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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒羊の旅

作者: 式十

 私は黒羊(こくよう)の長である。様々な所で仲間に草を食べさせ、食事が終われば合図を出して次の餌場に向かう。冬眠の時期が来るまで、私と群れはこれを繰り返すのだ。

「変な町だなぁ」

 大移動の真っ只中で、数千匹いるうちの一匹が声を挙げた。

「確かに、気味の悪い町だ」

「でも美味しそうな草がいっぱいあるよ」

「飯があるならなんだっていいさ。早く行こう」

 仲間達の話に耳を傾けつつ、私は先頭を歩いた。荒れた道の先には捻れ曲がったビルがいくつも立ち、その中心に大きなもみの木がぴかぴか光っている。空はまぁなんともはっきりとせず、いつまで経っても灰色だった。


 私達が食べる草は、道を除いてどこにでもある。それは件の奇妙な町も例外ではない。

 やがて群れはそこにたどり着き、散り散りになって草を食み始めた。私はしばらくその光景を眺める。「長は一番最後に食事を取る」、群れの掟のひとつだ。

 それでも黒羊はとても多いから、待つのは苦痛ではない。ここの様に小さな町なら数時間で草を食べ尽くされる。

 ……何より長は草を食べないのだ。


 私は頃合いを見て、餌を探しに町を歩き始めた。ビルとビルの隙間を覗き、あるいはビルの中に入り、餌を探したが見つからなかった。

 地で見つからねば、空を探すしかあるまい。私はビルの外でどこかの屋上に続く階段を探し、跳び跳ねる様にして登った。

「羊が……もう面倒臭いしたくさんでいいか……」

 生ぬるい風が吹く屋上に足を踏み入れると、だらしない顔をしてぼんやりと立つ男がいた。

 白髪混じりの短い髪はあちこちはねていて、顎の髭は剃り残しがやや目立つ。やせ形で、猫背気味だった。

「数え切れないモノなら、最初から数えるべきではないと思うが」

「……お前もメーメー鳴かないのか、羊のくせに」

「確かに私は羊だが、君達の言う『羊』とは少し違うのだよ」

 とことこと歩み寄るが、男は特に気に留めていないらしくつまらなさそうに地を見た。

「変だよな、羊数えてたらいつの間にか羊の夢見てるなんてよ。なんで白くないし喋るんだろうなぁ。ブラック企業だから?なんつって」

「私達もかつては白かった。だが」

 私は男の右足を噛み千切った。無機質だった町に、血の花が咲き誇る。

「お前達の闇を知って、黒く染まっていったのだ」

「ひぇっ……!?」

 続いて左も噛み千切り、骨と肉を飲み込む。やはり痩せていると不味いものだ。

「な、なんだよお前っ、羊は肉食わねぇだろ!?    なんでこんな……」

「もう一度言うが、私は君達……人間の言う『羊』とは違う。そして君が見ているこの夢も、ただの夢ではない」

 この様な無意識と非現実が混ざり溶けた空間を、私や人間は夢と呼ぶ。非現実だからこそ、私はこうして人間の言葉を話せるし、男は足を噛み千切られても気絶すらしない。

 私は夢の住人で、人間は現実の住人。恐らく、男は「目が覚めたらこの夢は終わる」と考えているのだろう。人間という生き物はどうも、物事を自分に都合良く考えたがる。

「何なんだよお前……ただの羊じゃないとかただの夢じゃないとか、意味分かんねぇよ!!」

「ならば教えてやろう。これは終わらない夢だ」

 足の次は腕を千切り、また食べた。血の花はすっかり溶けきって、男の周りに大きな血溜まりを作っている。それと対照的に、彼は顔を蒼白くして言葉の続きを待っていた。

「そして私は負に取り憑かれた人間……陰が現実を満たした時に生まれる救済の黒陽(こくよう)。現実の陰に蝕まれた者を喰らう事で陽へと導いている」

 男はこの話を変な方向に解釈したのか、急に顔を輝かせ始め、あろうことか「早く喰ってくれ」などと言い出した。私も不味い食事は早々に済ませたいので、彼の言う通りにしてやった。

「何も分かっていないな、人間は」

 あの話には続きがある。その内容はこうだ。

『私は喰らった陰を黒羊に変え、草を食み育った黒羊はやがて黒陽になる』

 

『陰から黒陽になれば二度と人の世に戻る事は出来ず、黒羊の長になって世界が陽で満たされるまで陰を喰らう』

 

『世界が陽で満たされても、陰を取り戻すために白羊の長となって陽を喰らわなければならない』


 陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ずる。そのサイクルに組み込まれる事こそが『救済』である。これは本当に、彼にとっての救済になるのだろうか。

 ……まぁ、もう遅いか。

「……お姉ちゃん、誰?」

 いつしか血溜まりは跡形もなく消えていて、代わりに黒羊がいた。生まれたばかりなのでまだまだ小さい。私の足の半分にも満たない大きさだ。

「私は黒羊の長だ。君、一匹でこんな所にいたら飢え死にしてしまうぞ。群れに入れてやるから、一緒に来なさい」

「うん!」

 何の疑いもなく頷いた小さな黒羊を頭に乗せ、私は仲間達の元へ向かった。

 

 

『……次のニュースです。……在住の32歳の男性が行方不明になりました。ベッドには男性が着ていたと思われるパジャマが置かれており、同様の事件は今月に入って10件目ですが、未だ手掛かりは掴めていません。警視庁が引き続き調査を続けています……』

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