どこの世界でも変わらない。
サブタイトル変えました。本文は変更ないです。
昼寝から目覚めると、母様が私を抱きしめながら隣で寝ていた。
お茶にしましょうと、母様が毎日手作りクッキーを焼いて持ってきた。
髪を整えましょうと、母様と侍女達が私の髪を切り揃えた。
私が、ドレスはもう着たくないんだと言ったら、兄様のお古の服を直ぐに持ってきて私に着せた。終いには、「今度、ちゃんとノーラに合ったものを作ってもらいましょうね」と母様は微笑んだ。
口調も態度も変わった私に、兄様は困惑していた。
けれど、兄様は何も言わなかった。
暇だろうからと、よく絵本を持ってきては私に読み聞かせた。
私の短くなった髪を見つめて、「僕とお揃いだね」と微笑んだ。
自分の昔の服を着る私を見て、「とっても似合ってるよ」と私を抱きしめた。
仕事へ行く前に、ベッドで眠る私の様子を、こっそりとドアの隙間から父様が覗いていたのを知っている。最初は不審者かと思ったけれど。
そして小声で、「行ってきます」と呟いていたのも知っている。
仕事を終えて帰宅すると、父様は直ぐに私に会いに来た。
そしてそのまま嬉しそうに私を抱きしめようとする寸前、父様はハッとした表情を浮かべ、眉尻と共に、広げていた両腕を下げる。
それから片手をそーっと伸ばし、恐る恐る私の頭へと持っていき、優しく撫でてきた。何故だかホッとした様子だった。
兄様の服を着た私を見て、少し驚いた表情を浮かべていたけれど、直ぐに微笑んで、「ノーラは何着ても似合うね」と、又もや頭を撫でてきた。
――ああ、茶番だ。
芽生えた感情でさえも全て。何もかも。
何て甘ったるい世界だろうか。
だから、3日経って街へ出た。
街へ出るとき、まだ病み上がりだからと周囲には止められたが、無言で門扉へと向かう私に、両親は困った様な笑みを浮かべて「行ってらっしゃい」と見送った。
門扉を出ると、急ぎ用意したのだろう、息を切らしながら苦しそうな笑みを浮かべる御者が、馬車と共に待機していた。
……別に歩きでもいいのだが。
そう思い、街へと続く道へと視線を向ける。
……結構な距離である。5才児の歩行距離としては。
まぁ、使えるものは使わせて貰おうか。
早く大人になりたいものだと、溜息を吐きつつ馬車へと乗り込んだ。
「ちょっっとお待ちください!!」
御者が扉を閉めようとした直後、門扉の向こうから、カーティス家の私兵であるオズワルドが走り寄ってきた。
どうやら護衛として私に同行する様だ。
まぁ、こればかりは仕方ないか。
一応は公爵家の娘であり、しかもまだ5才の幼女だ。
……はぁ。息が詰まる。
こうして、オズワルドが向かいの座席に座るのを見届けて、馬車は漸く街へと走り出したのだった。
――車窓から見える街の景色は、何とも賑わいを見せていた。
家族と、恋人と、友人と、人々は楽し気に歩を進め、買い物に食事にと幸せを謳歌する。
ああ、どこも同じだな。
あの甘ったるい邸を出て、外の空気を吸いたかったのだが、どうやらここにも落ち着ける場所がない様だ。
幸せという異物を、身体が、心が拒絶して、酷く気持ちが悪かった。
あのまま邸に居れば、どうにかなってしまいそうだったのだ。
……まぁ、もう狂ってはいるのだが。
気を抜けば、通行人の一人や二人、殺してしまえる程に。
死体を切り刻んで切り刻んで、一面血の海に染まる様を想像するだけで、気分が高まり頬は紅潮する。
ああ、血が見たい。
刃物を人に突き刺す感触とは、一体どんなものだろう。
表面の皮膚を突き破り、柔らかい贅肉、あるいは固い肉質の筋肉に到達し、骨やら内臓やらへと深々と差し込む。
刃物越しに手へと伝わる感触は、きっと快感だろう。
そんなグロを想像しながら、恍惚とした表情で口元をにやけさせる私。
うん、重症である。
理性で抑えることが出来ているのは、ただのエレオノーラとして過ごした5年間があったからだと断言できる。
それがなければ、今頃は破壊衝動のままに生きる快楽殺人鬼にでもなっていたのではないだろうか?
まぁ、5才で実行可能かどうかは知らんが。
「……お嬢様?」
物思いに耽っていると、オズワルドが声を掛けてきた。
何だよ、鬱陶しいなぁ。
「……」
横目で一瞥した後、シカトする。
オズワルドは苦笑すると、言葉を続けた。
「あの、どちらへ向かわれるのでしょうか?」
……はぁ。
そう言えば、御者には適当に街へ走れと伝えただけだったな。
そろそろ御者も、目的地が分からず困る頃合いか。
「……適当な場所に止めて。御者には、そこで待機して貰う様に伝えてくれ」
「場所はどこでもいいのですか?」
「構わない」
私の返答を聞き、オズワルドは後ろを向くと、御者台へと繋ぐ小窓から、御者に指示を出した。
少しして、馬車は近場の駐車場へと停まる。
「夕方になる前には戻る」
そう一言だけ御者へ告げ、私は一人歩き出した。
後ろからオズワルドが付いてくるが、空気と思うことにする。
「お嬢様、どちらへ?」
「……」
人混みを避けながら、唯々歩く。
人間が大きい。
気を付けなければ、蹴り倒されてしまう程に。
子供が見ている世界とは、こんなにも恐ろしいものなのか。
何て弱くて無力な存在だろうか。
そんな事を思っていた矢先、案の定、会話に夢中になり余所見をしていた通行人の脚が、私の真横から現れた。
「お嬢様!!」
「……!?」
でもまぁ、オズワルドが咄嗟に私の腕を引いた事で、蹴り倒されるという事態は回避された訳だが。
流石は護衛。いや、流石は大人、と言うべきか。
しかし、そうホッと安堵したのも束の間、オズワルドは通行人の男に鋭い眼光を向け、怒鳴りつけた。
「おい、貴様!どこを見て歩いている!!」
「ひぃ!?す、すいません」
上等な衣服を身に着けた幼児と、傍に控えている護衛。
……明らか貴族だよね。
男は顔を青くし、平謝り。
周囲も何事かと、こちらに目を向けてくる。
ああ、もう、面倒くさいなぁ。
私は知らん。
怒り冷め止まず、男になお怒声を浴びせるオズワルドを置いて、私はてくてくと歩き出す。
「……って、お嬢様!?」
――チッ、気付いたか。
「貴様!もし次この様なことがあったら唯では済まさんからな!」
オズワルドは私に走り寄りながら、男へと捨て台詞を吐く。
もう、本当、目立つからやめろよ。
馬鹿なのこいつ?貴族ですよアピールして何がしたいのこいつ?
「お嬢様!口を利かなくても構いません。ですがどうか、お願いですから私から離れないで下さい。人混みは危ないですから」
歩を進めながら、オズワルドは言う。
……何言ってんだこいつ?
私は溜息と共に立ち止まり、オズワルドに向き直った。
「……君は護衛だろう?私から離れないで下さい、とはどういう意味だ?まぁ、私は一人でもいいんだが、立場上そういう訳にもいかないだろう事は理解している。だから君が私に付いているのではないのか?離れるな、とは護衛が言うべき台詞ではない様に思うのだが」
特に感情を込めるでもなく、小首を傾げながら淡々と言う私に、オズワルドは目を見開かせた。
それから、直角に腰を折り、勢いよく頭を下げる。
「も、申し訳ありません!」
「いや、別に怒ってるとかではない。君が護衛し辛い状況を作った私にも非はある。でも、それでも私は君に配慮せず、私の思うままに行動するよ。だって、私が君に付いている訳ではないだろう?離れない様にするのは私ではなく、君の方なのだから。護衛だというのなら、私から離れるな。危ないというのなら、私から目を離すな。……どうか立場を弁えて欲しい。君の立場とは何なのかを」
「……っ!!」
……。
何だろう。
頭を下げてて顔は見えないが、何やら悪寒がする。
「……オズワルド?いい加減顔を上げたらどうだ?」
「……はっ!申し訳ありません!このオズワルド、立場を弁え、お嬢様から離れず、お嬢様から目を離さず、しっかり護衛させて頂く所存です!!」
「そ、そうか」
顔をバッと勢いよく上げ、目じりに涙を溜めて暑苦しい発言をかますオズワルド。
何かスイッチが入ってしまったらしい。
面倒臭そうなので、これまで通り空気と思って、あまり関わらない様にしよう。
そう我関せずといった様子で、再び私は歩き出した。
オズワルドの凝視が気にはなったけれど。
街をブラブラと無言で歩き、街の様子を観察する。
食べ物屋に雑貨屋、服屋など、前世にもある一般的な店の他に、武器屋に防具屋、魔法道具屋、回復薬なんかを取り扱うアイテムショップなど、この世界独自の店も数多く建ち並んでいる。
道行く人も様々で、一般市民の他に、武器や防具を身に着けた冒険者や、動物の耳や尻尾を生やした亜人、動物が二足歩行した様な見た目の獣人がいる。
なんともまぁ、奇妙な世界に来たものだ。
こんな感じのゲームが好きだったあいつなら、きっとこの現状に大興奮していた事だろう。
私としては、人間が動物の見た目に近かろうが、どうでもいいのだが。
そもそも人間も動物だろうに。下らない。
……ん?
「あれは何だ?」
ふと視界に映った、金属製の首輪を付ける亜人。
よく見ると、街の至る所に、同じ首輪を付けた亜人や獣人が歩いていた。
ファッション?
……いや、違うな。あれは多分、
「……ああ。今はまだ、お嬢様が気にされる事ではありません」
思わず口に出ていた疑問に、空気が、いや、オズワルドが応えた。
幼い子どもが知るにはまだ早いと思ったのか、疑問に対する回答は言わなかったが。
「いや、気遣いは要らないよ。奴隷だろう?」
「……!!ご存知でしたか。お嬢様の聡明さに、今日は驚かされてばかりです。察しの通り、あれは奴隷。あまり見て楽しいものではないでしょう」
「初めて奴隷というものを見たから、少し気になっただけだよ。特にこれといった感想も、興味もない」
「そ、そうですか」
私の淡々とした口振りに、オズワルドは苦笑した。
だって、人間なんて、自分と違ったものを中々受け入れられない愚者の集まりだろう?
前世では肌の色が違うだけで、迫害や奴隷にされていた人種もいる。
肌の色だけでそれなのだ。
動物に近い見た目をしていれば、なおの事。
私は僅かばかり口角を上げ、再び歩き出した。
――本当、人間って単純だ。
こればかりは、どこの世界でも変わらないらしい。