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14「ふざけるな」



 からんころん。

 来客を告げるベルが鳴ったのは、朝の走り込みと魔法の練習を終え、シャワーを浴びたアタシが着替えていた時のこと。繁盛しない料理店、『憩いの空』の開店直後のことだった。階段を下る最中、店員としてのフォルノの声が聞こえてくる。

 今日は珍しく、客がゼロではなくなりそうだ。

「いらっしゃいませーっ」

「いえ、客ではありませんわ」

 客じゃなかった。

「ミコトはいまして?」

「ミ、ミコトさんを呼び捨てに……!? ど、どどどういう関係なんですか!?」

「ちょっとした知り合いですわ。そんなことより、いますの? いませんの?」

「そんなこととはなんですか! 大事なことです! わ、私は毎晩ミコトさんと肌を重ねて寝ているんですからね! 私の方が愛情が深いんです! この泥棒猫っ!」

「誤解を招く言い方しないで。一部屋しかないってだけじゃない」

「あいたっ」

 思いきり噛みついているフォルノを小突く。来ていたのは予想通り、金髪くるくるのお嬢様。エリーゼだった。彼女は若干の怯えを目に宿し、胸を抱くようにして後退る。

「あ、貴女そういう趣味でしたの……?」

「違うわよ。コイツが勝手に言ってるだけ」

「ミコトさん! 誰なんですかこのベタな金髪縦ロールですわ系お嬢様は! 愛人ですか! 私の身体じゃ満足できないって言うんですか!」

「前に話したでしょ。エリーゼよ」

 フォルノは俄然冷静になり、ぽん、と手を打つ。

「おお。こちらがエリーゼさんでしたか。噂には聞いています。私のミコトさんがお世話になっているようで」

「え、ええ、まぁ……そういう貴女は?」

「フォルノです。ミコトさんの妻です」

「妻……? え、女性同士、ですわよね? え……?」

「まともに話を聞かない方が賢明よ。……それよりアタシに用があったんで――」

 しょ、と続けようとしたアタシは、ふらりとよろめいた。咄嗟に反応したフォルノに抱き止められる。

「ミコトさん!」

「……大丈夫。ちょっとふらついただけよ」

「本当ですか? 昨夜もあまり寝ていないんじゃ……」

「平気だってば。ユキの分もアタシが頑張らないと」

 頭を振る。ユキが役に立たない以上、アタシにできることは全部やらないといけない。これくらいでへばってらんないわ。

 心配してるんだかなんだかわからない顔でアタシを見るエリーゼに、アタシの方から声をかける。

「……で、エリーゼ。アタシに用があるんでしょ」

「え、ええ……貴女に朗報を持ってきて差し上げましたの。予選当日までの七日間、我がエリーゼスカイパークの利用は、地区予選出場者のみに限られますわ。利用料も無料。話は通しておきますから、わたくしに感謝しながら利用なさいな」

「ん……ありがと。助かるわ」

「や、やけに素直ですわね……当然、今から行くのでしょう?」

「あー……そうしたいんだけど。まだ朝飯がね」

 客席の一卓を示す。そこではユキが朝食を摂っていた。そしてもう一つ、手をつけられていない一人前の朝食が湯気を立てている。

「ちゃんと食べてから行くわ」

「でしたらわたくしも待ちましょう。少しくらいは完成度を見て差し上げてもよくってよ」

「そう。ならお願いするわ。急を要する課題もあるし」

 と、今日の予定が固まりつつある中、口を挟む者があった。

「……エリーゼさん、なーんか怪しくありませんか」

 言うまでもなく、フォルノだ。

 彼女はジトッとした目でエリーゼを眺める。観察でもしているように、頭のてっぺんからつま先まで。舐め回すような視線に、エリーゼはたじろぐ。

「べ、別に怪しくなどありませんわ」

「そうですかぁ? わざわざ朝早くにお店まで足を運んでぇ? ミコトさんの練習を見てあげると仰るんですかぁ? ご自分の練習も差し置いてぇ? へぇ~? ふぅ~ん?」

「き、今日はラストスパート前に、グラファイディアの休息日にすると決めただけなのですわ。他意などないと竜神に誓いましょう。無知につけ込むような卑劣な真似など、わたくしは断じていたしません」

「他意が本当はあるんじゃないですかぁ? た、と、え、ばぁ……ミコトさんに惚れちゃったとかぁ~」

「なっ! バ、バカなことを言わないでくださいます!? わ、わたくしには心に決めた方がおりますので!」

 瞬間的に顔を真っ赤にした彼女は、妙な目線を寄越す。いや、こっち見られても困るんだけど。……放っといて朝食にしよう。冷めちゃうし。

 メニューは食パンにベーコンエッグ。それにデザートとしてイチゴ。こっちに来てから食べてなかったけど、アタシはイチゴが好きだった。好物が出るというのは、純粋に心が躍る。モチベーションにも繋がる。

 ラッキーと思いながら腰を下ろし、朝食に手をつけようとすると、隣のユキがじっとアタシを見つめていることに気づいた。食事を中断して。

「なによ?」

「キュ……」

 小さく応じたユキは、彼女の分として用意されたイチゴとアタシを交互に見る。何往復も視線を行かせ、

「キュウ……」

 躊躇いがちに、自分のイチゴの皿をこっちに寄せてきた。

 当然のことながら、アタシはそれを窘める。

「ダメよちゃんと食べないと。好き嫌いはダメだし、イチゴは身体にもいいんだから」

「キュ?」

「アンタの身体にいいかはわかんないけど……これから練習なんだから食べれるだけ食べなさい。それにイチゴは美味しいのよ?」

 しかし、ユキは変わらずアタシを見つめるばかりで、一つだって手をつけようとはしない。待っていると首を伸ばし、さらに皿を寄せてくる。

 疑問の答えを探っていると、ある可能性が浮上した。

 ……もしかして、アタシがイチゴを好きなのを知ってて、機嫌を取ろうとしてる……?

 昨日は散々怒鳴りつけた。厳しい態度だった自覚はある。怯えていたのも知っている。……だからって、それは違うじゃない。別にアタシは普段から怒ってるわけじゃないし、練習以外ではフラットにしてるつもり。

 なのになんで? なんでアンタはそんな媚びを売るようなことするわけ? そんな短絡的なやり方で逃げようとするわけ?

 そういうとこがムカつくってのに!

「ふざけるなッ!」

「キュウッ!?」

「アンタなんにもわかってない! そんなくだらないことするくらいなら、ちゃんと練習に取り組んでよ! その方がアタシだってずっと嬉しいわよ!」

「キュゥ……」

 うつむくユキ。ぎょっとしたように会話を中断してアタシ達を見るフォルノとエリーゼ。痛々しい無音の中、変わらぬ調子なのは店長だけ。それら全部を意図的に無視して、アタシはさっさと食事を始める。やがて、ユキもちびちびと食事を再開した。

「…………」

「…………」

 爽やかな酸味をくれるはずのイチゴからは、なんの味もしなかった。



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