が一回り以上小さいワイバーンだし、予選までの期間、日中だけならという条件付きでどうにか許しを得ている。

 他にも竜の騎乗に必須の保護ゴーグルだとか、竜の生態をまとめた本だとかをくれたし、本当に頭が上がらない。

 そんなわけで、今の課題は初歩の初歩にして最難関、バランスを取って飛行を続けるという一点のみだ。

「姿勢が安定するコツとかないの?」

 意外にも万能少年として株を上げ始めているクロムに訊いてみる。

「コツか……こればっかりはなぁ。人や竜によって癖や問題が違いすぎるから、息を合わせていいバランスを見つけるしかない」

「そう……」

「あくまで一般論だけど、長時間一緒に飛行を続けることで互いの癖、息の合わせ方を見つけるのが自然で、最もいいとされてる。人間と竜では身体能力に大きな開きがあるから、騎手が竜に合わせるのはキツい。互いの歩み寄りと、信頼関係がなにより大事だ」

「……竜がおそろしくタフなのは身をもって実感したわ」

「私のおっぱいと絵面が犠牲になりましたしね!」

「それでも騎手が竜のペースに合わせるために、強化の魔法を使う。つーか、レースなんだから竜に気を遣わせ過ぎるのは愚策だな」

「……ま、そうなるわよね」

 そうなると強化の魔法の練習をしながら、ユキと意思の疎通を図る、と。あの子も久々の空ではしゃいでるだけで、言えばゆっくり飛んでくれるはず。とっかかりも掴めない内から全力である必要はないわよね。

 嘔吐感も落ち着いたことだし、練習に戻りましょう。そう考えて立ち上がり、ふと思い出す。まだ、言ってなかったことを。

「あー……クロム」

「ん?」

「……ごめん」

 アタシは深く頭を下げた。こっちの世界でこれが正しい謝罪なのかは知らないけど、アタシはそうした。

「ユキを見捨てるのか、なんて怒鳴ったりして」

 頭の上から、戸惑い気味なクロムの声が降ってくる。

「……顔を上げてくれよ。オレは気にしてねぇ。医者や看護師が冷たいって言われんのも、命を軽く見てるって言われんのも、日常茶飯事だ。慣れてる」

「…………ホントにごめん」

「……いや、謝るのはオレの方だ。オレ、ミコトに期待してた。お前ならユキを助けてくれるんじゃねぇか……そう思って、あんなこと話したんだ。打算だったんだよ。……ごめん」

「別になんだっていいわ。結果的にいい選択をしたと思ってるし」

「そう言ってもらえるとありがたい」

 クロムは小さく笑った。

「ミコトは世界を目指すつもりなんだろ? まぁ頑張れよ」

「アンタは、『ワイバーンじゃ無理だ』って言わないのね」

「普通ならオレもそう言うけどな。なんつーか……根拠はねぇけど、ミコトならマジでやりそうな気がする」

「あ、それわかります。どんな無理難題でも、ミコトさんならできそうな気がして、応援したくなるんですよね! 人を惹きつけるカリスマ性はあるはずなのに、ご自身の態度で全部台無しにしてしまうところもまた、ミコトさんの魅力です!」

「……それ褒めてんの?」

 魅力があるとか、今まで言われたことないからよくわからなかった。とにもかくにも、ちゃんと謝ったし、湿っぽい空気はもうおしまい。

「さ、練習に行ってくるわ。今度は落ち着いて飛んでもらわないと」

 と、クロムから制止。

「ちょっと待った。その前に採血させてくれ」

「採血? 血なんかなにするのよ」

「これはミコトとユキにとって必要なことだ」

「ふうん? まぁいいわ」

 必要と言うんならそうなんでしょ。悪いようにはされない。そう適当に納得しておいた。

 今度はフォルノが挙手。

「あ、ミコトさん。実は私、」

「どっか行くとこあんの? バイバイ」

「…………ぐすん。ミコトさんの信頼が胸に痛いです……」

 前向きな解釈を述べながら涙を拭くフォルノ。まぁアタシ絡みじゃなければ変な企みはしないし、できないだろうという信頼なら確かにあった。

 それからアタシはクロムに採血され、午後の練習へと向かう。

 ――そして、アイツに出会った。 



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