小話 『プレゼント。』
前半は、リヒト視点です。
レオと別れる際に贈った、プレゼント選びのお話。
――レオ君との出会いは、スファニド支部のギルド前。
柄の悪いモヒカン冒険者に絡まれていたのを偶然見つけ、助けた事が始まりだった。
最初は女の子かと思ったけれど、服装から男の子だと察した。
実際は、女の子の様な見た目をした男の子の恰好をする女の子だった。
……うん。つまりは女の子です。
「貯金、あといくらだ?」
護衛依頼の引継ぎを完了して、ギルドでレオ君と別れた後。
現実逃避の如く、レオ君と出会った時のことを思い出しながら街をぶらつき、ふと財布の中身を確認。
思わず溜息を吐いていると、隣でビビが怪訝そうに顔を覗き込んできた。
俺は困った様に笑うと、申し訳なさそうに答える。
「うーん……。ギルドに預けていた金も、全部無くなっちゃったからなぁ。残りは、財布に入った分だけだね……」
「で、いくらだ?」
「……大銀貨4枚ってところかな?」
「ふむ。旅の支度を大方終えた後で良かったな。とりあえず、今日の宿代で大銀貨一枚が消えるから、実質3枚か。明日はもう少し安い所に宿を変えて……」
顎に手を置き、ぶつぶつと呟き始めるビビ。
俺は目を瞬かせると、「怒ってないの?」と首を傾げた。
「は?お前がお人好しの馬鹿だという事は、今に始まったことじゃないだろうが。依頼料を肩代わりしたかと思えば、大幅に上乗せ。にも拘らず、どうせ金が無くなった事を悟らせたくないからと、レオがこの街を去る明日までは、宿を変える気も無いんだろう?……全く、お人好しの癖に見栄っ張りとか、ほとほと呆れるな」
「本当よね~。子どもの前で格好つけたいって気持ちは分からなくもないけど~、限度はあるわよねぇ。ふふふ?」
「いいえ。女性の前だからという理由もありますよ。正確には幼女ですが。……というか、いつから貴方はロリコンに目覚めたのですか?」
「……散々な言われようだけど、今は何も言い返さないでおくよ」
肩を落とし、乾いた笑いを零す。
見栄を張って、必要以上に散財したのは事実だからね……。
「まぁでも、そこがリーダーのいいとこでもあるからな。金ならまた稼げばいいさ」
「ガルド……」
気落ちする俺の肩を叩き、親指を立てるガルド。
ああ、優しい言葉が心に染みる……。
「ありが――」
「でもリーダー。不満が全くないかと言えばそうではないから、調子には乗るなよ」
「……はい」
上げて落とすパターンでした。
「――にしても、どうしてあのレオとかいう子供に、ああも肩入れするのかは少々疑問ですね。お人好しはいつもの事ですが、今回ばかりは異様です。勇者の庇護に、惜しみない情報提供。……今日の喰種の一件だって、レオ君の仲間だからと庇ったのでしょう?やはりロリコンに……」
「違うからね!?」
突然真顔になって何を推理し始めるかと思えば……。
――違う。俺はロリコンとかでは決してない。
そこは全否定させてもらおうか。
俺の応答に、ニックは変わらずの思案顔で、「ふむ……」と声を漏らした。
「それなら、妹さんとでも重なって――」
「ニック!!」
「……」
ローニャが叫び、ニックははたと口に手を当てる。
……そこまで気を遣ってくれなくてもいんだけど。
俺は無言で、困った様に微笑んだ。
「……すいません。今のは、……失言でした」
目を伏せるニック。
仲間達の労わる様な視線が何だか居心地悪くて、俺は笑みを浮かべたまま「気にしないで?」とだけ返した。
夕暮れ時になり、薄暗くなった街中に明かりが灯り出す。
酒場が一軒、また一軒と開店を告げ始め、昼間とはまた違う賑やかさに、自然と心が躍る。
この雰囲気を楽しめるのは、大人の特権というものだろう。
……まぁ、今日は飲みには行けないけれど。
「――それで、さっきから何を探しているんです?」
「う……」
やっぱり気になりますよねー……。
目的も聞かずに買い物に付いて来てくれたのは嬉しかったけど、だからと言ってそれに甘えてちゃダメだよな。
……またヘイトが集まりそうだから、言いたくなかったけど。
「その……、レオ君達に何か、……贈りたくてね」
「「「「……」」」」
視線を彷徨わせながら、小声で言う。
みんなの反応がなくて、それが逆に恐ろしい。
「はぁー……」
「ご、ごめんね。あんまり金も無いのに……」
漸く反応を見せたニックを見遣り、謝罪。
それからローニャ、ガルド、ビビを順に見ていって、各々呆れ顔を浮かべる彼らに勢いよく頭を下げながら、もう一度謝罪をした。
「本当ごめん!……でもさ、大賢者様に会えたのもレオ君のお陰だった訳だし、ポアの護衛依頼の件だって、レオ君達が引き受けてくれなかったらどうなっていたか……。だから、その、……何か、お礼にと思って」
怒ってるかなー。……怒ってるよねー。
頭を僅かに上げ、恐る恐る彼らを見る。
すると――。
「もう!どうしてそれを早く言わないのよ!」
「そうだぜ、リーダー!!」
「……へ?」
予想外の言葉に、反射的に顔を上げた。
「全く、貴方だけにいい格好はさせませんよ。それは私達のお金でもあるんですからね?それで勝手にプレゼントを買った挙句、自分だけの手柄にするつもりですか」
「下種だな。流石は糞勇者」
「な、違……」
ちゃんと、みんなからって事にするつもりだったよ!?
俺は慌てて手を振って否定の言葉を口にしようとするが、何を買うかで盛り上がり始めるみんなの耳には、もう届いてはくれないらしい。
完全に出遅れてしまい、ポツンと立ち竦むだけの俺は、頭をポリポリ掻きながら聞き耳を立てた。
「やっぱ買うなら、魔道具じゃないかしら?折角の魔導都市だもの~」
「尚且つ、旅にも役立つ物だな!うむ!」
「“コンロ”なんてどうだ?調理が楽だぞ」
「それは今の予算では高すぎます。懐中灯ぐらいがいいのでは?」
「あら~。夜でも本が読めるって、レオ君が喜びそうねぇ」
「ふふ。そうでしょう?」
「馬鹿が。子どもに夜更かしを推奨してどうする。旅なんて焚火で十分だ。それに、夜中に外で火以外の明かりを使っては、魔物が寄って来やすくなるだろうが」
「だったら、“コンパス”はどうだ?」
「それは流石に、準備しているのでは?」
あーでもない、こーでもないと言い合う仲間達。
俺はそんな輪を見つめながら、ボソリと呟く。
「……ありがとう、みんな」
俺のその言葉が聞こえていたのかは分からないが、一瞬だけ話し声が止む。
けれど、直ぐにまたプレゼント談義を進める仲間達。
そんな彼らの表情は、笑顔だった。
翌日、みんなが考えてくれたプレゼントをレオ君に渡した。
「……ありがとう。大切にするよ」
受け取ったプレゼントを、少し戸惑ったように見つめるレオ君。
普段何を考えてるのかよく分からないレオ君なだけに、その様子は何だか新鮮で、とても面白かった。
けれど同時に、喜んでくれてるのかと不安が過ぎる。
徐々に困惑が増していく表情で、終いには溜息を吐くんだから、焦ってしまうのも無理はないよね。
もしかして、プレゼントとか好きじゃなかったかな?
ドキドキしながら、レオ君の次の言葉を待った。
「――すまない。私からは、その……、何もないのだけど……。プレゼントとか……」
……。
思わず、目を瞬く。
それから、申し訳なさそうに視線を落とすレオ君を見て、笑いが零れてしまった。
後ろからも、仲間達の安堵に包まれた笑いが聞こえた。
「気にしないでよ、レオ君。これは俺達からの気持ちで、見返りが欲しくて贈ったものじゃないんだから」
変なところで気を遣って、大人びたレオ君が何だか可笑しくて、頭をくしゃくしゃと撫でた。
髪はさらさらで、柔らかな触り心地。
ずっと撫でていたくなるような――とか考えてたら、手を勢いよく払われてしまった。
仲良くなれた気でいた分、ちょっと傷付いた。
対してレオ君は、可愛らしい笑顔を浮かべて俺を見つめると、喜々として口を開く。
そこで耳を疑う衝撃の事実……。
「カーティス公爵家に行く際は、私の名を出すといい」
「え……?」
本当、何者だろうか。レオ君って……。
*******
リヒト達の姿が完全に見えなくなったのを確認し、竜車を覆う幕を閉じる。
「それ、何貰ったんだ?」
奥に腰かけていたクロが、スーちゃんに預けていた小箱を興味深そうに指差した。
エルも気になるのか、御者台からこちらを様子見る。
……危ないから、前見て操縦しなさい。
私は溜息と共に隅の方で腰かけると、スーちゃんから小箱を受け取って、適当にリボンを解いた。
そして――。
「……石?」
思わず小首を傾げる。
中に入っていた物は、綺麗な水色をした、私の握り拳大くらいの楕円形の石。
ツルツルとした滑らかな肌触りと、ヒヤリとした冷たさが心地いい。
「ただの石なのか?」
「んー、ちょっと待ってね」
小箱の中には手紙も同封されていて、説明を求めてそれを開く。
「――ふむふむ」
「何だった、お嬢?」
興味深々に、私へと距離を詰めてくるクロ。
あまり急かすな。
「……なるほどね?どうやらこれは、“ヒールストーン”というらしい。癒しの魔力を込めた石なんだってさ」
「怪我をしても、それに触れば治るって事か?」
「ふふ、まさか。回復を早めてくれるだけだよ」
「それなら、回復魔法でいいんじゃないか?」
小首を傾げるクロ。
少しは頭を使って欲しいものだ。
「魔法で怪我を治癒すると言っても、限度があるだろう?もちろん使い手にも寄るけれど、大抵のヒーラーには、重症の怪我は治しきれない。精々、止血とかの応急処置ぐらいまでが限界じゃないかな?その後にも、ヒールをかけ続ける事で治癒を早める事は出来るけど、ヒーラーの魔力にも限りがある。そこで、この石の出番だ。回復魔法には劣るとはいえ、無いよりかはマシだろう?」
「なるほど」
「それに、魔力や体力の回復も僅かながら早めてくれるらしいし、身に着けておいて損はないだろうね」
とはいっても、あくまでも回復を少しだけ補助する程度のものだから、あまり期待し過ぎず、お守り程度に思っておくぐらいが丁度いいのかもしれないが。
ま、どちらにしろ、私には必要のないものだね。
エル達になんかあった時に使ってみようか。
試しに誰か、怪我とかしてくれないかなー。
「……ん?」
とりあえず仕舞い直しておこうと、小箱へと再び視線を向けると、底の方に小さな紙袋が入っていた事に気付く。
何だろうかと目を瞬いて、それを取り出した。
「どうしたんだ、お嬢?」
「……」
覗き込むクロを無視して、紙袋の中身を手に取り見つめる。
「ピン、だね……」
エメラルド色の小さな石が可愛らしく散りばめられ、先端にはこれまた小さな薄ピンクの花が一輪飾られた、細いヘアピン。
怪訝そうに小首を傾げながら、手紙の続きへと視線を落とした。
手紙の最後の最後で、『――ヘアピンは、みんなに内緒で俺が買いました。俺からレオ君へのプレゼントです。女の子の恰好をしろとは言わないけど、これぐらいは持っててもいいんじゃないかな?って思って。……あ、でも、迷惑だったら捨ててくれていいからね?』との文が。
「ふふ」
思わず、笑いが零れた。
私の瞳の色でも意識して選んだのだろうか。
リヒトがこれを選んでいる姿を想像して、またもや笑いが。
「お嬢?」
「……いや?何でもないよ」
石を小箱に収めながら、緩く首を振る。
それからそっと、ピンを髪へと挿し入れた。
まぁ、時折髪が目にかかって鬱陶しかったところだし、丁度いいかな?
「それにしても……、リヒトってばロリコンかな?」
スーちゃんを撫でながら、私は一人呟いて。
暫くの間、くすくすと笑い続けていた。
次回、第三章開幕です。
今まで切らずにお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
今後も暇つぶし程度に、気楽・気長に読んでいってもらえたらと思います。
第三章も楽しんで頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。
……因みに、プレゼン代は大銀貨2枚と銀貨1枚。
金欠にも拘らず、頑張ったリヒト一行です。




