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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第三章 バルダット帝国編
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全ては有意味。

第三章もよろしくお願い致します。

 ――ルドア国王都、カーティス邸。

 書斎部屋のソファに腰かけ、カップを手に持ちながら、アルバートは瞳を閉じた。

 ソファの横には、仮面とマントで姿を隠した、第三私兵団の一人が床に膝を付けて頭を垂れる。


「……そうか」


 それだけ言って、紅茶を啜る。


「報告ありがとう。また何か分かったら、よろしく頼むよ」

「はっ」


 返事と共に、私兵団の姿は消えた。

 アルバートはカップをソーサーへと置くと、顔を窓の方へと向けて静かに空を見つめる。


「入れ違い、か……」


 スファニドに居るという情報を得て、漸くエレオノーラの姿を確認出来ると強い期待を抱いていた。

 ――が、それだけに落胆も大きい。


「……次は、バルダット帝国。……また厄介な場所だな」


 悲しそうな表情で、ふっ、と笑いを零した。

 シャロンのネズミが動けないスファニドに、時期外れ且つ例に見ない長期化したサシャマの大砂嵐。

 そしてやっと居場所が掴めたかと思えば、入れ違い。

 彼女の運がいいだけなのか、自分の運が無いだけなのか。

 ……いや。ここまで来ると最早、エレオノーラの意思を世界が汲み取り、彼女の味方をしているのではないかとさえ思えてくる。

 そしてお次は、軍事国家“バルダット帝国”……。

 この国は、他国からの間者の目に敏感で、ちょっとした刺激にも過剰に反応し、直ぐに国際問題へと発展させようとする厄介な国である。

 要は、戦争がしたいのだ。

 故に、あまり私兵団を送り込みたくはなかったのだが……。


「まぁ、バレなきゃいいか」


 娘の為なら、この程度。

 アルバートは真面目な表情で頷いて、自己完結を成した。

 それから紅茶をもう一口。


「ふぅ。……次こそは、ノーラ。君を見つけるよ」


 逆に闘志が燃えて来たアルバート。

 これでも、元冒険者。

 そしてそのランクは、最高の――SS級だったりする。




*******


 バルダット帝国を目指し、北東へと竜車を走らせるレオ御一行。

 スファニドを出て既に3日経ったというのに、無駄に寄り道したり、道を間違えたりしていた所為で、存外あまり進んでいなかったりする。

 それもその筈。

 レオ(幼女)。エル(森に引き籠るエルフ族)。クロード(奴隷商での温室育ち)。シロ(コミュ障)。スーちゃん(スライム)。

 旅など全くと言っていい程経験のない者ばかりが集まれば、こうもなる。

 唯一、バルダット帝国からスファニドまで、一回だけ旅をしてきただけのポアが、まともな旅経験者と言えてしまう当たり、何かもう色々終わっている。

 けれどそのポアも、スファニドまで付いて来てくれた人に旅の一切を任せていたらしく、村の場所を知っていること以外はまるで役に立たない。

 そして、そんな状況に危機感一つ感じていない、この物語の主人公。


「はははっ!ここどこだろうね!」


 みんなが地図を広げながら、目の前に広がる謎の沼地を半目になって見つめる中、一人笑い転げる。

 闇転移という手段を持っている為、この余裕の反応も仕方のない事なのだろうが、まるで他人事のように状況を楽しんでいる辺り、質が悪い。


「もう!レオも考えてよ!」


 ほぼ地図係となってしまっていたエルが、涙目で不満を訴えた。

 クロードと竜車の操縦を交代で行うのはいいのだが、如何せん。

 地図の読み方が分からないクロードが、まともな方角に操縦出来る訳がない。

 結果的に、操縦する番でなくても、エルが時折方角を確認しながらクロードを指示しなくてはならない羽目に。

 とはいえ、エルにも休息は必要で。

 エルが一息入れている間に、気付けばおかしな方向へと走らせている事が多々あった。

 こうして道に迷っている事態であっても、地図係のエルを責められる立場にある者は誰もいない。

 エルとて、初めての旅なのだ。

 それでも、初心者也にコンパスと地図と睨めっこを繰り返し、太陽等から方角を確認し、視力を駆使して魔物の発見にも努めてと、それはもう頑張った。

 これが違うパーティーであったなら、どれだけエルの存在が有難がられていた事だろう。

 にも拘わらず、このパーティーときたら……。


「ふふ。まぁ落ち着きなよ。そんな事より、そろそろお昼の時間だね。ご飯にしよう」

「やった!俺、お腹空いた!」


 何ともまぁ、マイペース。

 エルの苦労が計り知れない。


「ふむ。とはいえ、沼地で食事というのは白けるね」


 レオはこくりと頷くと、影を伸ばして竜車ごと皆を包み込む。

 そして、突然の視界を覆う暗闇に一同が言葉を失った後、瞬きの間に、沼地が美しい湖へと姿を変える。

 ……否。湖の畔へと転移したのだ。


「何だか、……不毛だわ」


 もう転移すればいいじゃない。

 旅の意味が見出せず、そう呟くエルの目は、沼地の如く濁っていた。


「綺麗だろう?この前見つけた場所なんだ。……ああ、安心してね。さっきの沼地の場所は記憶したから、昼食後はまたあそこからスタート出来るよ」


 微笑むレオ。

 エルの心は既に折れかかっていた。


「ふふふ。まぁ、そんな顔しないでよ。こういうアウトドアな旅も面白いでしょ?」


 レオは影からコンロと鍋、それから色取り取りの野菜やら肉やらを取り出すと、影で創ったテーブル上に置いて行った。

 それから包丁を創り出し、鼻歌交じりに食材を切っていく。

 その楽し気な様子に、エルは困った様に微笑むと、「何か手伝うわ」と隣に立つ。

 旅は大変な事も多いが、こういうのは確かに楽しい。


(レオの手料理が食べれるとか、思わなかったし……)


 この為だけでも、旅をしている価値はあるなと心から思う。

 エルは嬉しそうに頬を染めながら、芋の皮を剥いていった。


「お嬢!俺も!俺も手伝う!」

「それなら、鍋に水を汲んできてくれ。それが済んだら、クロも野菜切るの手伝って?」

「分かった!」


 大きく頷き、鍋を片手に、レオが指差す湖へと向かうクロード。

 普段からナイフを武器にしているだけあって、案外包丁の扱いも上手いのだ。

 それを知ったのは、旅の一日目。

 エルはもちろん、レオでさえも目を見開いて、驚きにクロードを凝視したものである。


「ポア。スープはシチューかトマトか、どっちがいいかな?……いや待てよ。いっそのことトマトシチューとかしちゃおうか……」

「わぁ!初めて食べます!」

「ふふ。なら、それで」


 石の上に座り、瞳を輝かせながら尻尾を揺らすポア。

 最初は緊張してばかりで、どもる事が多かったポアだが、レオの気遣い無用の気安い態度のお陰もあってか、一日目の後半辺りから既に大分打ち解けていた。


「エル。このトマト、皮剥いて潰しといて?」

「分かったわ」


 湯引きしたトマトをボウルに上げ、エルに手渡す。


「クロは、肉。ミンチにしといて?……ふふ。人肉じゃなくてごめんね?」

「……お嬢」


 クロードに肉を手渡しながら、ブラックジョーク。

 複雑な心境で苦々しく顔を歪めるクロードに、レオは可笑しそうに笑いを零した。


「――さて、そろそろ出来るかな。ポアは食事の準備よろしく」

「はい!」


 ぐつぐつと煮だってきた鍋をかき混ぜながら、ポアを流し見る。

 空腹を刺激する香りに、くんかくんかと鼻を引くつかせていたポアは、レオのその指示に、待っていたとばかりに立ち上がった。

 竜車から大きなシートを持ってきて、草原の上へと広げる。

 それから食器を丁寧に並べると、底の深いスープ皿とサラダを盛り付ける取り皿とを持ってレオのもとへと駆けて行った。


「準備、出来ました!」

「ありがとう。こっちも丁度出来たところだ」


 レオがスープをよそい、エルがサラダを盛り付けて、クロードがフライパンで軽く焼き直したパンをバスケットへと詰めていく。

 それをシートの上へと運ぶシロとポア。

 

「さて、食事にしようか。――いただきます」


 レオのその合図と共に、「いただきます!」という言葉が辺りに響く。


「美味しい!!美味しいわ、レオ!!」

「そう?なら良かった」


 トマトシチューに入れられた肉団子は、柔らかな肉汁がトマトとミルクの濃厚なスープと混ざり合い、口に入れるとほろほろと崩れて溶けていく。

 仄かに効いた塩コショウの味付けが更に食欲をそそり、鍋いっぱいに作ったシチューも、バスケットいっぱいにあったパンも、瞬く間に消えていった。

 よもや公爵家の御令嬢、しかも齢6才の幼子がこのレベルの料理を作れるなど、誰も想像しないであろう。

 もちろん、彼女の家族、カーティス家さえも知りはしない。

 娘の手料理を、仲間内で団欒と食べるこの状況をアルバートが知れば、きっと嫉妬に狂う事間違いなしである。


「――ん?」


 皆が夢中になって料理を口へと運ぶ中、レオは一人手を止めて、小首を傾げた。

 そして、やや眉を顰めると、小さく溜息。


「……どうしたの?」


 異変に逸早く気付いたエルが、不思議そうな顔でレオを見る。

 他の仲間達も、エルに続いて食事の手を止め始めた。


「うーん……。どうしたという程でもないのだけど、……ちょっと行って来るね?」

「え!?レオ!?」


 「後片づけよろしく」と笑顔で言い残し、姿を消すレオ。

 その場は一時困惑に包まれたが、まぁこんな事には慣れっこである。

 未だ戸惑いを残すポアを除き、皆それぞれ食事を再開し始めた。

 

「また一人で行っちゃうんだから!もう!」


 エルは頬を膨らませながら、ヤケ食いの様に肉団子を頬張る。

 その後、僅か10分程でレオは戻ってきたものの、暫くエルの機嫌は直らなかったらしい。


 因みに、スファニドで入れ違いとなっていたアリエルだが。

 彼らが何度も道に迷ったりしている内に、とっくに追い抜き、またもや擦れ違いが生じていたのだが、その事実にアリエルは未だ気付いていない。



 ――兎にも角にも。

 竜車に揺られてのレオの旅は始まった。

 全ての事象には意味があり、故に、人の起こす全ての行動には意味がある。

 そして、それら全ては何れ集結を成し、一つの結末へと繋がっていく。

 全ては有意味。全ては伏線。

 全ては、まだ見ぬ遠い結末に辿り着く為の、長い長い旅路である。




*******


「――なぁんてね。あはは!」


 暗く黒い闇の中、姿だけを浮かび上がらせながら、男は笑った。

 闇と同じ黒髪に、翡翠の瞳が何とも映えて美しい。


「ふふふ。中々に様になっていたわよ?天の声ごっこ」


 笑う男を見つめながら微笑むは、闇の中でも美しく輝く白金色の髪に、透き通るような青い瞳をした女。

 その姿は息を呑むほどに美しく、誰が見ても思わず見惚れてしまう程である。


「あら、そう?……ふふ、ありがとう」


 女はどこを向くでもなく礼を述べる。

 それから紅茶を一口啜ると、「女神様って呼びなさい?」と微笑んだ。

 女――いや、女神様は、その後満足気に頷くと、クッキーを齧った。


「そう。それでいいのよ」

「何だい?天の声と話でもしていたのかい?」

「ふふ。まさか。アレと会話なんて不可能よ。……まぁそれでも、案外話せば分かる子だったりするけれど」

「それって、話が通じてるって事じゃないのかい?」

「さぁ、どうかしら?何か、時々意思のようなものを感じる事もあるけれど、……よく分からないわね。謎が多いわ」

「ああ……。そうやって悩んだ顔の君も、儚げでとても美しいね」

「あら、ありがとう。神様」

「どういたしまして。女神様」


 ふふふ、と笑いながら見つめ合う2人。


「それにしても、少々君が羨ましいね。境界に来れば、僕でも多少は聞こえるようになるとはいえ、それでも全ては聞こえないからね」

「別に聞こえたところで良い事がある訳じゃないわよ?いちいち実況中継されてるみたいで、時々鬱陶しいもの」

「……何だか僕、天の声にジェラシーを感じてしまうよ」


 神様は複雑そうな顔で天を見上げると、「殺していい?」と微笑んだ。


「ふふ。それは空気に対して言っている様なものよ、神様」

「そうだろうね。それでも僕は、嫉妬を感じざるを得ないとも。君の肌に触れる服さえも、僕は憎らしくて仕方がない」

「あら。この服、似合わなかったかしら?」

「とてもよく似合ってるよ、女神様。君の美しさの前では、如何なる物も霞んでしまうとはいえ、君が身に着けるとなれば話は別だ。唯の服であっても、君が身に付ける事で伝説級の最高位の美しき品へと姿を変え、漸く完成するんだ。服が君の美しさを際立たせているのではなく、君が服の美しさを引き立たせている。君が着た事で、この世で最高に美しき衣となり、その衣に身を包む君は一層美しい。つまりは、君主導による相乗効果というやつで――」

「ふふ、気持ち悪いわ?」

「おや。それはすまなかったね」

「分かればいいのよ」

「ああ、君のそういう単純なところ、本当に愛おしいよ」

「あら、ありがとう」


 ふふふ、と笑い合う2人。


「さて、そろそろ僕は帰るとしよう」

「あら、もう?」


 席を立つ神様に、女神様はカップをソーサーに置きながら小首を傾げた。

 神様は申し訳なさそうに眉尻を垂らすと、「また、直ぐに来るよ」と微笑む。


「地球の方も、何だか大変そうね?」

「そうでもないよ。……まぁ、少し、キナ臭くはなってきたけれど」


 肩を竦めて、苦笑い。

」 

「ふふ、頑張って?」

「ありがとう、女神様。手伝おうとは一切せずに、唯黙って背中を押して見守っていてくれる君の優しさが、僕は愛おしくて仕方がないよ」

「あら、そんなつもりは全く無かったのだけれど。ありがとう?」

「どういたしまして」


 神様は数歩歩を進めると、「心配してくれてありがとう」と振り返り、愛おしそうに微笑む。

 女神様から、「どういたしまして?」という疑問形の言葉が返って来たが、神様は全く気にしない。


「それじゃあ。また明日」

「ええ。また数年後」


 手を軽く振り合って、ちぐはぐな時間を言い合いながら微笑む2人。

 境界は時の流れが世界とは異なる。

 故の、この言葉かけである。

 闇へと溶けて消えていく神様の姿を見届け終えると、女神様は退屈そうに紅茶を啜った。


「次は、いつかしらね。……ふふふ?そして次は、何が起こっているのやら。未来は誰にも、分からないわね」


 紅茶のお代わりを淹れながら、女神様は瞳を細める。

 それから、はっとしたように手を止めて、宙を見つめた。


「ひょっとすると、あなたは知っていたりするのかしら?」


 そう呟いて、緩く首を振る。


「なんて、答えてはくれないものね。……まぁ、いいわ。分からないからこそ、全ては愛おしく、そして面白い」


 紅茶をもう一口啜ると、神様の座っていた方へと視線を向ける。

 そこにはもう、先程あった筈の椅子も、カップも消えていた。

 まるで、最初から置かれていなかったかのように。

 女神はカップとソーサーを持ったまま、静かに天を仰ぎ見て、唯、意味深に微笑んだ。


久しぶりの女神様・神様コンビでした。

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