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プロローグ「生まれ変わらなくていい」



「お目覚めですか?」

 気がつけばアタシは、よくわからない場所にいた。

 どこまでも真っ白い部屋、というのが正しいかしらね。目の前にいるのは女の人で、心配そうな目でアタシを見ている。ふわっとした髪。背はすらりと高く、比例するように胸も大きい。それと、妙に深くて青い瞳が印象的だった。歳は……十八くらい?

 いずれにしても知り合いじゃないのは確か。日本語喋ってるけど外国人っぽいし。

 小さな頭痛を感じつつ、返答。

「ん……大丈夫」

「ご自身のプロフィールは言えますか?」

「個人情報だからそういうのはちょっと」

「リテラシー高いですね!? いいことですが、今はそんなこと仰っている場合じゃないんです! あなたはたった今目覚めたところなんですから!」

 言われてみれば、彼女の言う通りだった。アタシだって、路上で倒れてる人が目を覚ましたら、まずそういう質問をする。

「えっと、蘇芳すおう 美琴みこと。十六歳。澄山すみやま高校の二年。誕生日は九月二十日で三人家族。住所は」

「あぁ、そこまでで結構です。記憶に問題はなさそうですね」

「……というか、アンタは?」

 女の人は咳払いをして、神妙な顔で言った。

「よく聞いてください。私の名はフォルノ。女神です」

「…………は?」

 ちょっと怪しい単語が出たような。

 フォルノと名乗る女性はド真剣に続けた。

「ミコトさん。あなたは事故で亡くなりました。ですから、ここにあなたの魂だけを呼び寄せたのです」

「…………」

「あぁっ、疑いの眼差しっ!」

「違うわ。アタマのオカシイ人を見る目よ」

「本当なんです! 最期の記憶を辿ってみてください!」

「最期……」

 顎に手をやり、思い出す。

 アタシは短距離の選手だった。というより、小学五年生の時に部活で経験して以来、ずっとそれだけに打ち込んできた。趣味もなく、友達も作らずに。だからまぁ、高校二年の夏も当然インターハイに出てたわけなんだけど。

 準優勝になって、色々あって競技場を飛び出して。

「……確かに。トラックに轢かれたわ」

「そうです。とてもベタなやつです」

「ベタ……?」

 なにがベタなの? 確かに交通事故で死ぬ人はかなりいるだろうけど。

「いいですか。ミコトさんにはわからないでしょうから簡潔に言います。ミコトさん。人生やり直したくないですか」

「やり直すって……」

「私はずっと見てきました。あなたの人生を。悔いが残っているんじゃないですか?」

「…………」

 否定も肯定もしない。

「陸上と出会ってからそれ一筋。紛れもない美少女なのに、おしゃれも異性も、同性にすらまるで興味なし。短距離のことしか考えていないから常に仏頂面。クラスではお高く留まってるなんて言われて友達もできない。部活でも他の部員を敵視して練習に臨むからやっぱりぼっち。学業もまるで振るわない。そしておっぱいも成長せず小さいまま」

「最後関係ないでしょ」

「それでも中学では陸上でいい成績を残して、高校に入ってからは世界を目指そうって一層努力して……しかし、越えられない壁ができてしまった」

「…………っ」

 大嫌いなヤツの顔が頭に浮かび、アタシは思わず奥歯を噛み締めた。

 元々は予選落ち常連だった。でも、中学から全国レベルになり、高校入学を期に、一気にその頭角を表した天才。去年も今年も、優勝したのはアタシじゃなかった。一番速いのはアタシじゃなかった。全てをかなぐり捨て、誰よりも頑張ってきたはずなのに。

天羽あまは 未散みちる……!」

「……ミチルさんは、ミコトさんとは真逆の存在です。恋人こそおられないようですが、社交的で友達も多く、いつもにこにこしています。大会の応援に来てくれる方だって、ミコトさんがゼロなのに対し、ミチルさんはたくさんの友人達が自主的に来てくれていた。学業も平均以上で人に教えることさえある。それにおっぱいも大きいです」

「だから最後」

「そんなミチルさんが、去年と今年のインターハイで、ミコトさんを抑えて一位に輝いた」

「……なんなのよアイツ。アタシは必死になって頑張ってるのに、遊び回っていても勝てるってわけ? ハン、まぁ事実でしょうよ。確かにアタシは負けたんだから」

 真っ黒な感情がふつふつと沸き立ち、知らず知らず、アタシは爪を噛んでいた。

 天才。余計なことを考えていても速い存在であれる。それくらいならまだ許せたかもしれなかった。

 でもアイツは敗者であるアタシが睨むのにも臆さず、まるで諭すように言ったのよ。『陸上、本当に楽しい?』って。

 思い出すと、はらわたが一瞬で沸騰する。

「ざっけんじゃないわよクソが! こっちは遊びでやってんじゃない! それしか取り柄がないから! 速くなかったらなにも残らないから必死に努力してきたのに! それを……それをっ!」

 思わず叫んだアタシとは対照的に、フォルノは落ち着いた様子で言葉を発した。

「だから言ったんです。やり直したくないですか、って。ミコトさんは死んでしまいました。それは魂の寿命です。定まった人生、決まりきった運命といったものは存在しませんが、死のタイミングだけは別。ミコトさんはあの日、あの時間に必ず死ぬ予定でした。生まれた時点で」

「……それじゃあ、仮にアタシがやり直したいって言ってもできないじゃない」

「ミコトさん自身の時間を戻すことはできませんが、別の世界に生まれ変わることはできます」

「生まれ変わる?」

「有り体に言えば、異世界転生ですね。今のお姿のまま、記憶を保持して別の世界に行くんです」

 異世界転生……っていうのがなにかは、正直よくわかんない。多分、終わったはずの人生の続きを、他の世界でしてみないかって誘いなんだと思う。だからアタシが考えるのは、本当にそうしたいかどうか。

 そのための問い。

「その異世界なんちゃらをして、アタシになにができるってのよ」

「実はその世界にもレース競技があるんです。魔法とかあったりしちゃうファンタジーな世界ですけど……それで一番になって、後悔を払拭してもらえたら、なんて」

「…………」

「あっ、も、もちろん女神のご加護的ボーナスもありますよ! 最強の魔眼ですとか、魔法力無限ですとか!」

「は? なによそれ」

 生まれ変わる、ってとこまではギリギリわかったけど、直後に意味不明な言葉が飛び出した。高校生なら普通わかるものなの?

「要するに、その世界では生まれつき凄まじい天才で、さっくり世界一になれるってことです! ミコトさんには馴染みがないかもしれませんが、こういうのは普通ですよ、普通!」

 つまり、すごい才能が手に入ると。スポーツの世界では才能はともかく、体格で差がつくのはよくある話。バスケ選手は背が高いと有利とか。伸ばす方法もあるんだろうけど、いかんせん限度はある。そういう努力で伸ばせない才能を与えてくれる、ってことなんだろう。

 でも。

「いらない。ていうか、生まれ変わらなくていい」

「え……ど、どうしてですか!? それ一つに絞って努力しなくても、のんびり暮らしながら、楽しく人生を送りながら上手くなれるんですよ!?」

 フォルノはひどく驚いているようだけど、アタシとしては不思議でもなんでもない。

「だってそれ、『全く努力をしない天羽未散』みたいな人間として生まれるってことでしょ? そんなのごめんよ。反吐が出る。大体、蘇芳美琴はもう死んだ。やり直しても天羽未散に勝つことは結局できない。なら、いいわ」

「そう、ですか……」

 フォルノは静かに言い、うつむいた。

 ま、これでこの後は天国か地獄か、あるいは輪廻転生とやらで人間以外に生まれ変わるのか。よくわかんないけど、アタシの蘇芳美琴としての人生はここで終わり。それはもうしょうがないことよ。それが普通なんだから。

「…………」

 ……そうよ。死んだらそこで終わり。それが普通。それに、これでもう天羽未散アイツの顔を見る必要もなくなったわけだし、無理して走る必要もない。せいせいするわ。

 そう、思っていた。

「……ミコトさん」

「なに」

「好きです」

「………………なんて?」

 突然の妄言に、アタシの脳が処理を止める。

 フォルノはアタシに詰め寄って両手を包み込むように握った。長いまつげに縁取られた瞳が、うるうるとアタシを映す。少し汗ばんだフォルノの手が熱い。

「好きです! タイプなんです! 結婚して欲しいです! だから本当は輪廻に還さなきゃいけないのにルール違反をして、こうしてここに呼んだんです!」

「好きとか、いやそんな急に……」

「ですから……ごめんなさいっ!」

「あっ! ちょっとアンタなにを……っ!」

 急展開に全く追いついていなかったアタシの身体が、淡く光り出す。粒子となって天に昇っていく。さすがのアタシでもわかる。これはフォルノの神様パワーでなにかされたのだ。つまりアタシには抵抗のしようがない。

 意識までもが溶けていく中、フォルノはアタシに言った。

「どうしてももう一度、生きてみて欲しいんです! お気に召さないようですので、チートはナシにしますから!」

 思う。

 結局強制するならなんで訊いたのよ……!

 こうしてアタシの、蘇芳美琴の人生は、新たなスタートを切らされた。




全話予約投稿ですので、毎日0時に更新されます。


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