将軍後見職
まずは、どの段階だったらまだ幕府を建て直すことができただろう、ということを考えた。
「今さら何をやっても、ムダなんじゃないか?
もう幕府の状況は、かなり苦しくなっているようだから。
もういっそのこと、政権を朝廷に返上した方がいいんじゃないか?」
江戸市中では町人たちが今日も噂話をしていた。
それだけではなく、若い町娘や、子供たちまでが、幕府の行く末、これからのこの国の行く末を憂いて、噂話をしていた。
「ねえ、私はもうこの際、一橋慶喜様に委ねるのが一番だと思うのよ。
あの方ならなんとかしてくれるという期待が持てると思うのよ。」
「ケイキさんって、あのケイキさんのこと?」
「そうよ、あのケイキさんよ。
てかもう、ケイキさんしかいないわ。この難局を乗りきれるのは。」
慶喜への期待がなぜか高まっていた。
さて、桜田門外と坂下門外と、どちらから入るか、あるいはまた別の門から入るか…。
そして江戸城中。将軍家茂の御前。
家茂「おお!慶喜殿か!」
あいさつも早々に済ませて本題はやはり、将軍後見職への就任であった。
家茂「ただ今、辞令を発令する!」
江戸幕府内 人事異動
辞令
将軍後見職
徳川慶喜
京都守護職
松平春嶽
以上、これが今回の辞令だということだ。
慶喜「将軍後見職か…。もう幕府には他に人材がいないということか。
老中も腰抜けばかりだし、この際だからこういう体制作りにしようということか。」
さらに今回の人事では、軍艦奉行という役職が新たに設けられた。
そして軍艦奉行には勝海舟が就任する。
家茂「慶喜殿に、春嶽殿、まあまずは、西洋伝来の酒でも飲もう。」
家茂が持ってきたのは、黒船来航の時にペリーがアメリカからわざわざ持ってきて、13代将軍家定に渡したのと同じ種類の、ウィスキーだった。
これが、日本でウィスキーが広まるきっかけとなった。
ウィスキーを飲みながら、家茂は慶喜と春嶽に本音を語った。
そしてその本音は、意外なものだった。
家茂「本当のことを言うとな、わしも将軍にはなりとうなかったのじゃ。」
慶喜「では、いっそのこと家茂様が、政権を朝廷に返上されては?」
家茂「なんだと!?それとこれとは、別の話じゃ!
わけもわからず紀州和歌山から江戸に無理矢理連れてこられて、わしの言い分など聞かぬまま、いつの間にやら話はまとまり、無理矢理将軍職に据えられた。
将軍職とはいっても所詮はお飾り。実権は井伊大老や、その取り巻きの連中が握り、挙げ句の果てはその井伊も桜田門外にて殺されてしまい、それに対して、何もすることができなんだ…。
おまけに、自分の好きな相手とも結婚できず、周囲が勝手に決めた相手と結婚させられる、わしはいったい何なのじゃ!」
慶喜「まあまあ、その気持ちはわからなくもありません。
平穏な時代であれば、それなりにうまくやっていけたが、この動乱の時代じゃからな…。
皆、この動乱の時代に、翻弄されることになっていく…。」