洗脳って怖いわぁ。
「――ん?」
昼食中。
シチューの肉団子をもっちゃもっちゃと噛み締めながら、異変に首を傾げた。
……誰か、死にかけたな。
お陰で蝙蝠が反応してしまった。
あまり作動させたくはなかったんだけど、……仕方ないか。
思わず溜息を吐いていると、エルが「どうしたの?」と反応する。
それは私も知りたいです。
蝙蝠を通して状況を確認してみると、わーお。何この魔物の群れ。
大砂嵐の後は、腹を空かせた魔物が跋扈する所為で、いつもより遭遇率が高くなるとは聞いていたけど……。いやいや、これは流石に異常だろ。
雑魚だけなら兎も角、C級以上もうじゃうじゃいるし。
おまけに、不定期に訪れる砂嵐ともこんにちは。
直ぐ止むだろうけど、この状況下と重なるとか最悪のタイミングだ。
こいつら、どんだけついてないのだろうか?
少なくとも、今日の占いは最下位だったに違いない。
……はぁー、やれやれ。仕方ないなぁ。
「ちょっと行って来るね?」
「え!?レオ!?」
「後片づけよろしく」
じゃっ!と手を挙げて、笑顔で出陣。
それにしても――。
トマトと肉団子って、マジで合うわー。うまうま。
*******
転移する前に、闇の中でフヨフヨ漂う。
影に仕舞っていた仮面とマントを取り出して、それを身に着けた。
「ちょっと我慢しててね?外、砂嵐なんだ」
頭に乗っていたスーちゃんをマントの中に押し隠し、フードを被る。
スーちゃんが砂だらけになってしまっては大変だ。全裸だしね。
「んー……、また一人死にかけた」
二匹目の蝙蝠が作動した気配に、眉を顰める。
防御壁で守られてはいるだろうけど、この数に対して二匹の蝙蝠だけだと、ちょっと時間が掛かるなぁ。
それに、魔物を全滅させたとしても、周囲に人のいない状況で放置させとく訳にもいかんし……。
重症だから、その内死んじゃうもんなぁ……。
「あまり、姿は見せたくないんだけどなぁ……。もうここまできたら、いっその事、全員瀕死で意識失ってから登場しちゃおうかな……?」
顎に手を当て考えるポーズ。
そもそも、彼らが死にかけている元凶は父様にある。
貴族が娘の捜索に私兵を使うのは普通の事ではあるけれど、2~3人の超少人数部隊を作って各地に送り込むのはやり過ぎだ。
網目状に私兵を配置すれば、確かに私に遭遇する確率は跳ね上がるだろうが、その為のリスクもまた跳ね上がる。
そして案の定、この有り様だ。
……まぁ、転移能力のある私を見つける為には、止むを得なかったのだろうけれど。
別に彼らが死んだところで私の所為ではないが、無関係でもない。
馬鹿な主に仕え、馬鹿な命に従った彼らにも非はあるが、同時に同情もする。
非情な主であれば捨てる事も出来ただろうに、質が悪い事に、父様は優しい。
それに、かなりの人誑しでもある。
大方私兵団の奴等も、命を捨ててでも父様の願いを叶えようと、心からの忠誠心を以って国を出たのだろう。
「ふっ。……哀れだねぇ」
馬鹿の癖に人誑しとか、これ程最悪な主はいない。
兵も部下も、その質の悪さにまるで気付く事もなく死地へと赴いていくのだから。
「まぁ、何れにせよ父様。君がどう望んだところで、私は絶対に捕まえられないよ?……全て無駄だ」
だからこそ、余計に哀れだ
達成不可能な命を下されて、少ない人数で世界を移動するなど。
時間の経過と共に、死人が出始め、そしてその数は徐々に増え始める事だろう。
これでは唯の、無駄死にだ。
「でも、それではあまりに不憫だからね」
だから、彼らの影に蝙蝠を繋げた。
といっても、私兵団全員分の蝙蝠を作って、エル達と同じ様に個々の影に潜ませておくのは大変なので、瀕死になった私兵団の生命反応を察知し、私の影の中にいる蝙蝠が自動的に転移して対応してくれるようにした。
もちろん、よく知っている対象にしか影を繋げる事は出来ない。
顔を隠す第三私兵団や、会った事があまりない第二私兵団、あまり関わった事が無い第一私兵団のモブ団員には、残念だが自分達で何とかしてもらうより他にない。
更には、瀕死にならないと蝙蝠は反応しないので、即死の場合も対応は出来ない。
別に私は、過保護という訳ではないからね。
あくまでも、この蝙蝠たちは保険であって、可能な限り自分達で切り抜けて欲しいものである。
馬鹿な主に仕え、馬鹿な命に自ら従ったのは自分達なのだから。
「蝙蝠維持するのも、結構魔力使うんだからね?……っとと、また蝙蝠が作動した。そろそろ行くかぁ」
少しのんびりし過ぎたか。
私はやれやれと溜息を零すと、漸く転移を再開した。
*******
マッドプラントの腹が裂け、血飛沫が辺りを汚す。
……汚ねぇ花火だ。とか思ってみたりした。
「お嬢、様……?」
「……」
後ろをゆっくりと振り向く。
……なんだ。気絶してやがる。
確信はないだろうけど、この短時間でよく勘付いたものだ。
「ほいっと」
その辺に転々と横たわる私兵団の二人と騎竜とを、傍に転移させて並べた。
魔物の群れの中心にいた奴が、一番の重傷だった。
恐らく、囮にでもなったのだろう。
右腕は無残にも引き千切れ、修復不可能な程にズタボロである。
この状態の腕をくっつける事は、治癒魔法程度では不可能だろう。
ならば、新たな腕を再生させるより他にない。
その為には、神位魔法に属する再生魔法……。それも、腕一本生やせちゃうレベルの、すっごいやつ。
指とか、小さな欠損部位程度なら、高位のヒーラーであれば再生可能だろう。
けれど、腕となると最早大賢者クラス。
「……ま、私も多分出来ちゃうけど」
腕一本ぐらいなら。
私は状態を見る為に持っていた千切れた腕をポイッと放り投げると、腕を失った私兵団の傍に座る。
流血を続ける断面口に手の平を向け、記憶を手繰り寄せる様に目を瞑った。
えーっと、確かヨハネスは……。
「――生命を孕みし母なるマナよ。肉を創りし父なるマナよ。彼の者、汝らの子也て。我と同調し、我が生を喰らいて救え。命を巡り、肉を創り、今一度、彼の者をあるべき姿に癒し給え」
……で、良かったかな?
目を開けると、腕はほとんど再生を終え、指先が創られ始めるところだった。
完全に再生し終えるのを見届けて、吐息と共に手を下ろす。
「あー、恥ずかしかった」
魔法、使えなくもないけど、極力使いたくはないんだよねー。
結構魔力消費も激しいし。
何より、羞恥心に勝てる気がしない。
表情にはでてないけど、これでも結構身悶えている。
人前では絶対にしたくないものだ。
「うん!という訳で、君達にはポーションだ!」
ジャジャーン!!っと、影から取り出したポーション(徳用)。
2ℓぐらいの大きな瓶に入っている。
コスパ最強。
「希釈されてる分、邸の超高品質なものより効果は薄めだけどね。それでも品質は中って書いてあったし、君達の傷にぶっかけるんなら、この程度で十分でしょ」
独り言を呟きながら、鼻歌交じりにポーションをドバドバとかけていく。
はい、2本目もありますよー。ジャバババババー。
大人3名、騎竜3匹、見事にびちゃびちゃである。
うん。ここ暑いし、というか熱いし、水浴びみたいで丁度いいんじゃない?
「はい、内側からも治しましょうねー」
「……っ」
口元の布を剥ぎ取り、ポーションの瓶口を突っ込む。
――あ、飲ませる用のは、もうちょっといいやつだ。中瓶だし。
だから、零さない様にしっかり飲まそうと思います。
はい、一気!一気!
はい、二本目!二本目!
露わになった素顔を見て、「ああ。こいつかー」と思ったけど、ごめん。名前分かんないや。
微モブの名前まで覚えてませんてー。
……あ、鼻からポーションが。
「もー、汚いなぁ。しっかり飲まんかい、コラ」
「……っっ」
鼻を押さえ、無理矢理飲ませる。
ちょっと目が開いたような気がしたけど、多分気のせい。
だって白目だし。
……ってあれ。さっきは完全に目閉じてたような?
「ま、いっか。はい、次の人ー」
「……っ」
二人目の私兵団の上に跨り、影から取り出した新たなポーションを口へと捻じ込む。
はい、一気!一気!
「――ふぅー。こんぐらいでいっかな?」
全員分の治療を終え、額を手の甲で拭いながら彼らをチラ見。
うん。ポーションでずぶ濡れになりながら、みんな仲良く白目をむいていた。
シンクロ率高ぇなオイ。
「さてと。……えーっと、……待っててくれてありがとう?」
ポーションで汚れた手をスーちゃんで拭いながら、上空へと首を曲げる。
治療に夢中で気付くのが遅れてしまったけど、3人目にポーションを飲ませてる辺りで漸く気配を察知。
唯でさえ辺りは死臭で満ちていて、更に相手は上空だ。
嗅覚なんてほとんど働かない。
遅れたとはいえ、それでも気付いた自分を褒めてやりたいぐらいだ。
元からさー、怪しいなとは思っていたんだよ。
この魔物の大群。
だから、治療しながら周囲を軽く索敵していた。
けれど、怪しいものは見つからず。
ならば空?――ってな訳で、ビンゴ!
「おーい。降りてこないのー?そろそろ帰りたいんだけ……ど!!」
背中から影で創った翼を生やし、勢いよく上空へ。
遅くなるとエルが煩いんだよー。
このまま私兵団を置いて帰っても良かったけど、せっかく治した彼らが殺されちゃうのは嫌だしなぁ。
ポーション代と、私の労力が全て無駄になってしまう。
「……っ!!?」
「おや」
突然接近してきた私に、驚きで目を見開かせる彼。
「ふふ。思ったより、その、……小さいね?」
「……!?」
驚きから一転。キョトンとした顔で目を瞬かせる。
けれど、直ぐに表情を歪ませて赤くなると、怒りの感情を露わにし出した。
「お、お前……!!小さい、だと!?人間如きが、この俺様を侮辱するのか!?」
「おや。事実を言っただけなのだけれど……。気に障ってしまったのなら謝るよ。でも、……ふふ?あまり気にする事はないと思うよ?だって君、……まだ子供なのだし」
そう、彼。
私よりも一回り小さな、彼。
見た目年齢、およそ3歳程の――幼児である。
「子供だと!?……人間の基準に合わせるな!!俺様は、見た目よりもずっと年上なのだ!貴様の様なチビなんかよりもな!!」
「そうなの?というか君は、魔族……って事で良かったんだよね?」
「ああ!貴様らの様な“れっとうしゅ”と比べないで欲しいものだな!」
「ふむ……。魔族って超長寿な種族だし、見た目と年齢が違うのも当然か。……因みに私は6才だけれど、君は?」
「……っ」
小首を傾げて問いかけると、一瞬驚きに瞳を揺らした後、忌々しそうに眉を顰めて口を噤んだ。
どうしたんだろう?
「ねぇ。君いくつ?」
「……」
「ねぇ。ねぇねぇねぇ」
距離を詰め、顔を覗き込みながら問い詰める。
私より年上なんでしょう?いくつなのさ?教えてよ。
すると――。
「……ふ、ふふ、ふっふっふっふっふ」
「ん?」
急に笑い出す幼児。
頭でも打ったのかな?
「どうしたの?」
「ふはは!……歳など、どうでもいい。魔族に年齢を問うだけ“ぐもん”というものだ。そもそも、貴様如きに教える訳がない」
「そうなの?ま、大して興味も無かったから別にいいけど」
少し距離をとり、詰まらなそうに爪を見つめる。
あ、ささくれ。――ブチッ。
綺麗に取れたわー。
ちょっと嬉しい。
「貴様!この俺様に興味がないだと!?」
「……ん?興味がない訳じゃないけど、興味がある訳でもないかな?」
「何だそれは!」
「どっちでもいいって事だよ?」
凄い知りたい訳でもないし、駄目ならそれでも全然いいっていうか……。
唯の話題?みたいな?
というか、初対面でそこまで興味とか湧かないって普通。
もう、そうそう会う事もないだろうし。
「どっちでもいい、だと……?」
「え?あ、うん」
目を見開いたまま、私を見つめて固まる幼児。
目、乾燥しないのかな?流石は幼児。若いなー。
……あ、私も若いんだった。
「……ふっ、ふふ、ふふふふふ」
「頭大丈夫?」
またしても可笑しな笑い方をする幼児へと、小首を傾げて心配してみる。
「……仕方ない。名前ぐらいは教えてやらんでもないぞ?」
「ん?別にいいよ?」
「……」
腕を組んで踏ん反り返った姿勢のまま、固まる幼児。
心なしか、ちょっと涙目?砂でも入ったのかな?
「お、教えてやらんでも、ないぞ?」
気の所為かな。声が震えている様な……。
砂が鼻にでも入ったのかな?くしゃみ出る?
「だから、別にいいよ?」
「き、貴様!人間如きに、俺様が教えてやると言っているのだぞ!?何だその態度は!」
「え?だって、その言い方からして教えたくはないんでしょ?嫌々の渋々なんでしょ?だったら別に、無理して教えてくれなくてもいいよ?」
そこまで興味もないし。
けれど幼児は、私の皮肉……ゴホン。――言葉を肯定的に受け取ったらしく、安堵の表情を浮かべ始めた。
「な、なんだ。俺様に遠慮しての事だったのか」
「んー……、まぁ、そう解釈でも構わないけど……」
急に元気を取り戻し、笑顔になる幼児。
ちょっと面倒臭くなってきた。
どこぞの馬鹿王子を思い出すわー。あっちの方が、まだ可愛げはあったけど。
「ふ、ふふ。そうかそうか!ならば仕方ないな!俺様、超偉いし!畏れ多くて聞けない気持ちも分からんでもない!だから、超優しい俺様は、聞きたくても聞けない貴様の気持ちを汲み、特別に名乗ってやるのだ!」
「え、あ、うん」
適当に頷いておいた。
「ふふっ!有難く聞くがいい、人間!我が名はジーク。魔王軍幹部、十二死徒が1人――ジークである!!」
「……っ!」
2回も名乗った、だと……!?
……自己紹介、大事だもんね。うんうん。
「レオだ。よろしく」
「ふん!貴様の名など、興味無いけどな!」
「そう。名乗り返すのが礼儀かなって思って一応教えただけだから、別にいいよ?」
「さっきから、別にいい別にいいって、何なんだ貴様は」
「ん?どっちでもいいって事だよ?」
「チィ!!俺様の名前を聞いて、驚いた顔一つ浮かべないとはな」
「だって、どうでもいいし」
「……」
俯くジーク。
子供心はよく分らん。
「とりあえず、私は帰るね。下の人達、遊び殺したかったのかもだけど、折角治したとこだから止めてあげてね?」
「……あいつらは、貴様の大事な人間なのか?」
「んー、そういう訳でもないけど……」
私兵団が数人死のうが、大して気にならないしねぇ。
不憫だから、ちょっと助けてあげたってだけで。
「ふーん。じゃあ、――殺そう」
「……っ!?」
急に冷たい声色で、私兵団の方へと手の平を向けたかと思うと、瞬時に莫大な魔力を集中させて攻撃魔法を放った。
その間、およそ1秒にも満たない。
瞬時に私兵団の周囲にいた蝙蝠で何重もの防御壁を作り、それを防ぐ。
防御壁二枚が粉々に壊れ、三枚目にヒビが入ったところで漸く魔法弾は消滅した。
急だったので、防御壁の強度が雑だったというのもあるが、それでも普通の魔法弾ぐらいなら軽く弾き返せるレベルだ。
……なるほど。これが幹部か。
子供だからって、正直舐めてたわ。
威力の凄まじさに、思わず流れた冷や汗を拭いながら、ジークを流し見た。
「今のを防ぐか……。貴様、何者だ」
「レオだと言ったでしょう?今のといい、君、話聞いてなかったの?どういうつもりなのかな?」
「はっ!何故俺様が、貴様如きの話を聞かねばならん」
「……」
「……」
ジークは、幼児のそれとは思えない醜悪な笑みを浮かばせて、私を見つめる。
その小さな身体に、目に見えるのではないかと錯覚する程の、濃密な魔力と殺気とを纏わせて。
対して私は、冷静に。
そして、どこまでも冷めた瞳で、ジークを見つめ返した。
「挑発、されてるのかな?」
「その程度だと思うのか?」
「へぇ?その歳で、もう殺し合いをする覚悟が」
「殺し合い?……違うな。これは唯の――人間狩りだ。この世から一匹残らず排除する。ゴミ掃除と何ら変わらない」
「…………そ、そっか」
――魔族の思想、思ってたよりもかなりヤバめでした。
今の魔王が人間嫌いだから仕方ないのかもだけど、洗脳って怖いわぁ。
でもまぁ、とりあえず……。
早く帰りたいので、秒で終わらせようと思います。
ジークの名前、秒で決まりました。




