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2.1.魔術

次の日から、私ウィスタリアは生まれ変わった。

そりゃまぁ、頭のなかがアラサーのOLになったのだから変わるのは当然と言えば当然だろう。急に魔術を学びたい、身体を鍛えたいと言い出した私に、家族を始め屋敷の人間はみんな口をあぐりと開けた間抜けな顔をした。我に返った両親に「頭を打っておかしくなってしまった!?」と心配され、兄に「お前そのどんくささで運動出来んの?」とからかわれたが、シエナだけは「お嬢様ならすごい魔術師になれます!!」と応援してくれた。

とりあえず身近なところで下の兄に剣術指南を頼み、上の兄と姉に魔術を教えてほしい、勉強をみて欲しいと手紙を出しておいた。上の二人は忙しい身なのであまり期待はしていなかったが、手紙を出した数日後、速達便も真っ青な速さで届いた手紙には私の身を案じる言葉と一緒に、「任せなさい!」と嬉しい返事がかかれていた。そして「私(僕)が帰るまでにこの本を読んでおくように」と分厚い本が数冊同封されていた。流石姉弟、やることが同じである。

9歳には難しいであろう本は、アラサーの頭にはさほど難しくなかった。魔術は前世でいう科学に基づいていたし、商業関係のノウハウは前世の仕事の知識をもってすれば復習のような内容であった。一つ大変だったのは、前世でカタカナ語が苦手だったのが尾を引いているらしくなかなか国の名前すべてカタカナを覚えられないことだ。世界自体が違うのでこの世界の言葉を「カタカナ」と称していいのかすら不明だが、まぁとにかく国や地域の名前が分かりにくかったのである。ぐりぐりと自分なりにまとめ上げた地図を父に見せると、ふむ、と顎に手を当てた父はおもむろに取り出した赤いペンでまず私の書いた国土の形を修正した。

そこから間違ってる!?とペンの動向を見ていると、歪んだ台形だった国土は辺の長さがまちまちな六角形へと姿を変えた。その後、内側にかかれていた領地名の位置が修正され、周囲の国の国境線が修正された。「うん、こんなものだろう」と満足そうに返却された地図は、もはや赤い線だらけで私の書いた線など見えなくなっていた。受け取った紙を見て、わーお、と自分に呆れる。どうやらカタカナ語が苦手に加えて、構成能力も低いらしい。本を読んで書き起こした地図だったが、やっぱり図示って大事なんだなと思う。

『魔術には想像力が不可欠である』と、兄から送られた本には書かれていた。魔術は、自分の中でイメージしたものを魔力で作りあげる、といった感覚の様だ。だから想像力が必要で、加えてそれを魔力で作り上げるための構成力も必要になる。自分の手元の地図を見ながら、これは絵や物を作り上げる練習もしないとだめだなと思った。


そんなこんなで、ウィスタリアの生活は、頭を打つ前に比べて格段に忙しいスケジュールになり、とても充実した。

兄とともに体づくりをし、剣術の指南を受ける。それが終われば家庭教師たちから一般教養を学び、マナーの実践講義。母から刺繍やお茶の入れ方を習いながら合間に絵を書いたり小物を作ったりして“練り上げる”練習を行った。朝夜の食休みの時間と習い事の空き時間には送られてきた本を読むのが日課だ。

9歳とは思えぬ過密スケジュールだが、中身はアラサーだったのでそれほど苦ではなかった。それに、この世界は娯楽が少なかった。スマートフォンもパソコンも存在せず、前世で好きだったカラオケはまず概念から存在しない。だからこそ、毎日やることがないので何度も何度も同じ本を読み返せたのだ。

そのおかげで、姉たちが長期の休みに家に戻るころには、すっかり本を読破してしまっていた。


「ただいま、ウィスタリア」

「お兄様!!お帰りなさい!」


先に帰ってきたのは、魔術院に入った兄だった。

玄関まで迎えに出た私の顔を見てにこりと笑った兄は、下の兄とはまた別路線のイケメンだった。切れ長で知的そうな瞳が緩やかに弧を描き、その横で少し長めの黒髪がサラサラ揺れる。年下の男の子を兄と呼ぶのはまだ違和感があるが、この数ヵ月で9歳のふりもずいぶん慣れてきたので、ウィスタリアは帰って来た兄へと抱きついた。

中身はアラサーだからか、犯罪感がすごい。


「あぁ、少し背が伸びたかな?久しぶりだねウィスタリア」

「はい!お会いできるのを楽しみにしてました!」


兄に抱きついたまま「本は全部読み終わりました!」と報告する。

そう、なんでこんな風に9歳を演じているかというと、魔術を早く見たいからです!!


「お兄様、魔術を教えてください!」


私の言葉に笑った兄は「父上に挨拶をしてお昼を食べてからね」と私を抱き上げた。恐らくこのまま父のいる書斎へと行くのだろう。はーい、と不満げに返した私に笑みを深めた兄が、兄よりも魔術だなんて、と泣く真似をして見せる。

目の前で悲しそうに歪むイケメンに、私は慌てた振りをする。


「そんなことありません!ウィスタリアは、お兄様に会いたかったのです!」


流石に顔に抱きつく勇気はなかったので満面の笑みでやめておいた。

それでも兄は満足したようでまたにこにこ笑うと颯爽と歩き出した。そのまま兄と一緒に、案の定父の書斎へと連れていかれた。

仲の良い兄妹の様子にゆったりと微笑んだ父にも「お兄様に魔術を見せていただくんです!」と報告しておいた。いろいろと私がやる気になったことが嬉しい父はうんうんと頷いて「しっかり学びなさい」と私の頭を撫でた。

人物メモ

ライラック・オリオール:ウィスタリアより8歳年上の上の兄。国立魔術院に所属する魔術師。

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