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~公武合体~皇女和宮~坂下門外の変~

今度は公武合体を画策していた幕府。


公武合体とは、いわゆる江戸の幕府と京の都の朝廷との仲を取り持つ、という意味合いで行われた。


朝廷との結び付きを強めるとともに、幕藩体制の再編強化を図るということ。


井伊亡き後は、安藤信正なる者が老中主座となり、孝明天皇の妹である皇女和宮を、将軍家茂に嫁がせるということが決められた。


皇女和宮を将軍家茂に嫁がせることで、幕府と朝廷との結び付きを強め、それによって幕府の体制立て直しを図る、という意味合いで画策された、いわば政略結婚であった。


そして皇女和宮の行列は中山道(なかせんどう)を通り、沿道には数多くの見物人が訪れる。


皇女和宮の花嫁行列を見に来たというよりも、美しい花嫁の皇女和宮を一目見に来た、といった方がいいだろう。


「おおー!あれが皇女和宮様か。」


この縁談の裏でどのような思惑があったのか、そんなことなど露知らず、見物人たちはただただ、花嫁行列の豪華絢爛(ごうかけんらん)さと、皇女和宮の美貌(びぼう)に見とれるだけだった。


皇女和宮は、籠の外の景色を眺めていた。


やがて行列は甲府に差し掛かるが、


「お気をつけなされませ。

甲府では反乱勢力によって甲府勤番支配が焼き討ちにあい、甲府勤番支配の役人たちは一人残らず皆殺しにされ、現在甲府を支配しているのは、その反乱勢力の築いた独立国であると…。」


しかしその反乱勢力は、むしろ勤番支配の圧政から弱い庶民を救うために立ち上がった、悪いのは勤番支配の方だ、だから始末したんだ、と主張しているという。


「なんと、そのようなことがあったとは…。」


他にも、一揆(いっき)が起こって代官所が襲撃され、代官が殺され、代官所が乗っ取られたりするなど、全国各地で不穏な動きが続いていた中で、皇女和宮の花嫁行列は一路、江戸へと向かうことになる。


皇女和宮の花嫁行列が、どうにか無事に江戸に到着し、将軍家茂との婚礼の儀が行われたということも、もちろん慶喜の耳にも入り、実際にその婚礼の儀にも参加した慶喜。


「皇女和宮か…。あのような美しき嫁をめとるとは、もしこの慶喜があの時に14代将軍になっていたなら、なっていたなら、もしかすると皇女和宮と婚礼の儀を挙げていたのは、この慶喜だったかもしれない…。」


13代将軍の家定が逝去した後、慶福、のちの家茂と、慶喜のどちらを将軍に推挙するべきかということで争っていた時のことを思い出していた。


結局、慶喜を推す一派は慶福、のちの家茂を推す一派に敗れ、家茂が14代将軍となり、そして皇女和宮と結ばれたのは、その家茂だったという成り行きとなる。


隣にいた美賀子にクギをさされる。


「何をおっしゃいますか。慶喜様には、この美賀子がおるではないですか。

それに、こたびの婚礼は、幕府と朝廷の仲を取り持つための政略結婚。

いわば、愛の無い結婚なのでございますよ。

それに、御台所になったらなったで、はたから見ているよりもいろいろと大変なのでございますよ。」


「わかった、わかった、それ以上申すでない…。」


実際、美賀子との夫婦仲は良好といえたが、慶喜にも全く浮気の虫というのが無かったのかというと、はてさて、もしかしたら本当に皇女和宮や、あるいは篤姫に対しても気があったかもしれない。


もっとも篤姫や和宮の方は、どちらかというと、慶喜のことを嫌っていたともいうが、あまりにもしつこくしすぎたからか?という新たな見解も成り立つ。


「心配いたすな。この慶喜の生涯愛するおなごは美賀子ただ一人じゃ、ははは…。」


どうにかその場は笑ってごまかして、やり過ごした。




この婚礼の儀からまもなく、桜田門外に続いて、今度は坂下門外でも事変が発生したという知らせが、慶喜のもとにも伝えられた。


「一大事にございます!

またまた一大事にございます!

坂下門外にて、ご老中、安藤信正様の行列が襲撃されました!」


「なんだと!?桜田門外、井伊直弼に続いて、今度は坂下門外、安藤信正殿か!?

して、ご老中、安藤信正殿はいかに?」


「安藤様は一命はとりとめましたが…。

ただ、後ろから斬られたということで(とが)めを受けております。」


もちろん家茂のところにも、この一件は伝えられた。


しかし家茂が怒りに震えたのは、二度も江戸城に通じる門前で幕閣(ばっかく)が襲撃されたということだけではなかった。


「この腰抜けが!逃げようとして後ろから斬られるなど、貴様それでも武士か!」


結局、安藤信正はそのことがあって老中を辞めさせられてしまう。


「とほほ…、老中クビか…。

しかしのう、いかに武士といえども、逃げたくなる時もある、命が惜しくなる時もある、それは間違いであるというのか?

井伊大老の時の事もあった、わしはまだ死にたくはなかったのじゃ…。

しかしのう、それが恥ずべきことなのか?それが悪いというのか…?」


言い訳にも聞こえるが、安藤信正はその後、再び表舞台に戻ってくることはなかったという…。


そして1871年、明治4年に、失意のうちにひっそりとこの世を去ることになる。


ということで、慶喜がもしも日本国初代大統領に就任したら、年号もなくなってしまうのか?


まさにこれは、神武(じんむ)以来続く天皇家をも恐れない、あってはならない歴史改変かもしれない。


時代が時代なら、それこそ治安維持法違反で、

憲兵隊やら特高警察やらに捕まって拷問されてしまう、

というようなことを、この時の慶喜=現代人の松平時男は、やってのけようとしていたのだった…。


「我が大日本帝国は天皇家を中心とした神の国であり、天皇家は途絶えることなく、未来永劫(みらいえいごう)、永遠に続いていく。

その天皇家を廃するということは、これすなわち、天皇家に対する侮辱(ぶじょく)罪とみなされる!

よって、貴様を逮捕する!」


本当に、時代が時代なら、こんなことになってしまうだろう。



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