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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
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お買い物。

 図書館の入り口付近であったとはいえ、これ以上この場で話し込むわけにはいかないと、カウンター内の奥の部屋へ通される。

 スタッフルームというやつだね。

 中にはファイリングされた書類が詰まった本棚が立ち並び、その一角で、数人の職員らしき人達が、菓子を摘まみながらお茶の時間を満喫していた。


「ドミニクさん、お疲れ様です」

「お客人ですか?お茶淹れましょうか」


 部屋に入って来た私達に気付き、椅子から立ちあがる職員達。

 ドミニクは足を止めることなく彼らを流し見て、行動を制止するかのように手の平を向けた。


「いや、構わない。すぐ終わるのでな。休憩中に失礼した」


 それだけ言うと、ドミニクは更に奥の部屋へ。


「ここだ。適当に腰かけろ」

「……ここは、君の部屋かい?」

「ああ」


 ドミニクの不愛想な返事を聞きながら、部屋を見回す。

 直ぐ目の前には、テーブルを挟んで対面式のソファが置かれ、そしてその奥には、本やら書類やらが綺麗に積まれた書斎机。

 壁一面に敷き詰められた本たちは、その全てがジャンル別に正しく収納されていた。

 そして部屋の隅には、魔石や魔道具なんかが雑多に置かれた長方形の机。恐らくここは、研究室も兼ねているのだろう。


「……は、初めまして。紹介が遅れてしまって、すいません。私は図書委員長のミーナといいます。それでこっちが――、」

「――どうも。副委員長のルッツです」


 私達が座った向かい側のソファに腰かけた、男女二人の生徒達。

 ドミニクの後ろにずっと付いていたのは知っていたが、その平凡過ぎる存在感故、唯のモブだと思っていた。

 でもそうか。この二人、図書委員だったのか。

 図書館の規模的に、職員も相当数雇用されている様子だったけど、生徒達もちゃんと関与してるんだな。


「ああ、失礼。こちらも名乗るのが遅れてしまったね。私はレオだ。よろしくね?」


 軽く微笑んで、小首を傾げる。

 それから目指ししながら、エル達の紹介も簡潔に行った。

 クロの名前も、今回はちゃんと「クロ……、クロ-ドだ」と正しく伝えた。

 ちょっと危なかったけど。

 隣で満足気に頷くクロの姿が横目にチラついた。


「単純な名前だな」

「覚えやすくて良いだろう?」

「ふん。どこまでが本名だか怪しいものだな」


 ドミニクは怪訝そうに言葉を発しながら、書斎机から取って来た一枚の書類とペンとを、私の目の前のテーブルに置く。


「これは?」

「そこにサインしろ。本来ならば外部の者は図書を借りられないんだが、それを特別に許可してやる。夜中に黙って持ち出されるより遥かにマシだからな」

「ふーん?……なるほど」


 書類に一通り目を通しながら、軽く頷く。


「でも、この学園の最大権力者であるワーズマンから許可は貰っている訳だし、私としては今まで通り夜中に利用させてもらいたいのだけど?」

「駄目だ。いくら老賢者様が許可を出していようとも、図書館を管理しているのはこの私。“公的に貸し出しを容認する代わりに、夜中の無断利用を止めさせる”――老賢者様にはその旨しかと伝え、既に承諾を得た。よって、お前の希望は却下だ」

「む、……はぁ。仕方ないね。別に迷惑を掛けたかった訳ではないし、面倒ではあるけれど、そちらのやり方に従うとしよう。但し――、」

「……?」


 私は溜息交じりに握ったペンをクルクルと回しながら、何だとでも言いたげに顔を顰めるドミニクに視線を送った。

 

「――1つ、条件がある」

「ほう?随分と上からだな」


 ドミニクは不機嫌そうに眉間の皺を濃くすると、三人掛けソファの真ん中に座るミーナの隣に腰かけて、その長い脚を組む。


「ふふ。勘違いをしないでくれ。そちらが許可をしようとしなかろうと、私にとっては大した意味を為さない。今まで通り夜中に本を持ち出すなんてこと、私には造作もないことだからね」


 そう言って、右手で握っていたペンを左手に転移して見せると、私は意味深に微笑んだ。

 驚きで目を見開くドミニクの顔が、実に愉快である。


「わぁ!!手品ですか!?小っちゃいのに凄いですぅ!!」

「……え、え!?て、手品、だったのか?」


 拍手を送るミーナと、何が起こったと言わんばかりに口調をどもらせるルッツ。


「……なるほどな。大賢者様方が一目置く訳だ。……いいだろう。言ってみろ」

「ふふ。ありがとう」


 もう一度右手にペンを転移し直しながら、瞳を細めるドミニクに笑みを向けた。

 今ので察してくれて何よりである。


「開館時間内に訪れること自体は、別に構わない。でも、人前で目立つことは極力避けたい。だからといって、毎日ここまで徒歩で通う――なんて面倒な事は、もーっと避けたい。……では、人目を避けつつ今まで通りの移動手段でここまで本を借りに来るには、一体どうすればいいだろうか」

「はぁ。……分かった。こちらとしても、お前が来る度に図書館が騒がしくなるのは避けたいからな。……止むを得ん。ここを使え」

「ふふ。理解が早くて助かるよ」


 言質を取った後、さらさらっとサインを書いて書類を手渡す。

 転移場所、確保。


「――部屋は貸す。だがその代わり、この部屋以外の場所からは行き来しないと約束しろ。先程通って来た事務所からもだ。行き成り現れて来られては、他の職員に迷惑だからな」

「分かった。約束しよう」

「それと、事務所を通る際は、職員の仕事の邪魔にならないよう、静かに素早く通過しろ。間違っても、事務所内をうろつくなんて事は絶対にするなよ」

「……君は、私を一体何だと思っているんだい?」


 言われなくても、そんな事するわけないだろうが。

 事務所内を漁っても、図書目録とか、貸し出し記録とかがあるぐらいでしょ?

 そんもんに興味はないし、職員と馴れ合う必要性も感じないから、やれと言われてもやらないよ。

 子供じゃないんだから、喜々として事務所探検を始める程、私は幼くないぞ。全くもう!


「子供だろう?」

「……」


 私を下から上まで視線で一巡した後、ドミニクは、何を言ってるんだとばかりに答えた。

 ……そうでした。




*******


 あれから直ぐに、特別に発行された貸し出しカードを手渡され、用事は終了。

 ミーナ達は私のお世話係に任命されたらしく、「分からない事があったら、何でも聞いて下さぁい」と分かり際に笑顔で手を振られた。

 借りる本を、貸し出しカードと一緒にカウンターに持ってくだけの簡単な手順で、何をお世話されろというのだろうか。


「――徒歩で帰ろうだなんて、珍しいわね。宿まで50分ぐらい歩くわよ?あのままドミニクさんの部屋で転移するのかと思ったわ」

「まぁ、それでも良かったんだけどね?偶には買い物しながら帰るのも悪くないかなって。なに、疲れたら行きの時みたく、馬車でも竜車でも捉まえて帰ればいいよ」


 因みに宿は、リヒト達と同じ宿のままである。

 昨日Dランクになったとはいえ、それまではFランクの新米冒険者だったエル達。

 そんなパーティーにとって、あの宿の宿泊料金は決して安くはない。

 「金の出処は?」と、宿内では当然噂になっていて、結構前から目立ち始めている。

 ――が、“勇者の取り巻き”“謎の美女集団”という評価から既に騒がれている今、何かもう、今更かな……ってさ、思う訳ですよ。

 しかも、「勇者に宿代出してもらってんじゃね?」から始まり、「ということは、……愛人!?」という認識まで広まりつつある。みんな、馬鹿なのかな?

 宿泊3日目でこれなのだ。直ぐに宿を変えれば良かったと後悔しかない。

 おかげで、「宿に愛人囲って何してんだろうなぁ?ゲヘヘ」「決定的瞬間を押さえて、リヒトの評判を地に落してやるぜ。グフフ」「愛人はエルかクロードか。……いや、両方か?」「リヒト様に愛人だなんて嘘よね!?」……などと、事の真偽を確かめるべく、夜には野次馬がこそこそと宿周辺に現れる様になり、鬱陶しい限り。みんな暇なのかな?

 それでも、宿まで入って来るといった暴挙に出ないのは、やはり勇者がいるから。

 宿を変えても野次馬からは逃れられないだろうし、それならばもう、リヒト達と同じ宿に居た方が寧ろ平和だろうという事で、何だかんだ一ヵ月程が経過して今に至る。


「買い物といっても、どうせ屋台でしょ?」

「……私って、そこまで食い意地が張ってるだろうか」


 純粋な瞳で小首を傾げるエルに、ちょっとショック。

 確かにめっちゃ食べてるけども!買い食いばっかしてるけども!


「違うの?」

「あのね。これでも、食べる量は人並みなんだよ?」

「それは嘘ね」

「……」


 嘘ではないんだけど、理解されないって悲しいなぁ……。ぐすん。

 胃袋は本当に人並みなんだぞ?

 身体の栄養素として回す分以外は、即座に魔力へと還元してるから胃に溜めていないだけだ。

 よって、太らない。

 ふふん。羨ましいだろう?

 因みに、吸血鬼の魔力保有量は無限です。チートだねぇ?


「――あ、そうだ。私達も数日の内にはここを発つつもりだから、この街でやり残してる事があったら、ちゃんと済ましておくんだよ?転移すればいつでも戻っては来れるけど、頻繁には行かないからね」


 話題を変えるかのように手を叩き、今後の予定を大まかに伝える。

 そろそろこの街にも飽きてきたしね。

 リヒト達もここ出ていくらしいし、この機に私達も拠点を移そう。

 次はどこに行こうかなー。


「そう、分かったわ。メルダさんにはお世話になったから、出ていく時に挨拶しなくちゃ。あとは……、うん。それぐらいね。やり残した事とか特にないし、私はいつでも大丈夫よ」

「俺も特にないぞ?」

「ガウ」

「ふふ。それを聞いて安心したよ。では――、残りの数日は、買い物するなり冒険者するなり、各々自由に過ごしてくれ。最後に思う存分、この大都市スファニドを楽しむといい」


 といっても、普段から結構自由ではあったけど。


「それって、単独行動もアリってこと?」

「もちろん。……あ、でも、シロは見た目的に駄目だね。中身人間とは言え、獅子が一匹だけで出歩いていては騒ぎになる」

「グル……」


 分かってるし、とでも言いたげな唸り声を漏らすシロ。

 とりあえず、苦笑交じりに「ごめんね」と頭を撫でてやった。


「エルとクロも、単独行動をする時は十分気を付けるんだよ?特に顔バレ。エルは、種族がバレたところで大した問題にはならないだろうけれど、クロは……分かってるね?」

「……」


 若干眉を顰めながら、クロは小さく頷いた。

 一応、自分の立場は理解している様だ。

 どうやらそこまでの馬鹿ではない様で、一安心である。


「まぁ、君の瞳を見て種族を推測する奴はいたとしても、証拠はないからね。顔がバレたところで、直ぐに喰種だと決めつけて騒ぐ連中はいないとは思うが……。そもそも、そうなる前に君自身が気を付けろ。別に喰種が悪いという訳ではないのだけれど、私は面倒事は嫌いだからね」

「……分かった」


 クロは、いつも通りの何を考えてるのか分からないキョトンとした顔で、再び小さく頷いた。

 本当に分かっているのか、やや不安だ。


「という訳だから、エルもクロも、単独行動する際は気を付けてね?幼い子供じゃないんだし、何か問題が発生した際は極力自分で対処するようにしてくれ。でも一応、影の中に蝙蝠は潜ませておくから、本当に困った時は私を呼んでくれ。自分だけでは処理しきれない問題を無理に抱えて、事態が悪化してしまいました――では遅いからね。とはいえ、ここは街中。突然影から子供が出て来ては、注目の的だ。その辺も十分考慮して、余裕があれば呼ぶ場所は選んでくれ」


 各々頷くエルとクロ。

 ……というか、毎回思うんだけどさ。

 幼女が保護者的立場っておかしくないか?いや、今更ではあるけれども。


「――さて、真面目な話はここまでだ。いつもは宿の周辺ばかりで、こんな場所まで足を運んだことは無かったからね。気になる店があったら言ってくれ。適当に見て回ろうよ。……あ、あの小物店なんてどうだろう。エルとクロに似合いそうだ」


 歩きながらキョロキョロと周囲を見回して、ふと目に留まった可愛らしい小物店を指差した。


「お嬢。俺、男」

「ふふ。男物もあると思うよ?」


 エルとクロの手を引いて、店の中へ。

 ぶらぶらと、小物やらアクセサリーやら服やら屋台やら屋台やら……を見て回り、結局私達は、馬車を最後まで使う事無く、日が暮れるまで買い物を楽しんでいた。



 ついでに、昨日の勝負事で負けた罰ゲームとして、クロには腕輪を献上。

 値段を見ずに選んだから、お会計時に金貨12枚と言われてちょっとびっくりした。

 でもまぁ、罰ゲームだしね。偶にはいっかな?

 何か黒かったし、普段から黒系統の服を着てるクロの好みにも合ってるかなって。

 実際、クロって黒がよく似合あうしね。というか、無難色である黒が似合わない人とか中々いないとは思うけど。

 ……え?クロ黒うるさいって?

 わざとだよ。


「因みにその腕輪、黒星石っていうんだって。光を当てると石の中で反射して、星が輝いてるみたいに見えるんだって。店で試したけど、結構綺麗だったよ?」

「へぇ」


 宿でプレゼントされた腕輪を付けると、クロは嬉しそうに腕を上げて、部屋を照らす魔道具に腕輪を翳す。

 かなり淡い光だから近くで覗き込まないとよく見えないけれど、腕輪の中で小さな光の点がキラキラ瞬いていて、黒星石という名前に思わず納得してしまった。


「こ、こく、こくせいせき……」

「ん?」


 先程から、隣で羨ましそうな目で見ていたエルが、口をパクパクさせながら石の名前を反芻する。

 

「そ、それって、めちゃくちゃ、高い石じゃ、なかったかしら?」

「んー。店員さんの『ありがとうございました!!』が、やけに感情籠ってたのは印象的だったなぁ」

「……」


 エルは何を思ったのか、静かに口を閉じて微笑みを浮かべると、窓の外を見つめながら「星がいっぱい、綺麗ね」と呟いた。

 スファニドの街は夜でも結構明るいから、そんなに星って見えない筈なんだけどなぁ。

 エルって、本当に視力が良いね!



次回はルドア国でのお話です。

久しぶりに彼等が登場。

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