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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
85/217

喰種事件。―1

本日2話目。

クロード回です。


 賑わい見せる大通り。

 耳に響くは、音音音。


(気持ち悪い……)


 楽しげな笑い声、話し声、衣擦れの音、靴音、馬や騎竜の蹄の音……。

 騒めきが、騒音が、ぼんやりとした音の塊となって脳を揺らす。

 終いには、それらをバックグラウンドに、耳鳴りが不協和音を奏でだす。


(そろそろ、マジでヤバいかも……。明日お嬢に、……)


 そこまで考えて、クロードは思考を停止する。

 そして、大きく溜息。


「はぁー……。でもなぁ……」


 自分からトーマスのもとに連れて行って欲しいと頼むのは、やはり憚られるものがあり。

 今までは、レオがクロードの体調を気にかけ、クロードが何も言わずとも、限界が近くなった頃にトーマスの所へ連れて行ってくれていたのだが……。


 『――限界だと思ったら言ってくれ。それまで私は、君の食事・・の件に関し、一切の関与を行わない』


 13日前、レオから言い渡された突然の放置宣告。

 冷たく突き放されたように感じたクロードは、酷く狼狽えながら「どうして」かと問うた。

 けれど返された言葉は、「そろそろ自分の体調管理ぐらい、自分で出来るようになりな?」とまぁ、至極尤もなもの。

 これにはクロードも口を噤み、唯々頷くより他は無い。


(俺、かっこわる……)


 今までレオに甘えすぎていたと、今更ながら自覚。猛省。

 いや、随分前から気付いてはいたのだが、敢えて甘えたままでいた。

 そうすれば、レオとずっと一緒にいられるような、そんな気がしていたのだ。

 しかし、現実はそれほど甘くはない訳で。

 トーマスの『強く生きなさい』という言葉。

 レオに言った、『これから格好良くなるんだよ!』という宣言。


(……今のままじゃ、駄目なんだよ。頼ってるだけの俺じゃ、いつか、……捨てられる)


 そう思って、しょんぼりと肩を落とす。

 けれど、直ぐに首を激しく振って、両頬をバシバシと叩いた。


(だから、強くなるんだろうが!格好良くなるんだろうが!)


 クロードは握り拳を作ると、鼻息荒く頷いた。

 ――捨てさせない。

 これもまた、トーマスに言われた言葉。


「……クロードさん?」

「ん?」


 不意に、背後から名を呼ばれた。

 耳鳴りが響く中、何だか聞き覚えのある声だなと後ろを振り返る。


「なんだ、リヒトか……」


 目を瞬かせ、そこにいた人物等を見つめた。

 ――勇者リヒト一行。

 スファニドにて、何故かレオが懇意にしている人物。


「昨日振りね、クロードちゃん~。今日は一人なのぉ?」

「ああ」


 おっとりとした口調で、ふわふわとしたハニーブロンドの髪を揺らしながら、こちらへと手を振るローニャ。

 その際に揺れる豊満な胸は、年頃の男であれば、いや、年頃の男でなくとも、目を逸らすことは敵わない……筈なのだが、クロードはどうやら例外らしい。

 巨乳美女の話し掛けにも頬1つ染めることなく、返事も最低限である。

 というより、長々と返事を返せるほどのコミュニケーション能力など、持っていない。


「お前、何だか顔色が悪くないか?」

「……別に」


 フードとサングラスでほとんど顔は見えない筈なのだが、何かを察したビビが、眉を顰めながら顔を覗き込んできた。

 咄嗟にビビの顔に手を当てて、押し返す。


「こら、ビビ!あんま顔を近付けるなよ。魅了に掛かったらどうする」


 リヒトは慌てた様にビビの肩を引いて、クロードから引き離した。

 仲間を想っての行動なのだろうが、ちょっとムッとする。

 前科があるのは事実なので、何も言わないが。


「ちょっとリヒト!!……ごめんなさいねぇ?リヒトも悪気はないのよ~」

「……まぁ、喰種相手では、そういう態度も仕方ないですがね」

「もう、ニックまで!!毒舌吐くのも、空気読んでからにしなさいよ!!」


 腰に手を当て、リヒトとニックを叱るローニャ。

 それからクロードの方に向きなおると、困った様に笑いながら「ごめんなさいね?」と再度謝罪した。


「別に、どうでもいい」

「え……?」


 クロードは、いつものキョトンとした顔で興味なさげに言葉を返すと、その場から去っていく。

 何とも白けた空気だけが後に残されたが、そんな事に気を使える程の社会性も、余裕も、今のクロードにはある筈がなかった。


「……なんか、レオ君といる時と雰囲気が違うな」


 クロードの後姿を見送りながら、リヒトが感想を零す。


「もう!リヒト達が失礼な事を言ったからでしょぉ?」

「あー、分かった分かった。ごめんって」


 顔を険しくさせるローニャに両手を挙げて、降参するリヒト。

 けれど、先程から呆けた様に額を押さえるビビの姿が目に映り、リヒトの顔に焦りの色が浮かび出す。


「ビビ?どうかしたか?……まさか、何かされた?」


 中腰になり、ビビの顔を覗き込む。

 魅了にかかったガルドの一件があるだけに、彼が心配をするのも無理はない。

 声を掛けられ、ビビは我に返ったように目を瞬かせると、リヒトに視線を合わせながら、小さく呟いた。


「手が、氷みたいだ……」

「……え?」





 人、人、人。

 人間の臭いに鼻をひくつかせながら、クロードは青白い顔で歩を進める。


(肉。肉が……)


 ふと、串肉の屋台が視界に映る。


「へい、らっしゃい!!」

「これで、食えるだけ頂戴……」

「……お、おう」


 ボソリと呟くように注文する不気味な客に、店主は笑みを引き攣らせた。

 けれど、渡された金は銀貨が二枚。


「お客さん。串肉一本、銅貨二枚なんですが……。これだと、100本分の――」

「知ってる。焼けたら俺に頂戴。足りなかったらまた払う」

「じゃ、じゃあ、食べた串の本数で、最後に会計しますね」


 さっそく串を焼き始める店主を見ながら、無言で頷く。

 それからは、出される串肉をまるで飲み込むかのように次々と平らげていって、数分もしない内に、周囲には人混みが出来ていた。


「スゲーぞ、あいつ……」

「あの細い身体の一体どこに……」


 肉厚の串肉を、ガツガツと頬張っては次の串へ。

 作り置きの物は既に平らげ、店主は汗を額から滴らせながら必死に串を焼き続けていた。

 その様はまるで、作り手と食い手による熱き戦い。


「うぐっ……!」


 急に、クロードが胸を叩いて苦しみ始めた。

 近くにいた野次馬の一人が、慌てた様にクロードへと走り寄り、咄嗟に持っていた飲み物を手渡す。

 反射的にそれを受け取り、飲み干すクロード。


「ぷはっ……!!」

「だ、大丈夫か?そろそろ食い過ぎじゃあ……」


 気遣う野次馬に、クロードは無言でグラスを返し、またガツガツと肉を食い始める。

 けれど店主の、「それで最後です……」という申し訳なさそうな言葉と共に、勝負の幕は下りた。

 周囲から惜しみない拍手と、歓声が沸き起こる。

 クロードは無言で不足分の料金を支払うと、野次馬達に関心を示す事無く立ち去っていった。

 その場に残るのはやはり、白けた空気だけである。


「……あ、これ、酒だったわ」


 呆けた面でクロードの後姿を眺めていた野次馬の一人が、我に返ったように呟く。

 その手にあるのは、今し方クロードが飲み干し、空になったジョッキグラスだった。





(ちょっと、食べ過ぎたかな……)


 次第に重くなる足取り。

 先程から冷や汗が止まらず、目が霞む。

 胃が何やら悲鳴を上げており、猛烈な吐き気が込み上げてきた。


(気持ち悪……。何だこれ。さっきよりもヤバイ……)


 壁際により、壁に手を付きながら路地裏へ。

 人間の臭いはするものの、大通りよりかはいく分マシである。


「う、おえぇぇ……」


 びちゃびちゃと音を立てながら、胃に詰めたものが吐き出されていく。

 荒い息を零しながら口元を拭い、壁を背にその場に座り込んだ。

 吐き出してややすっきりはしたものの、満腹感の消失に伴って、今度は人肉を喰えと本能が騒ぎだす。

 理性が飛ぶことはないものの、……いや、寧ろ理性が残ったままだからこそ、その衝動はより苦しい。


(寒い……。食べ物で誤魔化すのもそろそろ限界か)


 血の気が失せ、震える手先を見つめながら吐息を零した。

 レオを呼んで助けを乞おうと思い、握った拳を影へと振り落とす。


『――私は面倒事が嫌いだからね』


「……」

 

 昨日の言葉が、頭を過ぎった。

 勢いを失った拳は開かれて、地面を撫でる。

 ――お嬢に甘えてばかりはいられないし、自分で何とかしなければいけないのも分かってる。

 かといって、死体なんてそうそう落ちている訳もなく。

 ならば、一体どうすればいいのかと、クロードは途方に暮れた。

 レオに貰った黒い腕輪を顔に近付け、覗き込む。

 けれど、日の当たらない路地裏では、中の星は輝かず。

 それが何故だか、無性に悲しくて、虚しくて……。

 視界がぼんやりと滲んでいった。


「ぐすっ。……はは。だっせぇなぁ、俺……」


 鼻を啜り、涙が滲む。

 ああ、もう、本当に救いようがない。

 乾いた笑いを零しながらサングラスを外し、目元を拭う。


「お、いた」

「……?」


 不意に、またもや聞き慣れた声が耳に木霊した。

 声に反応し、そちらを見遣る。

 そこには、大通りから顔を出す、焦げ茶色の髪の強面男の姿が。


「ガルド……?」


 さっき別れた筈のリヒトの仲間が、何故ここに。

 クロードは怪訝そうに顔を顰めると、小首を傾げた。

 

「手が氷みたいだったってよ、ビビが。……まぁ、なんだ。ちょっと気になってな、……つけてきた」


 バツが悪そうに視線を泳がしながら、頭を掻く。

 魅了に掛かっている間に鍛えられた、クロード追跡能力ストーキングスキルは健在なようだ。


「何の為に?」

「いや、だから。ほら、具合でも悪いのかと思ってだな……」


 咳ばらいをしながら路地裏へと入り、クロードのもとへと近付くガルド。

 けれど、クロードの傍の地面が嘔吐物で汚れているのを見て、ギョッとしたように目を見開いた。


「おい、大丈夫かよ!?食い過ぎか!?いや、食い過ぎだろアレは!!」

「……いつからいたんだよ」


 ガルドはわたわたと慌てた様にしゃがみ込み、呆れたような瞳を向けるクロードの背を擦る。


「何か飲むか?水でも買ってこようか」

「……お前、俺が喰種って知ってるよな?……まさか、まだ魅了に?」


 ガルドの態度に少し戸惑いつつ、クロードは首を傾げながら疑念を口にした。


「かかってねぇから!!これはあれだ。道徳的精神に則っとった行動でだな……。死にそうな人間は放っておけないっていう、アレだよアレ」

「死にそうな人間、ねぇ……」


 人間なら、死にそうな人間を放っておけないものなのかと、クロードはぼんやりと思った。

 そして、ならば自分は、やはり喰種でしかないのだとも、ぼんやりと……。


(俺なら多分、そいつが早く死ぬ事を、……考えるんだろう)


 そして、喰うのだ。

 人肉を食べたばかりであれば違うかもしれないが、少なくとも今は、絶対にそう考えてしまう。

 これでは、人間から嫌われるのも当然かと、クロードは悲しそうに微笑んだ。


「……もういい。俺は死にそうでもないし、人間でもない。構わずもう行け」


 背を擦るガルドの腕を跳ね除け、力ない声量で拒絶の意を示す。

 けれど、一瞬触れたクロードの手の冷たさに、ガルドは眉を顰めるだけだった。


「マジで氷みてぇだな……。レオちゃんはどうしたよ。宿まで歩けるか?」

「チッ……。大丈夫だって言ってんだろうが。喰い殺されてぇのか」

「そんな気があんなら、俺が魅了に掛かってる間にいくらでも機会があった筈だ。……それに、お前なんかに殺されるほど、俺は弱くもねぇ。……ほら。野郎を負ぶるのは気が向かねぇが、今日だけは我慢してやるよ」

「……」


 背に担いでいた弓を前に移動させ、クロードに背中を向けて膝を付く。

 クロードは思わず目を瞬かせ、口をポカンと開けた。


「お前、……変わった奴だな」

「これでもガキは放っておけねぇ性分なんだよ」

「あっそ。でも、……大きなお世話だ」


 クロードはフードを深く被り直してふらふらと立ち上がると、裏道の奥へと入って行く。

 けれど数歩進んだところで立ち止まり、ガルドに背を向けたまま、「ありがとう」と小声で呟いた。


「……!!」


 サングラスを掛け直し、再び歩き出すクロードの背を見つめながら、ガルドは顔を赤くする。

 不覚にもときめいてしまったと、胸を押さえながら身悶えた。

 野郎なのに!野郎なのに!!

 そう言い聞かせながら地団駄を踏むガルドは、どんどんと先行くクロードの様子が気になって、再び後を追うのだった。





「おい、待てって!どこに行く気だよ!今にも倒れそうじゃねぇか」

「うるさい。ついて来んな」


 ふらつく足取りで、奥へ奥へと進んでいくクロード。

 ガルドは呆れた様に溜息を吐きながら、その傍に寄り添った。


(そういえば、こいつとあんま話した事なかったな……)


 フードで隠れた横顔を見つめながら、ふと思う。

 顔をあまり晒さないし、自分の仲間以外には最低限の言葉しか返さないから、無口なキャラだと思っていたが。


(唯、口下手なだけか?それにこの頑固さ。そして、この無鉄砲さ。……結構ガキだな、こいつ)


 ……いや。

 思えば、仲間に対しては無邪気な一面を見せていた様な気もする。

 魅了にかかっていた所為で、記憶が若干曖昧だが……。

 ……う。……やめておこう。これ以上は思い出したくない。

 ガルドは頭を押さえると、悲痛に顔を歪ませて項垂れた。


「はぁ……。マジでどこ向かってんだ?あんま奥に行くと危ないぞ。この辺は治安も悪い」

「ついてくんな」

「お前なぁ~」

「鬱陶しい。失せろ」

「んな!?……あー、もう!付き合ってられるか!!」


 流石にカチンときたガルド。

 体調の悪いガキ一人を放って去るのも、大人としてどうかと思い付いてきたが、こいつも一応は冒険者。

 危険に対してそれなりの対処能力はあるだろうし、例え死んでも自分の責任だ。

 それぐらいの覚悟、こいつにもあるだろうとガルドは頷き、不機嫌そうな顔で踵を返した。


(そうだよな、うん。こいつだって冒険者だ。自己判断、自己責任!俺は知らん!)


 自分に言い聞かせる様に、クロードに背を向け歩き出す。

 うんうん、これでいい。

 俺は十分に忠告したし、それでも聞かないあいつが悪い。


「……」


 歩いて、歩いて、歩いて。

 けれど――。


「――わっ!?」

「!?」


 後ろからクロードの声が聞こえ、急ぎ振り向く。

 そこには、尻餅を搗くクロードの姿と、クロードの財布らしき袋と腕輪を持って走り去ろうとする男の姿が。


「ひゃっはー!!やっと一人になったぜ、このガキャァ!!金と腕輪は貰ってくぜ、ひゃははははー!!!」

「チィッ!!――ブースト!!」


 舌打ちと共に、ガルドは全力で走り出す。

 俺も大概お人好しだなと、内心呆れながら。


「おい!!お前はそこで待ってろ!!俺が取り返してきてやる!!」

「……」


 クロードと擦れ違いざま、それだけを言い残し、ガルドは男を追って行った。

 残されたクロードの、冷たく、殺意に満ちた瞳には気付かずに。


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