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公爵家の男装令嬢は、  作者: とりふく朗
第二章 旅立ち編
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子供の正体。

「えーっと……、レオ君には聞きたいことが沢山あるけど、多分答えてはくれないんだろうし」

「ふふ?」

「……とりあえず今は、本題に入らせてもらうよ」


 リヒトは溜息交じりに頭を掻きながら、意味深に微笑む私を横目で一瞥。

 それから表情を引き締め直すと、大賢者達へと向き直った。

 

「――単刀直入に申し上げます。およそ5カ月程前から、ルドア国を初めとした世界各地にて出没している“仮面の子供”の正体について、大賢者様方はどうお考えでしょうか」

「それを聞いてぇ、君はどうしたいのぉ?」

「……討伐するべきか否かを、見極めたいと思っています。本当に危険な存在であるならば、まだ子供である内に手を打たなければ」

「カッカッカ!!随分と過激な勇者様だなぁおい」


 本当だよねー。


「今のところ、人間に被害は及んでいないのでしょう?それどころか、素材ごと魔物の死骸が放置されているものだから、冒険者なんかは喜んでいると聞きますよ?」

「無料で大量の魔物を討伐してくれるものだからぁ、国も助かってるみたいだし~。仮面の子供が危険か否か、議論はしていてもぉ、積極的に討伐しようって国はバルダット帝国ぐらいじゃないかなぁ?」

「それなのに、何故あなたは仮面の子供にこうも執着しているのかしら?」


 バルーナの問い掛けに、少しの間口を閉ざすリヒト。

 それから、何かを思い出すかのように遠い目をした後、再び大賢者達へと視線を向けた。


「……水上都市『スイレン』。そこに向かっていた道中で、俺達は、大量の魔物の死骸と出くわしました。血の海に浸る肉片と、裂傷もないのに体中から血を流す魔物の変死体。その光景は、……悪夢そのもの。あんな殺し方、まともな精神じゃ出来ない」


 そう言って、リヒトは顔を顰めると、瞳を閉じながら首を緩く振った。

 

「なるほどね?それであなたは、その子供を危険視するようになったと」

「……力は、持つ人によって悪にも善にも成り得ます。確かに、今はまだ人間に被害は及んでいません。ですが、……今はまだ、人間に手を出していないだけだとしたら?人間の代わりに、魔物の虐殺程度に留めているだけだとしたら?……仮面の子供は、あまりに危うい。あの魔物の大量虐殺に、恐らく深い意味は無いのでしょう。唯、何かを発散するかのような、唯、遊んでいただけのような……。そんな風に、俺は感じました」


 ふむ。中々鋭いな。

 でもさぁ、害虫駆除と同様、魔物はどれだけ殺してもオッケーな訳だし、別によくないか?

 冒険者達だって、技の試し打ちとか、素材集めとかで無駄に殺しまくったりとかするじゃん?

 角、爪、牙、骨、毛、皮、肉。

 魔物の種類毎に、色々剥ぎ取ってるよねぇ?グロいわぁ。

 リヒトだってそれぐらいやってるだろうに。

 というか、誤解の無い様に言っておくけれど、私だって何も無差別に殺してる訳じゃない。

 寄って来るんだから仕方ないじゃない?襲ってくるんだから仕方ないじゃない?

 正当防衛という奴ですよ。

 そもそも吸血鬼って、魔物に襲われやすい体質なんだよね。

 だってほら、原初の吸血鬼さん、魔王殺しちゃったりしたもんだからさ?

 だから必然的に、魔族側の生き物である魔物からも敵意を向けられてしまう訳ですよ。

 自分達の頂点に君臨する存在が殺された事を、魔物は本能で理解する。

 子分としては、親分の仇は討たねばなるまい。

 ……つまりは魔王を殺すと、もれなく魔物に襲われやすくなるという呪いがプレゼントされる。お得だね!

 しかもそれは、時代が変わっても、姿形が変わっても、その人物が死なない限り効果は続くという保証付き!アフターサービスが素晴らしいね。

 ……とはいえ、私は原初の吸血鬼ではないけれどね。でも、その能力も記憶も受け継いでいるから、原初の吸血鬼といっても間違いではない。

 魔物達が寄って来るのがいい証拠だろう。

 因みに、分体の吸血鬼も原初の吸血鬼の一部といえる訳だから、この呪いは引き継がれる。

 はぁー、やれやれ。吸血鬼も楽ではないね?

 魔物達も可哀想に。本能に突き動かされて集まって見れば、一網打尽されるのだから。まるでゴキブリほいほいではないか。……何かこの例え嫌だな。


「要は、狂人が強人であることが、テメーは許せねーと」

「……そう、ですね。例えそこに悪意がなかったとしても、狂人が振るう力は、どうやったって善には成り得ない。秩序のない力は、……唯の悪です」

「キシシー。ならぁ、答えは既に出ているじゃない。ワタシ達に意見を聞きに来るまでもなく、さっさと殺しにでも行ってきなよぉ」

「いえ。……まだ、決めかねているのです。だからこそ、ここに来ました。……今一度問います。大賢者様方は、仮面の子供の正体についてどうお考えですか?」


 その真剣な問いに、一斉に口を噤みだす大賢者達。

 そして各々、私の方をチラ見し出す。……こっち見んな。


「――答える前に、一ついいでしょうか。あなたは、私か老賢者様への謁見に酷くこだわっていましたよね。それは何故ですか?」

「仮面の子供の能力について、御二方であれば詳しい話を聞けるかと思い……」

「なるほど。……転移について、ですか」

「はい。空間魔法に属する転移魔法。大賢者様でさえ、スファニド内を転移するので限界だと聞きます。けれど仮面の子供は、転移距離の上限がない。……その様な事、本当に可能なのでしょうか」

「ふむ……」


 眉を顰め、顎に手を置き、思案顔で――私を見遣る。……だからこっち見んな。

 それから小さく吐息を零した後、シーファは真顔でこう答える。


「知りませんよ。私が知りたいぐらいです」


 それはもう潔く、堂々とした態度であった。

 リヒトはその答えに目を瞬かせ、「そ、そうですか」と苦笑い。


「――ですが、誤解しないで下さい。大賢者は、全てを知っている訳ではないのです。魔導の極致に至っているなどという評価は、周囲が勝手に言っているだけのこと。現存する全ての魔法は知っている。けれど、それ以上の事は何も知らない。だからこそ私達は、知らない事を探求し続ける。世界にはまだまだ、私の知らない事が溢れていて、ならば、私の知らない事を知っている人がいてもおかしくはない。仮面の子供の転移方法について私は知らないというだけで、それが不可能なことであるという答えには結びつかない。故に、私は“知らない”と答える」

「……ならば、仮説でも構いません。知らない事があるといっても、我々にとっては大賢者様方こそが最大の叡智。貴方方でも知らない事がある――その時点で、それは確かな脅威であり、異常なのです」

「そうですか。……分かりました。では、考えられる仮説を、いくつか提示致しましょう」


 そう言って額を抑えながら緩く首を振ると、仕方なしにといった表情をリヒトに向けた。


「仮説は主に二つです。まず第一に、転移魔法を用いて移動していた場合。私達には出来ないというだけで、有り得ない話ではありません。私達の転移可能距離は、およそスファニドの端から端まで。徒歩にして3時間、といったところでしょうか。まぁ厳密には、私と老賢者様はそれよりもう少しだけ転移距離を伸ばせますが、そこまでの大差ありません。……では、仮に私達が転移魔法のみで隣国の『サシャマ』まで移動する場合、およそ36回の転移により国境まで辿り着くことが可能です」

「では、仮面の子供も転移魔法を繰り返して移動したと?」

「可能性はありますね。存外、ポーションを大量に持っていたのかもしれませんよ?」

 

 シーファは小首を傾げると、その光景を想像してか、面白おかしそうに笑いを零す。

 ……ポーション何十本、あるいは何百本も持って転移を繰り返すとか、何がしたいんだよそいつ。

 

「……二つ目の仮説は」


 リヒトも、あまりの無理矢理な仮説に、可能性を微塵も感じていない様子。

 「ふむ。中々面白い仮説だと思ったのですがね。やはり無理がありますか」と、仮説提唱者本人が呟くのだから、信憑性がないのも当然である。


「では、次にいきましょうか。二つ目の仮説は、……転移魔法以外の可能性です。つまりは、私達の知り得ない未知の移動手段があるという事。転移魔法は、移動距離が魔導技術と魔力量に大きく依存します。仮に、ヒト族一般市民の平均魔力総量を1として、魔導士が5、エルフ族が15、魔族が20、大賢者が100、魔王が110、……としましょうか。つまりは、既存の生物が体内に持てる最大魔力量は、100前後が限界。私達の様に魔導技術を極めたとしても、その魔力量ではスファニド内を移動する程度しか出来ません。けれど、その子供の移動距離はそれ以上。隣国まで一度の転移魔法で移動するには、単純に考えて、大賢者の30~40倍の魔力量が必要になってきます。唯でさえ我々の魔力量は、既に人間の域を遥かに超えている。それを超越したとしても、流石にその桁は度が過ぎているでしょう。ならば、魔力を使っての転移は考えにくい」


 ふむふむ。

 やはり鋭いな。実際、闇転移は魔法ではないから、魔力はほとんど消費しないし。

 ……まぁ、私の魔力量なら、おそらく転移魔法でも隣国ぐらいは行けるとは思うが。

 使う必要がないから態々やらないし、覚える気もないけどさ。


「ならば、どんな手段を?」

「恐らくは……、何かしらのスキル。魔法でないならば、それしか考えられません」


 はい、正解です。よく出来ました。


「で、でも、そんなスキル――」

「聞いた事ありませんね。けれど極々稀に、その様な未知のスキルを持って生まれる人は存在します。SS級の冒険者とか、大抵がそういった特殊スキルを持っていたりしますね。歴代の勇者の中にもいたでしょう?ほら、勇者バッカスとか、知りません?『バッカス英雄譚』って、本にもなってるんですがね」


 バッカス?……知らんなぁ。

 700年前の勇者とかなら、ちょっとは知ってるんだが。


「おぉ~。バッカス君かぁ。懐かしいね~。魔道具の実験台になってくれたりぃ、色々お世話になったなぁ」

「失敗した時は、軽く死にかけてましたよね。彼」

「キシシー。あの時は学生の身だったからねぇ。若さ故の過ちだよぉ」

「まぁ、あれは馬鹿だが、中々に素直で面白い奴だったな!カッカッカ!」

「でも彼、視線が時折いやらしくって……。私は、あまり良い印象はないわね」

「そりゃ、テメーの乳が悪いだろ。思春期のガキにとって、巨乳は破壊兵器だ。それが例え、ババアの乳でもな」

「誰がババアだ、あ゛あん!?」


 バッカスの話題で、わいのわいのと盛り上がり始める大賢者達。

 そんなに面白い人物なのか。……ちょっと興味が湧いてきた。

 今度、その本見つけたら読んでみようかな。


「あ、あのー。話を戻してもらってもいいでしょうか」


 少しして、堪らずリヒトが話を遮った。

 待っていても終わらない感じだったし、引き戻して正解だろう。


「……失礼。えーっと、……そうそう。特殊なスキルの話でしたね」

「はい」

「バッカスなんかは、物質を“罠”に作り変えるスキルを持っていました」

「罠、ですか?」

「ええ。例えば、床の一部に触れると、そこに落とし穴が出来たりします」

「??」


 首を傾げるリヒト。

 大丈夫。私も理解してないから。


「えっとねぇ。見た目は床のままなのにぃ、実は落とし穴という罠に作り変えられているんだよねぇ。だからぁ、その床の上を通るとぉ、穴に落ちちゃうのぉ。付与魔法に似ているけどぉ、魔法じゃなくてスキルなんだよねぇ。だから、あんまし理論とか仕組みとかはぁ、考えない方がいいと思うよぉ」

「他にも、見えない壁だとか、必ず躓く石だとか、……下から突風が吹く階段、なんてものもあったわね」

「キシシ。あったねぇ。スカートが捲れてぇ、あれにはワタシも困っていたよぉ」

「……テメーは、それでも平然と歩いてたよな?」

「ロイロイ先生のエッチ~。見てたのぉ?いやーん」

「殺すぞ?」

「はいはい。脱線しなーい」


 パンパン、と思わず手を叩く。

 そういう話は、同窓会の時にでもしてろ。


「お、面白い方だったんですね。名前ぐらいしか知らなかったですが……」

「いえ、それで十分ですよ。滅多に現れないSS級とはいえ、魔王を倒してもいないのに名が後世に伝わるなど、それだけで異例のことです。……とまぁ、話を戻しましょうか。バッカスの例がある様に、私達の常識を超えたスキルというものが世界には存在します。ならば仮面の子供もまた、未知のスキルを持っている可能性が考えられますね」

「では、人間であると?」

「……さぁ。そこまでは何とも」


 意味深に目を瞑り、シーファの口元には微笑が浮かぶ。

 それから薄く目を開いて、僅かに私を流し見ると、「けれど――」と言葉を続けた。


「魔法を用いずに転移を行う存在は、過去に実在しています」

「っ、本当ですか!?それは、一体どんな……」

「――吸血鬼。およそ700年前に滅んだ伝説の最強種。……これもまた、聞いた事ぐらいはあるでしょう?」


バッカスって誰だっけ?という方は、第一章の3話を参照。

いつか、バッカスと大賢者達の絡みを書いてみたい…。

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