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魔王軍幹部、十二死徒。
人間よりも秀でた能力を持つ魔族だが、彼らは更にその上をいく。
魔王軍は大きく分けて十二師団。
言うまでもなく、各師団の長は十二死徒である。
実力主義を最たるものとする魔族社会において、幹部の中より次期魔王が選ばれる事も珍しくはない。
その為、魔族達は皆、己が信じた魔王候補のもとへと配下に加わる。
つまり、団員数が多い師団の長は、それだけ次期魔王としての資質が高い事を意味する。
――さて。
何度も言うが、魔族社会は実力主義。
より強い者が上に立つべきという考えから、新たに誕生した強者が、魔王や幹部に反旗を翻す事もままある話である。
その為、魔王や幹部は常に高みを目指し続ける事を余儀なくされるのだが、それもまた、上に立つ者の義務として魔族社会では受け止められている。
そして昨年。
そんな彼らの努力虚しく、十二死徒の1人が代替わりとなった。
別に珍しい事ではない。幹部の代替わり程度、数百年に一度の頻度で起こり得る出来事だ。
しかも今回敗れた幹部は、十二死徒の中でも最弱の人物。
まぁ、おかしくはないだろう。……と、誰もがそう思って終わるだけの筈だった。
だがその出来事は、魔王や幹部のみならず、全ての魔族を驚愕の渦に包み込む。
なぜなら、十二死徒の1人を負かし、新たに幹部に加わったその人物――。
……幼児である。
名はジーク。
普通であれば10代で成される覚醒を、齢3才で果たしたというのだから、正に天才の中の天才といえる。
覚醒とは、魔族に起こる特異的な成長の事。
人間は、能力の開花の為に時間と努力を費やす必要があるが、魔族は違う。
時が来れば、自分の持ち得る全ての能力が一気に目覚める。
この覚醒は、潜在的な能力が高い者ほど早いとされており、10歳未満で覚醒した者は皆、例に違わずエリートとして成長している。
現魔王リディオスもまた、7才で覚醒したというのだから、信憑性は更に高まるというものだろう。
そしてこの幼児、ジーク。
幼いが故に、精神的にも能力的にもまだまだ未熟ではあるものの、今後の成長によってはリディオス以上の資質があるのではと囁かれている。
――が。
現段階では、幼児の配下に下りたがる者は無し。
師団を纏め上げ、率いるだけの能力はまだないだろうと、魔王も目を瞑っている。
よって、ジークは気ままに魔族領を抜け出して、人間領へとぶらり旅なんかも出来てしまう。
今の立場について、ジークに問う。
『楽しすぎるな!』
何故十二死徒になったのかと、ジークに問う。
『なんか格好良いじゃん!』
皆に称えられながらも、部下がいない為に責任のない自由な立場。
あれが欲しい、これをしろ。
実力主義故に、ジークの我儘という名の命令に逆らえる者はなく。
しかも、実家は魔族界でも5本の指に入るとされる超金持ちなお家柄。両親からは、それはもう可愛がられ、望むままの生活を送って来た。
それに加えて、この才能。
『きゃぁぁあああ!!私のジークちゃん!!ジークちゃんがぁぁぁああ!!』
『なんっって天才なんだ、ジークゥゥゥウウ!!!』
――といった感じで、覚醒した際は、両親の発狂振りが尋常ではなかった。
三日三晩のお祭り騒ぎと、異常なまでのジークワッショォォォイッッ!!が続いた。
そんな家庭で育ったのだ。
幼児でありながら、一人称が俺様となってしまっても仕方あるまい。
だが、そんな優し過ぎる世界も、今日で終わりを迎える事となる。
この日、ジークは生まれて初めての挫折を経験した。
苦い思い出を一つも有してこなかった彼にとって、その経験はあまりに衝撃が大きく、辛い出来事への耐性が全く培われていなかった彼の心は、無残にもポッキリと、音を立てて折れていった。
「な、な、何が……」
わなわなと震える唇。
一体、何が起こったのか。
ジークは頬を擦りながら、痛みで滲む涙越しに地面を見つめた。
上空高くで見ていた地面が、いつの間にやらこんなに近く、自身の身体を汚している事が屈辱だった。
それは、突然の事だった。
魔物の大群相手にいつまでもつのかと、魔物vs人間で戦わせて遊んでいた時。
突如現れた蝙蝠と、次いで仮面とマントを身に着けた一人の子ども。
魔物が全滅した事には驚いたが、人間の勝ちかー、と頬を膨らませる程度にしか思っていなかった。
次はどうやって遊ぼうか。どうやったら楽しく殺せるだろうか。
そんな事をワクワクと考えていたら、その子供が自分の方へと飛んでくる。
これには流石のジークも言葉を失い驚いた。
名は、レオというらしい。かなり生意気だった。
だからジークは、その高すぎる自尊心故にこう思った。
――そうだ。俺様の強さを分からせてやろう。
両手をレオへと向け、最大威力、最大速度で追尾型魔法弾を放ちまくる。
先程、下の人間に適当に放ったものとは訳が違う。
『あっははははははは!!どうだどうだどうだ!!“れっとうしゅ”の人間め!!俺様は超凄いんだよ、バーーーカッ!!!逃げても無駄だぞ!!貴様に当たるまで、この魔法弾は――』
――スパパパパパパパパパパンッ!!
『……え?』
台詞を言い終える間もなく、魔法弾全てが弾き返され、薙ぎ払われた。
そして――、
スパンッ!!
『がっ!?』
何が起こったのか理解する間もなく、乾いた音と共に頬に鋭い痛みが走ったかと思えば、ジークはそのまま地面へと叩き落されていた。
*******
詠唱無しに放たれた、止めどない魔法弾の凄まじたるや。
羽をもう一対増やして、飛ぶ用と防御壁用に分けて身を守っていた。
攻撃が止んだら反撃しようかと思って数秒待ってたけど、本当に止めどなかったので全て薙ぎ払ってみた。ついでにジークも。
いやはや。圧勝とは言え、恐ろしいガキだねぇ。
この数秒の間に、あの数の魔法弾。
将来が末恐ろしい。
でもまぁ、とりあえず。
当初の目標通り、秒で終われて良かったです。
「おーい!大丈夫ー?」
頬に手を当て、地面を見つめたまま全く動かないジークへと、声を掛ける。
ちょっと強く叩きすぎたかな?
様子を見に傍へと降りてみた。
「ねぇ、君。大丈夫かって聞いたんだけど。顔、喋れない程に痛むのかい?これでも手加減はしたのだけど……」
「……!!」
目を見開き、こちらへと顔を向けるジーク。
やっと反応した。
「手加減、だと……?」
「ん?」
「この、俺様に、手加減だと……?」
「え、だって。流石の私も、幼児を殺す事には些か躊躇いがあるというか。殺し合いだと君が自覚していたなら、本気を出しても良かったけれど」
「お、俺様は、手を抜かれた上、……負けたのか?」
動揺に、瞳が揺れていた。
その歳でそのプライドの高さとか、やっぱ天才児は違うなー。
手を抜いたのは、逆に失礼だっただろうか。
「……もしかして、悪い事しちゃった?うーん、でも……、本気だすと君、死んじゃうでしょ?……あ、それか、……殺した方が良かったのカナ?」
「……!!」
小首を傾げて、問う。
ジークの表情が怯えたものへと変わっていった。
……あれ?何か怖がらせちゃった?
微笑みながら言った方が良かった?
よーし、オーケーオーケー。
リトライいってみよー。
「ゴホン。……殺した方が、良かった?」
「……ひっ!!」
微笑みながら、小首を傾げる。
……更に怯えられた。
子供心はよく分からん。
「えーっと……、とりあえず私は帰るとするよ。もう一度言うけど、そこに倒れてる人間は殺さないでいてあげてね?私の労力が全て無駄になってしまうから」
「……」
「んーと。……じゃっ!」
遠い目をして固まるジークと見つめ合うのが気不味くて、転移。
言っておくけど、逃げた訳ではない。
早く帰りたかっただけである。
私兵団達は、まぁ、通りすがりの誰かがきっと助けてくれる事だろう。
あれだけ広範囲の魔物の死骸の山だ。
大きすぎる程の目印だし、少しでも感知能力があれば直ぐにでも気付くレベル。
臭いも強烈だしね。
それでも万が一救助が来なかった場合は、脱水症状で瀕死になった頃にでも、また助けに行ってやるよ。最終手段として。
*******
「……クソ!クソクソクソクソクソッ!!チクショウ!!」
腹立たし気に、地面を思いっ切り殴りつける。
焼けるような熱が、柔らかな砂と共に、その小さな拳を包み込んだ。
「俺様は!!強くなくちゃいけないんだ!!強くなくちゃ、いけないのにっ!!」
歯を食いしばり、顔をしわくちゃに顰めながら、地面を見つめる。
少しすると、涙がぽたりぽたりと落ちて来て、乾いた砂を濡らしていった。
「なのに……!!っ、負けた!負け、たぁ……。……うっ、く、ひっく。これじゃあ、駄目だぁ……ひっく。俺様は、……俺は!!……守、れない。これじゃぁ、また、……うぅっ、……だから!強くないと!!もう、弱い俺様は、駄目なんだ!!俺は、強くなければ!!……だって、だって、そうじゃないと、……また、守れないんだ。俺は、何も。……ゆみ」
そこまで言って、「ん?」と小首を傾げる。
ゆみって、誰だ?
守るって、何を?
「ぐすっ。……んん?」
分からない。
分からないけれど、でも兎に角。
強くて格好良くなりたいのだと。
人間はみんな死ねばいいのだと。
唯、それだけは確実に思う事であった。
だから――。
「……あいつ、絶対に殺してやる。次こそは、絶対に、勝つんだからな!!」
そう強く決意して、涙を乱暴に拭いながら、ジークは立ち上がる。
それから勢いよく地面を蹴って空へと飛び立つと、瞬きの間に姿が見えなくなっていった。
ジークが発って、小一時間程が経過した頃。
「……っ、リヒト!!あっち!!」
「ん?どうしたの、ビビ?」
近くの村に滞在中だったリヒト一行。
ビビが遠くの方で何やら異変を感知した。
向かった先には、……尋常じゃない数の魔物の死骸。
「これは……。仮面の子供の、仕業?」
以前見た時よりも、死骸の数が多い。
……殺しに、歯止めが利かなくなっているのだろうか。
「お、おい!!人が倒れてるぞ!!」
「……っ!!」
ガルドの言葉に、リヒトの心臓は跳ね上がる。
遂に、人にまで手を出したのかと。
「……大丈夫よ。生きてるわ」
「そ、そう」
ほっ……。
どうやらまだ、人を殺める程ではないらしい。
ローニャと共に、リヒトも安堵の吐息を零した。
「でも、妙ですね。これではまるで……」
「治療、されてるな。恐らくは再生魔法」
近くに落ちていた腕と、奇妙にも右腕だけ衣服が切り取られている男とを交互に流し見ながら、ビビが呟く。
「ええ。それも、大賢者レベルの魔法の使い手。……これも、仮面の子供がやったのでしょうか」
「人間の敵ではないって事か?リーダー」
「……」
リヒトはそれには答えずに。
眉を顰めながら、倒れ伏す彼らと、魔物の肉塊とを視界に映す事しか出来なかった。




