護衛依頼。
新キャラ登場。
「レオちゃん?どうしてここに……」
突然現れた私に、ガルドは驚きに顔を染めながら疑問を口にする。
私はその問いに対し、やれやれと首を振ると、呆れた様に答えた。
「“どうして”って、あのねぇ……。あれだけ騒いどいてよく言うよ。宿にまで聞こえていたよ?おかげでエルに呼び出されてしまった……」
はぁー、と溜息を零す。
宿は大通り沿いに面していないとはいえ、それでも十分近い。
何やら通りが騒がしいなと思いながら宿で本を読んでいたのだが、少しして買い物に出かけていたエルから影を通して呼び出された。
ガルドの後を、物凄い速さで駆けてゆくクロの姿が気になって、急ぎ追いかけたのだとか。
けれど、路地裏で再び発見した時、クロが迫りくる男の首を裂いた瞬間で、直ぐ近くにはガルドの姿もあったために、どうしようかと私を呼んだらしい。
……何度も思うんだけどさぁ。それで幼女に判断を仰ぐってどうなんだろうか。
「お、嬢……」
そうですが、何か?
目を見開いて、血に染まった口を震わせるクロへと視線を向ける。
とりあえず、何かするにもクロのもとに行かなければと思い、ゆっくりと歩き出した。
けれど、てくてくと何歩か歩いたところで、クロが我に返った様に叫んだ。
「こ、来ないでくれ……!!」
反射的に足が止まった私は、小首を傾げてクロを見つめる。
クロは、見開いた瞳から涙を溢れさせながら、祈る様に言葉を繰り返した。
「来ないでくれ、来ないでくれ、来ないでくれ、来ないでくれ。……俺を、見ないでくれ」
「……」
それから隠れるように蹲り、身体を小刻みに震わせるクロ。
私は――、
「あっははははははははは!!!」
思わず吹き出し、爆笑した。
お腹を抱え、大声で笑った。
ガルドは目を丸くさせ、「は?」と声を漏らしていたが。
私は一頻り笑い終えると、目尻に付いた涙を指で拭い、微笑みを浮かべながら再びクロへと歩を進める。
呆けた顔で私を視線で追うガルドの横を通り過ぎ、クロの傍へ辿り着く。
「――クロ」
名を呼ぶと、クロの背が怯えた様に跳ねた。
地に膝を付き、私はその背に手を添える。
「すまないね。そんなつもりはなかったのだけれど、どうやら私は、君を追い込んでしまっていたらしい」
ゆっくりと語りかけながら、背を擦る。
それから、「でもね――」と言って頭を掴んで強引にこちらを向かせると、笑みを歪ませこう言った。
「――私の前で、喰種如きが恥じらってんじゃねぇよ。化け物ぶってんじゃねぇよ。不幸ぶってんじゃねぇよ。……何様だい、君は。私を馬鹿にしているのか?」
「……っ!?」
涙で濡れた瞳を見開かせ、固まるクロ。
その表情を見て、私は優しく微笑み直すと、両手でクロの頬を包み込んで語り掛ける。
「元より、人は人を虐げ合って、殺し合う生き物だ。人を殺してはいけないと言うその内では、ああいう屑は死んでもいいだとか、あの種族なら殺してもいいだとか、見事なまでに線引きをしている。醜いだろう?滑稽だろう?そしてそんな人間を喰う君もまた、無様で醜い。……ああ。醜い、汚い、汚らわしい。みんなみんな醜くて、死ねばいいと私は思うよ。こんな醜く苦しいだけの世界で、何故みんなのうのうと生きていられるのか、私はその神経を疑うよ。本当に、不思議で仕方がない」
呆れた様に吐息を零しながら、クロの頬を濡らす赤い涙を手で拭う。
そしてクロの耳元に口を近付けると、「だから――」と囁き声で言葉を続けた。
「――どうか忘れないでくれ。そう思いながらも、そんな世界で生き続けざるを得ない私の苦悩を。不幸を。そしてどうか、自惚れないでくれ。この世界にどんな醜い化け物がいようとも、吸血鬼である私以上の化け物など存在しない。……そもそも、君如きを拒絶する程、私はまともな精神をしてはいないよ」
「お、嬢……」
クロの顔から手を離し、傍に倒れる死体を見遣る。
……ああ、滾るわぁ。
魔物じゃない、本物の人間の死体。
出来る事なら、その身体にナイフを何度も刺し入れて、肉を切り刻み、内臓を引き摺り出し、思う存分……ぐふふふふ。
――っと。
そうすると多分、暴走しちゃうと思うので、今回はこれぐらいで我慢しておこう。
「く、くふふふふ?」
「な……っ!?」
影から鋭利な蔦を一本生やし、死体の腕をスパンと両断。
ガルドから、驚きと恐怖とが入り混じった声が零れた。
「あははははっ♪く、ふふ!!……さぁクロ?これはただの、物言わぬ肉だ。それも、自分で狩ったもの。遠慮することなく、気後れすることなく、思う存分喰らうといい」
斬った腕を拾い上げ、笑顔でクロへと差し出す。
こうした方が食べやすいでしょ?
けれどクロは、目を瞬かせるだけで、一向にそれを受け取らない。
どうしたのだろうと思い、「ん?」と首を傾げる。
「どうしたんだい、クロ?食べな――」
とまで言いかけて、辺りが騒がしくなってきた事に気が付く。
やれやれ。やはり来たか。
私は溜息を一つ吐くと、ガルドの方を見遣りながら、時間切れだとばかりに首を緩く振った。
「どうやら、警備隊が来たらしい。まぁ、人の多い大通りで、有名人である君があれ程騒いでいたのだから、当然といえば当然なのだけれど……。もう少ししたら、エルがリヒト達を連れてここに来るだろうし、後は任せたよ?幼子の言葉より、勇者一行である君達の言葉の方が、警備隊も耳を貸すだろう。……なぁに、どう告げようと君達の自由だ。ある事無い事言うのも自由。どうなろうとも、任せた以上、私は君達を恨みはしない」
固まるガルドに、にっこりと笑みを浮かべる。
それからクロの方へと向き直ると、血で染まったその口元に顔を近付けた。
「お嬢!?」
驚きで顔を赤くするクロ。
私は、怪訝そうな顔で鼻先をひくつかせ、くんくん。
「……クロ。やっぱり君、酒臭い」
「え」
体調の悪い時に酒を飲めば、悪化するだけだろうに。
まぁ、この反応から、酒とは知らずに……ってところなんだろうけど、馬鹿だなぁ……。
血の臭いで分かり辛くはあるけれど、オーク(豚)とコボルト(犬)の嗅覚を併せ持つ私の鼻は、誤魔化せませんよ?
*******
自覚して急に酔いが回り出したのか、クロはとろーんとした顔で涙をボロボロと零し始めた。
泣き上戸かよ!と、私がツッコむ暇もなく、次の瞬間にはえぐえぐと泣き始めて埒が明かなかったので、首根っこを掴む。
クロと、斬り落とした腕とを引き摺りながら、その場を後にした。
勿論、適当な曲がり角を曲がって、ガルドの視界に映らなくなったら直ぐに宿まで転移したけれど。
はぁー、やれやれ。
どいつもこいつも世話が焼ける。
幼女使いが荒いんだから、もう。
「という訳で、早く喰え」
「ふぐ……っ」
宿に着いて早々、クロの口へと死体の腕を突っ込む。
人を喰うといっても、死体丸ごと食べきれる訳もなく、腕一本あれば量としては十分だろう。
「ったく、自分の手に余る問題なら、無理に抱えるなと言っただろうが。面倒事を更に大きくしてどうする。だから気を付けろとあれ程――はぁ……、もういい。思春期のガキには、まだまだ難しかったな」
死体の腕を強引に押し込みながら、諦めた様に溜息。
14歳っていったら、中学生の年齢だもんなぁ。
自分の力量も、引き際も、分かる筈がない。
私はクロの髪をくしゃりと撫でると、状況の整理が追い付かないでいるシロの傍に腰かけた。
「……ごめん、お嬢」
死体の腕を口から離し、ぽつりと零す。
「……いいさ。私も気が急いてしまって、悪かったよ。時間は掛かるだろうが、これから少しずつ学んでいけばいい。失敗して、傷付いて、迷惑かけて、かけられて、人生なんてその繰り返しなのだから」
「うん、……うん」
涙ぐんで頷くクロに、私は微笑む。
そんな私にシロが、「6才児が、それを言うのか……」と呟いていたが、もちろん笑顔でスルーした。
それから少しして、食べ終わった腕の残骸を闇の中へと消滅させ、血で汚れた床とクロとを能力で綺麗に清掃。
体調が落ち着いてきた事と、酒の所為もあってか、クロはその後直ぐに眠りに就いた。
「……ふぅん。やはり、リヒトはお人好しだねぇ?」
宿に帰って来たエルから、あの後どうなったのか報告を聞く。
曰く、無残に喰い散らかされた死体の前で、ガルドと警備隊が口論しているところに到着したリヒトは、ガルドの話も聞いた上で、この件は自分に預けて欲しいと言ったらしい。
死体の様子から、喰種の存在を隠し通すことは流石に無理だったが、先に殺しに掛かったのは男の方だったという事で、喰種の方に非はないと主張した。
けれど、だからといって喰種を野放しにする事は出来ない。
そこでリヒトの提案だ。
喰種が誰なのかは分からないが、一つ心当たりがある。だから、ここは自分に任せてくれないか――と。
……本当に、流石はお優しい勇者サマだ。
「とはいえ、あまり長居も出来ないね。もう数日いるつもりだったけれど、明日にでもここを発とうか」
「分かったわ」
「そうと決まれば、今日の内に準備を済まそう。エル、買い物に付き合ってくれるかい?」
「……!!もちろん!!」
嬉しそうに目を輝かせながら、頷くエル。
そんなに買い物が好きだったとは知らなかった。
「多分、暫くは起きないとは思うけど……。クロの事頼んだよ、シロ」
「ガウ」
頷くシロに留守番を任せ、部屋を出る。
リヒトに礼でも言っとかないとなーと思いながら宿の外へ出たところで、早速リヒト一行と遭遇した。
お早いお帰りで。
「やぁ。さっきは面倒事を押し付けてすまなかったね。エルから全部聞いたよ。ありがとう」
「レオ君……。えっと、その、クロードさんは……」
「今は部屋で寝ているよ。これで暫くは、人を食べなくても大丈夫だ。……ああ、警備隊に引き渡すつもりなら、好きにしていいよ?この件について、任されたのはリヒトだからね。私達を庇うも、裁くも、君の自由だ。これまで世話になったからね。リヒトにならば、私は全てを預けても惜しくはない。例えそれによって破滅しようとも、私は喜んで受け入れるよ」
私はくつくつと笑いを零しながら、部屋のキーをリヒトに差し出す。
その様子を見てリヒトは僅かに固まった後、眉間を押さえながら、「レオ君は狡いね……」と小さく呟いた。
「はぁ……。最初から、クロードさんを引き渡すつもりはないから安心してよ。……まぁ、とはいえ、正直迷っていたのも事実だけれど」
差し出されるルームキーを手で押し返し、首を振るリヒト。
「ふふ、それでも庇う方を選んだんだね?」
「仕方ないだろう?そんな言い方をされてしまっては、俺は君を裏切れないよ。例えその言葉が、嘘であったとしても」
「おや。何故そう思うのかな?」
「……君は、俺を信じてそれを言った訳ではないでしょう?……いや、何も信じていないから、そう言ったんだ。レオ君は、俺を試しているんだろう?」
「ふふ、あはははは!!……さぁて、どうだろうか」
私は声を上げて笑うと、小首を傾げて意味深に微笑んだ。
やっぱり、リヒトは面白い。
「またそうやって、はぐらかすんだね」
「ふふふ?……でもまぁ、これだけは覚えておいてくれ。私の思惑がどうであれ、さっき言った事に嘘偽りはない。リヒトがどんな行動を取ろうとも、私は一切恨むこと無くその全てを受け入れよう。……だって、人間なんて皆、そんなものだからね」
「……?」
最後の言葉は、独り言のように呟いた。
聞き取れなかったのだろう、リヒトは不思議そうに首を傾げていた。
「さて。私達はこれで失礼するよ。喰種の一件が街に広まるまでそう時間は掛からないだろうし、明日にはここを発とうと思うのでね。準備に走らなければならない」
「そうか……。でも、そうだね。その方がいいだろう。警備隊には適当に言い繕って、もう問題ない事を伝えておくよ」
「うん、ありがとう。色々世話になったね。明日、改めて挨拶に伺うよ」
笑みを湛え、「それじゃ」と言ってリヒトの横を通り過ぎる。
けれど、「……ちょっと待って」と言う制止の言葉で、私は再びリヒトへと向き直った。
「一つ、頼みたい事があるんだけど」
「へぇ。リヒトからだなんて、珍しいね。……いいよ?何かな」
少し言い淀む様に口を開き、リヒトは真面目な顔で私の前へと歩を進める。
「まず、確認なんだけど。……行き先は、決まってるのかな?」
「……?特にはないけど。でも、砂漠みたいな暑過ぎる場所や、雪国のような寒過ぎる場所は御免だね」
少しの時間だけなら別にいいけど、ずっと滞在しようとは思わない。
「そっか、良かった。……なら、レオ君の旅に、この子も一緒に連れて行ってもらえないかな?護衛依頼なんだけど……」
「……ん?」
リヒトがローニャの方へと振り返り、目で合図を送る。
ローニャは微笑み頷くと、自分の後ろに隠れていた幼い少女を、優しく前へと促した。
「その子は?」
ローニャの脚にしがみ付きながら、もじもじとこちらを見てくる少女。
薄茶色のモコモコとした髪に隠れて見え辛いが、その頭からは小くて丸っこい耳がちょこんと生えており、お尻からは無駄にふわふわとした尻尾が。
ポメラニアンっぽい、と言えば想像しやすいだろうか。
とりあえず、そんな感じの――犬の亜人だ。
「えーっと、さっき会ったばかりで、俺も名前ぐらいしか知らないんだけど……。この子の名前は“ポア”。見た通り、犬の亜人だね」
「ポ、ポアです……!」
ローニャの後ろに隠れながら、顔をひょこっと出し、名を名乗るポア。
けれど、それだけ言うと直ぐにまたローニャの後ろに隠れ、こちらをチラチラと見てくる。
普通ならここで、「キャー!!可愛い♡」とか思うところなんだろうが、……ごめん、鬱陶しいわ。
「うん。……それで、護衛依頼というのは、どういう意味だろうか?」
ポアを流し見た後、リヒトに話の続きを要求。
あまりに平然と返す私に、リヒトはやや苦笑いである。
「この子、バルダット帝国に行きたいらしいんだ。それで、目的地までの護衛をしてくれないかと俺達を頼って来てくれたんだけど……」
そこまで言って、リヒトはごにょごにょと言葉を濁す。
「なるほど。リヒト達はこれからルドア国に行く予定だものね」
「……そうなんだよね。それで、代わりの冒険者を探して紹介しようかと思って、とりあえずギルドまで付いて来てもらう事にしたんだけど……」
「ん?それなら、どうしてギルドじゃなくて宿にいるんだ?」
「先に、クロードさんの様子を確認しようかと思ってね」
「ああ、うん。納得」
喰種の一件を任された身としては、こっちの方が優先だわな。
でも、他の冒険者に頼むつもりだったのなら、私達でなくていいのでは……。
うんうんと頷いた後で、小首を傾げて悩みだす私を見て、リヒトは小さく笑った。
「最初は、ギルド側に相談して、信頼できる冒険者を何人か見繕ってもらおうかと思ってたんだけど、……正直、あまり当てがなくてね。護衛依頼って、目的地まで依頼人と冒険者だけの旅になるだろう?危なくなったら依頼人を放り出して逃げる冒険者や、依頼人が女性だったり、ヒト族ではない種族だったりした場合、その、……強姦やら奴隷商に売り渡す様な冒険者とかもいてね」
「ふふ。まぁ、そういう奴もいるだろうね?」
「……腹立たし事ではあるけれどね。ギルド側も、少しでもそういった被害を減らそうと努力はしてるんだけど、この子の場合、幼い女の子で亜人だし……、持参金も少ない。この額で請けてくれる冒険者を見つけるのはかなり厳しいかな……。いたとしても、それはそれで逆に怪しい」
「確かにね。少ない報酬で命懸けの護衛依頼を請けるぐらいなら、奴隷商に売ってしまった方が遥かに儲かる」
くすりと笑ってポアを見ると、怯えた様にローニャの後ろに隠れた。
……そんな怖がらんでも。
「でも、エルフ族や獣人、喰種に魔物のスライムまでいるレオ君のパーティーなら、態々そんな事はしないだろう?それに、その辺の冒険者なんかよりも、レオ君の方が信頼出来る」
「おや。随分と高い評価をしてくれているんだね。喰種がいるという事をお忘れかい?」
「……本当は、まだ完全には信用出来ていないんだけどね」
「ふふふ。正直だね。でも、それなら何故、私達を選んだ?先程の意趣返しに、私を試そうとでもしているのかな?」
その問いに、リヒトは一度口を閉ざすと、地に膝を付けて私を真正面から見つめた。
そして、言う。
「――信じたいから。だから俺は、君を信じるよ」
「……」
思わず目を見開いて、固まる。
リヒトの青い髪が、青い瞳が、やけに視界にこびり付いて、顔を逸らすことを許さなかった。
「……ふふ。さっき君は、私の事を“何も信じていない”と評したね。そんな私を、君は“信じたいから信じる”と言う。それはなんとも、……可笑しな話だ」
「請けてくれるかい?」
「はぁ……。どうやら私は、又しても君のことを見くびっていた様だね。……分かったよ」
参ったと言うかのように両手を挙げて、私はやれやれと首を振る。
その反応を見て、リヒトは嬉しそうに顔を綻ばせると、「それじゃあ……!!」と明るい声色で確認の意を取った。
私は、小さく笑んでリヒトを見つめ返すと、大きく頷く。
「――その依頼、責任もって引き受けよう」
ピロリロリン♪
――新たに犬耳幼女が仲間になった!
キチガイパーティーにようこそ!!




