表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
93/217

小話 『プリン。』

 ――今日もいい天気だにゃあ。


 ここは、カーティス領内にある第二私兵団駐屯所、その本拠地。

 大きな砦のてっぺんで、リリスはのんきに胡坐を掻きながら空を見上げていた。

 それから大きな欠伸を――。


「はにゃ!?ソフトクリームだにゃ!!」


 急遽、動作を変更。

 欠伸で開きかけた口から、驚きに染まった声が飛び出す。

 少し前のめりになりながら、夏の空に浮かぶ大きな入道雲を見る。


「美味しそうだにゃ~♪」


 楽しそうに耳と尻尾をふりふりと揺らしながら、「ふふん♪」笑う。


「お魚さんもいいけど、夏はやっぱり冷たいものよねー。お邸に行ったら、またアーちゃんにお願いしてみようかにゃ♪」


 随分前に、カーティス邸で食べたソフトクリームの味を思い出しながら、リリスの上半身が左右に揺れた。


「ノラちゃんと一緒に食べたにゃあ♪ノラちゃんがイチゴのでー、リリスのはオレンジ!食べあいっこしてー、どっちも美味しかったにゃっ♪」


 唇をペロリと舐めながら、入道雲を見つめ続けるリリス。

 けれど少しして、嬉しそうに揺れていた尻尾は動きを止めると、寂し気に垂れ下がっていった。


「……また、一緒に食べたいにゃあ」


 ポソリと、小さな声で呟いた。

 領内警備という任務上、邸で行われるエレオノーラの誕生日会には出られないが、それでも毎年、日を改めて必ず祝いに行っていた。

 贈り物は、拾った綺麗な石ころや鳥の羽なんかの、所謂ガラクタ。

 リリスのその日の気分で、いいなと思った物が贈られる。

 明らかに、公爵家の御令嬢には不釣り合いな品々。

 捨てられてしまっても文句は言えまい。

 けれどエレオノーラは、心底嬉しそうに瞳を輝かせ、「ありがとう!」と受け取るのだ。

 もっと綺麗で可愛い物なんて、たくさん持っているだろうに。

 それからエレオノーラはリリスの手を握って、砦に戻る時間になるまで一緒に遊ぶ。

 去年は、訓練中の第一私兵団に(リリスが)イタズラをして、みんなで追いかけっこをした。

 大笑いをしながら自身にしがみつくエレオノーラを片手で支え、リリスも大笑いをしながら走った。

 背後には、(リリスに)怒り狂う私兵団達。

 けれど最後には、みんな笑いながら肩で息をして、芝生の上に寝転んだ。

 少しして、侍女達が運んできてくれた冷たい飲み物やらスイーツで一休み。

 いつの間にやらセッティングされた大きなパーティーテーブルに、アイスティーやら茶菓子、軽食までもが置かれてゆく。

 これはもしやと思っていると、アルバートにクレア、ロベルトまでやってきて、賑やかなお茶会の開始である。



「あの時は、楽しかったにゃ~」

「――リリスッ!!!」

「はにゃ!?」


 物思いに耽っていると、突然大きな声が響いてリリスを現実へと引き戻した。

 声の方を見遣ると、そこには第二私兵団団長ランドルフの姿が。

 表情険しく、眼鏡を指で持ち上げながらリリスへと早歩きで近付いて来る。


「どうしたの?ランちゃん」


 小首を傾げるリリス。

 ランドルフの表情がますます険しいものへとなっていく。


「それを聞きますか、貴方。まさかとは思いますが、この事態に気付いていないなんて事、ないでしょうね?」

「にゃにゃ?」

「この!音が!聞こえていないなんて事、ないですよねぇ!?」

「音?」


 首を更に傾げながら、リリスは耳をピコピコ揺らした。

 聞こえて来るは、剣戟の音。魔物の声に、私兵団達の叫び声。

 そこで、漸く思い出す。


「……あ!忘れてた!」


 はたと目を瞬かせ、勢いよく立ち上がるリリス。

 それから尻尾を触りながら、「そういえば今、魔族との戦闘中だったにゃ♪」と、リリスは呑気に毛繕いを始めた。




 ――事の発端は、数分前。

 団員2人と階段遊びをしている時であった。


『ジャーンケーン、ポン♪……にゃは♪』


 自身の開かれた手の平を見つめ、リリスは嬉しそうに尻尾を揺らす。


『あー!!また負けちまったよぅ!このままじゃ今晩のデザート、副団長に取られちまう!!プリンだったのによぅ!!』

『流石っすわ!!副団長、マジ流石っすわ!!』


 悔しそうに頭を抱える、強面モヒカン団員達。

 リリスは今晩のデザートが二つになることを想像し、口元を押さえて「にゅふふ」と笑った。


『ラ・ン・ちゃ・ん・の・パ・ジャ・マ・は・ハ・ァ・ト・が・ら♪……んにゃ!?……おーい!ジャンケン見えないから、言葉で言ってねぇ!!』


 螺旋状に続く階段により、姿が隠れてしまったリリス。

 このままではゲームが出来ない為、出した手を口頭で言う様にと指示を出す。


『了解っす!!よぉし、次は負けねぇぞぉ!ジャーンケーン、パァァアアアッッ!!!』

『パー♪』

『チョキ!!……よっしゃぁあ!!――だ・ん・ちょ・う・の・し・ふ・く・ちょ・う・だ・さ・い』

『くっそぉぉ!!次こそはぁぁ!!』




「――待ってください」

「んにゃ?」


 回想中、ランドルフが待ったを掛けた。

 

「何ですか、その遊びは」

「階段遊び♪異世界人の遊びをちょっと変えてみた!段数が多いし、長い言葉の方が良いでしょ?」

「いやまぁ、それは分かりますが。……そのアレンジは誰が考えたんですか?って聞くのは、愚問ですかね」

「リリス♪」

「でしょうね」


 もう何もかもを諦めたかのような感情のない表情で、ランドルフは大きく頷いた。


「サボってた訳じゃないよ?砦のてっぺんの見張り台まで行くのって、階段長いから退屈でしょ?だから、どうせなら楽しく行こうかなって♪」

「そうですか。魔族の侵入に気付くのが遅れた理由がよく分かりました。……ったく、この人手不足の時に、余計な手間を……」


 見張り台が無人でなければ、こんな砦の近場まで侵入を許す筈がない。

 リリス含む見張り番だった3名には、後でみっちり仕置きが必要だと心に決めた。

 とりあえず、今晩のプリンは無しである。


「失敬だにゃあ。見張り台に居なくても、ちゃんと気配は察知してたよ?」

「……何故言わなかったのですか?」

「だってその方が面白いじゃん♪どうせ戦うんなら、近くまで来てもらおうと思って♪こっちから出迎えに行くのって、正直面倒臭いし♪」

「……」


 ランドルフは頭を押さえると、項垂れる。

 生活の場でもあるこの砦に何かあれば、洒落にならない。

 ……いや、それ以前の問題として、ここには邸と繋がる転移石が置かれている。

 万が一、魔族に砦内へと侵入されようものなら、カーティス邸にまで危険が及ぶ可能性が出てくる。

 そうならない為にも、敵に本拠地まで近付けさせることなどあってはならない。

 そんな、当たり前すぎる常識を脳裏に過ぎらせなければならない事に、ランドルフは無性に虚しくなった。


「……兎に角、責任は取りなさい。砦内にまで侵入を許すようなことがあれば――」

「にゃ?」

「――今後、リリスのデザートもおやつも、……魚も、1年間無しとします」

「んにゃあ!?」


 目を見開くリリス。

 それから、わたわたと動揺に手を振り出すと、弁解を始めた。


「そ、それは、それはあんまりだにゃ!?リリスもちゃんと考えて行動したにゃ!?戦闘に向かおうと階段を降りる部下達と別れて、リリスがわざわざここに来たのも、距離的にこっちからの方が近かったからだし!?」

「ならば何故、まだここにいるのでしょう?」

「外に出たらお日様が気持ちよくって、つい忘れちゃったのにゃ♪」

「……幼児ですか貴方は?」


 動揺から一変。

 にゃはは、と笑い出すリリスに、ランドルフは眉間を揉み込む。

 そして……、主戦力でもある2人がこうして呑気に話している間も、砦の周りでは部下達が死闘を繰り広げていたりする。


「さぁて!リリスの活躍、しっかり見ててよね!砦内になんて、リリスが許す訳ないでしょ♪いっぱいいっぱい殺してくるから、今日のプリンは3個にしてね♪」


 3個どころか、0ですが?

 士気に関わりそうなので、今は言わないが。


「じゃ、行って来るにゃ♪」

「――あ、ちょっと待ってください」

「にゃにゃ?」


 端へと移動し、下に飛び降りようとしていたリリスを、寸でのところで引き止める。

 今が緊急の事態だということは分かっているが、これだけはどうしても聞いておきたかった。

 ランドルフは躊躇いがちに僅かな間を空けた後、真剣な表情でリリスを見つめると、漸く口を開く。


「――“グー”だった場合の言葉は、何だったのですか?」

「“ランちゃんのグラタン美味しいな”だよ♪それ以外も美味しいけど♪」

「……そうですか」

「にゃは♪」


 今度こそ飛び降りるリリス。

 一瞬で消えたその背を見送りながら、ランドルフはホッとする。

 ――悪口でなくて良かった、と。

 けれど、同時に考える。

 砦の端へと移動しながら、顎に手を置き、眼下に広がる戦場を見下ろした。

 といっても、リリスの無双劇によって、既に掃討戦になってしまってはいるが。


「これなら、私の出番はないですね。一応、上からの襲撃にも備え――」


 と言い掛けて、上空に気配を察知。


「はぁ……。2人いたんですね。地上にいる方にばかり気を向けていましたよ。私もまだまだです」


 やれやれと首を振り、そちらを見遣る。

 そこにいたのは、浮遊魔法で宙に浮く人間……、否。魔族である。

 魔力量の弱い魔族であれば、人間側に気付かれる事無く、人間領への侵入を比較的容易に行える。

 その為、先走った下っ端クラスの魔族が、魔海近辺の国以外にも時折現れることがあるのだ。

 とはいえ、下っ端といっても魔族は魔族。

 最低でも、危険度A級の魔物と同じくらいの強さはある。

 それはつまり、A級冒険者が決死の覚悟で挑んで、漸く倒せるレベル。

 けれどまぁ――、


「……一応聞きますが、大人しく捕まる気はありますか?今なら情報提供と引き換えに、命ぐらいは見逃してあげますが」


 余裕な態度で髪をかき上げながら、ランドルフは瞳を細めて微笑んだ。

 深く被られたフードで、その魔族の顔は見えないものの、口元は何やらぶつぶつと動いている。

 こちらに向けられた手の平に、荒々しい魔力が集中しだすのを感じ、至極冷静に攻撃魔法だと理解した。

 溜息を吐くランドルフ。


「交渉、決裂ですね」


 眼鏡を指で押し上げて、剣を抜く。

 下の魔族の方は、リリスが何とかするでしょう。

 そんな呑気な事を考えながら、ランドルフは真顔になって魔族へと剣先を向けた。


「では、……死んでください」


 静かに、そして美しく。

 ランドルフの剣が、輝きと共に弧を描いた。




 

 倒れ伏す魔族の亡骸をじっと見つめ、顎に手を置きながら先程の思考の続きをする。

 そして、真顔で小さく呟いた。


「私服、そんなにダサいでしょうか」


 ……地味に傷付いていた、ランドルフ。

 下からは、敵を排除し終えたのであろう、楽し気な体育会系の歓声が、雄叫びの如く響き渡っていた。


「さて。そろそろプリンでも作りますか。3名分を除いて」


 押し上げた眼鏡を光らせると、ランドルフはため息混じりに歩き出す。

 今日も第二私兵団は元気です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ