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【隠居生活編】元将軍の一般人生活

徳川慶喜、松平時男、情報屋の佐吉、町娘のおみつが、趣味仲間としての気楽な日々を送る。




ここからは、この先46年にも及ぶ隠居生活に入ることになるが、その時に感じたこと。




徳川慶喜は言うまでもなく武家の名門中の名門の家柄に生まれ育ったということだけは間違いない。

徳川御三家(とくがわごさんけ)の一つである、水戸(みと)徳川家の第9代当主である斉昭(なりあき)の七男として生まれたものの、とても第10代の藩主を継げるなどとは思えず、部屋住みとして過ごす日々を送った。

しかしその斉昭(なりあき)の意向で、やはりこちらも超名門の一橋家に養子に入り、ついには14代将軍の有力候補として白羽の矢を立てられるに至る。

その時は家茂(いえもち)が第14代将軍となるが、やがて家茂(いえもち)が病没。

そしてついに、その後を継ぐ形で第15代将軍となったのが徳川慶喜。

いわば徳川家のエリート中のエリートとして英才教育を受けてきた、サラブレッドといえる。


しかし当の慶喜は、大政奉還と江戸無血開城を終えた後に、気ままに隠居生活を送ったことを、むしろそれまで知らなかった世界を知ることができたと、そのように感じていた。


その前から江戸市中にお忍びで繰り出しては庶民の生活を見に行くことが多かった慶喜。


慶喜から見れば、格式は高いが、堅苦しい、窮屈(きゅうくつ)な武家の名門としての生活を送っている身として、自由気ままに日々の暮らしを送り、その時限りの享楽(きょうらく)に身を委ねるような江戸庶民の生活は、むしろうらやましいものだったに違いない。


そんな生活をようやく満喫できるようになったのは、将軍を退き、隠居生活を送るようになってからだった。


「さて…、もう将軍も辞めたし、これからどうしたものかな。

あれも、これもやりたいし、まだまだ会いたい人もいる、行きたい場所もある、着てみたい服に、食べてみたい料理、さあ、これからは自由気ままに何でも楽しむぞ!」


旧幕府側の総大将として奔走(ほんそう)してきた日々からは、想像すらしていなかった日々。


まずは、理髪店に行く。


理髪店では(まげ)を切り、いわゆるざんぎり頭になっていた人々が大勢いた。


ざんぎり頭をたたいてみれば、文明開化の音がする、という、そんな時代。


「頼むよ。できればこのまま、短髪とかにしてくれたらなあ。」


慶喜の(まげ)に、退いたとはいえ天下の徳川幕府15代将軍の(まげ)に、床屋の(はさみ)が入る。


そして床屋の(はさみ)は見事に慶喜の(まげ)を切り落とした。


「お見事。お代は奮発しとくよ。」


「いえいえ、めっそうもない。」


幕府が無くなったので、親藩(しんぱん)譜代(ふだい)外様(とざま)も無くなった。


参勤交代も、もうしなくていい。直参旗本も無くなり、直参旗本だからといって偉そうにふんぞり返ることも、無くなるのではないかと。


身分制度が変わり、農民、町人、工人、商人は全て、平民となった。


一方、慶喜は元将軍だから、華族(かぞく)という扱いになる。


その他、大名や公家などは華族(かぞく)、旗本や御家人、藩士は士族という扱いとなったようだ。


しかしまだまだ江戸時代とあまり変わらないようだ。それはそれとして、西洋の食文化や服装などが入ってくるのは当然のこと。


「西洋の音楽や絵画なども楽しみたい。」


西洋の言葉はまだまだわからない。


語学の勉強などもしなければならないな。


しかしなんといっても、慶喜が一番興味を持ったのは、写真機だった。


「もし、ケイキさん。」


慶喜「そこにいるのは?誰かな?」


時男「松平時男です。ケイキさん、お久しぶりと言っていいのでしょうか?」


佐吉「佐吉です、ケイキさん、もしや写真機に興味を持ちましたね。」


おみつ「それなら私たちにお任せあれ。」


慶喜「それにしても皆はいつまでも元気でいいな。」


佐吉「実はあっしら、年をとらないで、いつまでもこの風貌のままなんですよ。

あっしだけでなく、時男さんも、おみつもな。」


慶喜「それはうらやましいな。

しかし私はいつまでも生きてはいられない。

写真機に興味をもったのは、自分がこの時代に生きたという証を残すため。

それと、この時代の、やがて失われていく風景を、写真という形でとどめておくため。

これまでは高いところから世の中を見てきたからな。

どうだ?写真撮影の旅でもしてみようか?」



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