5年後~家定の死から始まる新展開
1853年のペリー来航からはや5年、1858年になっていた。
斉昭「慶喜!慶喜!将軍家定様が、亡くなられた!」
慶喜「ええっ!?」
13代将軍家定が逝去したことがきっかけとなり、いろんなものごとが動いていく。
前年の1857年、老中主座の阿部正弘が逝去し、その後堀田正睦が老中主座に就任していた。
斉昭「こうしてはおれぬ!慶喜よ、ただちに城に出向くのじゃ!
ただちに支度を整え、江戸城に出向く!」
慶喜「もしや、次期将軍の件が話し合われるのでは?」
家定は、薩摩藩から篤姫を御台所として迎えていたが、もともと家定は病弱だったということもあり、世継ぎができなかった。
世継ぎもできないまま、逝去してしまい、またどこぞの分家から次期将軍を迎えるという流れに。
実はこれが初めてではなく、13代将軍家定の祖父の家斉もまた、11代将軍として迎えられた時は、その前の10代将軍家治というのが、世継ぎをつくることすら無頓着だったため、世継ぎがいなかったことで、田安家から迎えられたという経緯がある。
徳川幕府は2代から3代すると世継ぎがいなくてそのたびに館林、甲州、紀州、田安などといったところから出迎えていた。
今回は、十中八九、一橋家の慶喜が次期将軍にふさわしいと目されていた。
そして慶喜を次期将軍に推挙する人物たちと出会う。
肩書き
薩摩藩藩主
名前
島津斉彬
読み方
しまづ・なりあきら
肩書き
越前福井藩主
名前
松平春嶽慶永
読み方
まつだいら・しゅんがく・よしなが
肩書き
幕府老中
名前
堀田正睦
読み方
ほった・まさよし
まずは島津斉彬から。
斉彬「そなたが一橋慶喜殿か。まことに凛々しい顔立ちをされておる。」
そうだ、それがしが一橋慶喜、そして現代人の、松平時男だ。
現代人、松平時男は徳川幕府の最後の将軍、徳川慶喜=一橋慶喜として、この幕末の世に転生をしてきたのだ。
そして13代家定の次の将軍候補として担ぎ上げられ、あわよくば14代将軍になるやもしれないというのが、今の状況。
つまり、このまま14代将軍に一橋慶喜がなれば、
14代将軍は徳川慶喜=それがし、現代人の松平時男が、次の将軍ということになる。
とここで、斉彬から紹介したい人物がいるという。一体、誰だ…?
斉彬「みなみなさまに、ご紹介しよう。
こちらは、この斉彬の忠実なる家臣、西郷吉之助と申す者だ。」
西郷吉之助、後の西郷隆盛。『西郷どん』という愛称でよばれていたということでも有名だ。
現代人、松平時男は、西郷どんといえば、上野の西郷さんの像のイメージしかなかったが、その本物の西郷さんに、まさかこのような形で出会うことになろうとは…。
「おいどんが、西郷吉之助にごわす。」
鹿児島弁だ。西郷さんの、ナマの鹿児島弁を聞いたぞ。
もう1人は福井藩主の、松平春嶽という。
この人物はなぜか、春嶽という名前と、慶永という名前とあるが、どちらも同一人物だという。
そして老中の堀田正睦だ。
正睦「我らは慶喜様を次期将軍に推挙する所存だ。
ただし、あちらは紀州藩の慶福公を推挙してくるということは、間違いない。」
慶福を推してくる一派がいるということなのか…。
史実通りなら、慶福が14代将軍となり、家茂と名乗ることになるのだが…。
斉彬「まあまあ、慶喜殿もお疲れであろう。
本日はごゆるりと、休まれよ。」
というわけでひとまず、今日のところは江戸城中の一室での寝泊まりとなった。
しかしそれにしても武家の世界というのは、コワモテの屈強な男ばかりで、むさ苦しいものよのう…。