アウストラロピテクス?
――ズシャッ!!
最後の一匹が、クロのナイフ捌きによって、地面へと崩れ落ちる。
「お疲れ様、2人とも」
竜車の中より顔を出す私に、エルとクロが息を乱しながら振り向いた。
出来れば私も参戦したかったけど、暴走したら周りが見えなくなるからなぁ。
幼いポアに、トラウマ植え付ける訳にもいかないし。
「はぁ、はぁ……。魔物との遭遇率、高くなってきたわね……」
「んー。もう直、夜になるからねぇ。私の能力は闇全てに干渉するものだから、闇が繋がる夜は、それだけ私の気配も強くなってしまう」
「……不憫な体質ね」
「迷惑かけて、ごめんね?」
昼間は長時間同じ場所に留まっていなければ、魔物が群れで集まって来る事はあまり無い。
殆ど移動しているから、私の気配に気づいたところで追いつけないっていうのもあるしね。
でも、日が暮れ始めてくるとやはり駄目だね。
闇を通して、結構離れた場所にまで私の気配が漏れ出すらしく、魔物が集まって来やすくなる。
しかも夜は、夕食時から明日の朝まで一カ所に留まり続ける事になる訳だから、余計に狙われやすい。
……え?なら、どうしてるのかって?
それはね――。
「べ、別に、レオが悪い訳じゃないし……。私も、その、レオのフォローが出来るのは、……嬉しいわ」
「ふふ。ありがとう。……でも、これ以上寄って来られるのはエル達もしんどいだろうから、またいつもみたいに網張っておくね」
「という事は、今日はもうここまで?」
「そうだね。魔物の死骸と隣り合って眠るのは気持ちの良いものじゃないから、少しだけ場所を移したら夕食にしようか」
「分かったわ。その前にちょっと、素材回収してもいい?」
「ごゆっくり」
沈みゆく夕日を背景に、殺した魔物から素材を剥ぎ取るエルとクロを流し見ながら、私は夕闇の中へと数十匹の蝙蝠を全て放った。
命令内容は、「とりあえず半径5㎞圏内にいる魔物、全て殺しておいてね☆」というもの。
これで翌朝までは、この辺りに魔物は近付けまい。
本当便利だよね、この能力。
さてさて。今日の夕飯は何にしようか。
「……あ、ドードー鳥」
素材回収に勤しむエル達を見つめながら献立について考えていると、死骸の中にドードー鳥を発見。
鶏肉かぁ……。
……よし!
「クロ。その鳥、捌いといてくれる?今日の夕飯にしようかなって思うんだ」
「「え……」」
「ん?」
何故かエルまで反応してきた。
どうかしたのだろうか。
「魔物の肉だけど、……食えるのか?」
「私はよく食べてるけど?生で」
「「……」」
何故か半目になる2人。
「こらこら。好き嫌いは良くないよ?動物の肉よりも癖が強いから、あまり食用としては好まれないけれど、別に食べられない訳じゃないんだから。冒険者なら、必ず一度は経験する事だと聞いたけど?」
「……分かった」
少し思案顔になった後、渋々ながらも頷いて、ドードー鳥の肉を捌き始めるクロ。
流石は喰種。肉の切断に躊躇いが無い。
将来はお肉屋さんとか経営してみたらどうだろうか。
喰種の肉屋に客が来たがるかは疑問だが。
「ふふ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。唯……、ちょっと硬くて、ちょっと臭味が強くて、ちょっと臭いがキツイっていうだけだから。野性味溢れてるだけだから」
「果てしなく心配だわ、レオ……」
眉尻を垂らし、ボソリと呟く。
エルには特別に大盛りで装ってあげようと思います。
「捌いたのはどうすればいいんだ?」
「ありがとう。後の処理はしておくよ。血抜きしないとだしね」
影で創った手を何本も伸ばして、捌き終えた肉を次々と受け取っていく。
その際、調理しやすい大きさにカットすると同時に、血を操る能力でパパッと血抜き。
影の中から水を取り出して洗浄したら処理は完了である。
素人なりに頑張ったと思う。うん。
「後はこの中に入れて……」
闇を物質化して創った大袋の中に肉を放り込んでいき、更には、以前から置いていたハニートレントの樹液も流し入れる。
もみもみもみもみ。
「樹液を入れるの?」
「うん。蜂蜜に漬けると、お肉が柔らかくなるんだ。臭味も取れるしね。樹液で試した事はないけど、蜂蜜に近い味と粘り気があるから、多分いけるかなって」
「そう。……でも、甘くならない?」
「そういう料理にするから大丈夫だよ」
甘い肉料理というのにピンとこないのか、微妙な表情をするエル。
これ以上の説明は面倒臭いので放置。
「はい。ポアとクロは、移動してる間もみもみしといて?軽く叩いても可」
「はい?」
動き出す竜車の中、ポアとクロに肉の入った大袋を手渡すと、ジェスチャーで軽く指示を出す。
意図を察して袋越しに肉を揉んだり叩いたりするポアとクロを見届けた後、欠伸をしながらシロへと凭れた。
後は野菜スープと、軽く炙ったパンと、焼いた肉にサラダを添えて――。
……ああ。
こうやって献立を考えるのも、何だか懐かしいなぁ……。
私一人がする訳ではないから、全然苦ではないけれど。
寧ろ、……うん。
――あ、そうだ。
味付け以外は、エルとクロに任せればいいか。
今日は私兵団を治療したり、魔族のガキとやり合ったりで、結構疲れちゃったし。
うんうん。そうしよう。
私は近くでシロの背に寝転がりながら、指示でも出していればいい。
例え失敗しても、エル達なら食べてくれるだろうし。
「ふふ……」
「グ?」
不意に笑いが零れた。
不思議そうな顔でシロは私を見遣ったが、「何でもないよ」と微笑むと、首を傾げながらも再び目を瞑る。
……ああ、何て気楽な日々だろう。
*******
「はい。超高級調味料、“しょうゆ”で作りました。ハニートレントの樹液入り、照り焼きチキンです」
闇で創ったテーブルの上に並べられた食事を手で指して、ジャジャーンっと説明。
「お、おお……!!お嬢スゲェ!!」
「これが、あのドードー鳥なの……?」
「わぁ!良い匂いですー!!」
はーい。
それでは皆さんご一緒に。――いただきます!
「美味い!お嬢、美味い!」
「柔らかいわ、レオ!!美味しいわ!!」
「はぐはぐ。はぐはぐはぐ!」
「ふふ、口に合ったのなら良かった。いっぱいあるから、どんどん食べてね」
何せ、ドードー鳥一匹分だ。
牛よりも一回り大きい。
調理が面倒なので、適当な部位だけしか回収しなかったけど、それでも結構な量である。
「……うん、美味しいね。しょうゆ買っといて良かったよ」
「しょうゆなんて初めて聞いたわ。珍しい物なんでしょ?よく見つけたわね」
「昨日買い出しに行った街に、運よく行商人が来ていてね。異世界人によって伝わった調味料だから、エルが知らないのも無理ないよ。市場には滅多に出回らないらしいし、その上、一瓶銀貨3枚だからね。あまり浸透しないのも頷ける」
「そ、そんなにするのね……」
「需要と供給が合ってないと、量産もされないだろうからね。こんな真っ黒な謎の液体に、大金を払おうって庶民はまずいないだろう」
しょうゆ瓶を取り出して、軽く振る。
これ以上ない程に黒く染まった液体。よくよく考えれば、醤油って不思議な調味料だよなぁ。
どんな味かと問われても、例えが出てこないというか……。
実際、調理中に興味深そうにしょうゆを舐めたり嗅いだりしては、首を傾げて眉を顰めるエル達の反応が、ちょっと面白かった。
「――ん?」
「レオ?」
何このデジャブ……。
本当にもう、食事中にやめてほしいよね。
「お客さんが来たみたい」
溜息を吐きながら立ち上がる私に、エルが「お客さん?」と声を漏らす。
他の皆も各々不思議そうな顔をして、私を見遣った。
「……わーお。蝙蝠が2、3……5。……あはは!凄いじゃないか!」
「え、やられちゃったってこと?」
目を瞬かせるエル。
「直ぐに再生はするだろうけど、木端微塵だからね。十数秒は時間がかかるかな?」
「魔物がやったの?」
「まさか。……あ、来た」
私の視線を追って、みんなも夜の空へと顔を向けた。
その、僅か数秒後。
「見つけたぞ貴様ぁぁあああ!!!」
夜空に幼子の怒声が響いたかと思えば、私目掛けて何かが物凄いスピードで降って来た。
その様、正に隕石。
こんなのに当たったら、全身が吹き飛んでしまう。
なので――。
「ほいっと」
「うがっ!?」
闇で包んで叩き落しておいた。危ないからね。
それから落下先へと歩み寄り、地面で軽く伸びているそれを見下ろした。
「やぁ。誰かと思えば、えーっと、……そうそう。ジーク?じゃないか。お昼振りだね?」
落下物――それは、見た目年齢3才ながらも魔王軍幹部である十二死徒(笑)の一人を務めるジークであった。
ジークは赤味がかった黒髪を左右に振って意識を完全に覚醒させると、私を真ん丸お目めで睨みつける。
お返しに私も、真ん丸お目めで見つめ返してあげた。
「ようやく追いついたぞ!!今度こそ貴様を殺し――」
「凄いねぇ。あの距離から飛んできたの?速いじゃないか」
「ふふん!当然だろう?俺様は凄いからな!!」
「うんうん。それにしても、よく私の居場所が分かったね?」
「貴様の魔力を追って来たのだ!!」
「へぇ。魔力探知能力ってやつ?にしては、常識を遥かに超えている。流石は天才児」
「当たり前だろ?俺様、超天才だからな!!魔王になる男だからな!!」
「ふふ。君ならきっとなれるだろうね?あと10年もすれば余裕だよ」
「本当か!?リディオス様にも勝てちゃうか!?」
「圧勝圧勝」
リディオスも思わず涙目だろう。
あいつの時代も、残り数年か……。
700年、魔王お疲れ様。引退する時は、一声ぐらい掛けに行ってあげようかな?
……いや、やっぱり面倒臭い事になるのでやめておこう。
「ところでジーク。私達は夕食の途中だった訳だけれど……。もしよければ、君も一緒に食べるかい?」
せっかくの料理が冷めてしまうのも勿体無いので、ここは早々と食事を再開したいところだ。
けれど、幼児を放って私達だけ食事をするのも大人げないかなとも思うので、一応食事に誘ってみる。
「食事、だと?……ふんっ!!低俗な人間の餌など、この俺様が食べられるわけないだろうが!」
「餌?……ふふ。酷い言われようだねぇ?……でも、おかしいなぁ。魔族と人間の食べ物って、そこまで大差無かった筈だけど。今じゃ食文化が違うのかな?」
ヨハネスの記憶があるといっても、もう700年前のものだからなぁ……。
700年前といえば、日本で言うと鎌倉時代?
そりゃ、食文化ぐらい大きく変わっていても不思議じゃないか。
きっと、人間の食事が残飯に見える程の、物凄~い料理を食べているのだろう。
未来食的な、うん。きっとそんな感じに違いない。
「凄いなぁ。未来はすぐそこまで、やって来ていたんだなぁ……。これで食料難も解決だね」
「思考が飛躍し過ぎていて全く伝わらないわ、レオ……」
「おっと、考えが言葉に出ていたか」
ゴホン、と咳ばらい。
「さっきからごちゃごちゃと何を言っている?人間の餌と魔族の食事は、昔から違うだろうが。……俺様、賢いから知っているぞ?人間共は知能が無いから、料理をする事も出来ないんだろう?馬鹿の一つ覚えみたく、『ウホウホ』言いながら火の中に材料を投げ込んで、単純に焼く事しか知らない馬鹿に馬鹿を重ねたような連中だと聞いた」
「アウストラロピテクス?」
眉を寄せ、首を傾げる。
何時代の話だろうか。何か知らんが、猿人ならやっていそうだ。
「アス、ロラ……?」
「何でもないよ?……というか、君。それは一体、誰から聞いた話?」
「フリードだ」
「誰だよ」
当然だろう、と言わんばかりの顔で名前を言うジーク。
いや、名前だけ言われても分かんねぇから。
「チッ。低能な人間には難しすぎたか……」
「それ、低能どうの関係なくない?」
「フリードは俺様の家庭教師兼従者だ」
「うん、知る訳ないわ」
もー。だから子供は嫌なんだよ。
息をする様にボケるんだもの。
それで必然的に周りがツッコミ役をさせられるんだもの。
「はぁ……。もう何でもいいや。とりあえず私達は食事にするから、君は自炊するなり、魔族領に帰るなり、人間の餌を食べるなり、どうぞ好きにすればいいよ。一応、君の分ここに置いておくね」
取り皿に適当に盛り付けて、机の隅に置く。
ジークが食べなければ、後でスーちゃんにでも食べてもらおう。
席に着き、問題は解決したとばかりに、もっちゃもっちゃと料理を頬張る。
それに続いてクロとシロも食事を再開。
場の空気に躊躇いながら、少し遅れてポアもフォークを手に取った。
そして最後にエルが。困惑に表情を固め、私とジークとを交互に見遣りながらもチキンを口へと運び始める。
一口二口と食べ進めるにつれ、徐々に食事に夢中になっていくクロ達。
けれどエルは、やはりジークの事が気になる様で、私に顔を近付けて小声で話し掛けて来た。
「えっと。今更なんだけど、あのジーク?っていう子、……誰?」
「んー……、私も昼間に知り合ったばかりでよくは知らないんだけど、一応、魔王軍の幹部らしいよ?十二死徒(笑)の一人なんだって」
「……はい?」
言葉の意味が理解出来なかったのか、目を瞬かせて小首を傾げるエル。
他の皆も目を丸くさせながら、同じような反応をしていた。
そんな表情をされても、私もジークから聞いた事を話しているだけなので、これ以上は説明のしようがありません!
「……(ぐーきゅるるるるるー……)」
「……」
会話の途中で、突如として響く異音。
皆が皆、一斉にその音の主へと振り返った。
「……な、なな、な、何だよ!!俺様じゃないぞ!!」
といいながらも、その直後に再び異音が鳴り響く。
ジークの顔が真っ赤に染まる。
私は椅子から立ち上がって料理皿を手に取ると、ジークへと歩み寄り、そっ……と差し出した。
慈愛を込めた微笑み付きで。
それから何も言わずに踵を返すと、何事も無かったかのように再び席に着く。
「――何か言えよっ!!!」
後ろから幼子の怒声が響いた。
言葉を返すと、逆に意固地になって食べなくなるかなと思ったので、ここは敢えて無視で通す。
面倒臭かったからとかでは決してない。




