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1.新しい世界

次に目が覚めた時、真っ先に見えたのは天蓋だった。初めて見るそれに何度か瞬きをしてゆっくり部屋を見回すと室内は、淡いパステルピンクを基調とした、可愛らしい部屋だった。雑誌の中でしか見ないようなお姫様のような部屋に驚きつつも、違和感は感じない。

意識を失う前に感じた二人分の記憶。

「わたし」と「私」が混在するあの異常な情報量で頭が回る感覚は随分と落ち着いたようで、今の私には「私」の感覚が強い。ただ「わたし」の記憶もしっかりと残っているので、この部屋に対して違和感を感じなかったのだろう。「わたし」の記憶を思い返すと、あの血液の原因もはっきりと思い出せた。


「わたし」の名前は、ウィスタリア。

ウィスタリア・オリオールは、9歳の女の子だった。

ここは、パスクアルという自然豊かな国で、ウィスタリアは国の東に位置するクラエス領の領主の家に生まれた女の子だ。両親はオリオール伯爵と伯爵夫人。姉が1人、兄が2人の4人兄弟の末っ子で、周りから蝶よ花よと愛されて育っていた。まぁ、今回のケガの原因は、ある意味その愛の重さなのだが。

父も母も姉も兄たちも、みんな頭がよく国王陛下をはじめ多くの貴族から一目置かれる人たちだ。その中、私ウィスタリアは何のとりえもない少女だった。まだ9歳なのだからそりゃあそんなものだろうと今となっては思うのだが、良くも悪くも実力主義な家族は娘の行く末を心配し、やれ勉強だやれ習い事だとスケジュールを詰め込んでいた。そして、遊びたい盛りの9歳は、そのスケジュールに耐えられなくなり、今日の歴史の勉強中に部屋から逃げ出したのだ。

しかし悲しいかな、何のとりえもないうえに運動も出来ないどんくさいウィスタリアは、追ってくる家庭教師から逃げようと庭を走り何もない場所で転んだ。そして運悪く近くの花壇のレンガに額を強打し、流血沙汰となったのであった。


我ながらなんてあほの子…と眉間を抑えた私は、ちらりとよぎった既知感に目を瞬かせた。

何か、今、大切なことに気付いた気がするのだが、なんだろう。

豪華なベッドに横たわったまま首をひねっていると、控えめなノックとともにメイドの少女が入ってきた。

専属メイドのシエナは私が目を覚ましていることに気付くと、持っていた物を放り投げる勢いで驚いてベッドへと駆け寄ってくる。

「ウィスタリアさま!目を覚まされたのですね!!」

バサバサと彼女の後ろで落とされた布が音を立てた。多分あれ、私の着替えとタオルだ。

「…だいじょうぶ、心配かけてごめんなさい、シエナ」

「いいえ!いいえ!良かった…!ウィスタリア様!」

私の手を握り涙声になったシエナは、はっと何かに気付いたように私の手を放し、今度はあわただしく廊下へと駆け出して行った。

ウィスタリアよりも7つ年上のシエナは今年16歳になる、まだメイド駆け出しの少女だ。

年が近いからという理由で私専属に任命されて1年。

慣れないながらもいろいろと頑張る彼女は年相応の元気さを持ち合わせており、よくメイド長に「落ち着きなさい!」と怒られている。

今も廊下から「旦那様ぁああ!!奥様ぁあああ!」とシエナの叫び声が聞こえてくるが、まぁ多分今回は私関係のことなので見逃してもらえるだろう。

ウィスタリアは、自分でいうのもなんだが、屋敷中の人間に溺愛されているのだ。すぐに廊下からあわただしい音が聞こえてくる。

きっと両親が来てくれると予想した私はベッドから上半身を起こす。そっと額に触れると大きめなガーゼが貼ってあったが、もう痛みはなかった。


「「ウィスタリア!」」


ばたんっと大きな音を立てて重圧な扉が叩き開けられた。

その力強さに、わーお、と内心感心しながら、私は肩で息をする両親にほほ笑んだ


「お父様、お母様、心配をかけてごめんなさい。ウィスタリアは、この通り元気です」


お母様が、美しい瞳に涙をためて口元を抑える。お父様は安堵からか、大きくため息をついた。ベッドの横へと来て私を抱きしめた二人にもう一度ごめんなさいと誤った。無事でよかったと一通り娘の無事を確認した両親は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。父も母も、思わず見とれてしまうような美形2人なので、迫力がすごい。

あ、これはやばいやつだ、と思った次の瞬間には、ぎゅうっと母に手を握られ逃げられなくなっていた。


「授業を抜け出して転ぶなんて!どういうことですか!!!」


あ、やっぱり。

娘の無事を知って安心したのだろう。お説教モードに移行した母が、きれいな眉を吊り上げてコンコンと私を叱り始めた。父も止めるつもりはないらしく、母の隣でうんうん、と頷いている。ちらりとシエナに助けを求めてみたが、まぁ戦力外だった。シエナは自分が怒られているように縮こまって扉の前に立っている。その手には先ほど放り出した服とタオルが回収されていた。

結局両親のお説教モードを解除することは出来ず、私は(これでもけが人なんですけど~~~!)と思いながらも、神妙な顔で母の言葉にうなづき続けるのだった。





結局、両親のお説教は1時間近く続いた。途中で話がループし始めたが、まぁお説教なんてそんなものだ。神妙な顔をし続けたせいで違和感を感じる両頬をムニムニともみながら、私はまたベッドにもぐりこんでいる。

両親の退室後、部屋に顔を出したのは下の兄だった。私が庭で転んだ時に駆け寄ってきてくれた兄だ。兄はベッドの上に座る私の額をみると指をさして笑った。そして「お前、ほんっとうにどんくさいな!」と爆笑してくれたのである。確かに、運動神経が良く剣術に長ける兄に比べればどんくさい方だろう。いや、とてもどんくさいのは認めるが笑いすぎだろう、と思いながら一つ舌を突き出すだけでやめておく。あの時、ぐったりと倒れる私を抱き起した兄の表情は、本当に死にそうなほど心配してくれていたから。

その兄も「まぁ、ゆっくり休めよ」と最後は優しい言葉をかけて出て行った。

そうして一人になった部屋で、私は両親が来る前に感じた既知感について考えている。

既知感、それは、逃げ出した授業の内容についてだ。

今日の歴史の勉強は、歴史に興味のない私のために物語調で語られていた。

国の成り立ちと、聖女の伝説。

パスクアルは自然豊かで様々な生き物が生息する大きな国だ。その生き物の中には、魔力を持つとされる魔物も含まれている。

基本的に気候に恵まれ穏やかな国だが、数百年に一度、国土の力が弱まる時がくる。それは数十年の間、悪天候や不作を招き、疫病を蔓延させ、魔物たちを狂暴化させる。暗黒時代と呼ばれるその数十年を救うのは、神の加護を持つという聖女の祈りである。

と、そんな伝承だ。

おとぎ話によくありそうな伝承だが、子供でも興味を持てるようにと噛み砕いて教えてもらったその内容には覚えがあった。

ウィスタリアとしての知識ではない。前世の「私」としての記憶だ。

それは、ゲームのストーリーの一部だった。

「私」の記憶を掘り起こす。

前世でOLであった私の人生は、元々異性に興味がなく、ろくに恋人も出来ない人生だった。そんな私には、やはり同じように異性に興味のない友人が何人かいた。まぁ異性と言って【違う次元】の異性であったが。…そう、いわゆるオタクと呼ばれる彼女たちはなかなかヘビーな夢女子だったのである。そんな友人たちに進められて始めたのがそのゲームだった。

乙女ゲームと言うらしいそれは、ヒロインの女の子が聖女としての力に目覚め、家族と国のため、仲間たちと魔物討伐に向かうストーリーだ。自分の力に戸惑いつつも懸命に旅を続けるヒロインは旅の仲間である攻略キャラと愛を育んでいく。そんな、王道の物語だった。

私は特別ヒロインに感情移入はしなかったが、攻略キャラの声がとても好きだったので、何度か周回をするくらいにははまっていた。攻略キャラは5人と隠しキャラが1人。攻略キャラ的には少なめだが各キャラに複数のENDがあり、シナリオも比較的読みごたえのある内容で、何よりフルボイスでスチルが多かったことが評判だった。

そのゲームで冒頭に語られる聖女の伝説が、逃げ出す前に習っていたものと同じだったのだ。

そんな偶然あるのだろうかと思いながら、さらに記憶を掘り返す。

そして思い付いたのは、その世界に魔法が存在していたこと。聖女の力も、光属性の魔法だったはずだ。冒険のパーティーには魔術師も同行しており、炎や水など、ザ・魔法!といった術を使っていたように記憶している。

そう考えて、今後はウィスタリアとしての記憶が浮かんできた。それは、上の兄のこと。運動が得意な下の兄とは反対に、上の兄は勉強ができなおかつ強い魔力を有していたはずだ。最近は魔術院に入学して家を出てしまったが、何度かせがんで魔法を見せてもらった記憶もある。

ゲームの中で、この国で、魔術は素質がないと使えないとされている。そしてその素質を持つ者のは、国のなかでもほんの一握りだ。解明されてはいないが、その素質は血に因子を持つらしい。ということは、兄が魔術を使える自分は、魔術を使う素質があるかもしれないということだ。

そこまで考えて、ぶわっと胸に期待があふれてくる。前世では久しく感じなかった「わくわく感」というのだろうか。子供のころの、未知のものに遭遇した時の期待感に似ている。

頭の隅で冷静な自分が「当たり前だろう」と笑った。だって、魔術が使えるかもしれないのだ。そんな夢みたいなもの、前世では考えられなかったが、今はそれが自分にもできるかもしれない。そう考えるとわくわくが止まらなくなった。

これは、やるしかない。絶対に魔術を習得してみせる!と1人、両手の拳を握りしめて大きな枕へ顔を押し付ける。

ゲームの伝承のことを考えていたはずなのに、私は魔術のことに気を取られてすっかり忘れたまま、わくわくしながら眠りについた。


〔人物メモ〕

ウィスタリア・オリオール:パスクアル国クラエス領 オリオール伯爵の末娘(9歳)

シエナ:ウィスタリアの専属メイド(16歳)

ヒース・オリオール:ウィスタリアの2番目の兄。運動神経が良く剣術が得意だが魔法は使えない(14歳)

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