0.転生
ごつんと、頭の奥に響く音。
それが自分の頭から響いていると気付いた時には、もう両手両足の感覚がなくなっていた。
痛いなと思う間もなく意識が落ちていく。
どこかで誰かが叫ぶ声がしているけれど、何もできないまま私の瞼は暗闇に包まれ、そして私の生はそこで終わりを迎えた。
…………と、思ったのだが。
頬をたたかれる感覚にはっと目を開けると、目の前には見たことのないきれいな顔があった。
いや、嘘だ。見たことは、ある。
「ウィスタリア!あぁ良かった目が開いた!」
まだ少し高さのある声がわたしの名前を呼んだ。
…私の名前?
頭の片隅でそれは私の名前じゃないと考える私と、兄に心配をかけてはいけないと考える”わたし”がいる。
なぜか頭の中にある二人分の記憶。
それは、幼い「わたし」と大人である「私」の記憶だ。
わたしが何とか兄を心配させまいと「だいじょうぶ、です」と言葉を絞り出す。
小さなその声を聴いて、目の前のきれいな顔が泣きそうに歪んだ。
「ウィスタリア…!すぐに、すぐにお医者様が来るから…!」
医者、なぜ医者なのだろうと私は首を傾げた。
こんなイケメンな男の子(私からするとものすごく年下)を兄と呼ぶのも変な感覚だ。
違和感を感じながら、ふと頬を流れる何かに気付いて手で触れると、真っ赤な指先が視界に入った。
………血液?
「…にい、さま…」
わたしが、不安そうに兄を呼ぶ。
あぁそうか、これは私の頭から流れている血液なのか。
じゃああの頭の中で聞こえたごつんという音は、やっぱり頭をぶつけた音だったんだぁ。
そんなのんきなことを考えていると、また徐々に意識が遠のいてくる。
目の前で「わたし」の名前を呼ぶイケメンの顔をぼんやり見つめながら「私」は闇に抗うことなく意識を手放した。