5「アタシと組まない?」
「キュゥ! キュキュウ!」
アタシの姿を認めたワイバーンは、バタバタと翼をはためかせてすり寄ろうとした。脱走を防ぐためだろう足枷のせいで、断念せざるを得なかったようだけど。足下に用意された皿はすっかり空になっていて、いくらかテンションも高くなっているようだった。
それは見ればわかるけど。アタシはあえて問う。
「ちゃんと食べた?」
「キュ!」
「美味しかった?」
「キュゥ! キューウッ」
「……そう。よかったわね」
「キュ?」
アタシは足下まで行き、ワイバーンを背もたれにして寝そべる。少し見上げれば目と目が合った。無邪気にじゃれつこうとしてくるのに対しては、手で制止をかける。
「ミコトさん……」
少し離れて、フォルノが寂しそうに言った。
「私も膝枕くらいならできますよ? 遠慮せず甘えてもいいんですよ?」
「タケノコでも乗せてれば?」
「辛辣! 仮にもミコトさんに好意を寄せる女子なのに!」
「女子って……アンタ何歳なの? 年齢とかあんの?」
「永遠のJKです」
「あっそ」
「あはぁ……冷たくされるのも悪くないですぅ……」
打ち切る。最初からわかってたことだけど、フォルノとの会話は中身がなさすぎる。ただアタシと話したい(あわよくばアレコレしたい)だけなのだろう。付き合うだけ無駄。
ワイバーンは不思議そうにアタシを見下ろしていた。
「アンタ、群れから独りはぐれたんでしょ? どっちに行ったとかわかんないわけ?」
「キュゥ……」
ふるふる。
否定のようだ。
哀しそうなその目を見たせいか、はたまたこの子の未来を知ってしまったせいか。アタシは自分でも知らぬ間に、口を開いていた。
「……アタシね、アンタとは違う意味で独りだった。友達とかいなくて、作るつもりもなかった。両親との会話だってほぼなかったのよ。自分が一番速く在る。それ以外のことに興味なかったから」
それはアタシ自身の話のはずなのに、驚くほど他人事だった。もう終わった、取り戻せない蘇芳美琴の話だからかもしれない。
「それで、結局アタシは死んだわ」
「キュ……?」
「あぁ、そんなこと言われてもよくわかんないわよね。アタシにもよくわかんないわ。とにかくアタシは死んだのよ。その時のアタシはこう……すごく空虚でね。たった一つの誇りさえ失って、空っぽのまま死んだの」
「キュウ…………」
ワイバーンはアタシの頬を静かに舐める。
「……優しいのね。でもアンタは群れからはぐれたワイバーン。優しいだけじゃ生きられない。そんなものはなんの役にも立たないのよ。アンタもきっと、アタシと同じように孤独に死ぬことになるわ。強くならないといけないの。強くなって、自分の力で仲間を捜すのよ」
「キュウゥ…………」
ワイバーンは不安そうに項垂れた。その仕草はなんだか人間みたい。じっとアタシを見つめる瞳には、縋るような色が滲んでいた。
この子は怖がりで、臆病だ。まだ子供で、守ってくれる者がいないと簡単に死んでしまうような弱者。もし山に帰されたりしたら、アタシや仲間を捜しに動くより先に、嘆き悲しむだろう。そうして、独りぼっちで死んでいく。
だから。
「だから、アンタはアタシが引き取る。いつか仲間を捜しに行けるようになるまで、アタシが一緒にいる。アンタを独りぼっちで死なせたりしないわ」
「キュウ……! キューウ!」
「ミコトさん……! じゃあ!」
自分のことでもないのに喜びを見せるフォルノに、しっかり頷き返す。
「アタシ、人生やり直すわ。もう一度生きてみる」
「やったー! 『アタシにベタ惚れな美少女女神と暮らす異世界スローライフ』ここに開幕ですっ!」
「スローライフなんか送らないわよ。むしろ忙しくなるわ」
「え? どういうことです?」
「アタシ、ドラゴンズ・ハイに出るから」
「え? ……え?」
キョトンとするフォルノ。
「ですがその……さっきはもういいって」
「強くなるってことをこの子に教えるには、それが一番でしょ。それに……あんだけ煽られて黙って引き下がれないわ。天羽未散も異世界も関係ない。世界最速になるのがアタシの人生よ。絶対謝らせてやる」
「あ、意外と気になさってたんですね……では、早速ペアとなるドラゴンを探しにいきます?」
「竜ならいるじゃない」
「へ? …………まさか」
「そのまさかよ」
にやりと笑って見せ、ワイバーンに向き直る。正面から。ワイバーンの意志は、もう決まっているように見えた。
でもアタシは言う。叶えたい夢は、ハッキリと口にする。
「アタシと一緒にドラゴンズ・ハイに出るのよ。ド素人のアタシと、ワイバーンのアンタで世界最速になって、世界中をあっと言わせてやるの。どう? アタシと組まない?」
「キューウ! キューゥ!」
「決まりね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
フォルノが焦燥しきった表情で口を挟んだ。なによ、いいじゃないこれで。
「ドラゴンズ・ハイは中型以上で出るのがセオリーどころか、それ以外の選択肢がないほどなんです! いくら出場できるからって、ワイバーンで勝つのは無理です!」
「そんなの知らないわよ。そうするしかないんだからそうする。それだけのことよ」
「そんな無茶な……ま、まぁミコトさんがいいなら私は構いませんけど……」
アタシの決意は固まった。ワイバーンの意志も問うた。フォルノも引き下がった。
なら、次にすべきことは一つしかない。それをしないと始まらない。
「アンタに名前をつけてやらないとね……一応確認するけど、女の子よね?」
「キュウ!」
期待に満ちたつぶらな瞳でアタシを見る彼女は、どこか犬っぽさを感じさせた。そこから真っ先に浮かんだ名前は『シロ』だったけど、それはいくらなんでも犬すぎる。だから、そうね……。
「……決めた」
ドラゴンに劣るワイバーンという種の、その中でも臆病な個体。孤独で劣等種な彼女は、そこだけはアタシに似ている。性格は正反対だけど。
そんなことをなにとはなしに考えながら、アタシは彼女にその名を告げた。
「ユキ。それがアンタの名前よ」