異常な正常者たち。
いまから僕がする話は君からしたらひどく退屈で説得力に欠ける話かもしれない。それもそうさ、実際、僕は、立志伝中の人でもなければ聖人でもないからね。でも、僕は君にこの手紙を通して伝えたいことがあるんだ。この気持ちは本当なんだよ。少しばかし長い手紙になるから、気が滅入っちゃうかもしれないんだ。そんなときはこの手紙を破り捨ててもらってもかまはない。君を不幸にしたくて書いているわけではないからね。
まず、君も知っている通り僕の家族はくそったれなんだ。詳しくは、話す気にもならないけどさ。そのとき、14か15歳の僕はアル中の母と二人暮らしだったんだ。母は、昼間は、大体寝ていて、夜はキャバクラかなんかで働いているみたいだったんだよ。朝帰ってくるといつもベロベロに酔っぱらってて、その日、僕が、洗濯やなんかをし忘れたりなんかしていたら、履いていたハイヒールで何度も何度も殴られるんだ。手加減なんて一切しないんだぜ。そして11月11日のあの日の朝、僕は、洗濯物や洗い物なんかを夜にしっかり済ませて、布団で寝ていたんだ。そしたらだよ、突然、母に叩きおこされて、いつものようにハイヒールで殴られたんだ。何度も何度も、服に血がにじむまで。そのとき僕は、ひどく驚いちまって母に尋ねたんだ。
「ごめんなさい、すいません、僕は千夏さんになにかしましたか?」
そう聞くと母は殴る手を止めずに言うんだ。
「あんたのために今の今まで仕事をしてたんだよ私は!なのにそのあんたが、帰って気持ちよさそうに寝てたら腹立って当たり前だろ!殴られて当たり前だろ!」そう言ったんだ。
まあ、だけど、こんなことは割と頻繁にあることだから、特別に滅入ったりなんかはしなかったよ。でもいつもながら母を軽蔑したね。殺してやりたいとさえ思ったよ。だってそうだろう、僕は言われたとおりにしていただけなんだから。
その後は、母も落ち着いて寝静まったのを確認して静かに家をでて学校に向かったよ。外はうんと寒かったね。僕の学ランはネズミに食われたような穴がたくさんあるボロだったから、風がピューピュー入ってきて凍えてしまいそうだったよ。それに昨日雨が降ったおかげか道路に薄い氷が張ってやがるんだ。駅に行く途中でなんども転びそうになったよ。転んじゃいないんだぜ。でもスマホやなんかを見ながら歩いてる奴らが、ツルツル滑っているのを見ると、えらい間抜けに見えたね。
そんな悪路の中、僕は駅に着いて、改札を通り、ホームで電車が来るのを待つんだ。そのとき周りを見渡すとさ、みんな不幸そうな顔をしてやがるんだよ。まるで、家を出る前に、実の母にハイヒールでぶちのめされていたかのような顔さ。学生もサラリーマンも白髪の老人だってそんな顔をしてるんだぜ。気分が悪いね、ほんとうに。でも、唯一そんな顔をせずに一日の始まりに歓喜しているのが、幼い子供さ。たまに駅で見かけるけど、大人や中高生なんかと別の生き物に見えるくらいだよ。あんなのは、見ていると気分がいいね。だから僕は子供ってやつを心底尊敬しているんだ。大人は子供を見ると間抜けに見えるかもしれないけど、本当に間抜けなのは大人の方だと思うんだよ、僕は。
でもその日、子供は見かけなかったね、残念なことに。
そんなことを思っていると、電車が来て、ドアが開くと並んでいた僕らが一斉に中に入るわけだけどさ、なんだかこの光景も間抜けに見えるんだな。僕なんかは。大勢の人間が規則正しく同じ行動をするっていうのはまるで機械かなんかのように見えちゃうんだよなぁ。でもよく見て生活しているとそんなものばかりだろ、実際。みんな同じようなことを言って、同じようなことで笑うし、同じようなものを身にまとったり、同じような行動ばかりする。こんなのを見てるとさ、僕以外みんな精巧につくられたロボットかなんかなんじゃないんだろうか、なんて思っちゃうんだよ。でもさ、彼らはすぐに自殺しやがるんだ。ヘンテコなロボットだよ。ヘンテコさ。
それから、僕の学校は、たった4駅さきだからすぐに着いちまうんだ。駅を降りて10分ほど歩いたところに僕の学校があるんだけど、その道のりはえらく短く感じるのさ、これが。きっと僕が学校に着くのを嫌がっているからなんだと思うんだよ。
校門には教師の野郎共が、登校してくる生徒達にあいさつなんかをするために、5人くらいでつっ立ってやがるんだ。僕だってあいさつは好きさ。でもね、彼らの中で本当にあいさつがしたいやつなんか1人としていないと思うんだよ。ましてやこんな寒い朝に。
この学校の教員は週交代制であいさつする決まりがあるんだ。決まりがね。そんな義務感のなかで、しんどそうに放たれた「おはよう」は不愉快でしょうがないね。会釈くらいはしてやるんだけどさ。
そうして僕は下駄箱で茶色いスリッパに履き替えるんだ。よくある来客用のやつさ。僕の上靴はだいぶ前に消えちまったんだ。きっとクラスのやつの仕業さ。でも少し面白かったね、だって彼らは、僕に直接、不満や愚痴を言ってくるわけでもなく、ただ靴を隠したんだぜ。とんでもなくチキンなやつらさ。こっちが同情しちまうよ。
こんな話をしていると、僕の学校生活の背景が想像できるだろ。ましてや君は僕を知っているしね。
そう、その日も8時27分、朝礼ギリギリに僕は教室に入るんだ。するとクラスのやつらが一斉におれを見て『なんだ、こいつか』みたいな顔をしやがる。一瞬なんだがね。その顔が不愉快でしかたないから、僕はいつも下を向きながら教室に入ることにしているんだ。だって本当に不愉快なんだぜ。奴ら扉が開く音には鳩みたいに敏感で、一斉にそっちをみやがるんだ。そしてそこから入ってきた人物によって、あいさつしたりしなかったり、笑ったり笑わなかったり対応を変えやがる。おかしいだろ。とても。
そうして30分になると教師の奴が入ってきて、朝礼とともに最高の1日が始まるんだ。
あの日の一時限目は数学だったね、確か。だけどさ、その合間に10分間の休み時間ってやつがあるだろ。あれが嫌いなんだよ。授業なんかよりよっぽど嫌いだね。その日も朝礼後にももちろんそれがあるわけだけど、いつも僕は周りを観察するんだ。話す相手なんていやしないからさ。まず岩本くんってやつはそれが始まると真っ先に机に突っ伏しちまって、寝たふりなんかをしだすんだ。彼、寝息までリアルに再現してやがるんだ。笑っちまうよ。でも僕はみたんだ。突っ伏した両腕の隙間から岩本が薄ら目を開けて周りを見てるのを。そうしてチャイムがなると、あくびをしながら伸びをして、さも今まで寝ていたかのような素振りをするんだ。こっちが恥ずかしくなっちまうよ。でもそこまでして彼は、自分に話相手がいないのを周りに悟られたくないのだろう。気持ちは分からなくもないんだ。立場的には僕も彼と同じだからね。あぁ、あと細川さんもいつも一人だった。彼女はイヤホンをつけてスマホに逃げていたよ。
その他の奴らは、僕が思うに、二種類に分かれるんだよ。大まかに分けるとだがね。まずは、休み時間や、班決めの際に、集まれる[安定したグループ、居場所を確保している人間]。もう一方は話せる相手がいないわけではないが、[安定したグループや居場所がない人間]。後者の方は休み時間や班決めの度に、一人にならないよう、必死こいて居場所を探すんだ。黙って机で一人座っていたら、あまってしまい、晒し者になったあげく、僕や岩本なんかと同等に見られてしまうからね。
でもさ、グループに属している、前者も前者でめんどくせぇことしてやがるんだ。
奴らは、そのグループに属している分、そこにいるメンツから嫌われぬように、必死こいて話をあわせたり、面白くもないのに笑ったり、自分を押し殺してそこで通用する何者かを演じるんだ。しまいには、彼ら、演じていることも忘れて、それが、本心であり自分だと勘違いしてやがるんだよ。後ろに転がってる自分の屍には気づきもしないんだぜ。まいったよ。でもさ、結局のところ、誰でもグループに属していて、同じようなことをしていると、僕は思うんだ。学校というグループ、職場というグループ、家族というグループ、日本というグループ、大なり小なり僕たちは、グループに属していて、そこに適応し、はみ出ないために、何者かを演じているんじゃないのかな。自分じゃない何者かを。




